潔冴
「潔」
「うおお!? 冴からって珍しいな。寒い?」
いつもは気まぐれに名前を呼んでこちらに来い、と呼びかけるのに、今日は珍しく冴の方から近づいてきた。潔が腕を広げて迎え入れると、冴は潔の背に手を回し、はあ、と息を吐いた。香水でもつけているのか、少し甘めの大人っぽい香りがする。冴の体温が潔の体温と混ざってぬるくなる。涼しげな顔に見合って、冴は平熱が少し低かった。
逆に凛の平熱は高め。いかにもクール系ですみたいな顔をしているが、いつでもほかほかだ。やっぱり筋肉量の差だろうか。なんとなく少し悔しい潔である。まあそれはともかく。
サッカーをしている時は末端まで熱が満ちているものの、そうでない時は少し冷えやすいらしく。こうして時々人で暖をとることがあった。対象は凛か潔がほとんど。潔を選ぶとき、大抵は潔に来させる形をとるが、こうして冴から来るのは結構寒さを感じている時だ。
「凛の方があったけぇな」
「自分から俺選んだのにそれ!?」
「……でも悪くはねえ」
まあそりゃフィジカルじゃ凛には勝てないけどさ……と遠い目をした潔に、冴は頭を擦り付けた。気位の高い猫のようだな、と潔は思う。こう、人間全員俺に従うのが当然、みたいな感じが。それでも大怪獣じみた弟と比べると幾分か優しいけれど。
今だって口数は少ないがフォローを入れようとしてくれているらしい。こういうところ、ちょっとお兄ちゃんって感じするかも。潔に兄弟はいないので、この感覚が正しいのかはわからないけれど。
「悪くねえって言ってんだろ」
「ありがとう? いやなんで俺がお礼言ってんだろ」
「湯たんぽにするには凛はデカすぎる。お前くらいが丁度良い」
あの糸師冴が湯たんぽってあんまり似合わないな。そう思って一瞬反応が遅れた。小さくて悪かったですね!? 潔がそう言うと、冴は微かに笑う。抱きしめられている潔に冴の顔は見えないが、気配でわかった。
「お前が良いって言ってんだ。素直に受け取れ」
「それにしたって言い方ってもんが……ああ、もう。ありがとな冴」
「ああ」
満足げな雰囲気を出す冴の背を撫でて、潔は少しは温かくなったかな、と思う。もうしばらくなら、湯たんぽ役に徹しても構わないが、ずっとこうしているわけにもいかない。あとうっかり凛に見られると後が怖い。めちゃくちゃ睨まれる。アイツお兄ちゃん大好きだし。
「なんかあったかいものでも飲む?」
「塩昆布茶」
「あるかなあ……」
冴が自分で用意したものがまだ残っていたはずだが。どうだったかな。とりあえず湯を沸かすか。ついでに自分もなんか飲もう。
ゆっくりと瞬きをする冴を放してやって、潔は台所へ向かった。