無償

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「…なんだテメェ」

威嚇でも敵意でも不快でもない、ただただ興味がないという声に思わず足を止める。いろんな船をこっそりと乗り継ぎ、小さい手足でやっと辿り着いた地で、弟はそう言った。いつもよりも更に高いところにある顔は、街頭を背にしているせいで真っ暗で見えない。クロ!お前の兄だよ!と叫んでみても、どうやら聞こえていないようだ。どうすれば気付いてもらえるのかと考えている私を置いて、弟はさっさと行ってしまう。なるほど?幾ら見た目がこんな愛くるしいぬいぐるみでも鋏使いを見れば兄が分からない訳はない。さてはそれを試すための鬼ごっこだな!さっすが私の弟、用心深いことはいいことだ!

「…で、連れて帰ってきたんですか」

そう言って怖い顔でこちらを見る彼は、弟の部下だ。結局あの後鋏を持って追いかけた私を弟はきゃーきゃーいいながらかわし続け、最終的に回り込んだ私が覇気込みのハグをかましたところで諦めたようだった。鉤爪で首根っこを引っ掛けられて、まるで拾われた子猫の気分に浸っていると、ぶんと腕を振られて部屋の中に叩き込まれる。思わず受け身をとった私を見て、弟は「うわ」と言った。酷い。

色々あったものの無事に弟と合流できたのだから、今はそれを喜ぶことにしようとそこらを走り回ってみる。可愛いぬいぐるみが走ってるぞ〜とアピールしてみるが、興味がないというふうに顔を背けられた。これが反抗期か…と少し寂しくなって、結局いつものように大人しく窓から外を眺めておくことにした。部屋の中でドタバタするな窓の外でも見てろ!というお怒りの言葉を弟から賜ってから、いつしか習慣になっているのだ。窓枠に飛び乗ってみれば、外が暗いせいで窓は鏡のように室内を映していた。ぬいぐるみになった自分を改めて眺めていると、ふと、後ろから視線を感じる。この部屋にいるのは自分と弟しかいない。気付いたのかい、クロ?と振り返れば、弟はぼんやりと右手をかざしていた。兄が目の前にいるのに。

クロは、ひどく寂しそうで。

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