演劇ネタ〜トリを飾るぐだイリ編〜

演劇ネタ〜トリを飾るぐだイリ編〜


一目惚れだった。

まず最初に「かっこいいお兄さんだな」って思って、次にその優しさに触れた。だから、恋をするまで時間はかからなかった。

───けれど、お兄さんは敵対する悪の組織の幹部だった。


───


「「あ」」


…某悪の組織で幹部をやっているオレ、藤丸立香はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン達魔法少女の敵だ。

…そのオレが、街中でイリヤと遭遇してしまった。


「「……」」


完全に偶然の遭遇だし、そもそもオフなので戦闘手段はない。どうする…?


「あ、あのっ」

「っ?」

「…今から、一緒に遊びませんか?」

「え、え?」


突然の申し出に、オレはかなり驚いた。

───正直、イリヤのことは嫌いではない。むしろ大好きですらある。しかしオレ達は所属的に相容れない立場、この申し出を受けることはかなりのリスクを伴うかもしれない。

…けれど…。


「…良いよ」

「っ! 本当!? …ですか!?」

「ああ。とりあえずレストランか喫茶店にでも行こうか。オレが奢るよ」

「わあ…! ありがとうございますっ!」


…今日は、武器を置きたい気分だった。


───


お兄さんの真実を知った時、わたしは「どうしてお兄さんと敵同士なんだろう」とお互いの立場を嘆いた。…“お兄ちゃん”の時のように、この恋を諦めなきゃならないのだろうか。そんな風に悲しくなった。


───初恋の人である“お兄ちゃん”は、わたしを大切な“妹”として扱った。“お兄ちゃん”がそういう意味で好きなのは多分、メイドの二人だけだ。わたしと似た容姿で、違う性格の二人…。

…とにかくわたしは、“お兄ちゃん”にとって“大事な妹”以上の存在にはなれなかった。

そんな辛い時に出会って一目惚れした救い主が、お兄さんだったのに…。


(お兄さん…)


───もし、出会い方が違ったら。

───仲間として戦うことができたら。

───その時はきっと、お兄さんと…。


(───でも、やっぱり無理だよね…)


わたしは恋に対して諦め癖がついてしまっていた。なのに未練を断ち切れないなんて、馬鹿らしいにも程がある。

…わたし、自分を嫌いになっちゃいそうだ。


───


コーヒーをちびちびと口にしながら、目の前のイリヤをちら見する。カップを手に取る傍ら、ぽつりぽつりと散発的会話をする彼女の様子を観察するためだ。

…泣きそうな顔を堪えた、ぎこちない笑み。オレが悪の組織の幹部と分かってからは、オレと会っただけでずっとこの調子だ。


(…いや)


幹部だとバレる前にもこんな顔をしていた時があった。あの時は確か、義理の兄相手に失恋したと言っていたような気がする。


(…もしかして、イリヤはオレのことを好いてくれてる?)


憎っくき悪の組織の幹部を? …あり得ないだろう、そんな希望的観測は捨てろ。

…それでも、たとえ片思いだとしても。天真爛漫で可憐なイリヤが悲嘆に暮れる姿は見過ごせない。何か、何か明るい話題はないのか。


「ふー、おいしかったぁ。こんなにおいしいと思ったの久しぶりかもー…」


ぐだぐだ考えていると、イリヤがそう呟いた。あからさまな空元気、それもローテンション気味なそれが少し痛々しいが、とにかく話題ができた。


「あはは、ここ大手のファミレスだよ? 食べる機会なんてごまんとあるじゃないか」

「お兄さんと食べたから、かな?」

「言ってくれるなぁ。結構な殺し文句だよ? それ」


仲間から「人たらし」と言われるオレだけど、人たらしっぷりはイリヤも相当なものだ。「敵と友達になる天才」と誰かが言っていたが、オレもそう思う。…もし叶うのなら、オレはイリヤと友達の先に進みたいのだが。


「…なんだか、前に戻ったみたいだね。あの頃は勉強教えてもらったり、みんなの変な行動に二人して突っ込み入れたりして、楽しかった」

「…今は違うの?」

「…どうかなぁ。ミユもクロもいるし、家族だっているけど……どうしてか、望んだものがひとつ欠けてるみたいな感じがしちゃうんだよね。どこか味気なくて灰色っぽい、みたいな…」


イリヤがまた寂しそうな顔をする。そんな姿をずっと見たせいか、オレの中で激情にも近い感情がふつふつと湧き上がりつつあった。

───もし、出会い方が違ったら。

───仲間として戦うことができたら。

───…オレはイリヤにこんな顔はさせない。


(ああ、オレの行動原理って本当シンプルだな)


───そうだ、迷うことなんてない。オレはどうせ悪党、欲しいものがあれば……腕ずくで奪い取るまでだ。


───


───偶然お兄さんと出くわしてから数週間後…。


「…頼むから、抵抗しないでくれ。オレはきみを殺したい訳じゃない」

「ぅ、く…」


わたしは罠にはめられ、敗北寸前まで追い詰められていた。

わたしの動きを読み切った作戦は、誰にでも考えられる訳じゃない。これはきっと、目の前にいるお兄さんの作戦だ。


「イリヤを眠らせてくれ! 丁重にな!」

「や、め…」


そうして何かしらの手段で眠らされたわたしは、洋風のお屋敷に軟禁されていた。


(…数日調べたけど、やっぱりどこも厳重にロックされてる。わたし一人じゃ無理そう…)


ミユがお世話になっているエーデルフェルトのお屋敷を思わせる、豪華な建物。そこが悪の組織の拠点だった。お兄さんが言うには、スポンサーの接待用にこういう見た目重視のがいくつか作ってあるらしい。

