無題
「どれいくとほおきんぐは友だちなの?」
とうぜん、"そうだよ"、と返ってくると思っていたので、ちょっと黙ったあとにほおきんぐが返した言葉に、ねずみピヨはびっくりしてしまったのです。
「違う」
おやつの時間をとうにすぎて、日が傾きはじめたころでした。しずかな海岸には波のおとと、どこか遠くで誰かがあそんでいるたのしそうな声が聞こえてきます。
最近おむらいす島にやってきた恐竜のどれいくとおばけのほおきんぐは、たまにここに来ては海を──もしかしたら海の向こうを──ながめていることがあります。
今日はほおきんぐがひとりでいるのを、ねずみピヨがみつけたのです。砂浜に座りこんで波のおとを聞いているようにみえました。
ねずみピヨのしつもんに、はっきりと違うと言ったほおきんぐは、そうして続けて言いました。
「むしろ言うならば敵対関係だ」
「……テキタイ?」
テキ?"敵"っていうこと?
ねずみピヨはさっきの「びっくり」がまだ続いていて、なんだかよくわかりません。
だってどれいくとほおきんぐはよくいっしょにいて、ほおきんぐがどれいくの背中にのっていることだってありますし、どれいくがそれを嫌がっているところだって、ねずみピヨは見たことがありません。
たしかに、ねずみピヨとぱわるぅちゃんのように、たとえばおとまり会をしたり、ぎゅっ、とハグをしたり、いっしょのごはんをふたりで食べあったりはしていないみたいでしたが、だからってそれが「敵」にはならないと思うのです。
「ケンカしちゃったの?」
ねずみピヨはそうたずねました。
ちょっとのゆきちがいで、思ってもないことを言っちゃって、なんてあやまったらいいか、どうやって仲なおりしたらいいかわからなくなっちゃって、泣きたくなってしまったことは、ねずみピヨにもあります。
「そういうのじゃないが」
ほおきんぐは海の向こうをぼんやりと眺めたままそう言いました。
「あいつが裏切ったせいでおれは結構な怪我をしたし」
これにもねずみピヨはびっくりです。
どれいくがほおきんぐにケガをさせた!
どれいくはおっきくて、ぱわるぅちゃんとおなしくらいちからが強くて、そしておんなしくらいやさしいのです。あやうくおはなのつどいのみんなの上に転がり落ちそうになった岩を、がつん!と受けとめてくれたこともありました。
「どれいくはちゃんとごめんねって言ったの?」
ねずみピヨがそう聞くと、ほおきんぐはちょっとおどろいたように目をまるくしてこちらを見ました。
「言うわけない。あいつも、謝るべきだなんて思ってないだろう」
こんどこそねずみピヨはなんにも言えなくなってしまいました。
だって、ケガをさせてしまったのにごめんなさいも言わないなんて、それはとっても……とってもひどいことだと思うからです。
どれいくが、そんなことをほおきんぐにしたなんて、信じられないきもちでした。
「……それ…それは……。……よくないことだね…」
ようやっとそれだけ言ったねずみピヨを、ほおきんぐはなんだかあっけにとられたように見つめました。
「ああ、ちがうんだ」
ほおきんぐはこぼすように言って、ちょっと笑いました。
「おれは悪者で、おれたちがいた所は悪いことをしている所だった」
さっきまで遠く海のかなたにつぶやくようだったほおきんぐは、今はねずみピヨに視線をむけて、こころなしか穏やかに話します。
「あいつの本当の目的がなんだったかは知らないが、最初から悪い所で悪いことをする気なんてなくて……悪いやつらをやっつけたかったんだろう」
海の向こうで太陽は低くなり、空の底がうすく紫色に染まっていました。
「ほおきんぐは悪者なの?」
「そうだ。悪者だ」
するりと、ほおきんぐは言います。
ほおきんぐが悪者!これも、さっきとおなしくらいびっくりです。
たしかに、ねずみピヨは最初ほおきんぐにおどろかされましたが、ねずみピヨもおなしように、おばけってだれかをおどろかせるものですし、ほおきんぐはそのあと「ごめんね」と言って手づくりのお守りをくれたのです(それもちょっとだけ怖かったのですけれど)。ねずみピヨがぱわるぅちゃんとお出かけしたあの日、夕がたの予報はずれの雨にずぶぬれにならずにすんだのは、ほおきんぐが「雨が降るから傘を持っていけ」と言ってくれたからなのです。
ほおきんぐがいじわるな悪者なら、そんなことは言わないんじゃないかしら?
