“海軍の歌姫”を失った代償
Nera灼熱の日光に晒される島国、サンハイランド王国。
170ヶ国以上が加盟して成り立っている世界政府に加盟している王国である。
一年中が真夏な環境であるこの王国は、豊富な鉱石産業で成り立っている。
しかし、ここ最近では、新たな娯楽が発祥し王国民を魅了していた。
「ママ!!まだ~!?」
「人が居るんだからもう少し静かにしてなさい。もうすぐ始まるからね」
10歳の男の子がまだか!まだかと!スクリーンを見つめている。
子供を窘めた母親も柔らかいソファに腰掛けてスクリーンを眺めた。
ここは地下に建造された巨大なシアターで鉱夫の歴史と実績の象徴ともいえる。
5千人を収容できる施設のスクリーンには電伝虫によって定期的に映像が流される。
「おっ!カウントダウンだ!!」
「コラァ!静かにしなさい!!」
映像電伝虫から流される映像に変化が表れてカウントダウンが表示された。
前の席から騒ぐ子供を窘める母親の声がさきほどの子供にも聞こえていた。
『僕と同じ事を考えている子が居るんだ』と少年は他人事には思えなかった。
それを微笑ましく見守るのは父親の鉱夫でありウタの大ファンである。
仕事終わりに入浴して妻子と共にこのシアターに訪れたのだ。
「「「5」」」
「「「4」」」
「「「3」」」
「「「2」」」
「「「1」」」
それでもカウントダウンしてしまうのが人の性。
荒々しい鉱夫たちによってカウントダウンが読み上げられる。
家族連れやファンたちも思わず声を出してしまうほど興奮していた。
「はいー!ウタだよ!!」
カウントダウンが終わると共にスクリーンに若い女海兵が映し出された。
ウタと名乗った女海兵の姿を見て観客たちは凝視するかのように見つめている。
彼らは配信映像で彼女の姿を見る為に集まったファンや観客である。
「第48回、定期配信ライブにようこそ!!今回は軍艦でやるよー!!」
マイクロミニスカートに大腿を覆う黒色の靴下という痴女にも見える女海兵。
彼女は海軍の公式である広告塔であり、“海軍の歌姫”という異名がある。
わずか2年足らずで絶大の人気を獲得した歌姫は世界の希望であった。
「今回歌うのは3曲!“新時代”と“ウタカタコネクション”!そして新曲だよ!!」
歌姫の任務は、堅苦しくて怖そうな海軍のイメージを緩和されること。
そして世界政府や海軍に不信感を持たれない様に歌という娯楽を提供する事だ。
もっとも世界政府の思惑は別にあったが、予想以上に効果が出た。
この国でも定員5000人に対して5万人の観客希望者が居るくらい大人気である。
「よし!歌の前にライブを盛り上げる立役者たちを紹介していくね!」
「まずは二個分隊で構成される軍楽隊!こんなに豊富な楽器で演奏するんだよ!!」
ウタは映像電伝虫(カメコ)を抱えた海兵に向かって軍楽隊を紹介していく。
一流の音楽家であり、海軍には珍しく非戦闘員な彼らはウタのライブを盛り上げる。
こうやって珍しい物を観客に見せるので為になる話も多い。
「次は私が乗っている軍艦!音響とか色々計算されて特注されたんだよ!!」
「応援してくれる観客を見て分かるようにライブ会場になってるの!」
軍艦には世界政府加盟国の要人、世界政府のトップである五老星すら居た。
じっくりと歌姫のライブを楽しみたいのか。
珍しく5人共、VIP席で豪華なソファに座っているのを見て驚く人は情報通だろう。
「軍艦ライブの抽選に外れた人!悲しい思いをしてるかもしれないけど大丈夫!!」
「1400か所でこの会場を映像配信してるから!歌をみんなに届けられるよ!!」
「もちろん、この配信の音声を録音したTDも販売するから安心して聴いてね!」
ウタを直接見ようとする観客が多すぎて倍率がとんでもない事になっていた。
映像配信で歌自体は楽しめるのだがやはり直接歌を聞きたい人が多いのだろう。
相変わらずライブ会場の倍率は桁違いに高くて生で聴こうとする者は後を絶たない。
中にはミニスカの中身を見ようとする下心を持つ男も居るが歌姫は気にしていない。
「よし!紹介が終わったよ!!さっそくライブをしようか!」
「ウタ准将!ご自身の紹介が終わってませんよ!?」
「あっ!そうだった!ごめんごめん!」
さっさと歌おうとする上官に部下が自己紹介を呼びかけた。
ライブを見ているのは常連だけではないので毎回、自己紹介する必要があるのだ。
出鼻を挫かれたウタは落ち着いて自分の事を笑って紹介した!
