火輪と毒輪《ファーストコンタクト》

火輪と毒輪《ファーストコンタクト》


 

 

 

偉大なる航路、イーストブルーの端の端。大海賊時代に入り、海賊と海軍が日夜火花を散らすこの世界で。長い戦いで人々は疲弊し、正義と悪の境界ですら曖昧になるのは必然だったろう。正義を執行するはずの海軍が歪み捩れた正義を振りかざす程度には

 

 

 

「待ちやがれクソガキ!!」

 

「逃がすな!! とっ捕まえて売っぱらってやれ!!!」

 

 

 

 年端もいかぬ子ども二人を追いかけまわすのは数人の大人。これだけならまだ救いがあったろうに、彼らの被っている帽子には海兵の文字。海軍本部との連絡が届きにくい場所ではしばしばこういった海軍の暴走腐敗が見受けられる。海の平和を守る海軍が海の平和を乱すなど、現元帥や本部の者たちが知ればどう思うだろうか。

 

 手を繋ぎ、必死で逃げる子どもの片割れの胸にかかった小さな尖った石のペンダントが揺れる。彼女たちはアラルとメイル。この街で生まれた姉妹で、身寄りがなくなってからは二人きりで生きてきた。海軍が暴走しだし、しばしば襲ってくる海賊による略奪だけでなく海軍自体も高い税を要求しこの街の人々は疲弊しきっていた。

 

 そんな中で姉妹が生き残るには盗みやスリなどをやるしかなかったのだ。それを咎められ彼女たちの大切な姉貴分が彼女たちの身代わりに海軍に連れていかれてしまい、姉妹はどうにかして海軍基地に潜入、姉貴分を助けようとした。だが所詮は子ども、潜入がバレてしまいこうして追いかけられることとなった。逃げるうち二人の体力が尽き、とうとう裏路地へと追い詰められてしまった。

 

 

「このクソガキが!! てこずらせやがって!!」

 

「なぁ二、三発ブン殴ってもいいよな? 俺たち海軍の手を煩わせたんだからよ? な?」

 

「あァ、腹を殴れば気付かれねぇだろ」

 

 

 

 首を掴まれて持ち上げられ、苦し気に呻く姉妹。海兵が拳を握りしめてアラルへと向けた瞬間乱入者が現れた。

 

 

「いい年した大人がみっともないことするもんじゃないよ。正直ダッセェよ、それ」

 

 

 黒髪に赤いメッシュの青年が吐き捨てるように海兵を挑発する。青年の名はヴァルツ・マーロウ。駆け出しの海賊である

 

 

「あァ?! 俺たちがこの海の平和を守ってやってんだ、ちょっとぐらいオイタしても構わねぇだろ? なぁ?」

 

「そうそう、お前ら愚民は俺達に感謝して俺達に奉仕するのが仕事ってワケ、わかる?」

 

「そうだよ。それとお前みたいな海の平和を乱すクソ共をブチのめすのが俺たちの仕事ってワケだ!!」

 

 

 姉妹を乱暴に投げ捨て抜剣する海兵たち、それでもヴァルツは動じない。羽虫が怪物に勝てる道理などないからだ。数十秒後、裏路地には両手両足と顎の関節を外され放置された海兵たちが泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってこの街の海軍基地。一番奥の牢に一人の女の子が囚われていた。両手に海楼石の手錠をはめられ、本来なら美しい緑がかった金髪は長い間不潔な牢で幽閉されたせいで汚れくすんでいる。普通の女性ならそれこそ様々な暴行を受けていてもおかしくはなかったが、彼女はその身に宿る希少性ゆえに『それなりに』丁重に扱われていた。彼女は悪魔の実の能力者だったのだ。

 

 

 彼女の牢に近づく男。海兵でありながらその身はだらしなく太り、典型的な権力で肥え太る豚と言ったありさまだ。下卑た笑みを浮かべ嘲笑うかのように彼女に語りかける海兵、彼こそこの海軍基地を牛耳る男、『泥土のジャラドス』だ。彼がひとえにこの辺りの支配者である所以はその異名と力にある。彼もまた、悪魔の実の能力者だったのだ。世界に突如として現れ、瞬く間に蔓延した新たなる悪魔の実の種。

 

「やぁレディ。元気かな?」

 

「そうね、アンタがここに来なければそこそこ快適だったけど?」

 

 

 

 そして汚れてもなお傲岸不遜な彼女もまた、動物系怪物種の能力者だ。動物系怪物種・モデル『リオレイア』。深緑の鱗に身を包み、陸を駆ける気高き女王の生き写し。彼女の名はアルテミア・セレーネ。アラルとメイルの姉貴分だ

