無二の香り

無二の香り


「ウター! さきいきすぎるなよー!」

 後ろから男の子の声がするけれど、私はそれを振り切るように……完全には振り切らないように気を付けながら走る。

「やーだよー! ほら、ルフィー! おいついてみなよー!!」

 そうしてルフィを挑発し、彼がより一層全力でダッシュするのを見て、二人同時にゴールできるように調整する。

「ゴー……ルっ!?」

「わっっぷ!?」

 勢いあまってゴールと同時に二人とも足がもつれ、もみくちゃになって地面に転がってしまう。

 幸い、草が絨毯のように生い茂っていたからここで転んだところで怪我の心配はなかったけれど。

「あははは……ちょっと危なかったね。ルフィは大丈夫?」

「……」

 お互いを庇うように抱きしめ合って地面を転がり、勢いがなくなって止まったところでルフィに声をかける。

 こういうとき"とししたをきづかう"のもまた"としうえのおねーさん"としての役割なのである。いやそんな役割とか関係なくても心配するけど。

 そうして声をかけたのにルフィから返事がない。

 ……え、まさかどっかぶつけた? それで意識失ってるとか!? うそ、やだ……だれか、そうだホンゴウさんに。

「スー…………スー…………」

 最悪の予想が頭の中を駆け巡り、パニックになりかけた私を落ち着かせたのはルフィの寝息……いや、何かを吸うような音だった。

「?」

 るふぃが、なにかを、すってる。

「???」

 さっき、わたしたち、ころんだ。

 もつれて、だきあって、ころがった。

 だから、るふぃのかおは、わたしが、だきしめてる。

「??????」

 つまり、るふぃが、すってるのは、わたし、の……?

「!?!?!?!?!?」

 そこまで思考が及んだところでボンッ! と音がしたんじゃないかと思う勢いで顔が熱くなった。

 たぶん、傾きかけた夕陽に負けないくらい真っ赤だったと思う。

「なっ!? ばっ! なにしてんにょよルフィー!!!!」

 噛んだことなんてどうでもいいくらい慌てながらルフィを引きはがそうとするけれど、全っ然離れない。

 なにこれ力つっよっ!? むしろなんか両手でホールドしてきたんだけど!?

「バカバカバカ! エッチ! ヘンタイ! スケベ! ルフィ! いいからはなしなさいよー!!!」

「……やだ」

 ようやく喋ったと思えばやだときたもんだ。……ル、ルフィのくせにぃ~!!

「いーから! 一回離れてよ!! 離れないと二度と勝負しないし遊んであげない!!」

「……っ!!」

 私の最後通告が効いたのか、ビクッと一瞬だけ震えたルフィの手から力が抜けた。

 はーようやく解放される……と思ったけど、なかなか離れない。ど、どんだけ離れたくないのよコイツ……!

「はー……ちゃんと離れて、ワケを話したら勝負も遊びもちゃんとやったげるから。ほら、ね?」

「……うん。スー………………」

 最後にギュッと抱きしめられ、まったく子供なんだから……なんて思ってたら最後に思いっきり吸われた。こ、この……!

 はーまあいいわ。さぁて、どう釈明してもらおうかしら。事と次第によっては……。

「で、ルフィ。なんであんなことしたのよ。理由次第じゃほんっとに怒るからね!?」

「う……あ……」

 かつてない剣幕でキレてる私に対し、負い目なのかビビってるのかわからないけどもじもじしどろもどろなルフィ。

 うーん、この姿はこれはこれで新鮮……じゃなくて、いくらなんでもここはちゃんと説明してもらわないとほんと困る。

「ルフィ、男の子でしょ? 女の子にあんなことした理由が何もありませんじゃ立派な海賊にも大人の男にもなれないわよ。ちゃんと言う!」

 ビシッ! とルフィに指摘すると、意を決したのかまっすぐとこちらを見つめルフィが陳述を始める。

「こ、転んでウタをかばおうと抱きしめた時……その、すっげーいい匂いがして……安心するっていうか……すげーいい気持ちになって……気づいたら夢中で……もっとずっと吸」

「はいはいはいはい! ストップ! ストーーーーップ!?」

 は、はあああああ!? わた、私からいい匂いがしたから、だからあんなに吸ったって!?

 い、いやいやいやいや! そりゃだっておしゃれとか身だしなみでそういうのは気を付けてるけど匂いたって石鹸とかの香りくらいのはずだし、なにより今は運動して汗かいてるから汗臭いはずだしそれなのにいい香りだとかなにってんのよこいつ!?

「……ウタ!」

「ひっ!?」

 予想外の理由に混乱しつつもルフィが言ったことを咀嚼し気持ちの整理を付けようとするが、私が落ち着く前にルフィがガシッと肩を掴んできた。

 そうしてそのまま顔が近づいてきて……え、なにこれ、まさかこの流れでキ、キス……しちゃうの!?

 ええええまってまってまさかここで初キスしちゃうの? ルフィ相手に!? 二歳も年下のガキンチョなのに? あ、でも迫ってくる顔なんか普段と違ってちょっぴり大人っぽいかも。それにルフィの事は好……別に嫌いじゃないし、責任とってもらえるならいっかな……。

「ん……」

 覚悟を決めて目を瞑る。そうして数秒の後、私の唇はルフィに奪われ。

「スー……」

 ることは無かった。

 ルフィは私の肩に顔を、いや鼻をうずめ吸っている。

 なにを? 私の香りを。

「っ……!? な、なんで、あん、あんた! また吸ってんのよ!?」

「だって……」

「だってじゃないわよ! 何よあの思わせぶりな顔の近づけ方! 勘違いしちゃったし乙女の覚悟どうしてくれんのよ!!」

「うっ……なんだかゴメンなウタ……でも、やっぱウタのこの匂い好きだあ……スー……」

「ああああだから吸うなあああああ! あと匂いって言わないでなんかそれヤなの! せめて香りって言えーーーー!!!」

「スー……わかった。ウタの香り、すげーイイ……スー……」

「言い方変えるだけじゃなくて吸うのやめろーーーーーーー!!!!!」

 ちょっと前までは普通に勝負して、ルフィの負け惜しみに出た~とかやる流れのはずだったのになんでこんなことになってんのよー!

