深夜
旅のなか、娯楽といえる物は本と食事、コラさんの話ぐらいだった。楽しんでいるときは身体の痛みも忘れることができるから、つい夜更かしもしてしまう。
「ロー、もう寝ろって、また明日早いぞ」
「やだ、もうちょっと起きてる」
今日は本屋で新しく買った小説をぱらぱらと読んでいて、それが意外にもかなり面白くてもっと読んでいたい気持ちだった。だけど、横にいるコラさんはわたしのことを心配そうに見つめる。視線が気になってコラさんの方を向くと目があう。その瞬間、ふいとコラさんは目線をわたしから背けた。そう、いつもこうなのだ。
「なんでコラさんはわたしと目が合うと別の方向を向くの」
「え、いやァ、偶然だろ?」
「嘘、毎回だよ」
あぐらをかいて明日の支度をするコラさんに近づいて、コラさんの膝に手を乗せる。するとコラさんの身体が跳ねた。
「やっぱり、わたしのこときたないって……」
「そんなバカなこと思うわけねェだろ!」
怒ったように言うものだから、驚いた。その怒りを滲ませる目は嘘偽りなどないように思える。はっとしたのかコラさんは「悪い……」と言って目をそらした。
「じゃあ、なんでわたしが触るとびくってするの。コラさん、もしかして感覚過敏……?」
「……ああ! そう、俺はかんかくかびんなんだ!」
嘘つけ。適当だろ、それに意味わかってないでしょ。……そういえば聞いたことがある、男と女がくっついてると恋人だって、フレバンスにいた同級生たちがはしゃいで、付き合ってる子たちをからかっていたような覚えがある。もうみんないないけど。じゃあ、そしたら男と女でくっついてたらわたしたちは恋人になるのかな。コラさんはわたしのことを恋人だと思ってるのかな。コラさんの心臓に手を当てると、どくどくと激しい鼓動が伝わってくる。
「ねぇコラさん、わたしにドキドキしてるの?」
コラさんは慌ててわたしの手を掴み、引き剥がした。
「っ、マセガキかお前、」
「フレバンスにいた同級生たちが言ってた……男と女がくっついてれば恋人だって……コラさんはわたしと恋人になりたいの?」
「バカ言え! 確かにローはかわいい、けどさァ……」
「さァ……何?」
「まァ、そういうことは軽く言うなよ、男にとっちゃ思わせ振りになっちまうからな、さァ寝ろ」
コラさんは膝に乗っていたわたしをベッド代わりの布に寝かせ、わたしをあやすようにあたまを撫でた。そのまま、タバコを咥え火をつける。
「ねェ、コラさん、」
「ん?」
「わたしが大きくなったら、コラさんと……恋人になってもいいよ」
「ん゛な゛ッ!!?!」
「おい! コラさん! 燃えてる!! 水!」
コラさんが頭から水をぶっかけ、肩の大火事は消化した。
「寝ろ、ロー」
息を切らして有無を言わさないような声でわたしに言ってくるのが面白くて、少し吹き出してしまった。しょうがないなと言って、ゆっくりと目を閉じる。わたしがオペオペの力によって大人になれたのなら、どんな姿になれるのだろうか。期待するだけ、絶望が大きいことも知ってるから考えるのをやめた。でも、大人になっても……コラさんと一緒に歩きたい。ああ、タバコの匂いがする。この匂いを嗅ぐと不思議と安心できる。ねぇ、コラさん、大好きだよ。