渋谷事変の終わりにて

渋谷事変の終わりにて


渋谷。宿儺の領域展開によって文字通り更地となった跡地にて佇む二人分の影。一つは血塗れで這っている虎杖悠仁。もう一人は史上最悪の呪詛師と謳われている夏油傑───と思しき存在。


虎杖との対決に敗北した特級呪霊・真人を取り込み、悲願まであと少しといった表情で空を仰ぐ夏油。しかしその表情はすぐさま不快そうに歪む。今この場で最も出会いたくない存在の気配を悟ったが故。


「チッ、面倒な……!!」


空より高速で降ってきた影は勢いを殺さないまま地表へと落下し、しかしぶつかる直前で運動エネルギーが消失したかの如く静止する。


そして革靴の甲高い音を二回立てながら地に降り立つ銀髪黒目の青年。張り詰めたような空気を纏う五条家次期当主は殺意と怒りを滲ませながら夏油を睨む。


「る、類……」

「すみません虎杖君、怪我人の手当をしていて遅れました」

「そ、そうだ、釘崎が大変なんだ!お前ならきっと───!!」


そこまで言った所で虎杖は言葉を止めた。悔しそうな顔で自分を見つめる類に気付いたからだ。


わかってはいた。そんな都合のいい事などあるはずがないと。真人の無為転変により顔半分を吹き飛ばされ、新田の術式により辛うじて悪化は食い止めはしたが……既に手遅れだった、それが現実だった。


「……すみません。もう少し、早く来ていれば」

「違う、お前は、悪くねぇ……!悪いのは俺だ……!俺のせいで釘崎はっ……!!」

「……それで、アレが御当主を獄門疆に封印した張本人ですか」

「や、類。久しぶりだね」


かつて面識のある夏油傑からの挨拶に類はこれ以上ないほどに不快そうな表情を浮かべる。そして同時に現代最強の呪術師である五条悟があっさりと封印された理由についてもその明晰な頭脳により解答を即座に導き出した。


同時に、眼の前の人間が夏油傑でないことも。


「誰だアンタ。肉体は夏油さんの物だが、中身が違う」

「おや、何を根拠に?」

「義兄が百鬼夜行まで起こした夏油さんに情けをかけるような人ではないことは理解しているので。大方遺体を奪って頭の中身を入れ替えたってところか。乗っ取った肉体の術式も問題なく使えているということは……それがお前の本来の術式か?」

「………いやはや全く、天は二物を与えずとは言うけど、君に関しては全く持って例外だね。五条類」


遠回しに指摘を認めるように夏油は両手を挙げた。そしてその動作に合わせるように類の足元の地面を突き破って巨大なミールワームのような呪霊が彼を呑みこもうとし───


「邪魔だ」


その前に地面を踏み付け呪力を流し込み、拒絶術式により生み出された反発力によって撃ち出された瓦礫が砲弾となって足元の呪霊を一撃で爆散させた。


それにより足場が消えたが、類は落下しない。薄い反発力の膜を足裏に生成することで彼は自由自在に宙を駆けることが可能なのだ。


「準一級呪霊が一撃死か。流石」

「術式反転、『碧』」


夏油の称賛を無視して類は指向性を持たせた引力を持つ呪力を手元に生成。夏油を周囲の地形ごと引き寄せつつもう片方の手と両足、背後に順転の呪力を集約。一瞬で音速を突破しながら拳を打ち込まんとする。


「やるね!だけど君の攻撃は絶対に当たりたくないんだ!」

「……!!」


類の拳が当たる直前、突然軌道が大きく逸れた。それが何らかの念動力あるいは重力操作の術式だと気付いたものの、即座に対応はできず類の拳は夏油ごと引き寄せていた巨大なアスファルトの地面を爆撃の如く粉砕するだけに終わる。


「極ノ番、うずまき」


それをチャンスと見るやいなや夏油は類の超至近距離から限界まで圧縮した真人を使ったうずまきを発動。特級呪霊を一体分使い潰した一撃が回避困難な近距離から放たれる。


しかし類もそれを読んでいたのか反発力を細かく展開することで高速で身を捩り、うずまきの一撃は類の攻撃遮断用の拒絶防壁を貫通しながら彼の左腕を吹き飛ばすだけに留まる。だが吹き飛ばされた左腕は一秒足らずで復元され、夏油へカウンターの一撃が振り抜かれた。


「ハッ、これを避けるか!兄弟揃って化物め……!!」


夏油は悪態を付きながら重力操作の術式をフル稼働させて全力で類の拳を回避し大きく距離を取る。彼の一撃を食らえば反転術式があろうが意味がない。五条類の攻撃はほぼ全てが回復手段を無意味にする最悪のものなのだから。


「何を手こずっている……!!」


その様子を付近で眺めていた裏梅が痺れを切らしたのか横槍を入れ、氷凝呪法によって空気中の水分をその息によって凍らせ、一瞬にして空中にいた類を氷の巨塊に閉じ込めた。しかしそれを見た夏油は「余計なことを……」と小さく呟く。


そんなもので止まるなら自分はここまであの怪物を避けようとしないというに。


「───誰だ、お前」

「な───」


十秒すら経たずに氷の塊は一瞬にして完全粉砕され、砕け散る氷の雨の中から全くの無傷のまま五条類は姿を現す。


そして類は氷よりも冷たい目で裏梅を見つめながら音もなく人差し指を向け──


「失せろ」


人間の知覚限界まで圧縮された反発力が砲撃の如く発射され、周囲の空気を巻き込みながら裏梅の腹部へと激突。術式によるガードも間に合わず、純粋な呪力による防御を強いられながら裏梅は吐血しながら遥か向こうのビルの壁面に叩きつけられた。


それを見た夏油は思わず冷や汗を流しながら笑みを浮かべてしまった。交流戦の際に必要なことであったとは言え、花御を送ったのは失敗だったかもしれないという僅かな後悔が湧き上がってきたがために。


「さて、続きをしようか。夏油傑じゃない誰かさん」

「うーん、是非とも断りたいね!」

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