無法都市編の良SS

無法都市編の良SS


「モーサ殿、依頼を受けていただき感謝します」

「礼はいい。とりあえず詳しい内容を聞こう」

「はい。まず今回の任務の内容は騎士団の者からも聞いたとは思いますが、私と共に無法都市から王都へ向かう列車の制圧、および運ばれている偽札の調査を行うことです」

「近頃話題になっているものか」

「はい、すでに王都の経済はかなり混乱しており、王国としてももはや見過ごせるものではありません。本来大商会連合という商業組織の問題に国が介入することは望ましくないのですが、この問題は大商会連合に任せておくには大きくなりすぎました」

「だが、列車の襲撃で俺を呼ぶ必要があるのか?王女、いや騎士団だけでも十分ではないのか?」

「普通はそうなのですが、偽札の輸送ルートの特定を行った紅の騎士団情報部から気になる情報が入りました。偽札輸送列車の護衛が一人しかいないとのことなのです」

「一人?」

「はい」

「それはまた…怪しいな」

「その通りです。この偽札騒動を起こした組織はミドガル王国に対する敵対行為を取っているも同然。優秀な騎士団、そして自惚れる訳ではありませんが先日魔人シャドウと王都中を巻き込むような戦いをしたこのアイリス・ミドガルがいるミドガル王国に対して、です。」

「ふむ…」

「それなのに護衛が一人だというのはあまりにも不自然すぎる」

「わからんぞ、情報漏洩に万全を期したためにそもそも輸送ルートがバレることを想定していなかった可能性は?」

「それも考えましたが、騎士団員からは『絶対の自信を抱けるような防諜網ではなかった』と報告を受けています」

「なるほど、とすると…」

「護衛は相当の手練れ、このような重要な問題に関しては最悪を想定すべきでしょう」

「シャドウのような実力を持った相手であると?」

「流石にその可能性は低いですが、それに準ずるような相手は想定すべきかと」

「…了解した、俺としても人々が日々の暮らしに困っているのは見過ごせん」

「ご協力、感謝します」

・・・・・

「ん…?」

警戒のため機関車の上に乗っていたジョン・スミスが違和感を感じると同時に、業火が列車を目掛けて押し寄せてきた

「これは…」

アトミックを纏わせた糸が列車を守るように取り囲み、業火…いや、その言葉すら生ぬるい、異世界においては「サーモリック爆弾」と呼ばれた兵器のようにも思える猛烈な熱と衝撃波を斬り裂く

「王女か…」

ジョン・スミスは今まで会った中でも最も厄介な敵の一人が登場したことに軽く舌打ちをする

普段の陰の実力者ムーブをする時なら一応勝てる程度の強敵の登場は大歓迎なのだが、タイミングが悪い

「列車を守れるか…」

スミスがそう言葉をこぼすと同時に、上から何かが猛烈な勢いで降ってくる

「なっ…」

襲撃者はこの魔剣士が戦場を支配する世においては絶滅危惧種に近い槍使いであり、穂先には漆黒の、ブラックホールを思わせる球を纏わせていた

(やばいやばい…どうすりゃいいんだこれ…)

スミスはその槍をかわしながらもこの場をどうやって切り抜けるかを必死に考えていた

何しろ敵は最強の槍使いに天下に並ぶ者なき剣士

一対一ならある程度自信を持てるが、二体一となればかなり分が悪い

「これを余裕で防がれましたか…シャドウに準ずる程度の者を想定していましたが見込みが甘かったようですね…」

「…いや待て、王女」

「?」

「コイツ、シャドウだ」

「は?」

スミスが思考を巡らせている間に、槍使いと王女の間にも何かあったようだ

「…いや、ん…?」

アイリスはしばらく困惑した後、ジョンスミスの隙のない立ち姿をよく観察し、自分の全力の広範囲に及ぶ斬撃と猛者の襲撃に対処した姿を思い出して状況を認識した

「なるほど…シャドウ!お前か!」

王女は滅多に人前で見せることのない激情を隠すこともなく表に出し、ジョン・スミス、いやシャドウに対して最大限の殺気をぶつけた

「先のブシン祭の時にはお前からは王国に対する害意は感じられなかったが…私も未熟だったようだ!お前は!今!ここで!斬る!」

「いや待て王女、多分コイツはそんなことまで考えてないぞ」

「は?」

猛者は呆れたかのように首を振り、シャドウに近づいていく

「どうせお前のことだ、小遣い稼ぎ程度のことを考えていたらいつの間にか話が大きくなっていたのだろう」

「…何の話だ」

シャドウは(陰の実力者のムーブを崩さないために)猛者の問いに問いで返す

「あくまでとぼけるか…まあそうだろうな。どうせ、今まで偽札で稼いだ金貨の隠し場所なども忘れないために何かに記録しているのだろう…例えば、お前がポケットに入れているメモ帳」

