無自覚?嫁エース概念

無自覚?嫁エース概念


季節はもうすぐ冬。

日はどんどん短くなり、夕暮れには明かりが灯される。

11月も既に後半。

ジャパンカップまで、1週間を切った。

既に出走者は公表されている。

シンボリルドルフにミスターシービー。

先の天皇賞では5着。敗北である。

次こそは彼女を勝たせたい。雪辱を晴らしたい。

そんな思いで日々、彼女共に歩む。

今朝も、眠気眼を擦りながら畑へ向かう。

変わらぬ日常が始まる、はずだった。


「おっす!おはようさん!」

不意に声をかけられる。

「ああ、おはようエース。」

「今日も寒いなあ、トレーナーさん!」

そしていつものように肩を組んでくる。

いつもの光景。

だが、その日は少し違った。


「今日、何の日か知ってっか?いい夫婦の日だってな!」

笑顔でそんなことを言い出した。

確かに今日はそうだ。でも、何故わざわざそんなことを言って来たんだ?

「あたしとトレーナーさん、夫婦みたいなもんだよな!」

そして、とんでもないことを言いだした。

「エ、エースそれはいったいどういう」

「ウマ娘とトレーナーってさ、二人三脚で勝利を目指す、ある意味そんな

 感じだろ?」

きっと彼女には他意は無い。おそらくただの例えとして言っているだけだろう。

……今日のエースは妙に顔が赤い気がする。熱でも有るのか?

確かめようとした矢先、彼女からあるものを渡された。

「トレーナーさん、最近まともに昼食ってねえだろ?弁当作って来たからさ、

 食べてくれよ!」

確かに最近不摂生気味だ。知らぬうちに心配をかけてしまっていた。

実に不甲斐ない。

「あたしのために頑張ってくれるのはうれしいけどよ、無理すんなよ!」

「ああ、ありがとう、エース!」

今は彼女の好意を素直に受けよう。

反省は後回しだ。今は大目標が先だ。




そして昼。

エースから貰った弁当を開ける。

中身は梅干しの乗った白米、卵焼き、焼き鮭、そして二人で育てた人参の

きんぴら、ほうれん草のお浸し。

あの子と結婚できる奴は幸せだろうな……でも、良いな。毎日こんな弁当を

渡してもらえるなんて。

ちょっと待て、なんで今、エースと結婚した自分が浮かんできたんだ?

俺とエースはあくまでトレーナーとウマ娘の関係だ。

……少し冷静になろう。そして今は弁当を味わおう。

何故だろう、中身は普通なのに何でこんなに美味いんだろう?

全部、俺が好きな味付けだ。

確かに一緒に食事をとる機会は多い。

もしかして、俺の好みを覚えていてくれたのだろうか?

本当に良い子だな。エースは。


完食し、弁当箱を洗おうと思い持ち上げると一枚の便箋が箱に裏に

張り付いていることに気付いた。

内容を確認すると、エースの字でこう書かれていた。

”いつもありがとな、あたしの大好きなトレーナーさん。”

朝の会話がよぎる。

いや、他意は無いはずだ。きっとそうに違いない。




そして午後。

トレーニングの時間だ。

今日は最終追い切り。

最後の調整、単走で坂路を軽く流す程度にとどめておく。


トレーニングの前に、弁当箱を返す。

「エース、ありがとな。美味かったよ!」

「良いってことよ!また食いたくなったら言ってくれよ!

 また作ってやるからさ!」

「ああ、ありがとう。気持ちだけ貰っておくよ。」

「ところでエース。中に入ってた便箋なんだが……」

「さあ、トレーナーさん!今日は何するんだ?」

「あ、ああ、今日は最終調整をしたい。坂路を軽く流してくれ。

 時計は出さなくて良い。」

「おっし!行ってくる!」

俺は便箋の事を切り出そうとしたが、遮られてしまった。

今は、忘れよう。きっとただの親切、気遣いだろう。

それよりも、俺は、俺たちは勝利を掴むことが先決だ。




なあ、トレーナーさん。

あたしさ、いつもあたしのために頑張ってくれるあんたが好きなんだ。

でも、無理はしないで欲しいんだ。

わがままだと思ってるよ。

あたしを勝たせて、無理もするな、なんてさ。

でもさ、トレーナーさんが辛そうにしてる姿、あたしは嫌なんだよ。

だからさ、いつもあたしの隣で笑っていてくれよ。先頭を走るあたしを

見ていてくれよ。

弁当はせめてもの恩返しなんだ。

今はトレーナーさんの立場も有るし、直ぐに答えは聞けないけどさ、

いつかは答えてくれよ?

トレーナーさん。

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