 感情がめちゃくちゃにされてるのは私だけで、ルフィはすんごい落ち着いてるし! なに!? それも私の香り吸ってるからってこと!?

 じたばたと暴れるけどルフィは全然離れない。最初の時みたいにぎゅぅっとよりいっそう抱きしめてくる。

 あー……! もー……! もおおおおお!!!

「あーもう……ルフィの好きにしなさいよ……バカ」

 バカ、といった時一瞬身じろぎしたものの、それ以上に私が止めろと言わなくなったからか遠慮のえのじもないくらい吸ってきた。

 いやまあ、最初からわりと遠慮なかったけどね?

 ほんともーお子様というか、どこでそんなの覚えたのか。やれやれといった気持ちも強いけど、まあこいつも七歳で甘えたい年頃なんだろうなと思い、きゅ……と抱きしめてやる。

 そうしたらそれで安心感がかなり満たされたのか、ルフィが脱力する。

 ……それでも吸うのを止めないのは、ある意味で凄いと思う。

「はー……まったく。そんなに甘えたいなら今度はマキノさんにやってもらいなよ……」

 悔しいけれど、マキノさんは私なんかよりよっぽど大人の女性だ。……スタイルも良いし。将来私もあんなぷろぽーしょんになれるといいなあ。

 ルフィの頭を撫で、背中をさすりながらそんなことを言うと、ルフィが猛反対してきた。

「スー……やだ! スー……ウタのスー……香りじゃスー……ねぇとスー……おれはスー……いやだ! スー……ウタがいい! スー……ウタ以外のはスー……吸わねえ!! スー……」

「なっ……ば、っ……この!」

 ルフィを止めるのを諦めた形で許したとはいえ、吸われてるこの現状はもちろんすごく恥ずかしい。

 なのに、こいつはまたとんでもないことを言って私を恥ずかしがらせる。

 なに!? これ、新手の拷問か何かなの!? かけっこ勝負で村の外に出てて誰もいない場所でほんっとによかった!!

 そうしてしばらく……たっぷりとルフィに吸われ続けた私が解放されたのは陽が完全に沈み切りそうになる頃合いだった。

 ……どんだけ吸ってたのよコイツ……。

「はぁ……やぁっと解放された……」

「うぅ……ごめんウタ」

 あんだけ吸ってようやく満足……というか冷静になったのか、ルフィは随分としょげていた。

「……ウ、ウタがあんなにやめろって言ったのに……おれ、おれどまんな゛ぐっで……も゛う゛しね゛ェがら゛……」

 涙こそどうにか堪えて流れていないものの、すっかり鼻声のルフィ。

 あーもー……。

「今度人前で勝手にやったら二度とさせてあげないからね!」

「う゛ん゛……も゛う゛、に゛どどしね゛ェ……」

 まったく、そんな後悔するくらいなら最初からやるなっていうのよ。

「ちょっと、話聞いてた? "人前で勝手に"やったらダメ。……次からは、事前に私に聞いて、人のいないところでなら……まあ、いいわよ」

 こいつが他の女の子に同じことしたらお世話になってるフーシャ村のふーひょーひがいになるし、ルフィと交流のある赤髪海賊団も変態海賊団にされちゃうからね。

 そんなことになったらいけないから、私がルフィを止めてあげるの。そう、これは私にしかできないことなの。うん。

「え゛っ!? い゛、いい゛の゛か……?」

 さっきまでの沈痛な面持ちはどこへやら。泣きそうになってた痕跡は残っているものの、いまやすっかり笑顔だ。現金な奴。

「あ・く・ま・で・も! さっきの約束守ったらね。あ、あとこういうことは他の人に言っちゃダメ! 私達だけの秘密だからね!!」

「お……おう! 約束する! 絶対守る!! ……だから、その」

「よし! それで、なーに?」

 ルフィはなんだかんだで約束を守る男の子だ。これで大丈夫なはず、たぶん。

 それに、泣き顔より笑ってる顔の方が好きだし。いやこれは別に他意があるわけじゃなくてね?

 とりあえず一件落着しそうなところに、ルフィが最後にとんでもないことを言ってきた。

「……あし、あしたも、ウタのかおり……吸いたい……」

「は? はあああああ!? あんた! さっき! あんだけ! 吸って! まだ足りないっていうの!?」

「わりぃ……でも、ウタの……ずっとすいてェくらい好きになっちまったんだ……」

「~~~~っ!? ぐぐ……この…………はあ……とりあえず、私がいいっていったタイミングでね?」

「おう!」

 はあああ……今夜はとっておきの香り石鹸開封しようかな……。

 あれ残り少ないし、シャンクスに次の航海で補充してもらおう……。あと、他にも何かないかとか、今まで以上に探さなきゃ……。

 ほんと、ルフィにこんな一面があったなんて……。

 それが私なのは嬉しい様な、私のせいでルフィのあんな一面が花開いちゃったのか……と、なんとも複雑な面持ちでルフィと共に村に帰るのだった。

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