猛者は洗練された動きでジョン・スミスからメモ帳を奪い取る

スミスはそれを止めず猛者の好きなようにさせる

(どうせ日本語で書いてあるし読めないだろ。むしろここで全く未知の暗号、言語を使ってるのも陰の実力者っぽいし好きにさせよう)

「ん…?(何だこの文字は?師匠の所で見た覚えもあるが全く読めん)」

シャドウの読み通り、猛者はシャドウの書いた文字を全く読むことができなかった

ここまでは読み通りであった

ただ予想外の事があったとすれば…

「失礼、モーサ殿。そのメモを貸していただけるか?」

「いいぞ」

(王女様も日本語は読めないと思うんだけどなあ…)

「感謝する。………旧オルバ子爵領、ナンモネー郡、アネサラッタ洞窟?」

王女の体に日本からの転生者が宿っていた事だろう

「は?」

シャドウの口から漏れたそれは完全に無意識のものだったのだろう

そしてそれが、人を見る目があるアイリスからすればメモに書いてあることが真実である何よりの証拠だった

「申し訳ないがモーサ殿、足止めを頼む。王都とオルバ子爵領に用事が出来た」

「心得た」

(させるかっ…!)

ジョン・スミスの鋼糸が二人を襲う

しかし

「シャドウ、流石に得意でない武器を使っていては足止めはできんぞ?」

猛者によって全て防がれる

その間にアイリスは列車から凄まじい勢いで遠ざかっていく

「シャドウ、お前の相手は俺だ」

(クソッ…)

猛者とシャドウの一騎討ちが始まった

・・・・・

「アルファ様、金貨の回収は半分ほど進みました」

旧オルバ子爵領、シャドウとユキメの金貨の隠し場所にて

「そう、順調に進んでいるようで何よりよ。ガンマ、信用崩壊は乗り切れそう?」

「はい、十分です。現時点でも信用崩壊は乗り切れるかと」

彼女らシャドウガーデンは、シャドウが教団の計画を防ぐために引き起こした信用崩壊を乗り切るためシャドウの暗号に記された金貨の回収を進めていた

「このまま行けば信用崩壊どころか、ミドガル王国の経済を牛耳ることもできるでしょう」

「それほどまで…やはり彼の見ている景色は遠いわね」

しかし、ここで知らせが入る

「アルファ様!」

シャドウガーデンのメンバーが大急ぎで洞窟に入ってくる

「何かしら?」

アルファが尋ねると伝令は答えた

「紅の騎士団がこの洞窟に近づいています!その数、50は超えています!その中にはアイリス・ミドガルも確認されました!」

「…!」

アイリス・ミドガル、先のブシン祭の戦いではシャドウに押されながらも決して敗北しない戦いを繰り広げたミドガル王国、いや、世界最強クラスの魔剣士

それがこの洞窟に向け近づいて来ていた

「アルファ様、いかがなさいますか?」

ガンマが指示を求める

「…潮時ね。全員、現時点で回収できた金貨を持って全力で撤収!決して正体を悟られないように王都へ帰還!」

「「「はっ!」」」

次の瞬間、そこにいたはずのシャドウガーデンのメンバーは一人残らず消えていた

「ふぎゃっ…」

…約一名の転んだ時のような悲鳴を残して

・・・・・

しばらくして

(はあっ…はあっ…何とか戻ってこれた…)

スーツをややボロボロにしながらジョン・スミスが洞窟に戻ってきた

(金貨大丈夫かな?これで王女様に全部回収されてたらやばいんだけど…)