 

 

 

「そう言っていられるのも今の内だ。後数週間で海軍本部から援軍が来る。君は彼らに連れられてそのままヒューマンショップへと移送される。天竜人の奴隷として新たな人生を送るといい」

 

「やっぱりね、ここの連中見てて思ったそのまんま。海軍の質も落ちに落ちたようね」

 

「この海の正義は我々にある。我々こそ秩序なのだ。故に、何の質も落ちていないのだよ、レディ」

 

「アハハハハハ!」

 

「何がおかしい」

 

「そうやってわざわざ言葉に出して自己暗示しなきゃ正義を名乗れないの? 思ったより……小さいのね」

 

 

 ジャラドスが怒りに任せて無理やり檻をこじ開けて彼女の首を掴み上げる。腐っても動物系、その膂力はバカにならない

 

 

「今ここで貴様をズタボロにしてやってもいいんだぞ……?!」

 

「っ、く、フフ……アンタみたいな小物が、こわ~い、上司の命令に従わないなんて、ことできるの?」

 

「ナメるな小娘ッッ!!」

 

 

 

 アルテミアの顔面にジャラドスの拳が突き刺さる寸前、不思議な音が響いた。まるで、鋭い剣で何か固いものを切り捨てた時に響く音のような。刹那、海軍基地の正面がバタリと倒れ、まるでコント番組のセットのように中身が丸見えの形に改装されてしまった

 

 

 

「な、なんだ?! 何が起こっている?!」

 

 

 

 アルテミアを乱暴に引きずりながら地下牢を出てきたジャラドスは大口を開けマヌケ面で驚愕する。自分の居城がまるでコントのセットのようにされてしまっていたのだから

 

 

 

「今だにゃねーちゃ」

 

「今だニャいもーと」

 

 

 

 大騒ぎする海兵たちを尻目に小さな影が二つ基地へと潜入していった。

 

 

 

 

 

 濛々と立ち込める土煙に人影が浮かび上がる。手に長太刀を持っているので誰が見てもこいつが犯人だ。ジャラドスが怒りに任せて人影を怒鳴る

 

 

 

「貴様!! ここが海軍基地と知っての狼藉か!!」

 

「スマン、なんかこの基地が自分を舞台にコントしてほしいって言ってたような気がしたから改造してやったんだ。基地も喜んでるよ。多分」

 

「ンな訳あるか!! どこが改造だ!! 倒壊寸前ではないか!!」

 

「緑色のリフォームの匠ってそういうとこあるじゃん? やっぱドカンと一発ド派手がいいってどっかの道化海賊も言ってたし、僕もそれに倣おうかと」

 

「「「ねぇよ!!!」」」

 

 

 

飄々とした態度を崩さずマーロウは笑う。そんな彼に怒髪天を突かれ、海兵たちは一斉に武器を取り出し構える。自分たちが正義である証である基地をコント番組のセットにした不届き物を殺すために。

 

 

「かかれェ!!!」

 

 

 ジャラドスの号令で剣を持った海兵たちが一斉にマーロウへと殺到する。先頭の開閉の斬撃がマーロウの腕にヒットする瞬間、マーロウの目が妖しく濃紺に輝いた。

 

 

 

「な、なんだコイツ……?! 固ッてぇ?!」

 

 

 

 練度は低いとはいえ海兵の全力の剣の振り下ろしを腕一本で受け止め平然とするマーロウ。そのまま弾き飛ばすように腕を振って剣を折り、海兵の襟首をつかんでブン投げると海兵がまるでゴルフボールのようにスッ飛んで行き、基地を囲っていた壁に叩きつけられた。海兵を叩きつけられた壁は円状に凹み、無数の亀裂が走っている。それからも次々と海兵が切りかかるものの、マーロウは武器を使わず海兵たちを制圧していく。そのただならぬ様子に怒号を上げていた海兵たちは一斉に青ざめる。

 

 

 

「貴様、まさか……! 貴様もか!! 貴様もなのか!!!」

 

 

 

 ジャラドスがマーロウに感じていたナニカ。シンパシーと言うべきものなのだろうか。自分とは決定的に違う、だがどこか自分と同じ懐かしい気配。マーロウは笑いながら答える。先ほど海兵に切られた袖から除く腕には、真紅の鱗が見えていた。

 

 

 

「そう、僕も悪魔の実の能力者だ。リュウリュウの実怪物種、モデルリオレウス。空駆ける真紅の王なり」どんっ!!

