火輪と赫翼

火輪と赫翼


 

 

 

 

 

 ここはシャボンディ諸島、その日この辺りは戦火に見舞われる。海軍による海賊一斉摘発。海賊と海兵があちらこちらで戦う中無辜の民は逃げるしかない。だが戦っている最中の両勢力にそんな気遣いを出来る者はごくわずかだ。

 

 

「キャッ?!」

 

「チックしょぉ~~!! あの海兵め……! オラテメェ!! 何見てんだ女!!!」

 

 

海兵に吹き飛ばされ、八つ当たりと言わんばかりにたまたまそこに居た女性を切り殺そうとする海賊。だが海賊は次の瞬間起こったすさまじい衝撃で大きく吹き飛ばされ海へと落下してしまった。

 

 

シャボンディ諸島に突如として爆音と共に落下してきた、紅い光を纏った銀色の流星。その衝撃で多くの海賊が恐れ戦き、パニックを起こす。シャボンディ諸島に集結した海賊を一掃するため海軍が満を持して投入した、文字通りの怪物。その流星を目にした将校は誰に言うわけでもなく呟く。

 

 

「海賊どもよ…恐れ見よ、雄々しき赫翼の彗星を!!」

 

 

 


 

 

海軍本部准将“赫翼” レグルス・ベネト。リュウリュウの実幻獣種・モデル“バルファルク”。裁きの龍星が海賊を一掃するために降り立ったのだ

 

 

 

「無辜の民よ、安心するがいい! ぼく……もとい、私が、ここにやって来た!!!」ド ン ッ !!

 

 

 

 悪魔の実の能力を一時的に奪う真紅の粒子を鋭い銀翼から撒き散らし、さらに彼の胸からは服を通して真紅の光が放たれている。

 

 

 そんな『無辜の民を守る理想的な海兵』であるレグルスの姿を見て“火輪”ヴァルツ・マーロウは苦虫を噛み潰したかのような表情になっていた。食いしばった歯の間から火の粉が飛ぶほどに。

 

 

 

「喰らえ! 赫翼龍弾!!」

 

 

 

 

 レグルスが後ろへ延びていた銀翼を前方へと向ける。港に泊めてある海賊船へ向かって真紅の弾丸が銀翼から次々と放たれ、船のどてっ腹に次々穴を開けていく。

 

 

「テメェ何してくれてんだ!!」

 

「やっちまえぇ!!!」

 

「数だけでぼく……私に勝てると思うな!! 銀翼刃斬!!」

 

 

 

 前方へと延びていた銀翼が手のような形から鋭い槍のような姿に変化し、辺り一面を薙ぎ払う。突如とした襲い来る大質量の鋭い刃に海賊は為す術無い。レグルスへ襲い掛かった海賊のほとんどがその一撃でなぎ倒されるが、その一撃を掻い潜った者もいた

 

 

 

「そこだ、喰らえ!!」

 

「甘い、剃!!」

 

 

 

 海賊がレグルスへと切りかかった瞬間レグルスが姿を消し、海賊の背後に現れる。

 

 

 

「嵐気龍脚!!」

 

「げふあぁ?!」

 

 

 

 海軍式の体術『六式』にレグルスの能力が上乗せされた巨大な真紅の巨大な嵐脚が海賊にクリーンヒット、さらにその一撃は周囲に居た海賊も巻き込んでいく。と、勢い余ったその一撃はついでと言わんばかりに海軍の軍艦にヒットし大きな傷をつけた。

 

 

「あ゛!!!」

 

 

 

 周囲に居た海兵はぽかんと口を開けて呆然とする。レグルスは急いで周囲を見回し、一度頷いて

 

 

 

「よし、誰も見てないな!!」

 

「「「「いやいやいやいやいやいや!!」」」」

 

「頼む、黙っていてくれ!! これ以上軍艦傷つけたり轟沈させたらあのシャーン中将もさすがにキレる!! 海賊が傷つけたってことにしてくれ!!」

 

 

 さっきまで最高にカッコよかったレグルスの思わぬドジっぷりに周囲の空気が一気に弛緩した。

 

 

 

「あの、では軍艦傷つけた以上の功績を出せばワンチャンお咎めなしになるのでは?」

 