「……ほおきんぐはごめんなさいって言ったの?」
それでも、それでももしほおきんぐが悪いことをしてしまったんだったら──。
「言わない」
がーん!!あまりにもきっぱりと言われたのでさすがのねずみピヨも衝撃です。
「おれはおれが悪いとはみじんも思っていない。余所に対して謝る気はまったくない」
え、ええ?
そういうものなのでしょうか。
悪いことをするのはよくないことです。してしまったら、ごめんなさいって謝ったほうがいいはずです。
ほおきんぐが悪者なら、どれいくは悪くないのかな?でも、たとえ悪いことをしてしまっても、ケガをさせるのは、やっぱりよくないことのような気がします。
余所。ほうきんぐはそう言いました。もしかしたら「余所」ではないだれか、謝りたい相手がいるのでしょうか。
「──……ああ、まあ…どれもこれも、……いまさらな話だ」
ほおきんぐはふと、金いろに光るみなもに目を戻してぽつりと言いました。
「安心しろ。こんなところで、いまさら撲り合いなんぞする気はない。いまさら、怒りもない」
怨みはそもそもない。向こうがどうだかはしらんが。
ねずみピヨにとって、ほおきんぐの言うことは、なんだかすごく難しいのです。
だって、ケンカをするより仲良くしていた方が楽しいはずです。まちがったことをしてしまったら、ごめんねとあやまって、そうしたらまた仲なおりができるのです。
わざと悪いことをしたり、だれかを傷つけるなんてかんがえると、胸がきゅっ、と痛むのです。
わけもわからず、悲しいきもちがふくれて来て、ねずみピヨはうつむいてしまいました。
「すまない、むずかしいことを言ったな」
ほおきんぐはすこし困ったように笑って言いました。いつもよりちょっとだけやさしい声で、そうやってねずみピヨにあやまったのです。
だから、ねずみピヨは決めました。
「ピッピー!」
「!?」
ねずみピヨはおもいっきりホイッスルを吹きました。胸のなかの悲しいきもちをふきとばすためです。よこでほおきんぐがびくっとしています。音に驚いたのか、かにがすばやく逃げていくのが目の端に見えました。
「あのね!どれいくと仲なおりしよう!」
ほおきんぐは目をまるくしています。
「……だから、べつにケンカをしている訳じゃ……」
「それでね、みんなで友だちになろう!」
これは良い考えです。というか、ねずみピヨは、もうみんな──どれいくもほおきんぐも、ねずみピヨもぱわるぅちゃんも──友だちだとおもっていたのですけれど、ほおきんぐと、もしかしたらどれいくも、そう思っていないのだったら、もっと仲よくなって友だちになればいいのです。
「お泊まり会しようか。みんなでお料理してパーティする?みんなで温泉にあそびに行くのもいいね!」
「……温泉…温泉は良いな」
困ったようにねずみピヨを見ていたほおきんぐが、それでもイヤではなさそうにそう言ってくれたので、ねずみピヨはがぜん元気が出てきました。
「みんなで計画たてよう!」
ほおきんぐの手……手?をとってやさしくひっぱります。海と空はオレンジいろに染まりつつありました。作戦会議ばしょはぱわるぅちゃんのおうちです。善は急げ!
「ここは変わったところだなあ」
──天国だか地獄だか分からねェ。
手を引かれるほおきんぐがぽつり呟いたことばの意味は、ねずみピヨにはやっぱりよくわかりませんでした。