猛者の足止めにより王都へ向かう王女の追跡を諦めたスミスは、猛者をあの手この手で撒いた後、洞窟にて王女を迎え撃つことを決めていた

しかし

「大変ですジョン・スミス様!洞窟が紅の騎士団によって制圧されました!」

ユキメの従者の一人がスミスにとって絶望的な知らせを告げた

「…そうか、紅の騎士団か…」

「いかが致しましょうか?」

「…」

スミスは必死で思考を巡らせる

アイリス・ミドガルがいるとなれば突入して金貨を回収して撤退するのは限りなく困難だ

しかし、金貨を諦めるわけにもいかない

「…金貨は全て紅の騎士団に回収されたのか?」

「いえ、それが…実は半分ほどは紅の騎士団が到着する前に何者かによって奪われていたようで…」

「…?」

スミスはさらに思考を加速させる

紅の騎士団以外にも自分の金貨を狙うもの、その在処を知っている者がいたかについて必死に思考する

そこへ

「大変ですジョン・スミス様!ユキメ様と連絡が取れません!」

もう一人の従者が飛び込んできた

「何…?」

「おそらく月丹によるものかと…!」

スミスは状況を認識した

「そうか…そういうことか」

「「スミス様?」」

「許さん…許さんぞ月丹!!!」

それは半分八つ当たりであった

アイリス・ミドガルから金貨を奪うのは難しい

しかし月丹から金貨を取り戻すのは十分可能だろう

彼は弱きを挫き強きを助けることを選んだのだ

「返してもらうぞ…!大切なものを…!」

・・・・・

「ルーナ殿、お久しぶりですね」

「アイリス様こそ、お元気そうで何よりです」

数日後、アイリスはミツゴシ商会を訪ねていた

「単刀直入に言います、実は…」

「大商会連合の救済、ですね?」

ガンマはアイリスの狙いを即座に見抜いた

「…その通りです。あなた方にとっては不倶戴天の敵。しかし、そこを何とか…!」

「わかっています。我々が王国経済において支配的地位を得ることをアイリス様、そして王宮が望んでいないことも」

アイリスはミツゴシ商会がミドガル王国の経済を支配することを決して望んでいなかった

国の命運を左右できる存在など、愛国者たる彼女からすれば存在しない方が良い

もし存在するとすれば…それは教団と同じく彼女の殲滅対象、いや、経済団体であることを考えれば解体対象と言うべきだろうか

「我々も決して王宮との対立は望んでおりません。承知いたしました。大商会連合への超低利子での融資、お受けいたしましょう」

「何と…ありがとうございます!後で父にかけ合って必ずあなたに勲章を授け、お褒めの言葉をかけるようにいたしましょう!」

「いえいえ、そのようなお気遣いはご無用です。我々にとっても王宮との関係は最優先事項。この程度のことなど苦でもありません」

その後、アイリスは何度もガンマに礼を言いながら去っていった


「…これで良かったのですね、アルファ様?」

「ええ」

ガンマはアルファを見つめる

「彼はアイリス王女を高く評価している」

「そうですね。あのタイミングで王女が来るように洞窟の情報を流したことからも明らかです」

彼女らは誤解していた

シャドウがわざとアイリス・ミドガルに金貨の保存場所を知らせたと判断していたのだ

「彼はアイリス王女との対立を望んでいない」

「そうなのでしょうね。だからこそ、このような飴をお与えになった」

洞窟から金貨を回収した後、アイリスは紅の騎士団に命じてガーター菊池を逮捕、大商会連合を武力を以て統制下に置いた

この強引な措置に反対する、大商会連合を擁護するような言動をする貴族達は、アイリスが大商会連合との密通の証拠を突きつけた上で「粗悪な紙幣を流通させるのに協力し、王国の経済を混乱させた」として糾弾、一時的にせよ発言力を奪い強引に黙らせた

その上で回収した金貨を使い大商会連合の救済を開始、信頼できる優秀な官僚を派遣して再建にあたらせた

しかし、それでも足りない

故にミツゴシ商会に融資を頼みに来たのだ

「我々は王国内で一番の商会の地位を確立し、王宮は二番手にして未だ強い地盤を持つ商会を完全に統制下における」

「もし、我々が金貨を独占していたら…」

「アイリス王女は我々との対決を選んだでしょうね」

それは恐ろしい未来であり、主が望まない未来でもあった

彼女らの主と渡り合える実力者が敵に回るのだ

「しかし、この状態ならばアイリス王女も無理にミツゴシとの対決を決断できないでしょう」

それはミツゴシ商会、そしてその裏にいるシャドウガーデンがアイリス率いる王宮の勢力と一時的にせよ手を組めるであろうことを意味した

「ガンマ、忙しくなるわよ」

「はい、この機を逃さず王宮へのコネを作ります」

「頼んだわよ」

かくして彼女らは動き出す

全ては偉大なる主の計画の通りに…








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