…わたしは裕福ではあれどそういうのから縁遠い日々を生きてきた。“本来のアインツベルン”をある程度知ってるらしいママやクロなら物怖じしなかったかもしれないけど、わたしはそうじゃない。なので、連れてこられた当初のわたしはその景観に圧倒されてしまっていた。


───安心してほしい……と言っても敵の拠点じゃ難しいか。とりあえず、ここは戦略的価値の低い快適なだけの拠点だ。だからオレ達が仲間と戦う、なんてことはないと思う。


苦笑しながらお兄さんが言ったことを思い出す。

…ここでお兄さんと仲間が戦う可能性は常につきまとっている。だって、わたし達とお兄さんはこれまで何回も戦ってきた敵同士。もう説得がどうこうの段階は通り越している。


「おはようイリヤ。…早起きだね」

「お、おはようございます。……」

「…まだ落ち着かないか。…気休めだけど、イリヤが客人だってことはここの仲間に伝えてある。きみ達が敵を殺さない戦いをしてくれたおかげで仲間からの悪感情は薄い、世話係に酷いことをされる心配はないよ」

「…わたし、捕まった後のことを考えてた訳じゃないのに…」


そんなわたしの呟きに対して、お兄さんは困ったように笑った。


───


組織の拠点に捕らえられてはや二週間、わたしはとても丁重に扱われていた。

戦う力と拠点の外に出る権利だけは奪われていたけど、逆に言えば奪われたのはそれくらいだ。

───そんな日々が、何日も続いた。

ここで過ごす程に恋しさが増していく。仲間や家族や友達、先生やそのほかにも、色んな人の顔が頭に浮かぶけれど…。わたしの頭を占めるのは、他の誰でもないお兄さんだった。

食事の時口元を優しく拭いてくれた。

話し相手になってくれた。

頭を撫でて安心させてくれた。

ストックホルム症候群? っていうのかもしれないけど……それでも、嬉しかった。また、昔みたいにお兄さんと仲良く過ごせたから。

そんな幸せなモラトリアムは、予想外のお客様が来たことによって終わりを告げた。


「み、ミユ!? クロまで…」


大切な友達と姉妹はとっくに捕まっていた。わたしが戦えなかったせいで…!?


「イリヤ、違うの。わたし達は…」

「望んでこっちに来たのよ」

「え…」


ミユとクロの言葉はわたしの理解を超えていた。


「…わたしの行動パターンなんて大体分かるでしょ? 元は同じ“イリヤスフィール”だったんだから。…あなたとわたしは、同じ人を好きになったの。それも二度」

「…最初は、立香お兄ちゃんをイリヤから引き剥がすためだった。けど、立香お兄ちゃんの人となりを知る度にわたしは惹かれていった。それと“お兄ちゃん”相手の失恋が重なって……こうなったの」


クロとミユはそう言って、お兄さんの頬にキスをした。


「さ、リツカお兄ちゃん。次はイリヤの番よ」

「イリヤのことも幸せにしてあげて?」

「ああ。…イリヤ、これを受け取ってほしい」 


何か良い香りがするものを差し出される。それは……赤い、赤い薔薇の花束だった。

頭が真っ白になりながらもそれを受け取ると、お兄さんはさらに何かを取り出した。


「…オレと、結婚を前提に付き合ってほしい」


今度は、小さい箱に入った指輪を差し出された。銀色にキラキラ輝く指輪本体を、宝石のルビーが見事に引き立てている。…結婚前だから多分婚約指輪なんだろう。サイズ違いのものがふたつある。

…わたしの脳裏に、“お兄ちゃん”がメイド二人の手を取り愛を誓う光景かわ浮かぶ。それはわたしの初恋が散った瞬間の出来事。“お兄ちゃん”も二人に指輪をプレゼントしていた。

───ずっと怖かった。また勝負以前の段階で失恋するんじゃないかって。わたしは誰のお嫁さんにもなれないんじゃないかって。

でも、もう怯える必要はない。わたしをこんなにも愛してくれる人がいる。なら、わたしはもう迷わない。好きな人と愛を育めるのなら、悪の組織の軍門に降って構わない。

───わたしはもう、何も諦めない。


「───お願い、“リツカお兄ちゃん”」


わたしにとって特別な、お兄ちゃんという呼び名。それを、目の前のお兄さんを呼ぶために使う。そして…。


「わたしを、クロみたいに奪い取って…!」


わたしは、リツカお兄ちゃんの腕に飛び込んだ。


───


こうして、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン改めイリヤスフィール・フォン・藤丸は立香の腕の中に堕ちた。

立香に身も心も蕩かされたイリヤに、悪堕ちを拒む理由などありはしなかったのだ。


「きみを満たせるのはオレだけだ。…イリヤ、愛してる。きみはオレだけのものだ。身も心もオレで染め上げて、オレ以外のことなんか追い出してやる。オレだけで満たして、何もかもからきみを奪い取ってやる」

「っ♥♥ …そんなことしなくても、わたしはもう一生お兄ちゃんだけのものだよ…♥」


今ここに、イリヤが心の何処かで抱いていた素敵な夢が叶った。

それを叶えてくれたのは“お兄ちゃん”ではなくリツカお兄ちゃんで、けれどイリヤは幸せだった。

───


「あの『クロみたいに奪い取って』って台詞、あれわたしの案ともかけたでしょ」

「えへへ、バレた?」

「わたし達の中で一番後出しだった以上、わたしやクロの出した案を加味してブラッシュアップするのは良い手。…うん、良いと思うよ、イリヤの劇」

「あんまりイリヤ甘やかしちゃダメよミユ。有頂天になったイリヤなんて絶対どっかでドジ踏むんだから」

「そこまでいうことないでしょクロー!」

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