 

 

 ほぼ全身に深紅の鱗を纏い、刺々しい尾で地面を叩き撫で、笑いながら鋭い牙を口元から覗かせる。マーロウは人獣形態へ変身した。だがジャラドスはなぜか笑みを深めた。これを討ち取れば自分の地位が確固たるものになる。ジャラドスは背後の銃兵隊に指示を出す

 

 

 

「ジュララララ!! いいだろう、貴様を討ち取って我が地位を盤石の物としよう!! 銃兵隊、構え!!」

 

 

 

 近接の海兵たちは全滅したもののまだこちらには銃兵隊がいる、戦況は相変わらずマーロウの不利だったはずだった。次の瞬間

 

 

 

『ギャァァアアアアアアアアアォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!』

 

 

 

 マーロウの口から放たれた爆風のような衝撃を伴った咆哮が周囲を襲った。その咆哮は隣の隣の街にまで音が届くほどで、銃兵隊はその咆哮で完全に心が折られ恐慌状態に陥ってしまった。泡を吹いて気絶したものすらいる。残るはジャラドスのみだ。ジャラドスは怒りに任せてアルテミアを投げ捨てながら戦闘態勢に移る。投げ捨てられたアルテミアは基地へと吹き飛ばされる

 

 

 

「きゃあっ?!」

 

「どいつもこいつも……!! 役立たずめ!!! 貴様はこのワシが、直々に殺してくれるわ!!」

 

 

 

 ジャラドスの身体が急激に盛り上がるように変化していき、黄土色の鱗の巨体が徐々に露になっていく。同時に地面にも変化が訪れた。ジャラドスを中心にどんどん泥沼のような泥地に変化していくのだ。やがて泥地は基地全域へと広がり、基地そのものですら自身の重みで沈んでいった。

 

『動物系怪物種』・モデル『ジュラトドス』。泥土に住まう魚竜の能力者。やがてジャラドスは体中に泥の鎧を纏う魚竜、ジュラトドスの姿へと完全変身した。

 

 

 

「泥土砲弾(マッドブラスト)!!」

 

 

 

 獣形態のジャラドスは口から大質量の泥の方砲弾を吐き出す。とっさにマーロウは裂けるが、背後にあった民間人の家の壁に大穴が空いてしまった。

 

 

 

「(特に特殊という訳でもないただの泥の砲弾。でも)」

 

「ジュラララララ!!! どうしたどうした?! 避け続けるだけではラチが空かんぞ?!」

 

 

 マーロウは横方向へ走って避けるが、立っている場所が田んぼよりも深く沈む底なし沼のような泥地。動物系のフィジカルをフルに発揮してやっと回避できるレベルで、さらに足に泥がまとわりついて徐々に動きづらくなってくる。

 

 

「(あの速度であの質量の泥弾を受ければさすがにタダじゃすまないッ!)」

 

 

 

 避け続けるマーロウだったが、泥弾を回避した先でかなり深く泥沼に足を取られてしまい、一瞬動きが硬直する。

 

 

 

「しまッ……!」

 

「泥魚竜の滝登り(マッドノックアッパー)!!!!」

 

「ごふぁっ?!」

 

 

 

 マーロウの足元から泥沼に潜ったジャラドスがまるで滝登りのように大質量を伴って突き上げる。あまりの威力にマーロウですら大きく打ち上げられ泥土の沼に叩きつけられた。

 

 

 

「見たか! これがワシの真の実力だ!!! ジュララララララララララララ!!!!!」

 

 

 

 ここまでマーロウが押されているのは何よりも飛行をしないことだろう。実はマーロウはこの悪魔の実の食べてから間もなく、能力を十全に使えているわけではない。リオレウスは飛龍種で、獣形態では両手がそのまま翼になるが、人獣形態では人の腕に翼が追加される形に変化する。

 

マーロウの戦闘スタイルは武器を使った近接特化。人獣型になると武器が使えないこともないが、腕に新たな部分が追加されている関係上人型の時とは勝手が違いその戦闘スタイルがまだ馴染み切っていないのだ。

 

 さらに飛行の練度もそれほど高くなく助走を付ければ飛べるがその場で大きく羽ばたいて飛行ができない。泥による手足の行動制限も手伝って今現時点のマーロウに対するジャラドスは天敵なのだ。たった一人なら勝てる見込みなどなかっただろう。だが彼は一人ではなかった。それがジャラドスの誤算だった

 

 

 

「フッ飛べこのデブ!!!」

 

「びゅげぇ?!」

 

 

