潔氷

潔氷


「気分わる……」

 氷織はベッドで体を起こす。夢見が悪かった。内容は思い出したくも無いので言及を避けさせてもらうが、まあとにかく最悪な夢だった。じっとりと汗をかいているのに体は冷え切っていて。タブレットで時間を確認するとまだ深夜の一時を回ったところだ。もう一度眠りについて体を休めなければ。健やかな寝息を立てる同室のライバルたちを横目に、水を飲みに部屋を出た。


 水を飲み、汗を拭いて。部屋に戻ってもまだ。指先の冷えが治らない。どうにも自分の布団に戻る気にならなくて、氷織は潔の枕脇に立つ。きっと夢見が悪かったから、いつもはしないような行動をしてしまったのだと思う。氷織は眠る潔の横に、するりと潜り込んだ。まるで幼い子供が親の布団に潜り込むように。潔は温かい。子供体温やなあ、ぽかぽかやん、なんて誰に聞かせるでもなく笑う。

「ん……? 氷織……?」

「ああ、起こしてもうた? ごめんやねんけど、入れてくれる?」

「もう入ってるじゃん。良いよ別に。てか氷織冷たくね?」

 もうちょっと寄れよ、と引き寄せられて、子供を寝かしつけるように背中をとんとんと叩かれる。もう片方の手では氷織の手ををぎゅっと握ってくれた。潔の指先から、氷織の指先に、じわじわと熱が移る。つめてー。柔らかな音で潔が笑う。

「うわ、まだ深夜だ。早く寝ちゃえよ。明日も早いし」

「そうやなあ」

 ふわあと大きなあくびをした潔はまだまだ眠そうだ。寝ようと思えばすぐに眠ってしまうのだろう。氷織が眠るのを待ってくれるようだけど。僅かな光を反射して輝く青い瞳が、ゆっくりとした瞬きで瞼に隠される。それが少し勿体無いような気がして。もう一度あの夢を見てしまったらどうしよう、なんて思いもあっただろうか。氷織は眠ろうと思いつつ、目を閉じられないでいた。暗い中で目を開いたままの氷織に気付いた潔が手で氷織の目を覆う。

「もお……寝ろってば。なんか今日氷織変だぞ」

「うん。今ちょっと僕変やねん。ごめんやわ」

「ホームシックか……?」

 氷織にとって家など帰りたい場所ではないが、潔はそれを知らない。潔家はきっと良い家庭だろう。潔に見合った優しい両親なんだろう、と氷織は想像する。

「そんなんちゃうけど……でも人恋しいのはそうやね。ちょっと、嫌な夢、見てもうて」

「氷織って、もっと大人っぽいんだと思ってた」

 ひそひそと話し声が響く。布団の中の、温かい空間で二人話すのは、なにか特別な事をしているような気分になる。

「そうやなあ。僕も自分はもうちょっと大人やと思ってたわ」

「でも、俺、子供な氷織のことも好きだよ。……なんか恥ずかしいな。早く寝ろよ」

「もう、恥ずかしいからっていけず言わんとってや。……おやすみ、潔くん」

 うん、おやすみ。潔からの返事を聞いて、氷織は大きく息を吐く。もうすっかり体は温かくなっている。目を閉じた。

 きっともう、悪夢は見ない。



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