「私、ウタ!みんなに歌を届けるボーカル!よろしくね!イエーイ!!」
「「「「イエーイ!!」」」」
観客たちは声を揃えて彼女の言葉に応える。
会場に居る観客とやりとりをしつつ、ウタはジェスチャーで状況を確認していく。
すぐにでも演奏ができると確認できた以上、茶番劇を適当に切り上げた。
彼女は笑顔でマイクを手に取って映像電伝虫に顔を向ける。
「今度こそ歌うよ!!最初は代表曲、“新時代”!」
ファンの歓声を迎えられながらウタは〈新時代〉を歌い出した。
大海賊時代によって虐げられるのが日常になっている世界を変える歌。
彼女の圧倒的な歌唱力と軍楽隊の演奏、そして最先端の音響設備。
どれか1つでも欠けたらここまで人の精神に揺さぶりをかけることはないだろう。
「ああ、生きていて良かった」
「また明日も頑張れる」
重労働が多い鉱夫を中心にサンハイランド王国民は歌声に癒されていた。
この国では最先端の音響設備と専門家をシアターに導入していた。
そのおかげか、直でライブを聴いている感覚になれると他国でも一目置かれている。
「「「アンコール!!アンコール!!」」」
「まだライブは始まったばかりだよ!?」
「アンコール」の連呼にウタは戸惑ってしまった。
行き当たりばったりに行動する彼女もすぐに連呼されるとは予想外だった。
それを感じ取った部下たちはすぐに緊急策を発令させた。
「おいウタ!のど飴をもってきたぞ!!」
部下に飴を渡されたルフィは、観客の対応に追われているウタに話しかけた。
すると観客席から女性を中心に黄色い声援が上がった。
“海軍の英雄ガープ”の孫であり麦わら帽子が似合うルフィはウタに次ぐ人気者だ。
破格の勢いで英雄として成長していく姿にファンクラブが泡のように膨れ上がった。
「ありがとうルフィ!!」
「何か手伝うことはあるか?」
「じゃあ次の曲は一緒に踊ってもらおうかな!」
世界一の歌姫に求婚する者は少ない。
それほどウタ准将とルフィ大佐の関係がデカすぎた。
ゴシップ紙が『2人に肉体関係がある』と記事にしても民衆が荒れることは無い。
むしろまだやってないのかと思うほど似合うカップルは他に存在しないだろう。
「キャー!ルフィ大佐よ!!」
「ガープさんの孫だ!きっと海賊時代を終わらせてくれるぞ!!」
「ルウタ!!ウタル!!」
黄色の歓声が観客席からライブ席から全世界がこの場に向かって声を出した。
あまりの熱狂ライブに海兵たちも大盛り上がりで三大将も楽しそうに笑っていた。
ライブに飛び入り参加しようとするガープを制止するセンゴク元帥を除けばだが。
「「大佐!おれたちも参加していいですか!?」」
「ヒナ心外、参加せずに踊るだけで満足して」
「「はい!!」」
フルボディ三等兵とジャンゴ三等兵が参加しようとしてヒナ大佐に咎められた。
尊敬する彼女に制止されて仕方なく振り付けダンスを踊っていた。
それを見たスモーカー准将は、たしぎ少尉に視線を向けた。
「一緒に踊りませんか」という表情を見てしまい溜息を吐いた。
「順調に民衆に受け入れられているな」
「うむ、この調子で続ければ盤石な体制が整うだろうな」
「もう少し経験を積ませれば中将にしてもいいかもしれない」
「それだと民衆が気軽な存在と認識しないだろう」
「焦る必要はない。今はライブを愉しむべきだ」
世界政府のトップである五老星は、彼女たちの人気っぷりを冷静に分析していた。
双方とも未来の海軍大将候補、秩序を乱す海賊に対して抑止力となるだろう。
少なくとも英雄の孫と歌姫が人生のどん底に突き落とされる未来などあり得ない。
1曲聞いただけで満足した5人は久しぶりに楽しそうに雑談する事ができた。
「そういえばチャルロス聖がウタの歌声に魅了されているとか」
「ふむ、さすがに海兵に手を出すと思わんが釘を刺しておくか」
「あのアホにも困ったものだ」
世界の頂点である天竜人である彼らの懸念は1つ。
同じく天竜人のチャルロス聖がウタを狙っているという噂だ。
