無頼に生きたい
オレは三十で死ぬると決めて生きてきた。もう満二十歳、予定まではあと十年だ。
小児ぜん息であった頃から、オレは死神という狡猾な愛人と、遊んで暮らしてきたのだ。
オレは何より、文学的な快楽を、ただそれだけを愛する。
いつだって、何かに酔いしれていたいのだ。
だから、そのために古本屋だの、蚤の市だので根掘り葉掘りがらくたあさりに身をやつし、単館上映の映画もはしごする。
煙草もオレの娯楽だ。
気管支をいたずらにいじめていると、生がより鮮やかに浮かび上がってきて気分がいい。
煙草ってのは、どうせ吸うならば、景気のいい名前がついた銘柄でなくてはならない。
オレはこいつで寿命を縮めて地獄に行く。
「ここにいたのか、上原」
文芸サークルで誰も読みたがらなそうな詩を詠んでいる男が声をかけてきた。
こいつはいつも、やけに眠そうな目をしている。
オレは片手をひらりと振った。
「なんだ、ノスケか」
紫煙を吐き出すと、ノスケはけむたそうに顔の前で手を振り、
「作之助だ」
無愛想につぶやいた。
「五文字は長ぇよ、呼ぶ気がしねぇ。
なんでそんな長い名前で生まれてきちまったんだ」
「それは母に訊いてくれ。
でも、千世は、さん、までつけて呼んでくれるぞ。七文字だ」
こいつから、人名が出てくることなぞ珍しい。
そもそも、オレ以外にも名前を覚えるほど、人と関わりがあったとは驚いた。
「千世って誰だよ」
「俺の恋人だ」
どうせ、嘘である。
こんなやつがオレより先にイロを覚えるなんてこと、あってたまるか。
「そうかね。まあ、よろしくやってくれたまえよ」
無頼な仕草でフェンスによりかかり、尋ねた。
「で、何の用だよ」
「文芸部誌の最新号を渡しに来たんだ」
ノスケはかばんから、ぺらぺらの部誌を取り出した。
「景気悪いねえ、出るたび薄くなっちまって」
オレは部誌を引っ掴んで、もてあそんだ。
仰け反らせて、親指と人差し指を丸め、びしびしと弾いていじめてやる。
「幽霊部員も多いからな。
締め切りに毎度、間に合う奴もそこまで多くない」
だらだらと話す。
ノスケは意外とおしゃべりだ。
眠そうな顔をしているが、いつでも何か話したがってやがる。
「お前は相手がまだいないんだってな。募集しているのか?」
「しないね。
そもそも、オレが抱きたくなるようないい女がいねえよ、この大学には。
もっと破滅的な、死神みたいな女がいい」
ノスケは妙な目つきになってこちらを眺める。
「面白い男だな、おまえは」
「へっ、面白いもんかよ……」
そのとき、作之助さぁん、遠く、女の声を風が運んできた。
声の主をしばらく見渡して探すと、いた。
艶やかな黒髪、清楚な色合いにフェミニンなデザインのふわふわとしたワンピース。
顔立ちは、まぁ70点てところか、手が届きそうな印象を受けるが、相当整っている。
童貞が安易に好みそうな、安易な美女。
どうせ、夏には麦わら帽子被るんだろ。
こいつが何の用だってんだ。
美女とノスケは、何やら楽しげに会話を交わしている。
ぽろりと煙草が手から落ちた。
おいおい、さっきの話は嘘じゃなかったていうのか。
オレは煙草を踏み消して、背を向けた。
そのまま、そっと去った。
断じて、動揺なんかしていない。これっぽっちも、羨ましくなんかない。
大人しい顔して、とんでもない男好きで遊ばれてるとか、
実は精神面や、経済面に問題があり依存されてるとか、事故物件なんだろう。きっとそうだ。
まだオレは負けちゃいねえ。
何に?何ものにもさ。
敗北するには、まだ、美学も劇的な展開も、なにもかも足りない。
◆
翌朝。
蚤の市がある時ばかりは、オレも目覚ましより早く起きることができる。
ノスケとオレは商店街で待ち合わせしていた。
なんだかんだ腐れ縁、一緒にいると楽しいし、落ち着く仲なのである。
何故か、ノスケが来てくれたことにホッとしていた。
いかん、感傷的になるな。
「行くぞぉ、ノスケ。おまえは右、オレは左からな」
オレはわざとらしいくらい、陽気に怒鳴りつけた。
「初版じゃなくても、お前の好きな作家なら買ってきていいんだな?俺からもこのリストにあるもの、頼んだぞ」
ノスケはいつも通り、気の抜けたような、穏やかな声で答えた。
オレたちはすれ違いざまに、ハイタッチした。
オレは埃っぽい文庫本を小脇に抱え、少し頭を下げてすり抜ける。
黙々と本の物色をする。
何に使うのかわからないようなアンティークや、書画骨董などにはほとんど興味がない。
この蚤の市は近隣の商店街が共同主催でやっているもので、オレはここでいかに値切るかに命をかけているのだ。
◆
しばらく買い付けを続け、ぎらぎらとした太陽の下、肌が赤く上気してきた頃、オレよりも先駆けて本を買い漁りに行っていたノスケが戻ってきた。
「そんなにほくほく顔しちゃって、相当いいもん見つけてきたんだろう」
オレが声をかけると、ノスケは誇らしげにビニール袋を差し出してきた。中には、新書本がいっぱいに詰まっていた。
「お宝ばっかりじゃねえか!やっぱり、おまえがいてくれて助かった」
なかなか市場にも出回らない稀少品の山だった。
感激してビニールごしに撫で回した。
「しっかしおまえは、どうしてこうも何かと運がいいんだろうな?
アイスの当たり棒とか、やたら当てるし」
ふと尋ねると、ノスケは意外なことを口にした。
「俺には小学生の頃から、お世話になってる神社があってな。
毎日、お参りしてるんだ。
神さまから目をかけてもらっているのかもしれない」