温泉と牛乳と、時々卓球

温泉と牛乳と、時々卓球




「…アクア。今ならまだ僕の軍門に下る事を許すけど、どうする?」


「はっ、言ってろよ。父さんこそ、実の息子に負けて悔しがる準備をしといたらどうだ?」


バチバチバチッ


「……ねえママ」


「んー?」


「どうしてこうなったんだっけ……」


「そうだねー。強いて言うなら、男の子の意地?」


はぁ……ホントに、パパもお兄ちゃんも何やってんのさ。



◇◆◇◆◇◆



こんばんは、星野ルビーです!突然だけど私は今、家族全員で山奥の温泉旅館に来ています。というのも今回の旅行、実は私の功績だったりする。


数週間前、家のシャンプーやらの日用品がいくつか無くなりかけていたので、自分の分の買い物ついでに済ませてしまおうと考えた。


「お兄ちゃーん、買い物行ってくるねー」


「待て、家の中の物も買うんだろ?お前だけじゃ不安だから俺も行く」


とか何とか言ってるけど、荷物が重くなるから一緒に来てくれるというのが多分アクアの真意だ。私達家族じゃないと多分伝わらないよー?


───大型商業施設


というわけで私とお兄ちゃんは、近くにある大きなショッピングセンターへとやってきた。ここに来たら大体の必要な物は揃える事が出来るのでよく利用している。


「えーっと、あとはシャンプーとお風呂用の石鹸で終わりかなっ」


「想定してたより大荷物になったな。やっぱり同行して正解だったな…(ボソッ」


「やっぱり私が心配だったんだ。他の人には結構素っ気ない態度なのに、私達家族には優しいよねアクアって」


「うるさいぞ」


そんな不器用な優しさを見せるお兄ちゃんの事が私達は大好きだ。もちろん家族としてね!

そうこうしているうちに会計も済んだので、後は家に帰るだけとなった。そんな私とお兄ちゃんの目に、大きなポップが映る。


『福引き大抽選会』


そういえばレシートと一緒に何枚か券を貰っていたなと思い、他のお客さんの後ろに並ぶ。荷物を持つお兄ちゃんから少しキツそうな表情が漏れかけているが、涼しい顔を保とうとしているのが丸分かりでちょっと面白い。

ついに私の順番が回って来たので、腕捲りをして気合いを入れる。


(4等の大きいぬいぐるみも可愛くて良いけど、1等の最新式お掃除ロボットも掃除が楽になるから欲しいなぁ)


1等は赤色の玉…。回せる回数は1回だけなので、私は全神経を集中させてガラガラを回す


来い!1等!


カランッ、と音を鳴らして玉が1個出てきた。恐る恐る目を開けて色を確認しようとしたが、それよりも前に店員さんの大きな声が響いた。


「お、大当たり~!特賞の2泊3日、温泉旅行の旅で~す!おめでとうございま~す!!」


えっ!特賞!?温泉旅行!!?

引き当てた私自身はあまりのクジ運に自体が呑み込めてないが、周りのお客さんは大騒ぎだ。


「すげえなルビー。こんな事滅多にねえよ」


お兄ちゃんにそう言われて、ようやく私は特賞を当てた実感が湧いてきた。


や……………………


「やったーーーーーー!!!」


─────────。


「…という経緯なのでした!」


「誰に向かって喋ってるんだよ」


「本当にありがとね。こんな良い所中々来れないよ、これもルビーのクジ運のおかげだね」


「私もヒカルも休み合わせられてよかったー。社長とミヤコさんにも感謝だねっ!」


「そうだね、事務所の分とは別で社長とミヤコさんにお土産買っていこうか」


ここまでで私達は綺麗な山道の景色を楽しんだり、お昼ご飯で山の幸をふんだんに使った郷土料理を堪能したりした。

でもそれは言ってしまえば前座、今回の旅行の目玉は何と言っても……


「温泉だーー!」


そう、温泉である!ここの旅館には色々な温泉があるようで、6種類の屋内温泉と露天風呂を含めた3種類の屋外温泉の計9種類の温泉が楽しめるとパンフレットに書いてあった。スゴい!

