無題

無題

アオキさん+αの組み合わせが見てみたい  >>54のネタ参照


※捏造注意


放り投げたボールがノコッチへに当たり、まばゆい光を放ちながら彼女を捕らえた。光は収束し、赤と白で彩られたボールだけがその場に残る。


ボールが一度目、揺れた。

アオキの手に汗がにじみ、緊張が全身を包み込んだ。捕まえ方は授業で習っている。しかし、自らの意思でボールを投げ、ポケモンを捕まえようとするのは初めてだった。

 

ボールが二度目、揺れた。しかし、彼女はまだボールから飛び出してこない。

固唾を呑んで見守る。不安と、捕獲への期待がないまぜになった。捕まえる直前の彼女は、まだまだ元気に満ち溢れていたようだが、予想よりもムクバードの攻撃が効いていたのだろうか。

 

ボールが三度目、揺れる。そして、カチリと音が鳴って、ボールが停止した。

アオキは全身に張り巡らせていた強張りを解き、詰まらせていた息をゆっくりと吐きだした。ノコッチのいた場所へと足を向け、地面に転がったボールを手に取る。彼女はしっかりとボールの中に収まっていた。卵から育てているムクバード、自らボールへと入っていったネッコアラとは違い、初めて捕まえたポケモンだった。

 

うっすらと透けて見える赤い隔壁を通して、ノコッチの様子を伺う。彼女は慌てた気配もなく、居心地よさそうに小さな翼を羽ばたかせていた。どうやらご満悦らしい。アオキは隔壁越しにノコッチに微笑みかけると、彼女もまた微笑みを返してくれた。その様子にアオキは安堵する。

 

彼女の入ったボールを胸元へとしまい、ノコッチの体力を加減しながら削っていった相棒――ムクバード――に礼を告げる。彼は胸を張り、誇らしげに一声鳴くと自らボールへと戻っていった。アオキがボールを取り出すのに手間取り、何度もムクバードに攻撃の矛先が向かってしまったが「大丈夫。気にするな」とでも言ってくれたようだった。

 

アオキがその場でポケモンを捕まえた喜びを噛締めていると、足元がわずかに揺れる。揺れに負けないよう足を踏ん張っていると、後方数メートルの位置で、地面が音を立てながら盛り上がった。土は逆さにした椀の形をとると、頂点から黄色い頭が顔を覗かせる。現れたのは、先ほど捕まえたポケモンと同種のポケモン。ノコッチであった。

 

地面から頭を半分ほど出したノコッチは、あたりを見回す。何かを探しているのだろうか。アオキの存在に気が付いて一度頭を引っ込めるものの、すぐに顔を出してキョロキョロと顔を動かしている。しばらく見守っていると、今度は全身を覗かせ、アオキの足元までやってきた。彼はこちらを見上げると、何かを訴えるように細く、長い声を上げる。

 

そこで、はたと気が付く。自分が捕まえたノコッチは雌だ。そして、今目の前にいるノコッチは雄である。もし彼と彼女が番であったのなら、彼が探しているのは、アオキが捕まえたノコッチではないだろうか。

 

「もしかして、彼女をお探しでしたか?」

 

アオキは先ほど捕まえたばかりのノコッチのボールを投げ、彼女を外に出す。すると、二体のノコッチは喜ぶような、甘えたような声を上げながらアオキを中心にしてグルグルと回り始めた。仲睦まじい様子にアオキは和み、同時に自分が何をしたのか悟った。

 

――自分がノコッチを捕まえてしまったばかりに、二人の仲を裂いてしまった。

 

トレーナーがポケモンを捕まえる際、番や親子の片割れを捕獲してしまうことはままある。残された側は、片割れを奪ったトレーナーに憎しみの矛を向けるか、失った片割れを嘆き、悲しみに暮れるか。はたまた、自然の摂理だから仕方ない、と早々にあきらめるか。全てのポケモンたちのその後を知っている訳ではないが、概ねその三択であろう。

