無題

無題


 身体が痛い――

 息が苦しい――

 みんなの声が聞こえない――

 エアリアルは、みんなは無事なのかと声をかけようとしても、それは声にならずに、か細い呼吸となって出てくる。

 恐いよエアリアル。どうして、返事をしてくれないの。

 助けて、お母さん。わたし、まだ――。

 それが、涙のせいなのか流れる血のせいなのか、滲む視界に、何時ものコクピットの中は映らない。

 ただ、ただ暗闇が広がる。

 初めての敗北。

 いや、敵は倒した。だが、エアリアルやガンビット達への被害は大きい。果たして、これは勝利だと言えるのだろうか。

 大切な家族を傷つけてまで勝ち得たこれを。

 自身の負った傷も決して軽いものではない筈なのに、彼等を思い少女は涙する。

 痛い、恐い、ごめんなさい。

 わたしが弱かったから、みんなを傷つけて。

 声が聞こえないのは、自分のせいだと。次はきっと――

 朦朧とする意識の中、懐かしい声が聞こえた気がした。

 自分を呼ぶ優しい声に手を伸ばし、少女の意識は暗転した。


――――

 った……

 スレッタ――

 「起きなさいスレッタ!」

 自分を呼ぶ声に目を覚ます。

 そこには何処か怒ったような顔で、瞳に涙を浮かべた婚約者の姿があった。

 「やっと……起きた……ばか!心配したんだからね!」

 「みお……りねさん?」

 「ばか……」

 「ごめんな、さい」

 重い身体に、繋がるチューブで気がつく。自分は、助かったんだと。 

 「エアリアルは……」

 「真っ先に心配するなんて、あんたらしいわね。……安心して、無事よ。ただ……治すのには時間がかかるみたいだけど」

「そう、ですか……よかった」

「よかった……じゃないわよ!あんたの方が危なかったんだから!」

 怒った顔の花嫁は、怪我人の花婿にも容赦なく詰め寄る。

 「あとちょっと、コクピットに攻撃が当たってたらあんた死んでたのよ!無事だったから良かったものを、私を一人にする気!」

 怒ってはいるものの、その顔は今にも泣きそうだ。悲しませたくなんかないのに。

 「ごめんなさい……」

 「生きてたから許す」

 「こえが……きこえまし、た」

 意識が朦朧としていたあのとき、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。その声に手を伸ばした瞬間、誰かに捕まれた感触を覚えている。あの声が聞こえたから、今此処に、自分はいるのだと確信している。

 「ミオリネさんが……たすけてくれたん、ですね」

 「それは……私じゃないわ」

 「ミオリネさん?」

「とにかく、あんたは早く怪我を治すことを考えなさい」

「はい……」

 出ていく彼女を見送る。ミオリネでなければ、誰の声だったのだろう。夢の中なら、もう一度聞けるだろうか。

 何処か懐かしい、あの声を――。


――――


 「僕が助けたことは、彼女には言わないでほしい」

 スレッタ・マーキュリーを少女に託し、少年は告げる。

 「貴方が誰だっていうのは詮索しない。だけど、本当にいいの?」

 「ああ。今の僕では彼女に会えないから」

 「そう、分かった。この子には何も伝えない」

 「ありがとう。ミオリネ・レンブラン」

 「あんた、そんな顔もできたのね」

 少年の顔を、彼女は知らない。

 だけど、きっと彼なのだろう。

 「今度この子に会いに来るときは時間守りなさいよ」

 「ああ。約束する」


 これは少女の知らない物語

 これは少女と少年がいずれ再開する物語

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