温泉入口でうちの男衆と別れ、私はママと一緒に色んなお風呂を楽しんで回る。


───香り湯


「凄く良い香りがするねママ」


「だねー。この木の香りかな、ヒノキとか?」


───寝湯


「あー…ずっと入ってたらダメになりそう……」


「人をダメにするクッションってあるけど…これは人をダメにする温泉だねー……」


───露天風呂


「…………」


「ん?どしたのルビー?」


「知ってたけどママって、すっごく画になるよね…。これで私とお兄ちゃんの母親ってマジ?」


「そんなに見られたら照れちゃうよー」ケラケラ


「これが月下美人……」


─────────。


堪能した。めっちゃくちゃ堪能した。

結局あれからママと一緒に9種類全ての温泉を回って楽しんだので、頭のてっぺんから爪先まで全身ホカホカだ。

ちょうどパパとお兄ちゃんも上がったようで、脱衣場を出たらすぐに合流した。そして温泉の後と言えば欠かせないものがある。


そう、冷たい牛乳だ。


パパが私達に飲みたいものを聞いて、番台さんの所で買ってきてくれた。私とママはシンプルな牛乳、パパはコーヒー牛乳、アクアはフルーツ牛乳を手に取って皆で乾杯する。

腰に手を当てる定番のポーズで、私達はそれぞれの牛乳を一気に飲む。


「ぷはぁ!冷たくて美味しー!」


「あはは!ルビーったら口の周りにヒゲが出来てるよ!」


「やっぱり温泉に入った後はこれだよね」


「ああ、温泉上がりと言えばやっぱ……」


「コーヒー牛乳だよね」「フルーツ牛乳だよな」


「「ん?」」


パパとお兄ちゃんが互いに向き合う、何だか妙な雰囲気を漂わせながら。


「父さん、風呂上がりにコーヒー牛乳はちょっと古いんじゃないか?」


「アクアこそ、普段の感じと違って案外可愛いものを飲むんだね」


「「んん??」」


あ、これちょっとまずいかも…?一見すると2人とも顔は笑ってるんだけど、よくよく見れば笑顔が引きつってるし目の奥が笑ってない。珍しくちょっとムキになってるみたいだ。

いやムキになる理由がお風呂上がりの牛乳のフレーバーって……。


「どうやら父さんとは決着をつける必要があるみたいだな。あっちに卓球台があるし、あつらえ向きだ。構えろよ」


「ふふ、良い度胸だねアクア。大きくなっても僕からしたらまだまだ子供、年季の違いってものを教えてあげるよ」


そういってパパとお兄ちゃんは遊具コーナーにある卓球台へと向かって行き、私とママは牛乳をチビチビ飲みながら2人の後を追う。


─────────。


…で、冒頭の場面に戻る。

端から見ればこれほどくだらない理由も無いだろう親子対決は、こうして火蓋が切られた。


「ルビーはどっちが勝つと思う?」


「えー、やっぱお兄ちゃんじゃない?」


「あはは、やっぱりそう思っちゃうかぁ」


「?」


最初のサーブはお兄ちゃんから。卓球をやってるところなんて見た事無いけど、若さという大きなアドバンテージと大体のスポーツを人並みにこなせる程度の運動神経で戦えるだろう。

一方のパパに関しては本当に未知数。役者を続ける一環でトレーニングをしているのは知っているけど、逆に言えばそれまで。年季の違いって言ってたし自信はあるんだろうけど……。


「いざ、尋常にしょーぶ!」


ママが勝負開始の合図を出した瞬間、サーブ側のお兄ちゃんが動いた。


「…ふっ!」カンッ


おお、結構速い球だ。高校の体育で確か卓球もあったから多少手慣れたような動きをしている。ママも「おーっ」と言って感心しているようだ。こんな速い球、パパは返せるのだろうか。