 

捕獲される側も捕まりたくなければ抵抗し、ボールから抜け出す。しかし、体力が削れていれば、そう上手く行くとは限らない。ムクバードの攻撃を受けていた彼女は、果たしてどちらであったか。

 

もしかして、彼女の意思を無視して捕まえてしまったのだろうか。後味が悪い結果になる前に、彼女を解放せねば。そんなことを考えながら足元のノコッチ達を見やる。すると、彼女は隣のノコッチの尾を頭でアオキの方に押していた。アオキと視線が合うと一声鳴き、まるで「彼も一緒に連れて行ってくれ」と伝えているようだった。

 

アオキの手持ちはムクバードとネッコアラで二体。そして先ほど捕まえたばかりのノコッチを合わせて三体である。今、足元で短い胴体を捻ってとぐろを巻こうとしているノコッチを捕まえた場合、手持ちは四体だ。昨日までの二体に比べ、倍に増えてしまう。果たして自分には四体の手持ちを扱えるほど実力があるのだろうか。ノコッチを捕まえるか否か、アオキは思いあぐねる。

 

そしてもう一つ、アオキには懸念があった。

 

 

――過去の記憶がアオキの脳裏に蘇る。

 

「同じポケモンを捕まえる? あり得ねぇだろ」

「どうして? みんなムックルだったら強いじゃん」

 

幼いアオキが、ムックルを抱きしめながら青年に尋ねる。

 

「タイプも技も、ステータスも。同じポケモンだったら似たような構成にしかならないだろ」

「でも、強いよ?」

 

アオキの問いに、青年は小ばかにしたような声色で答えた。

 

「強くねぇし。同じ種類のポケモンを複数捕まえるのは、ブリーダーならいざ知らず、トレーナーとしては愚の骨頂だろ。トレーナーは『普通』、そんなことしねぇよ」

「そんなことないよ!」

「そんなことあるぜ」

 

むきになって言い返すアオキに、青年が悪意のこもった笑みを浮かべて続けた。

 

「それに、お前の手持ちが皆ムックルだったら、俺のライチュウ一体で六タテしてやんよ!」

 

昔聞いた、そんなやり取り。同じポケモンを二体以上揃えるのは「普通」あり得ない。今の自分よりも年上の、ライチュウを相棒としていたトレーナーのセリフだった。

 

 

「……ノコッチ、すみません。今の自分では貴方を――」

 

アオキがそこまで言葉にした瞬間、雌のノコッチがこちらに顔を向けてもう一度鳴く。雄の方も雌の高めの声に共鳴するように合わせて鳴いた。彼らの声に、アオキは脳裏に過った様々な思いを呑み込み、覚悟を決めた。

 

自分が彼らの普通を切り裂いてしまったのだ。ならば、トレーナーにとっての「普通」――同じ種類のポケモンを複数体捕獲しない――なんざ捨てて、彼らにとっての「普通」――番が生活を共にすること――を守った方がよい。ポケモンを四体同時に育てられるか否か、今考えても仕方がないことだ。捕まえたのならば、責任を取って不自由のない生活を共に送ること。そのための努力は惜しまない。それが重要だ。

 

アオキは空のモンスターボールを取り出すが、彼の意思を尊重するため、先ほどの様に投げたりはしない。もし、彼がボールを弾く様であれば雌のノコッチも解放して、二人で今までと同じ「普通」の生活を送れるように。ボールに入ってくれるのならば、彼女と一緒に新たな「普通」の生活が送れるよう、最大限に努力しよう。

 

そんなことを考えながらボールを差し出すと、雄のノコッチは逡巡することなくボールに頭を押し付ける。目の前でまばゆい光があふれ、アオキは目を細めた。

 

次に目を開いた時にはノコッチは居らず、ただ赤と白で彩られたボールがその場に残されていた――。

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