 高笑いするジャラドスの脇腹に緑色の巨体が突っ込み、大きな尾を思い切り叩きつけた。獣形態となりリオレイアの姿となったアルテミアだ。アラルとメイルの二人がゴタゴタに紛れてアルテミアの海楼石の手錠の鍵を奪取、そして彼女の手錠を外したのだ。アルテミアはそれなりに悪魔の実の能力を使いこなせており、滑空浮遊からの身体を縦に一回転させ尾を叩きつけるサマーソルト攻撃をジャラドスに叩きつけたのだ

 

 

 

「き、貴様、いつの間に?!」

 

「アンタが知らないうちによ!! ちょっとそこのアンタ!! シャキッとしなさい! そんなのでよく空の王を名乗れたわね!!」

 

「やったにゃねーちゃ」

 

「やったニャいもーと」

 

 

 

ハイタッチする姉妹を背に陸の女王は吠える。それに答えるように立ち上がる空の王の目に最早雑念は無く、ただ焼き焦がす業火のみが映っていた

 

 

 

「ぐぬうっ……! これは、毒か?! えぇい厄介な能力だ!!」

 

「チッ、割と本気でド突いたのに、ダメージは浅い……!」

 

「我が泥土鎧(マッドアーマー)はあらゆる物理攻撃を軽減し無力化する!! そしてその材料たる泥はいくらでもある……ジュララ、貴様の攻撃ではがれた泥もこうやって……元に戻るぞ……ジュラララララ!!」

 

「だったらコイツはどうだ?」

 

 

 

 ジャラドスが振り向いた瞬間ジャラドスの顔面に巨大な火球が叩きつけられた。

 

 

 

「ぎゅいやぁぁぁぁぁぁぁ?!?!?! 火!? 火ぃいいいぃい?!?!」

 

「泥ッてのは土と水が混ざったものだ、その水が蒸発してしまったら、お前のご自慢の鎧はどうなるかなァ!?」

 

 

 

 一瞬辺りが暗くなる。それは太陽を覆い隠す、王の翼が解き放たれたことに他ならない。獣形態に完全変身したマーロウが口元に火花を散らしながら吠える。そしてジャラドスの周囲を旋回しながら連続でジャラドスの足元へ向けて口から火球を吐き出す。顔面を焼かれ視界が効かず、耳から聞こえるのは周囲に叩きつけられる火球の爆発音。先ほどまでの勢いは完全にそがれ、ジャラドスから余裕が完全に消えた。

 

 

 

「地面の泥も固まった、もうお前は泥に潜って逃げることは出来ない!!!」

 

「わ、わかった、許してくれ!! そ、そうだ、お前を海軍にスカウトしよう!! ワシの専属護衛として好待遇で迎え入れて……」

 

 

 

 残念ながらジャラドスの勧誘はマーロウの耳に入らなかった。彼は今はるか上空へと飛翔し地上でもがくジャラドスへ標的を定めた。そして喉元で貯めていた全力の火球を吐き出し、追従するように急降下していく。その速度は先に放った火球に追いつき、そして

 

 

「陽炎竜彗星(プロミネンス・ドロップ)!!!!」

 

 

火球と同時にジャラドスに強烈な毒と勢いの乗った飛翔(と)び蹴りが叩き込まれたのだ

 

 

 




「ありがとにゃにーちゃ」

 

「ありがとニャにーちゃ」

 

「あはは、いいよいいよ、僕も色々と思うところあったし」

 

 

 

 マーロウの太腿辺りに抱き着く姉妹の頭を撫でているのを眺めながらふとアルテミアは気になっていたことをマーロウに聞く

 

 

 

「ねぇアンタ、なんであそこまで戦ってくれたの? 正直アタシ達初対面だし、そこまでする義理もないじゃない?」

 

「ん? ン~~~……まぁこの娘達からお願いされたってのもあるけど……」

 

 

 

 マーロウは気まずそうに言い淀みながら鼻の頭を掻く

 

 

 

「話を聞いててもなんとなく思ってたんだけど、あの時助けてくれて発破をかけてくれたキミの姿を見て何というか……うん、運命を感じたんだ。いやホントなんて言うか、そういう風にしか言えないんだけど」

 

「…………ふきゅぅぅ~~~~~~~?!?!?!」//////

 

「うわぁ?! アルテミアが爆発した?!」

 

「ねーちゃ、ザコいにゃ」

 

「ねーちゃ、ダメだニャ」

 

 

 

 これが火輪ヴァルツ・マーロウと毒輪アルテミア・セレーネとのファーストコンタクトだった。それからというもの二人は別れてそれぞれの旅路を歩むのだが、なぜかゆく先々で二人はかち合い、仲を深めていくこととなる

 

 

 

 

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