無題(供養)

無題(供養)


 華が欲しかった。

 華のある自分になりたかった。

どれだけ顔立ちが良くても、クラスのみんなからどれほど可愛いと言われても、私には到底足りなかった。

だから、突然妙な女性から「魔法少女になって殺し合いをしろ」なんて馬鹿げたことを言われても、難なく受け止めることができた。

殺すだけで華を得られるのなら、もっと輝けるのなら、いくらでも殺してみせよう。そう思って、私はこの戦いに飛び込んだ。

双剣の黒い忍者の姿で、獲物を探すために夜の街を駆ける。


早速、路地裏でひとりの魔法少女を見つけた。緑色の髪と白いタキシードで、まるで自分を見つけてくれと言わんばかりの格好をした大人しそうな少女だ。

心臓が跳ねる。これが私の一人目。彼女を殺してしまえば、後戻りは────。

不意を狙い、ガラ空きの背中に目がけて飛ぶ。一瞬のうちに距離を詰め、振りかざされる双剣。

鋼の刃に肉が削ぎ落とされ、鮮血が空気を満たす────はずだった。


「────へぇ、闇討ちか?」

「なっ────!?」


恐ろしく冷気を帯びた声と、自分の腕が軋む感覚を覚えて、私は再び間合いを取る。

切り裂いた筈の敵の肩は、あろうことか堅牢な鋼鉄へと変化していた。


「……なるほど、それがアナタの魔法ってワケ?」

「はっ、どうだかな。そういうお前は武器どころか体もかなり貧弱そうじゃねえか」


そう言いながら、彼女は自分の腕を鉄の拳へと変えていく。

整った容姿から出たとは想像できないその嘲笑に、自分の腑が熱を帯びるのを感じた。


「舐めんじゃないわよ、ガキのくせに!!」

「お前だってガキじゃねえか、ああ!?」


無駄なことは考えず、一直線に攻撃を仕掛けた。

白刃と銀の拳がぶつかり、火花が鋭い音と共に散る。

その勢いのまま二撃三撃と剣を振るう私を、難なくいなしていく彼女。

このままでは埒が開かない、と私は背後に回り込むために姿勢を低くする。


「おらよッ!!」

「かは……っ!?」


それを見抜かれたのか、私の背中に強烈な肘打ちが降ろされた。

鈍い痛みに悶えながらも、再び剣を振り上げる。

少女は白いタキシードを靡かせ、空中に飛んでそれを避けた。


「ぐぅっ……はーっ、はーっ、華奢なくせに器用だこと……」

「お褒めに預かり光栄でぇーす。ま、お前からの誉れなんぞ一ミリの価値もねえけどな」


痛みこそあるが、致命傷ではない。まだ戦える。勝機はある。


「まだだ……私は絶対、華になるんだ……!」


背中の痛覚に意識を向けないようにしつつ、再び私は双剣を持った。


「おーおー、懲りねえこった。そういう奴は嫌いじゃないぞ。

 ……じゃあ、次はワタシから行かせてもらおうかァ!!」


獰猛な笑顔を浮かべたと思うと、少女の姿が目の前から消えた。


「はっ────!?」


今度は前方に強い痛みが走る。

一瞬だけ、鉄塊と化した彼女の拳が精密に私の胸を穿っているのが見えた。

その痛みに苦しむ暇もなく、道端の石ころのように吹き飛ばされていく体。

黒い地面を跳ねるように転がり、壁に激突して座り込むような形になった。再び起きあがろうにも、全身に走る傷と痛みがそれを許さない。

辛うじて視線のみを上に向けると、視界が既に白く霞み始めていたものの、私に痛みを与えた少女が私を見下ろしているのが見えた。


「────けっ、もう終わりかよ」

「……お……前ェェェーーーッッ!!!」


その挑発に乗るように、骨が軋むのにも厭わず最後の力を振り絞って殴りかかろうとする。

ぱしっ、と拳を受け止められ、私の腕はそこで動かなくなった。

もう片方の腕も同じように掴まれて、そのまま押し倒されるようにして地面に叩きつけられる。強い衝撃に息が詰まり、呼吸が止まりかけた。


「……ま、ここまで壊れず耐えたんならまだ上等だな。

 喜べよ、その気概に応じて最後にお前の願いを叶えてやる」


そう言うと、彼女はそこに捨てられていた大きい段ボールを手に取り、私の目の前に置いた。


「な……にをす……」

「ほいっ」


体も動かせずなされるがままに、私は段ボールの中へと押し込まれる。全身が軋む音と共に、再び強い痛みが私の体を蝕む。


「これでよし、っと」

「……いったい……何を……」


痛みに涙を流しそうになりながらも、私は声を振り絞った。

その瞬間、身体がふわりと浮き上がる感覚がした。私を持って少女が飛び上がったのだろうか。


「おー、綺麗な夜の港だこと。流石は水陸の交通に優れた街だな」


言葉と段ボールの隙間から流れてくる風から察するに、どうやらどこかのビルの屋上に一息で登ったらしい。こいつ、一体何を……。


「────ところでお前、ナトリウムって金属知ってるか?」


ナトリウム?一体急にどうしてそんなことを────


「水に漬けると反応してよ、綺麗な華ァ咲かせるらしいぞ?」


そう言った瞬間、私を包む段ボールが冷たく硬くなっていくのを感じた。

────待って。ナトリウムって、まさか。


「良かったなお前、"華"になれんぞ」


その瞬間、何を言う暇もなく投げ飛ばされた。

段ボールだったものは風を切り、一直線に海へと飛んでいく。


ざぷんっ。


嫌だ。

誰か。



海上に、赤い小さな華が咲いた。


「ストラァァーーーイク!!バッター、アウト!!!」


ステッキに0.5ポイントが追加されるのを確認して、遅れて響く破裂音をバックに、"魔法少女ガーゼット"はガッツポーズをする。


「……いや、なんか顔以外はビミョーに陰湿だったし、ありゃ打者というより日陰者だな」


ま、死んだヤツのことなんぞどうでもいいが、と少女は一つ伸びをする。


「しっかし綺麗に咲いたなァ、まぁこちとら"華"はもう見たくもなりたくもないんだけどな」


そう言いながら、彼女は満足そうな顔で踵を返した。

次なる獲物を探そうと、獣の目が光る。

自由に飢えた一匹の獣は、もはや誰にも止められない。


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