演劇ネタ〜卑しさ全開のぐだ美遊編〜

演劇ネタ〜卑しさ全開のぐだ美遊編〜


過剰な程整った容姿を彩る艶やかな黒。そして、義理の兄のそれを模した琥珀色と、生来の赤を切り替えられる不思議な瞳。

名門一族エーデルフェルト家の令嬢であり、今は滅んだ名家・朔月家の数少ない生き残りでもある美遊・エーデルフェルトは、月の光を思わせる美しさを纏っている。

少しでも扱いを間違えれば壊れてしまいそうな儚さは、アインツベルン家の令嬢にして親友であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの活気に満ちた美しさとは異なるもの。故にというべきか、二人は太陽と月のような対の概念じみた存在として仲睦まじく支え合っていた。


しかし、遠い異国の王子である藤丸立香が現れた頃から雲行きが怪しくなり始める。

…イリヤとその姉クロエが立香に一目惚れし、いつか結婚しようとまで言い出したのだ。

大半の者は「めでたいことだ」「国同士の友好を示せる」と様々な理由から歓迎ムードだったが、その中でほぼ唯一婚姻に反対していたのが美遊だった。彼女は立香を認めていなかったのだ。


───クロはともかく、よくもイリヤを手籠めに。許せない…!


そんな感情を胸に美遊がやったのは……自分の存在をアピールすることで、立香の意識をイリヤから逸らすことだった。


───


「市井の中を往くのも中々良いですね」

「美遊もそう思う? 王族がどうこう貴族がどうこうって、なんか面倒臭くてね。そういうのはイシュタル姉さんとかに任せたい気分なんだよ。エレシュキガル姉さんは危なっかしいから極力サポートしてやりたいけど…」


日頃着ている物より多少簡素で地味な衣服を身に纏い、服屋や屋台などを冷やかす立香と美遊。立香が提案したそれは貴族のデートとは到底思えない内容だったが、イリヤとお忍びで遊ぶことが多い美遊としては中々好感が持てる内容と言えた。

貴族の務め、政治に伴う責任と陰謀。そんなものから開放される一時は美遊にとって貴重なもの。立香はイリヤ経由でそういう話を聞いていたのだろうか?

…それにしても、まさか隣国に移住した義理の“お兄ちゃん”やイリヤと過ごした時と同じ気持ちになるなんて。義理の“お兄ちゃん”相手に失恋した以上、そんな気持ちになるのはもうイリヤだけだと思っていたのに。


(…ここまではっきり自覚したらもう誤魔化せない。わたし、この人のことが好きになっちゃってる)


…初めは、立香のことなど好きではなかった。イリヤをその毒牙から守るため、自分の身体を捧げたに過ぎなかった。そのはずだ。

なのに、今はどうだ。立香の善意に触れる度心が暖かくなり、立香のことを考えるだけで胸が弾むような気持ちになる。

───いや、そもそも「好きになった」ではないのではないか? 「イリヤ達同様一目惚れだった」のではないか? 自分がそれを認めたくなかっただけで。


「美遊?」

「ふぇっ? な、なんでもないですよ!?」

「???」


───


こんな調子の立香だが、彼もまた美遊との関係について悩んでいた。

立香が抱く美遊への想いは、既に親愛の範疇を越えて異性に向ける恋慕になっている。イリヤとクロを娶る身で何を、と考えひた隠しにしていたつもりなのだが、イリヤとクロにはバレバレだった。「「ミユもお嫁さんにしちゃえば良いのに」」と完璧なハモリで言われたことすらある。


(…それができたら、どんなに楽か)


姉妹の言う通り、いっそ美遊とも婚姻を結んでしまいたい気持ちはある。が、全身全霊で恋慕の情を表現してくれるアインツベルン姉妹と違い、美遊の向けるそれはあくまで親愛の情だ(※実際は違うのだが)。男女の仲になることを嫌がるのは想像に難くない。

そして、嫌がる女性を無理矢理手籠めにするなど、男だ女だ以前に良識ある者のやることではない。

しかしそう思う理性と裏腹に、美遊への劣情は肥大化し続けていた。


(…美遊)


…何かの拍子で爆発してしまうかもしれない。立香は、心の中の激情を抑えきれなくなっていた。


───


だが……情勢の変化により、立香と美遊は強制的に胸の内と向き合わされてしまう。

国同士の結束を強めるべく、立香・イリヤ・クロの結婚が大幅に前倒しされたのだから。


───


「ぇ……うそ…」

『姉さん経由の確定情報です。姉さんはイリヤ様お付きなので、間違いはないかと…』


お付きのメイドであるサファイアから聞かされた情報を、美遊は全く処理出来なかった。

───結婚。お兄ちゃんとイリヤ達姉妹が、結婚? だって、それはずっとずっと先のことのはずで。

───どうしよう。お兄ちゃんが取られちゃう。

そう確信した美遊は、前倒しにされた最悪の未来と……自分の思考に戦慄した。

初めは「イリヤが藤丸立香などという間男に取られてしまう」、そう考えて怒りに震えてすらいたのに。今では「立香お兄ちゃんがイリヤとクロに取られちゃう」と考えている。まるで、立香がイリヤや義理の“お兄ちゃん”と同等の存在であるかのように。


