演奏中止、後は任せて(ロビン編)
「ムー!ムー!!」
「?ムジカ…どうして此処に」
自身の戦闘もひと段落した頃、急に飛びついてきたのは自分達の負担を減らす為に雑兵を一手に担っているウタの側にいた筈のムジカで、ロビンはとりあえず抱えようかと手を伸ばすが…
「ムー!!」
「あ……何か、あったの?」
普段は何処か掴めぬ雰囲気を纏っているムジカが、まるで余裕が無い様に、手をバタつかせ、走り出す。
人形だからさほど速くは無いが…もしウタの身に何かあったなら…
「ム?!」
「いきなりごめんなさい。でも私が抱えて走った方が速いから…道案内をお願い」
「…ムー!」
地面に咲かせた腕でムジカを拾い上げ、今度は自分の腕で抱いてロビンは走り出す。
先程の戦闘とは比べ物にならない程、嫌な予感がした。
「この道を走れば良いのね……っ?」
ふと、足がなにかを踏む。
急いでいる中で本来なら気にも留めないのに何故か見てしまった。
それは、最近ウタがシーザーに造らせた不眠薬のアンプルだった。
やはり簡単な戦闘では無いから飲むのは想定内…だったが……
「この量……」
いつから、どの辺りから転がっていたかは分からない。ただ、ロビンがムジカに案内をされる道の至る所に転がっている。流石に見逃せない。あの非人道な男は有能だが人を人と思ってないのだから。そんな男が造った薬を大量に摂取して無事なわけがない。急がねば…と改めてロビンは足を速めて…そして
「!ウタ…!」
いた。瓦礫が転がりながらも広い部屋。そこでウタは何処か一点に顔を向けながら何かブツブツと唱えている。
見える範囲の顔が左半分な為に、表情は窺えないが普通じゃないのは分かる。
フランキーが作った彼女の武器が床に擦れてガリガリと嫌な音を鳴らす。あの子は本来、そんな風に物を扱わない。
「…だ」
ブツブツと何か話し、空いている手で髪を掻きむしる。息も荒いしロビンにもまだ気付いてない様に思えた。
ウタの顔が向いていた方向を見ると、敵がいたが、とうに戦意喪失しているらしく気絶している。アレは放っておいて良いとロビンは思うが…多分、今のウタには関係ないのだろう。とにかく今はウタの様子が心配で駆け寄ろうとした時
「いやだ」
足が止まる。彼女から落ちてポタポタと地面を濡らすのが何であるかを察する。
「いやだ、いや…もう置いていかれたくない、寂しいのはいやだ、やらなきゃなの歌わなきゃなの…私が…!私が…!!」
武器を手から滑り落とした彼女の手に、スゥッと現れた楽譜と、いつか見た彼女の左眼の赤い閃光にまずいと慌ててロビンはムジカに降りてもらって腕を交差させた。
「ッ!?」
途端、生えた腕は彼女の目を覆い、楽譜を取り上げる。その楽譜をムジカが更に取り上げて地面に叩きつけているのを見るに…とりあえず、セーフだった様だとロビンは息をついた。
「ウタ」
「…ろ、びん…?」
「ええ、もう大丈夫よ。無理はしないで休むべきよ」
腕を解除し、ウタの正面にロビンは駆け寄る。左眼も光ってない。だが、その眼からはただただ涙が流れており、歯がガチガチと上手く噛み合わないでいる様だ。
「わ、わた、し…」
「大丈夫、大丈夫だから」
抱きしめて、彼女の乱れた髪を撫でる。震えも酷い。キチンと数えて無いが、やはりあの薬を大量に服用したのはマズイのだろう。そんな物をウチの大事な歌姫に渡すなとロビンは内心怒り心頭ではあるがとにかく今はウタのケアだ。効果が切れて眠るまで、落ち着くまで側にいた方がいい。
そうしてムジカがバシバシと叩いていた楽譜に目を向けた時だった。
【キャハハハハハハハハハハ!!!】
「!」
つんざく様な笑いが聞こえる。子供の様にも老人の様にも、男にも女にも聞こえる声
【クルクルグルグル¡お薬飲んデクールくる狂うクルくる狂ウ¡¿】
【惜しカっタ惜シかッタ¡ザンねン¡ざン念¡¿】
その不快でしか無い声は、ムジカが今度は石で叩いている楽譜からした。
【仲間ガいテよかっタネ¿¡邪魔ヲさレちャったね¡¡そノまマ歌えバ壊セタのにね¡¡】
【やっパリ変わラナい¡¡仲間がイなイト何モ出来ナい¡¡人形とオんなジ役立タズ¡¡¿】
【イっソ人形ノまマデ
「やめなさい!!!!」
生やした腕でこれでもかと破り続ける。自分でも驚く程の声が出た。破れた先から黒ずみ消えていく楽譜は最後まで嗤っていたが今はそれどころじゃ無い。
「ウタ…!あんな言葉を気にしたら」
「……ないで…」
「え?」
聞き取れなかった。顔を見ようと少し離れると、ウタはやはりずっと泣いていた。
「頑張るから、ずっと、いままでの分…歌って頑張るから、だから…!す゛て゛な゛い゛て゛…!!」
「!」
「やだよォ…!!前と違うのに…ッ前と、違うから…!!!一人は寒いし、痛いよォ…!!」
ただロビンの腕にしがみ付き、泣くウタは涙を拭う事もしない。いや、違う。
拭う事も、忘れたんだ。この子は。
自分も孤独の時間があった捨てられたくない恐怖もあった。だけど、ロビンはその時人だったから、涙を流せた。一人の寒さも痛みも耐えれた。
その時間が丸ごとなかったこの子には、それへの耐性なんて付きもしなかったのだ。
でも、
「ウタ、大丈夫」
「…」
服の袖で優しく拭う。知らないなら教えていけばいい。
涙を拭う事も、一人を許さないでくれる仲間がちゃんといる事も。
「ルフィ達がウタを、私達を、一人にするなんてありえないわ。世界政府に宣戦布告しちゃうくらいなのよ?」
「ぁ…」
「ウタだって、私を助けてくれたわ。なら私だってあなたを助ける…仲間だもの」
また涙が流れる。でも今度は寂しくて冷たいものじゃない。
嬉しくてあったかいものだ。
改めて抱きしめて、トントンと背中を叩くロビンにされるがままでいるウタだったが急に力が抜けていく。元々無理矢理飲んで効力を継続させてた薬がとうとう切れつつあるらしい。
「ロビン、ごめん…」
「いいえ、問題ないわ。あなた一人…」
仲間一人、背負うなんてなんて事ない。
もう8割ほど眠りかけてるウタを背負ってゆっくり歩いき仲間達の元へと合流するロビンと、それにテトテトと歩いてついていくムジカが去った部屋には、ウタが戦い倒した敵達が呑気にイビキをかいていた。