無題

無題


うるホー ギャグ


 彼の作り物めいた相貌が、さすがに困惑の色を滲み出させるのを見た。

「…………」

 少しの沈黙のあと、

「先ほど経験はないと言っていたが」

 と、ホーキンスはちらりと視線を送る。

 その先にはうるティの“お宝箱”━━来(きた)る日に備えてコレクションしていた、いわゆる『大人の玩具』が詰まった行李があった。

「……それでこれだけ集めたのか?」

「誰が妄想だけ達者で準備にやたら張り切ってる童貞みたいだとォ!?」

「言ってないが……」


 夜も更けてきた頃、百獣海賊団幹部、飛び六胞の一角うるティの居室である。

 すったもんだなんだかんだがあったりなかったりして、二人の交際が始まってからしばらくが経っていた。客観的にどう見えていたかは知らないが、うるティとしては二人の間はまあ順調に行っていたと思う。だからこそ、そろそろこの変わり者だがなかなかいい男の彼氏に、打診して迫って説き伏せていざとなれば多少力で押し倒して、なんとか叶えたい願望があった。

 あちきが抱きたい。

 多少柔らかく婉曲的に、かつ直球で言うとそういうことである。


 大事な相談があるとホーキンスを呼び出し、素直に自分の念願を伝えた。熱がこもりすぎてやや上滑りしていたきらいはあるが、伝わっているんだかいないんだかいまいち分からない彼の目の前に、ダメ押しとばかりに秘蔵のお宝箱をご開帳して示したわけである。

 陰茎をかたどったものやボールが連なっているものなど形は様々だが、どれも根本に留具がついている。ベルト(これもいくつか同じ行李に入れられている)に装着するためのものだ。

 ホーキンスが眉根を寄せる。

「この辺りとか、明らかに……熟練者向けだろう、前もって用意するようなものじゃないのでは?」

 彼が指差す先には確かに商品説明に「上級者向け」「満足できないアナタに」とか書いてあった製品が転がっている。アホみたいにでかくてぼこぼこしていて、玩具のくせになんとも言えない禍々しい威圧感がある。

 こういうのって、こっちの小さめで丸っこいフォルムをしたのと比べると彩度が低くて黒とか暗い紫とかしてるの多いんでごんすよねー。何故ザマス?

「だってこう……わくわくするしときめくじゃん! 見てるだけで!いつか使える日が来るかもじゃん! いいだろ別にー!!」

 うがーと唸りながらホーキンスの首に組み付く。男は相変わらずの顔で振りほどきもしない。

「……」

 うるティはしおしおと大人しくなると人差し指同士をつんつんと合わせて拗ねたようなポーズを取る。

「ちょっと生々しい話するから苦手なら5・6行飛ばしてほしいでありんすけどォ」

「今までの話は生々しくなかったか?」

「あちきタンポンもうまく入らなくて……昔30分くらい試行錯誤した挙げ句なんか気持ち悪くなって吐いちゃったこともあってー……」

「ううん」

「自分で奥触ってみたこともあるけど痛いし気持ち悪いしで全然」

「……嗜好が理由なのではなく器質的な問題なのか? 難儀しているとか、不自由を感じているなら一度医者に診てもらうのも……」

「いやーぜんぜん困ってないでありんす! そのへんはぶっちゃけどうでもよくて、一番はそっちの方はぜんっぜん興味わかないってことでありんす! さっきも言ったけど、それより自分が攻めるの想像する方が断然ときめくし興奮するの! どうしてもどうしてもやりたいのー!!」

「ふむ。……なるほど、わかった」

「えっ」

 わかった? それはつまりOKと言うことだろうか。

「あ、あのォ……」

 おずおずと切り出す。

 打ち明けると決めてから、本当はずっと不安に思っていた。

「ドン引きしてない? あちきのこと嫌いになってない……?」

「?」

 ホーキンスが微かに首を傾げた。

「そんなことで嫌いにならない」

 ああ神様、あちきと趣味が合って、あちきの好きなことを引かずに話聞いてくれて、前向きに受け入れてくれて、あちきがペーたん構うことにウダウダ言わなくて、その上あちきをリスペクトしてあちきにベタ惚れな、理想の男はここにいたでパキケファロ!

「ほ、ほんとに? あちきのシュミに付き合ってくれるの……?」

「お前に付き合うというか……こういうのはお互いのことだろう。……だがこの辺りは無理だ。おとなしいものからにしてくれ」

 うるティは『上級者向け』のお宝は別の行李にしまうことに決めた。捨てはしない。だって将来的に使えるようになるかもしれねェだろ!

「……おれは……他の男と比べてだいぶそういう欲求が薄い方だと思う。女を抱きたいという強い衝動を覚えたこともない。どうしても女性器に挿れたいというこだわりもない。だからお前が望む方法で構わない」

「ほんとに!」

「ただし」

 彼は少し語気を強めて言い足した。

「おれは無理したり我慢したりする気もない。こちらも努力するが、どうしてもうまくいかなければ諦めて別の方法を探す。いいな?」

「うん!!! 大丈夫! そこはあちきのテクニックの見せ所でありんす! 花ひらかせちゃうから覚悟……じゃなくて楽しみにしててね!」

 有頂天のうるティと対照的に、ホーキンスはうっすらと渋面のままだ。

「あと前もって言っておくが……さっきも言ったがおれはそういう欲求が薄い方だし、お前が夢想してるような反応は恐らく得られないと思う。あまり過度に期待されても……」

「大丈夫! ホーちゃんにはメスお兄さんの素質がありんす~!あちきには分かる!!」

「メス…お……何?」

「かんばろ! 二人で!!」

 興奮で胸が高鳴る。うるティは思わずホーキンスの手を両手でぎゅっと握った。

「きゃ~~~!! めちゃくちゃ楽しみでありんす! これ使う? こっち使う? いっぱい気持ちよくしてあげるからね! ねっねっ、早速ちょっとお試ししてみよ!」

「今日はしない」

「なっなんだとっ」

「いくらなんでもこちらにも多少の下準備がいるだろう……。すぐは無理だ。それに今日は日和が悪いと出ている。だから今夜はなにもする気はない」

 こ、こいつ、彼女に今後付き合いを進めるに当たって大事な話があるからって言われて、彼女の部屋を夜訪ねる前にそんなこと占ってたんか!? おもしれー男……。

「そろそろおれは戻る」

 そっと優美な指が伸びてきて、優しくうるティの前髪をのける。露になったひたいに触れるだけのキスを落とすと、見落としそうなほど微かなほほえみで男は

「おやすみ」

 と言って、マジで名残惜しさの欠片もなくさっさと背を向け去っていってしまった。

ぱたん、と静かに戸が閉まる。

 ひとりになった部屋、傍らには“お宝箱”が未だに鎮座している。

(あ……)

 うるティはといえばひたいを抑えて座り込んでいた。

(あちきの男は佳い男でありんすー!!!)




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