「それだ!! よーし、とりあえず片っ端から海賊船に攻撃して足止めしよう!! 赫翼龍星弾!!」

 

 

 

 一人納得したレグルスは銀翼を手のような形へ戻し、先ほどよりも大量に真紅の弾丸を海賊船へと乱射していく。そのあまりの爆音と爆発の光でレグルスは上空から迫る巨大な火球に気付けなかった

 

 

 

「陽炎竜彗星(プロミネンス・ドロップ)!!!!」

 

「ぐえぇ?!」

 

 

 背後から急襲してきた火球と飛翔(と)び蹴りの複合技に人獣形態で防御力が上がっているとはいえ大きく吹き飛ばされ先ほど傷つけた海軍の軍艦に叩きつけられるレグルス。レグルスを襲った真紅の流星。『火輪・ヴァルツ・マーロウ』。悪魔の実、動物系怪物種モデルリオレウスの能力者である。

 

 

 

「あ、ゴメンゴメン、なんか鬱陶しい正義面が居たからついやっちゃった」

 

 

 

 シレッと言い放つマーロウだが苦々しさの中に憤怒が混ぜ込まれた表情で吹き飛ばされたレグルスを見ている。彼が怒りに燃えているときの特徴、口元からも火の粉が舞っているので彼は間違いなくキレ散らかしている。レグルスが叩きつけられ、大穴が空いた軍艦からレグルスが何事もなかったかのように出てきた。

 

 

 

「ッ痛~~~……さすがに勢いまでは殺しきれなかったか。まぁ仕方なし」

 

 

 

 

 なんとレグルスはほぼ無傷だった。マーロウが急襲する直前に野生のカンで翼を後方へ展開し盾にしたのだ。レグルスの背に生える銀翼は他の怪物種に見られる翼とは一線を画し、尋常ではない強度と可動域、そして多様な形態変化を持っている。

 

 

 

「火輪・ヴァルツ・マーロウ。最近頭角を現してきた動物系怪物種の能力者。丁度いい、君がぼ……私の最初の逮捕者となるだろう」

 

「くっ……はは。そうか。とんだマッチポンプだな」

 

 

 

 マーロウの意味深な言葉に引っ掛かりを覚えたレグルスだが、次の瞬間吹き飛んでしまう。

 

 

「シフトアップ……第二形態(セカンドフォーム)! 蒼鱗炎灰(ブルーフレアッシュ)!!!」

 

 

 

 マーロウを囲むように円状に燃え上がる赤い炎。それが徐々に蒼く染まっていき、全てが蒼い焔に代わった瞬間。焔を斬り裂いてマーロウが現れる。だがその体には劇的な変化が訪れていた。

 

 

 全身を覆う真紅の鱗が全て蒼い空の色へと変化し、纏う炎のオーラも普段より格段に高い熱量を持っている。シャボンディ諸島へたどり着くまでに幾多の戦いを繰り返しマーロウが開花させた怪物種モデルリオレウスの新たな境地。『蒼鱗炎灰(ブルーフレアッシュ)』。スペックが上昇し、より高温の焔を操れるようになった第二形態である。

 

 

「聞いたことがある。動物系怪物種には稀に新たな姿へと変化させさらに戦闘能力を上昇させる者が現れることがあると。君もその境地に至ったか」

 

「お前と僕の知ってる海軍はベツモノだってわかってる。だからこれは僕の八つ当たりだ。精々ヒドい目に合ってくれ」

 

「よくわからないが、海兵である私が海賊に負けてやる道理はないな!」

 

 

 

 

「飛龍剣術・蒼火奔(アオヒバシリ)!!」

 

 

 マーロウが剣を地面に掠らせるように振り上げると、そこからレグルスへ一直線に炎の奔流が走りレグルスを襲う。レグルスはそれを横へジャンプし回避するが、軌道を読んでいたマーロウが剣を口に咥え腕を翼に変化させ急襲、足の毒爪で回し蹴りを叩き込む。火奔を回避するのに銀翼を使っている為銀翼による防御はできない

 

 

「薙(ナギ)・烈脚(レッキャク)!!」

「鉄塊!!」

 

 

 レグルスは蹴りを腕で受け止めるものの、勢いの乗った回し蹴りと自分が移動した方向に攻撃が重なったこともあり若干勢いを殺しきれなかった。体勢が崩れたレグルスにさらにマーロウは口に咥えた剣で斬りつける。