あまりにも馬鹿らしい与太話には付き合ってられないが彼の事だ。
間違って手を出さないように父親のロズワード聖に警告するつもりだった。
「みんな!!次は新曲だよ!!」
「「「UTA!UTA!UTA!!」」」
「やはり、歌姫として縛っておくのは正解だったか」
「ああ、辛い事件や過去を忘れされてくる娯楽というものは良い物だ」
しかし、熱狂的な観客の歓声に気を取られてその事を彼らは忘れてしまった。
その代償は高くつく事になる事を彼らは知らない。
「UTA」コールを飛ばす観客もシアターで配信を愉しむサンハイランド王国民も。
元帥や三大将、世界中の人々や海賊、革命軍ですらも想像だにしなかった。
このライブが最後になるとは誰一人、元凶のチャルロス聖ですら思っていなかった。
「私はウタ!私の歌声でみんなを勇気づけるの!!」
腰振りダンスを披露しながら激しく歌い終えた彼女は流れる汗すら美しかった。
これからもライブ配信やTDを通して彼女の歌声を世界中に届けるはずだった。
このライブの1週間後、チャルロス聖がウタに手を出してルフィ大佐に殴打される。
その日まであらゆる勢力がウタの歌声を楽しみにしていた。
歌姫のライブ配信の日を糧として生きていくはずだった。
「なんでこんな事に…」
1人の鉱夫がシアター跡を見て呟くしかなかった。
一瞬にして世界一の歌姫と未来の海軍大将候補を失ってしまった。
それどころか世界が大きく荒れてしまった。
最後のライブ配信から3週間も経たないうちにサンハイランド王国は滅亡した。
混乱した海軍の隙を突いて勢力を拡大している海賊によって滅ぼされた。
「何をしている!!さっさと持ち場に戻れ!!死にたくないのならなァ!!」
「ぐわっ!?」
百獣海賊団に所属する海賊が呆然とシアター跡を見つめていた鉱夫を蹴り飛ばした。
痛みで動けない男に業を煮やした海賊は素直に持ち場に戻るように殴った。
かつて歌姫に魅了されて足を洗ったはずの男は海賊となり世界を変えようとした。
理不尽な世界を変えようと考えていたのに弱者をいたぶる下衆野郎になり下がった。
「おっ!面白そうな事をやってんなぁ!!」
「お前たちは黙ってカイドウ様に良質な鉄鉱石と金塊を収めれば良いんだよ!」
「ジャック様!!鉱業をサボりがちな王国民に見せしめが必要では!?」
海賊が何とか鉱夫を立たせようとしていると騒ぎを聞きつけて援軍が来てしまった。
付近を警備していた海賊たちは、大物海賊に見せしめの許可を願い出た。
ジャックと呼ばれた大男は鬱陶しそうに小物を睨んだ。
さすがに海賊たちも懸賞金10億ベリーの大海賊に睨まれて動けなくなった。
「……好きにしろ。だが休息は最低限取らせろ。仕事の効率が悪くなるからな」
「「「はっ!!」」」
ジャックからの許可をもらった海賊たちは口角を釣り上げて被害者となる男を見た。
ウタグッズを大切そうに握り締めて鉱夫は背中を丸めて地面に突っ伏していた。
それを取ろうとすると頑固に抵抗したので死ぬまで彼らは攻撃をした。
「まったくこんな物の為に命を落とすとは馬鹿だなこいつ」
「違いねぇ!!ぎゃはははは!!」
「ん?どうした?」
「…いや、なんでもない」
海賊たちは間抜けな犠牲者を笑って見下したが1人だけ顔を背けた。
同じくウタのファンだった男は、どうする事もできなかった。
ウタグッズを徹底的に踏み躙られて絶望して死んだ鉱夫を眺めるしかできなかった。
新たなサンドバッグを探して去っていく海賊たちを見送るしかできない。
「おれは何をしたいんだろうな…」
海賊になり切れない男の双瞼から涙が零れ落ちた。
それは島から逃がそうとした妻子を海賊に殺された鉱夫の死体に落ちた。
彼の最後の希望だったウタグッズは八つ裂きにされてゴミとして散っていた。
それを見て涙が止まらなくなった男は、この日をもって自分で命を絶つ事となった。
珍しく曇り空になったこの島に救いなどない。
END