渋谷駅・地下5階
真人は証明写真機に隠れて一人の男を見つめていた。
七三術師。確か……虎杖悠仁からは『ナナミン』なんて呼ばれていたはずだ。
数回ほど戦い、真人が領域展開を会得する足掛かりの一つとなった男。
その男が今、ほぼ死に体で改造人間の大群と戦っている。
(あの傷は漏湖か……仕留め損なったのか?)
半身が焼け爛れた状態でトレードマークの七三分けもおじゃん、恐らく今から治療したところで助からないと一目見ただけで分かる状態になってもなお、七三術師は大鉈を振るい続けている。
(おぉ〜怖い怖い、全くよくやるねぇ……)
真人は証明写真機から飛び出すと七三術師にそっと近づく。そして彼が最後の一体を斬り伏せたその瞬間、
───隙だらけだ。
真人は七三術師の身体に触れた。
「……いたんですか。」
「いたよ、ずっとね……ちょっとお話するかい?君には何度か付き合ってもらったし。」
七三術師は心ここにあらず、といった様子で触れられている部分を見つめている。
するとその時、改札の方面からバタバタと足音が聞こえた。術師の仲間だろうか?いや、あの姿は……
「ナナミン!」
「……悠仁。」
虎杖悠仁である。
わざわざ一番殺したい相手が目の前に来てくれるなんて!これは好都合だと言わんばかりに真人は七三術師の身体を『無為転変』で破壊しにかかった。
七三術師の身体がボコボコと膨れ上がる。その時、何かを言いたそうに七三術師が虎杖の方に顔を向けた。
「虎杖君……あとは頼みます。」
ばぁんっ!風船のような音を立てながら七三術師の身体が破裂する。砕けた骨や肉片がビチビチと周囲に撒き散らされた。
あぁ……今、虎杖悠仁はどんな顔をしているだろうか?恩師を助けられなかった絶望?それとも順平を殺された時のような憤怒?どちらにせよ、人間らしく不細工に歪んでいるに違いない。
真人は虎杖を嘲笑う為に顔を上げる。
しかし……真人の予想に反し、彼の表情は崩れていなかった。
虎杖の表情から怒りや悲しみが読み取れない。
(何だ……?アイツは何を考えている?)
困惑する真人をよそに、虎杖は真人に向かってゆっくりと歩き出す。何歩か歩いたところでずるりと少しだけ足を滑らせた。
虎杖が靴底を確認すると、先程爆ぜた七三術師の肉片がこびり付いている。彼は不快そうな表情を浮かべると、肉片をまるで汚い物を触る時のように指先でつまみ上げ、遠くへと放り投げた。
(……違う)
この時、真人は直感した。
(初めから、コイツの中には何も無かったんだ)
順平を殺された時の激情も、真人に対する憎しみも、助けられる人を全て助けようという信念も───全て偽りだったのだ。
「おい、靴が汚れちまったじゃねぇか。」
いつのまにか目の前に来ていた虎杖が真人に声を掛けた。
「……虎杖悠仁。俺はオマエの事を勘違いしていたみたいだ。」
「?」
突然意味の分からないことを言うな、とでも言いたげに虎杖の眉がハの字になる。
真人は目の前の虎杖……いや、怪物に対してファイティングポーズを取った。
「やっぱり───俺の方が人間だよ。」
「……ケヒッ。何だよそれ、意味分かんねぇ!」
そして、殺し合いが始まる。