無双願望
「……これ前にも言ったよね?」
額の上に組んだ腕を、わずかに声がすり抜けてくる。少しだけ隙間を空けて、聞こえるように大きくため息を吐いた。
「私に『アドバイスしてください』って言ったのはそっちでしょ」
「ああ、はい……そうでした」
「じゃあなんで聞かないの?」
「聞いてますよ……」
少なくとも、今この瞬間は自分の行いを猛省しているつもりだったが、反省が続くのは毎度毎度その場限り、注意されてからちょっとの間しかなかった。
「聞いてる人の言動じゃないんだよ」
「いや、しっかり聞いて──」
顔をがばっと持ち上げ、詭弁のために声を張り上げた。主張としては全く脆弱で、これはすぐに掻き消される。
「私の言うことを聞いてるんだったら、実践してるはずなんだって」
もう一度顔を膝にうずめる。咄嗟の反論すら思いつかなかったからだ。
頭を目まぐるしく回転させて何とか言い訳を思いつこうとしてもダメ。どこにも反論の余地がない。
「ほら、まずは……」
……魔法を扱うのにまず必要なものは感覚の「探り方」だ。まったくの手探りで魔法の感覚を見つけ出すよりは、先人が作り出したセオリー、つまりすでに辿り尽くされた草の少ない獣道を歩めという。
幼児は体の中枢から末端にかけて、肉体を動かす術を学ぶ。逆に、たとえ肉体に元より備わっている機能でも、感覚を掴むまで決して思い通りに動くことはない。
大多数の魔法の経験者に言わせれば、魔法を初めて使う感覚は幼児が末端の筋肉を動かす感覚を探すことに近しいのだという。
魔法の正体は肉体に必ず備わる代謝の一端に過ぎないからだ。
栄養の一種である「魔素」を然るべき部位に運び、「魔力」で燃やす。そして、その燃え方が魔法の種類に表れるのだ。
精密な魔力操作は根幹の魔力操作の上に、力強い魔力操作は根幹の魔力操作と精密操作、そしてそれらの連動の上に成り立つ。
だが……。
「……ああっ、じれってえ!」
さっきまでじっと見つめていた紙切れを放り投げた。表面にはただ漉いただけの紙には見られない、特有の質感があった。
「こんなみみっちいのより詠唱とかの方がよっぽどマシだわ、くそっ」
抱いていた観念が崩れたようである。
「詠唱」。物質主義の社会に生きてきた以上は意味のない行動で、実際にするとなれば意味もないうえ小恥ずかしいことだと思った。
それでも、もし感覚とかいうぼやけたものより、詠唱が魔法の発動条件であったならば、間違いなく今のような苦労はしていないはず。
魔力を操作する感覚など全くの不要で、少し格好の付いた文字列を読み上げるだけで術として完成する。これを楽ととらえるのは、読み上げるという行為がすでに感覚として身に付いているからだ。
実際、凝り固まった肉体感覚に突然加わった、新しい感覚を一から見つけ出すよりよっぽど楽だろう。
「泥臭ぇー……」
今は、「魔法で感熱紙に熱を加えて色を変える」というアプローチで感覚を掴もうとしている。……初めての師匠、ルナティカの下で。
放り投げた紙を拾い上げ、もう一度間近に見つめる。今度はさっきよりより早く諦めた。
「……君、前世幾つだった?」
「十二だけど」
質問の意図が分からず、戸惑いながらも答えた。あくまでも命令に従う意志があるということを示せる機会だったから。
「そのくらいだったら……」
どこかルナティカの期待が再び沸き上がる様子だった。「若ければ若いほど良い」、ということなのだろうか。
「まあ、できない人間は一生できないからね。『感覚を掴む』とか、かなり抽象的で参考にしづらいことこの上ないもん」
「でも『君ならできる』って言いましたよね?」
「だからこうしてやらせてるんだよ。そもそも、素質がある人でも感覚を掴むまでの期間は個人差が大きいの」
「……いつになるのかなぁ、できるようになるの」
「いつかできる」「いつかできる」の一点張りをされても、「今できていない」という現実。理屈では上達のために辿らなければならない道のりだとしても、今こうして取り組んでいる俺にとっては機嫌取りのために騙されているようだった。
また同じ、成功しない試行をする。
何がこの挑戦の失敗を引き起こしているのか、全く見当もつかない。言われた通り、同じことを繰り返してやっているのに、兆しさえつかめない。
……「同じこと」を続ける。自分で改めて見返しても、これが失敗の最大要因だった。
「飽きてきた?」
四度目の試行の中で、集中状態に割り込んで来た。
この特訓が、従わなかった時に叱られることを避けるための建前としても、諦めず取り組んできたのを邪魔した彼女の行動に苛立った。
「飽きますよ。ずっと同じことやって、同じところで躓くんじゃあ当然じゃないですか」
「そう、当然。同じことをしてたら同じところで躓くのだって当然でしょ?」