港町アカシア
島を囲む岩の間をすり抜けると、すぐにキレーな街並みが遠くに現れた。
さっきからずっとメシだメシだと騒いでるルフィほどじゃねえが、エレジアでの冒険もあっておれも腹ペコだ。
「船倉庫はあっちだ。人目を避ける必要はねえが、住民を刺激しねえように近付いてくれ」
預り料の高さにぶつくさ言うナミに、ローの奴はこれでも特別価格だと肩をすくめて返した。加盟国でなんの気も遣わずウロウロできることなんてなかなかねえから、おれとしてはちょびっと割高でも全然いいんだけどな。いつもはナミに加勢するサンジも、留守にしてた間に空っぽになった食糧庫を見たせいか買い出しの準備を黙々と進めていた。
「メーシー屋~っ!!!!」
「うぉい待てー!!!」
倉庫に船を預けるやいなや、ルフィの奴はもう全力でメシ屋を探しに街へと走り出した。
「ちょっと!!ルフィ一人じゃ絶対トラブルを起こすわよ!」
「全く仕方のねえ船長だ」
「ナミさんこいつを行かせたらルフィどころかこの船倉庫にすら一生辿り着かねえ」
「そうね…」
腰を上げたゾロを華麗に無視した二人の目線がこっちを向く。
「おれかよ!?」
「早く行かないと追いつけなくなるわよ?」
「くそォ…!待てルフィー!!!」
サンジは買い出しがあるしチョッパーは病気の調査があるけど!
あんま現地のやつらを脅かさねえっつったらおれかもしれねえけど!
ゾロは、まあ置いとくとして。
「メーシ~っ!!!!」
一瞬で遠ざかったルフィの叫びを頼りに、おれは一人港町を走った。
「んまかったなー!!」
「いや~食った食った!!」
ルフィを見つけるのは思ったよりかなり簡単だった。大声がメシ屋の外の通りまでよく聞こえてたし、両開きのドアが蝶番が外れそうなほどブンブン動いてる店に入れば一発だった。
「さて、"ドレスエビのパエリア"、"ローズイカのイカスミパスタ"、"妖精のパンプキン入りガスパチョ"、以上でお値段…」
伝票を確認して目ん玉が飛び出た。隣を見たらルフィの目も飛び出してた。
「おれこんな食ったのか!?」
「おいおい!!そりゃ量はあったがいくら何でも高すぎだろ!?」
まず手持ちがねえし、あったとしてもナミにボコボコにされる値段だ。
一体どうなってんだ。高級料理店とかでもねえ、フツーの店だったはずだぞ。
「まさか払えねえってんじゃねえだろうな…?」
「うっ!!」
店主に凄まれてもねえもんはねえ。
参ったな、騒ぎを起こすワケにはいかねえんだが。
「どうしたトラブルか?」
どうやって切り抜けたもんか頭を捻ってるうちに、スーツにサングラス、黒髪をゆるくセットした男が入り口に立っていた。
なんだやたらと美女にまとわりつかれてんな。
「聞いてくれよセニョール!こいつら食った分が払えねえってんだ!」
「へえ…」
店主の言い分を聞いたスーツの男は、弁解しようとしたおれを遮って懐中時計をカウンターに置いた。一目で良いモンだって分かる品だった。
「これで勘弁してやってくれねえか。折角の美味い飯だ。喧嘩で濁しちゃ勿体ねえ」
「おっ…おい!こんなイイもん頂けねえよセニョール!!」
「なら、釣りでこの嬢ちゃんたちをもてなしてやれ」
「セニョール!!!」
「おれはこの小僧共に用がある。嬢ちゃんたちはここで若ェ男とでも遊んできな」
「そんなあ!!」
取り巻きみたいに見えた美女を軽くあしらって、店中から惜しまれながら男はおれたちを外に連れ出した。去り際に上げた左手の薬指には、これまた精巧で繊細な作りの指輪が光ってるのが見えた。
「ありがとう!おっさん良い奴だな~!!」
「まさかあんな額になると思わなくてよ…とにかく助かったぜ!」
「礼なら店主に伝えておこう。あれだけの量を出せる店は、この国にはもうほとんど無ェんだ」
「なんでだ?」
首をかしげたルフィに、セニョールと呼ばれてた男が読めねえ顔で笑う。
「世界政府の"いつものやつ"さ。臭い物にゃ蓋ってな…お前ら港は見ただろう?」
そういやあ、港は規模の割に変に船が少なかった。船倉庫はそれなりに使われてる様子だったけど、たぶん客船や商船はほとんど停泊してなかったんだ。
「政府は…この街の病を恐れている。渡航の認可が降りなくなってきてるのさ」
「それで食い物がねえのか!?」
「ひでえな!!!」
「フッ…全くだ。ついこの間までドレスローザと言えば、美味いメシと酒に、美しい花々と音楽、おまけに女がいれば貧しくとも皆幸せなんてのが売りだったんだが」
皮肉っぽく首を回しただけで、通りのあっちからもこっちからもセニョールを呼ぶ声が上がる。すげえなこりゃ。
「しっかしあんた何モンなんだ?どこでもすげえ人気じゃねえか!」
「ただのしがない銀行員さ」
「じゃあギンコーインがすげえのか?」
「いやそういう話じゃ…」
「ふざけんな!!!なんだァこの値段は!!」
今度は近くの露店から男の怒号が響いた。たぶんおれたちみたいに手持ちが足りねえんだろうな。
よく見たら露店に並んでる品の種類も少ねえし、おまけにどれも相当高かった。この様子だと、サンジ達も今頃かなり苦戦してるだろう。
「そう仰られても…!」
「やめときな。この街じゃ短気は身の破滅を招くぜ…」
「セニョール!」
胸倉を掴まれた店主を庇うように、セニョールがチンピラの隣に立つ。
「へェ?なら試してみるかァ!?」
「小僧共、悪目立ちしたくねェなら手出しは無用だぜ」
いきり立ってサーベルを抜いたチンピラを横目にそう言った姿は、剣が振られる時には地面に吸い込まれるように消えていた。
「なんだ!?きっ、消え…」
おれと同じ感想を言い切る前に、死角にまたセニョールが現れる。
チンピラはあっという間に通りに蹴り転がされ、そのまま目を回していた。
「ありがとうセニョール!最近こういう連中も増えてて…助かったよ…」
「おっさんも能力者だったのか!」
「いやいやホント何モンだよ!?」
あっさりと事件を片付けたセニョールが、歓声の中で煙草に火を点ける。
「おれはしがない銀行員。そして…」
スーツによく合ういぶし銀のライターが、手の中でカチンと音を鳴らした。
広がった煙は、紙巻の煙草のクセに妙に上品な匂いがする。
「賞金稼ぎだ。悪党専門のな」
無造作に髪をかき上げ口元の皺を歪めて笑う男は、たしかに文句なく格好良かった。