湯浴み③
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「良いから長風呂してないで早くしろ!よく身体洗って心の準備も済ませておけよ」
「おのれ離せ!気安くわらわに触れるでない!!」
素っ裸のハンコックを浴室に押し込んで何とか扉を閉め、黒ひげはハァと力無く項垂れる。疲れた。
彼女の気まぐれ一つで命を取られる状況なため、片時も気を抜けない。
人よりも欲に忠実で、人よりも旺盛な自覚もある自分が。
あの顔を、あの身体を前にして色目の一つ使うことも許されず、理性を保ち続けなければならないのは非常に精神の消耗が激しい。
加えて、我が儘な幼子と皇帝を行ったり来たりする奔放な性格もある。
女というよりも、女の姿をしているだけの猛獣を相手にしているようだ。
口論で気が紛れるのはある意味幸運だが、それもそれで気が重い。ベッドの上でも喧嘩し続ける訳にも行くまい。
シャワーの音が聞こえ、磨りガラス越しに髪や身体を洗っているらしいシルエットが伺える。
あいつの居ない静かな合間に少しでも一人で気を落ち着かせていようか───そんな思いで戻ろうとしたところに、再度ハンコックが全裸のまま勢い良く扉を開けた。
「そなたよ!!」
「何だよまたかよやめろそれ!!!」
「わらわ急病に罹ったやもしれぬ」
「はぁ!?怖気付いた言い訳か」
「わらわが言い訳などするか!!!」
「さっきしてただろ。おれは医者じゃねえから詳しくは診れねェんだが?どこで急病だと思った」
外見上に特に変わりはなさそうである。
症状を伝えるよう促すと、ハンコックは一瞬だけ言葉に詰まった後、片手をこちらに差し出した。
「あ?」
「身体を洗っている際に気付いたのだが、いつの間にか透明な粘液のようなもので股が汚れていた。こんな事は初めてじゃ……そなた、何か存じてはおらぬか」
差し出した片手の指を弄って見せると、確かに糸を引いている。
長年戦士として戦ってきた自分が生まれて初めて感じた身体の異常に、ハンコックが内心の不安を抑えながら相手の顔を見上げると、何やら珍妙な顔をして固まっている。
今度は向こうが言葉に詰まっているようだった。
「知っておる顔じゃな。答えよ」
「あ〜〜〜〜……」
眉間の皺を押さえて呻く黒ひげに、ハンコックがぐいと詰め寄る。
「色気もへったくれもねェ言い方しやがって……あー……そりゃ病気じゃない、生理現象って奴だから気にすんな。女はそういうもんだ」
「だが、わらわは女であるのにこんなもの今まで一度も」
「…………例えば。興奮したりだとか……エロい気分になった時に、そうなる」
真面目な表情で話を聞いていたハンコックは、歯切れの悪い回答を聞き……見る見る赤面した。
伝えた黒ひげもほれ見ろと言わんばかりに顔を顰める。
「ち、……違う!!わ、わらわは別にそんな、ウソじゃ!嘘を吐くでない!!何かの間違いに違いない!!!」
「いちいち騒ぐな!だから言いたくなかったんだアホ女……!」
知らなかったとはいえ、自分の今の言動はとんでもなくはしたないものだったのでは?ということに気付きひどく混乱するハンコック。
口先では否定するものの、悔しいことに心当たりはいくつもあった。
先ほど触られた肩が、腰が、自ら触れた胸が。
火傷でも負ったかのように熱くなる錯覚を覚える。
黒ひげ側も普段ならば揶揄い倒すところだが、この女相手にあまり弄り続けるとそろそろ本当に殺されかねない。
「ハァ……謎が解けて良かったな。先戻ってるから準備できたら来いよ」
これ以上は付き合い切れんと判断し、黒ひげはさっさと部屋に撤退することにする。この女の世話係はもう御免だ。
前に白ひげ海賊団に拾われたばかりの狂犬の如きエースの世話係を務めたこともあったが、彼の方がよほど扱いやすかった。
(シルバーズ・レイリー!前線に出しゃばって来る前にてめェんとこの女の性教育ぐらいちゃんとしとけよな……)
この場に居ない伝説の男に内心で悪態を吐く。
学ぶことは好きだ。特に、ロマンのある考古学などは趣味と呼んでも差し支えないほど好んでいる。
かといって、他人に懇切丁寧に教えてやるのは柄ではない。
……無知な女に対する性教育などは、特に。