火点し
「!!ナミさん!!!!」
「わっ!!え…?」
あちこちが根っこに侵食されて剥がれた石畳に不意に足が沈み込んで、気が付いた時にはサンジ君に腕を引かれて壁際で庇われてた。
一瞬、背中越しに赤い光が見えたような。
「い、今の火矢ですか!!?」
「大丈夫れすか!!?」
何が起こったのか分からないままに、私達の案内役を買って出たレオは感圧板の上で跳ねている。そういうことね。
「ねえレオ…この遺跡、今でも罠が沢山残ってるんじゃない?」
「え!?そうなのれすか!!?」
「レオさんたちは体が軽いですから、今までお気付きにならなかったんですね…」
「ナミさん、お怪我は?」
「私は大丈夫。守ってくれてありがと♡サンジ君」
いつも通りくねくねしているサンジ君を横目に、溜息をかみ殺してまた認識を改める。トンタッタの王国で"大人間は"遺跡に入れないなんて伝わってたのは、こういうことね。
想像をはるかに超える大きさと凶暴さを備えた闘魚をかいくぐったり仕留めたりしながら向かった小人たちの王国は、想像通りレオみたいに疑いを知らない人達の住む、おとぎ話の中みたいな場所だった。
そんな気質のおかげで、トンタッタの野菜と闘魚のお肉がサンジ君監修のごちそうに変わる頃には、レオだけじゃなく王国皆の信頼を勝ち取れたんだけど。調理器具まで小さくてサンジ君が自分で手を入れるのは難しかったってことも、今回は良い方向に働いてくれたわね。
地下の国の王様、トンタ長にも詳しい話を聞けたし、"お礼"のお話もちょ~っとさせてもらえたし。
「とにかく!このまま移動なんてできたもんじゃないわ!」
じめじめと湿っぽい壁際を伝って、なるべく感圧板から距離を取る。細い通路を抜けてやっと、少しひらけた場所に辿り着いた。
「では、私が偵察を引き受けましょう。地下墓地なんてお化けが出そうでちょっと恐ろしいですが…」
「大丈夫あんたを見かけたトンタッタが腰を抜かすだけで済むから」
「ナミさんの安全のためだ。死ぬ気で見てこい」
「まさに骨身を削って偵察を…ガイコツだけに!ヨホホホホ!!」
怖がってるんだかふざけてるだけなんだか分からないノリで、幽体離脱したブルックが柱をすり抜け石段の上をふよふよと飛んでいく。
「ゆ、幽霊になってしまったのれすか!?」
「心配すんな。あいつも能力者さ」
「驚くのも分かるけど…ああいう技なのよ」
目を白黒させているレオに説明になってないような説明をした直後、ブルックが偵察に行った方向から大きな叫び声が聞こえた。
「め、めめめ面妖な!!おのれ妖!!我が息子を返せ!!!!」
「ええっ!!?ちょっと!?私妖じゃ…わーっ!!!」
「トンタッタの声…じゃなさそうね」
こっちに退散してきたブルックを追いかけ角を曲がって現れたのは、独特の髪型に着流しを纏った長身の剣士だった。二刀流なのか、腰には二本の刀を差している。
「なんだ?さっき息子がどうとか言ってたが…」
「もしかして、悪い人を探しに来た人れすか?」
「むむっ!?もしや貴殿らも、地下遺跡の悪党共を追って来られたか!」
時代に取り残されたみたいな古風な喋り方の誰かさんは、私達を見るなりよく通る声でそう言った。
「そうれす!!この大人間たちはとっても強くて料理が上手で良い人達なんれすよ!!!」
「おお…なんと!!地の底で、かような志士と出会おうとは!!」
下駄を鳴らしてぴっしりと姿勢を正す様子からは、嘘なんか吐けそうにもない実直さが伝わってくる。
怪訝な顔の私達に向かって、剣士はしっかりお腹から出る声で名乗りを上げた。
「拙者、名を錦えもんと申す!!!生国と発しますは、ワノ国九里にござんす!!」
「そんな小さな子供を攫うなんて!」
「うむ、なんとも許し難し!!連中は我が息子だけでなく、似た年頃の子らも拐かしているという!!」
「そ、そんな…皆がそんなことしてるのれすか…?」
「待てレオ。まだトンタッタの仕業と決まったわけじゃねえ」
「サンジさんの言う通りです!それに泥棒の件も、トンタ長さんのお話を聞く限り、レオさんのお仲間を騙している誰かが居るに違いありませんから!」
ひどくショックを受けた様子のレオを慰める二人に、私も錦えもんと名乗った"侍"も頷く。
「それにしても…いよいよアヤシくなってきたわね。その誰かさんは金品を盗ませるだけじゃなくて、わざわざ子供ばっかり狙って攫ってるってことになるわ」
「一体何が目的なんでしょう?」
「そいつはまだ分からねえが…今のおれ達にできることは、このクソ陰気な墓穴の先に進むことだけだ」
お金も手に入る、子供たちも助けられるとなったら、ここで戻る理由もないわね。
ワノ国の侍だっていう錦えもんもかなり戦えるみたいだし、いざとなればルフィたちを呼んできて皆で黒幕をとっちめればいい。こんな地下にコソコソ隠れてあくどいことをやってる連中なんて、そう強くもなさそうだし。
「じゃあ先に…」
ごうっ、と、風の音が聞こえた。
刀を引き抜いた錦えもんが、闇の向こうから躍りかかった大きな虎みたいな生き物の牙を受け止めている。
ねじれた二本角にマスク。理性を感じさせる動きは、そいつが遺跡に住み着いた動物なんかじゃないことを示していた。
「おーおー敵の拠点のど真ん中で作戦会議に情報共有とは、笑っちまうな」
「何奴!!」
「ハハハ!!知る必要なんかねえよ!!お前らどうせ…」
体の大きさからは想像できないような身軽さで石段の上に飛び乗ったそいつは、私達を見下ろしてびっしりと並んだ牙を剥き出した。
「ここで死ぬんだ」