 

 

「飛龍剣術・藍染(アイゼン)!!」

 

 

レグルスの海兵服が切り裂かれ、浅くない傷がレグルスの胸部に刻まれた。

 

 

「ハァ、はぁ、やるね……やっぱり新世界まで来た海賊は一角の実力はあるわけだ」

 

「ナメるなよ海兵……! 僕はゆく先々で僕らの道を塞ぐお前らに一泡吹かせたくてここまで来たんだ」

 

「それほどの力があるのに、なぜ君は海賊なんかに……それにさっきの蹴り、瞬間移動……あれは嵐脚や剃のそれに似ていた。君は、もしかして元……」

 

「ふざけるのもいい加減にしやがれ!!!!」

 

 

 

 マーロウの絶叫に乗せて周囲を吹き飛ばさんほどの覇王色の覇気が放たれた。周囲の海兵どころか海賊も軒並み気絶している。

 

 

 

「なにが海賊なんかにだ!! あぁわかってるさ!! 僕がいた海は本部に居るような海兵には取るに足らない海だってことは!! これは八つ当たりだ!! 海軍でありながら護るべき人を守ろうとしなかった海軍どもへのな!! お前らのせいで先生は……!!」

 

 

 

 

マーロウが棲んでいたのは小さな島国だった。それこそ非加盟国の中でも名もなき島と言われるほどに。そこで育ったマーロウは一人の人物を慕っていた。彼は元海兵だった。優しい男だった。孤児だったマーロウは彼に育てられたのだ。彼は小さな島国の先生のような人間だった。子どもたちを慈しみ、己の知恵を、生きていくための知恵を子どもたちに、あるいは大人にも授けていた。こんな日々が続けばいいと思っていた。

 

 

 ある日、その島を海賊が急襲した。

 

 

 

夜明け前の急襲。島民はほとんどが皆殺しにされ、日の昇らぬうちから山に採取に出かけていたマーロウと先生は生き残った。異変を感じ戻った時には全て終わっていた。絶望に暮れ、泣き崩れるマーロウ。海賊はそんな無防備な青年を殺すのに躊躇いはなかった。

 

 そこへ巨大な怪鳥が現れ、海賊を一蹴。マーロウはかろうじて生を繋いだ。海賊を追い払った怪鳥は先生だった。動物系悪魔の実、モデルイャンクック。これがマーロウが初めて出会った最初の悪魔の実の能力者だった。

 

 

 海賊は船へと逃げ帰り自分たちを追い払った怪鳥へ船から砲撃を放ち始めた。そのあらん限りの悪意が込められた砲撃によって僅かに残っていた住居も、マーロウが過ごした思い出も、そしてマーロウを庇う先生も、何もかも破壊していく。先生はその最期の時までマーロウを庇い続けていた。

 

 

『生きてくれ、私の、愛すべき生徒よ』

 

 

 何もかもが瓦礫と灰の山となった島でマーロウは彷徨う。そして先ほどまでいた山の入り口に祠を発見した。導かれるように祠の中をのぞくと、そこには片割れになったサクランボのような赤い、赤い、渦巻き模様の果実があった。

 

 

 

 数日後、故郷の島から脱出したマーロウは近くの別の島国で衝撃的な事実を耳にする。『海軍と海賊が手を組んでこの辺りの海を荒らしまわっている』と。

 

 

 あの襲撃は計画されたものだった。未だ希少価値の高い悪魔の実、さらに最近世界中に急速に蔓延し始めていた動物系怪物種。海軍はそれを探して周囲の海を探し回っていたらしい。そして海賊を使ってそれを探させていたのだ。

 

 

 そして数日後、周辺の大小問わない海賊は全滅し、その辺りを拠点としていた海軍基地は『夜明け前、何者かの急襲によって』全滅した。元海軍や海賊の拠点は僅かなガレキと燻ぶる小さな炎だけが残されていたという。

 

 

 

「僕は海賊だ、正義を語るつもりはない、けどお前ら海軍が正義を語るのは許さない!!!理不尽に現れ理不尽に奪うのが正義だって言うなら、そんなもの僕が焼き払ってやる!!」

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