(───あぁ…。わたしは、お兄ちゃんとの逢瀬のためにイリヤを出汁にしていたのかもしれない…)


本当にイリヤとの友情だけで立香に近づいたのなら、もっとやり方はあったはずだ。義理の“お兄ちゃん”経由で繋がりがある隣国の有力貴族エインズワース家に依頼するなり、今のエーデルフェルト家を取り仕切るアストライアに頼むなりして立香を貶めることだってできたはずだ。

それをしなかったのは、美遊が彼を愛していたからだ。イリヤやクロと似たもの同士である美遊もまた、姉妹同様立香に一目惚れしていたのだ。

今更ながら認めざるを得なくなった、立香への恋慕。けれど、その想いが実ることは恐らくない。無理矢理実らせれば、それは立香のみならず、イリヤとクロの幸せすら粉砕してしまう結果になる。


(…そもそも、前提から間違ってたんだ。『立香お兄ちゃんを排除すればイリヤは幸せになれる』、なんて。…そんなことない。イリヤもクロも、立香お兄ちゃんと一緒にいてあんなに幸せそうなのに…)


美遊の初恋相手だった義理の“お兄ちゃん”は、エインズワースの婿養子として隣国に移住した。

イリヤとクロの初恋相手だった義理の“お兄ちゃん”の弟もまた、アインツベルン家のメイド二人を娶って独立した。

あの兄弟は、美遊達を妹分としてしか愛してくれなかった。

───イリヤを想うのなら、もう自分は失恋するしかない。あの心の痛みを姉妹にもう一度もたらそうとした自分は、そうやって人知れず断罪されるべきなのだ。


「立香お兄ちゃん……やだ、独りぼっちやだよ……イリヤとクロだけお嫁さんにするなんてやだぁ…」


我が身の無力と浅慮がもたらした現実に対し、美遊は絶望と悲嘆の涙を流す以外の選択肢を持たなかった。


───


しかし、ここで立香は予想外の行動を取る。そう、『結婚の前倒し』という大きなきっかけで劣情が爆発したのだ。

美遊を呼んだ立香は、貴族らしさをかなぐり捨てた必死さで愛を叫んだ。


「オレはもう、自分の気持ちに嘘をつけない。…美遊、愛してる」


美遊の手を握り、真剣な表情で告白した立香。そんな彼の言葉を聞いた美遊は、言葉を信じきれず泣いた。そしてぐちゃぐちゃになった心の赴くままに本心をぶちまけた。

───それが優しい嘘なのは分かる。自分はイリヤ達との逢瀬を邪魔した間女と蔑まれていても良い。イリヤ達が不在の時の代用品でも構わない。義理の“お兄ちゃん”が求めなかった、“女としての美遊”と“朔月美遊”を求めてほしい。

立香お兄ちゃんからの愛を幻視できるのなら、あの花開くような逢瀬の日々も嘘じゃないと思い込める。…ほんの少しだけ救われる。だから、今は一時の夢を見させて。

涙を流しながらしゃくり上げ、舌ったらずになりながらも必死でそれを伝えると、立香は先程と打って変わって面白くない、といった感情を隠さず言った。


「───美遊。オレは“美遊”がほしいんだ。イリヤ達の代わりを欲してる訳じゃない。…だから、四人で幸せになろう」

「…ほんとう?」

「ああ、嘘じゃない。というか、まだ疑ってるの?」

「……。…ゆめみたい…」


美遊の心を歓喜が包む。昔隣国とこの国の関係が悪かった頃、エインズワースに囚われた自分をイリヤが救ってくれた時のような気持ち。

その気持ち、その暖かさを伝えたくなった美遊が立香に近づく。美遊の意図を察した立香もまた美遊に近づき、ふたつの影がひとつに重なる。そして…。

───二人は、身も心も繋がりあった。


───


そうしてふたつの国は国交を樹立し、共に手を取り合い繁栄していくことを誓った。

一人の青年とその妻である三人の少女、そして赤毛が特徴的な二人のメイドは、国交樹立の立役者として両国で長く長く語り継がれたと言う…。


───


「…大作だったわね。最後が多少アダルティだったけど、少女漫画のお色家描写とかを考えればまあセーフよね」

「このお話の国みたいに一夫多妻制がまかり通る世の中なら、オレ達も大手を振って歩けるのかなー…」

「というかミユ、これほぼ実話じゃ…」

『しーっ! イリヤさん分かってても言うもんじゃないですよそういうのは!』

「…わ、わたしあれでもかなりアレンジしたのに…」

『アレンジしたとは言っても、根幹部分がほぼそのままでしたので仕方ないかと。後我々姉妹にも出番を下さりありがとうございます』

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