涙が躯に滲んでも

涙が躯に滲んでも


「…全く。英雄(あなた)達は目を離せばすぐに消えてしまうのですから…」

双剣の男と剣戟を繰り広げながら、悲しげな声で彼女はそう言った。

「誰と勘違いしてんだテメェ…あの雑魚はどうか知らんが、俺は記憶にも記録にもテメェの…」「ええ、解ってますとも。貴方はいつもそうなのですから」

言い終わると同時に放たれる三叉の槍は、彼女の言葉などより何倍も雄弁に感情を語る。

この槍捌きといい、先程の高速移動といい───ただの人間に為せる技ではない。数多ある英霊の中でも破格かそれ以上か。

最も。己の行動指針に一切の関係はない。

敵が何者であろうと…例え、神の類であろうとも。この身体尽きるまで屠り続ける。

楽な仕事だ。



「テメェ…狂戦士か?」

三叉槍を弾き返しながら男が問うと、天使はフフフと笑い、銀の髪を翻す。

「はい、例え私が何のクラスを以て限界したとて、貴方がヘルギであることには変わりませんね」

軽やかかつ要領を得ない返答とは裏腹に、放たれた槍の一撃は確実に、強く、疾く、重く。

「チッ……!」 剣で受け流し、そのまま刃を返して斬り込むも─────攻撃の瞬間には既にその姿を消している。 まるで瞬間移動の如くに視界に収まらぬ速度で動き回る天使を捉える事は困難であり、それは並の英霊よりも速いであろうと自負していた双剣の男にとっても、それは例外ではない。

 

そして、その繰り出される三叉槍は常に命ではなく武器を掠め取らんと狙っている。


─────小賢しい。


腹立たしいのは武器を奪い取ろうというその稚拙な意図ではない。

『武器を奪えば無力化できるであろう』という浅はかな思考が、よりにもよって女にされた事が何よりも腹立だしい。

口にこそ出さずとも、そのように発する気怠げな瞳が更に怒りを増幅させる。

「全く…素直に食らってください…ッ!」

避け損ねた槍が、鎧の一部を掠め取る。即座に後退し距離を取る。


─────乗ってやるよ。但し、テメェがその気なら──────



母指球に力を溜め込み、全速力を解き放つ。



──────その槍、貰い受ける。



左腕、正確にはそれに握られる剣を狙っての一槍。並の英霊であれば腕ごと吹き飛ばされるであろう一撃は、寸分の狂いもなく男の左手へと伸びる。

引かず。迷わず。一切の躊躇を置き去りにして、男の左腕から右肩へと槍が駆け上がる。

確実に獲った、そう勝利を確信した天使の眼が驚愕に彩られた。


左手に握り込んでいた剣はない。

"を"獲ったのは────


「甘ぇよ天使サマ…ッ!」


それは戦闘経験の賜物か、それともこの場で研ぎ澄まされた感性によるものか。

魔槍は男の肩を穿たんとしたが、男はそれを寸前で避け、逆にこの隙を突いて魔槍を握りしめ、大地に叩きつける。


勢いは死なない。穂先を乗り越え、攻撃範囲に女の首が内包される。

首を守らんと腕を上げるが関係ない。

その細腕ごと切り裂いてへし折って──────


ギィンと、その女の細腕に防がれるまでは、そう思っていた。


「あ…なあっ…!?」

「やはり英雄(あなた)は…剣を離さずには死ねないのですね…」


諦念か、或いは失望か。天使の異様な雰囲気に気圧され、即座に距離を取り見に回る。


「そう…そうですか。抱きしめて殺したかったのに…貴方がそうするなら…私……私は………ッ!」

魔槍が、変形していく。

左右の穂は三日月のようにその姿を変えていく。槍から、斧へと。

変わるのは獲物だけでなく、女すらも。

「ええ、ならば私ではなく………カーラの方が適任でしょう」

斧を振るい、大気が震える。やはり細腕からは想像もできないほどに軽々しく戦斧は振るわれ…ズンと大地も震わして、女から溢れ出るカタチが変わる。

悲壮感は薄れ、その代わりに相対するだけでも感じられる闘志が溢れ出る。髪は美しい黄金に染まり……肩甲骨のあたりからは白鳥の翼が生えていた。

そして女は高らかに告げる。第二幕の開演を。

「さぁ…再び戦禍の中に沈もうか─────」

 


再び、双剣を構える。獲物が変わろうと、女の中身が変わろうと関係ない。

ただ一つ。屠り続ける事こそが────────



「─────────英雄(ヘルギ)ッ!!!」



自らの価値そのものなのだから。

Report Page