そう思ってパパの方を見ると、一瞬パパの目が光ったように見えた。


「シッ!!」ゴオッ


次の瞬間、私は驚きで押し黙ってしまった。

なんとあのアクアがパパの打った玉に反応出来ないでいたのだ。私も驚いたけど、当のアクア本人が一番驚いているであろう事は表情から簡単に読み取れた。


「僕、始める前に言ったよね?年季の違いを教えてあげるって」


そう言いながら余裕な表情をしながら片手でピンポン球をポンポンと投げるパパの姿は、さながらラスボスといった風格を漂わせている。


「……へぇ、思ったよりやるじゃないか父さん」


余裕を見せようとしてるお兄ちゃんだが、その頬には一滴の冷や汗が流れている。


「ほらほら、サーブは2回交代制だよ。次の球はまだかな?」


「くっ、余裕綽々みてぇな顔しやがって……。ぜってぇ吠え面かかせてやる…!」


【1-0】

「オラッ!」カンッ


「甘いよっ」カコォンッ


【4-0】

「これでどうだっ!」カンッ


「じゃあこっちに返そうかなっ」コンッ


【8-0】

「くそっ!」カッ


「ほら、球筋が乱れてるよ」カコォンッ


あっという間にパパのマッチポイントになってしまった。アクアは決して運動神経は悪くないし、むしろそこそこ良い部類だったはずだ。それなのに今この時だけは、全てがパパの思い通りというか、パパの掌の上で踊らされてるようにしか見えない。

その証拠に、アクアは今肩で息をするくらいに呼吸が乱れて汗だくなのに対し、パパは軽いストレッチをこなした後というレベルでしか汗をかいていない。


実力の差は火を見るよりも明らかだった。


「やっぱ強いねーヒカルは」


「え?ママ、パパが卓球出来るって知ってたの?」


「うん。ヒカルと仲良くなった辺りでさ、お互いのストレス発散のためによく2人でやったよ」


初めて知った、あの魔王みたいなパパが誕生した経緯がママとの対戦だったなんて。

ん?てことはママもあれくらい動けるって事……?


「さぁ、そろそろ終わりにしようか」


「くっそ……ゼェ…化け物かよ……ハァ…」


ここまでで10-0、しかも今のパパが言った感じだと、今回のパパのサーブで終わらせるつもりだ。


「覚悟してね、アクア!」カコォンッ


「うおおっ!」


パパのサーブで幕引きかと思いきや、ヘロヘロの体に鞭を撃って意地で打球に食らいついていくアクア。その甲斐あってレシーブが成立した。

だけどパパはそれを狙っていたかのように、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


「あ、ヒカルあれやるつもりだ」


「え?あれって何?」


ママが言った事に気を取られていると、パパが大きく腕を振りかぶる。それに気付いたアクアは強いスマッシュが来ると踏み、後ろに下がって豪速球に備える。

大きく振りかぶった腕をパパが振り抜く!


…かに見えたが、球に当たる直前で急減速した。中途半端な力で返された球はフラフラと宙を舞い、ネットにぶつかった後、ゆっくりとアクア側のコートに落ちていく。

アクアがそれに気付いた時にはもう手遅れ。ここまでパパに振り回されて疲れきった体では戻る事叶わず、球が落下しきった。


この勝負の結末は、パパの完全勝利で幕を閉じたのであった。


─────────。


「参ったよ父さん、いっそ清々しいくらいに完敗だ」


「腕が衰えてなくて助かったよ。流石に得意種目で負けたら父親として立つ瀬が無いからね」


「でもアクアもヒカル相手によく動き回ってたと思うよ。お疲れ様」


「凄い試合だったね。原因がお風呂上がりの牛乳の種類で起きたイザコザじゃなかったらもっと良かったんだけどね」


「「うっ…」」


「ほら!2人共もっかい温泉に行った行った!」


私に言われた2人は、バタバタしながら再び温泉の方へと向かう。それを見ながら私は小さく溜め息を吐いてママの所に戻る。


「パパもお兄ちゃんもあんな子供っぽい事するんだね」


「男の子ってそういうものなのかもね」


「そういえばさっきさ、お互いのストレス発散でよく卓球やってたってママ言ってたじゃん?ママもパパくらい強いの?」


「うーん、今はどうだろ。でも昔は殆ど私が勝ってたんだよ?」


「え!?」


これはまた驚きの話だ。あの試合を見た後でパパより勝ってたなんて言われても、想像もつかないや。


「じゃあパパより強いんじゃん…」


「そういう訳でもないけどね、だってヒカル…」


だって……?


「私に見惚れてたって言ってよく空振りしてたんだもんっ!」キャー


「…………」


隙あらばすぐ惚気る。この2人は未だにここの温泉よりもアツアツだった。


それを見せつけられる私とお兄ちゃんの気持ちも考えてほしいと思いつつ、先ほどよりも大きな溜め息を1つ吐いた。


Report Page