海軍さあ……

海軍さあ……



彼は自分の何処を気に入っていたのだろう、と、ふと考えてみる事がある。身体の相性が良かったのか、顔が好みだったのか。いつまでも心が落ちてこないのが良かったのか。考えてはみるけれど答えは本人に聞かなければ分からないだろうし、黒ひげ本人といつ会う事が出来るのかなんて分からなかったし、その時は間違いなく海兵と海賊、敵同士としての再会だろうから、理由は一生不明のままだろうな、と、コビーは思っている。最後に彼らと体を重ねてからそれなりの日が経った。彼らによって変えられた体は毎夜いやなくらい疼いてしまって、でも自分ではどうにも出来ない。だから今みたいに、連日前線に駆り出されるのはむしろ好都合だった。疼きを解消出来る場ではあるから。その分生傷は増えて行くし、完治するまでの間に二、三件の海賊討伐に駆り出されるから、傷が癒えきる事は無いけれど。


コビーがまだ曹長だった頃。ロッキーポート事件が終わってから少しした時、コビーは突然黒ひげ海賊団に攫われた。恐ろしかった、ここで死ぬのだろうと思った。けれど、例え何をされてでも情報なんて吐かないぞ、と心に決めていた。そんなコビーを待っていたのは痛みではなく、暴力的な程の快楽だった。そういう拷問もあるらしい、と知ったのは何もかも終わった後だったが、コビーが想像していた痛みは来なかった。彼らの手つきは思った以上に優しかった。そして何より、コビー自身、その快楽を受け入れて「きもちいい」と思ってしまった。海軍に救助されてからも、あの船での行為が忘れられないくらいには。それ以来黒ひげ達はコビーを気まぐれに攫って、船でコビーの体を貪った。こんな事はいけないと、海軍に対する裏切りだと思いながら、コビーは与えられる快楽に抗う事は出来なかった。

海軍がその誘拐に目を付けたのは、確か、四度目の救出作戦が行われた後だった。黒ひげはコビーに歪な執着心を向けている。それを利用して、黒ひげを拿捕出来ないだろうか、と、そう考えた。コビーは前線に向かわされる事が格段に増えた。黒ひげに誘拐されやすい様にだ。その甲斐あって、という言い方もおかしな話だが、コビーが攫われる頻度も回数も増えた。体に傷はどんどん増えて行った。黒ひげ達に付けられた噛み跡や掴まれた跡、海賊達との戦闘で負った傷。黒ひげ拿捕の為にコビーが利用されている事に、ヘルメッポやガープ、ボガード、コビーの部下達は憤っていた。けれど、その役目を受け入れて引き受けているのはコビーなのだ。だからそんなに怒る必要は無いのだと、コビーは笑いながら彼らに言った。

だが今から一年程前、コビーが17歳になって数ヶ月過ぎた頃。黒ひげは、コビーを攫う事をぴたりとやめた。海賊と戦闘を終えたばかりのコビーの前に現れ、その姿をしばらくじい、と見つめた後、成る程なァ、と淡々と言って、辺りに隠れていた海軍の船や軍隊を八割壊滅させて、その行方を晦ませたのだ。以来、コビーは黒ひげ海賊団に攫われていない。黒ひげが姿を見せるかもしれないとの事で、相変わらず前線に向かわされてはいるが、それだけだ。大佐になってからも、それは変わらない。前線に立って、始末書や書類と向き合って、また前線へ。それの繰り返し。体に付いた傷はもう数え切れないくらいだったけれど、誘拐されていた時と比べればずっとマシだった。毎夜毎夜、あの時の何者にも変えられない快楽を思い出しながら、眠る。そんな日が続いていた。




黒ひげの居場所を掴んだ。元帥の言葉に、その部屋に集められた少数の将校は重々しい顔を手元の資料に向けている。コビーとヘルメッポもその中に居た。この中で一番下の階級であり、普通なら呼ばれないであろう場に自分達がいる理由は察しが付く。ヘルメッポの手が震えているのが見えて、コビーは密かに彼に目配せをした。僕は大丈夫だから、と。

会議を終えて部屋に戻る途中の、中庭に面した廊下で。ヘルメッポは怒りに震えた声で言った。何が大丈夫だ、と。

「怒らないでください、ヘルメッポ少佐」

誰かが通り掛かるかもしれないからと、コビーは友人としてで無く大佐としてヘルメッポを嗜めた。しかしそれがヘルメッポの怒りを更に助長させてしまったらしい。

「怒るに決まってるだろうが!! あんな作戦、お前を、囮にするって言ってるんだぞ!! しかも、生死は問わずに!!」

「……生死は問わないなんて、元帥は言っていなかったでしょう」

目を伏せて言う。コビーだって、それは分かっている事なのだ。説明された作戦は、コビーを囮として黒ひげをその場に足止めしておくもので。周りには、コビー諸共拿捕どころか殺せてしまえそうなくらいの戦力がある。いざという時は自分諸共黒ひげを沈めるつもりなのだと言われなくても分かってしまう。仮にここでコビーが死んだとて、「英雄は巨悪な海賊と戦ったその末に命を落とした」とでも言われるのだろう。今までだってそうだ。自分は黒ひげ拿捕の為の道具とされて来た。今回だって、そうなるだけの事。

「正義の為です。海賊を、捕まえる為。何もおかしな事じゃありませんよ」

言い聞かせるみたいに言って、自分の為に怒ってくれる親友に笑いかける。そう、自分は海兵。海賊を捕まえて、市民を、世界を守るのが役目。だから、大丈夫だと、自分に言い聞かせて──




「よォ、コビー」




──時間が、止まる。この海軍内で聞こえてはいけない筈の声に、コビーもヘルメッポも、一瞬反応を忘れてしまった。ヘルメッポはその一瞬後にククリ刀に手を掛ける。けれどコビーは、戦闘体制すら取れず、どうして、と声のする方を見た。

「……黒ひげ、あなたが、ここに……?」

「ゼハハハ!! 方法なんざどうでも良い事さ、そうだろコビー? 迎えに来たぜ」

その大きな笑い声に、海兵達が集まって来る。武器を持ち、戦闘態勢を取って黒ひげを睨んでいる。黒ひげは冷たい目で彼らを見回して。

「っ、待ってください!!」

コビーがそれを静止する声を上げた。黒ひげはそんなコビーを軽々と突然抱き上げる。その手つきがやけに優しいのに気が付いたのは、ヘルメッポだけだった。

「コビー大佐!!」

「おっと、動くなよ? 動けばこいつがどうなるかは分かるよなァ?」

手に現れた「闇」をコビーに近付ける。それだけでヘルメッポやコビー隊、ガープ隊の部下は動けなくなる。けれど、そうでない者も中には居る。コビーの命を気にせずに、黒ひげを拿捕しようとする者達は。黒ひげは呆れた目を彼らに向ける。コビーを抱えて上空に飛び退いた。自分達に向けられた銃弾は、全て闇に飲み込まれた。コビーを抱えた黒ひげは、ばさばさと羽を広げて空を舞ってやって来たストロンガーに飛び乗った。

「じゃあな、大佐は貰ってくぜェ!! ゼハハハハハハ!!」

「コビー!! コビーッ!!!」

ヘルメッポが自分を呼ぶ声が遠くなる。銃弾の雨も、斬撃の音も。空を舞う黒ひげはコビーの肩を抱いている。その手つきは優しく、まるで大事なものを掻き抱いている様だった。やがて見覚えのある船が見えて来る。そこへ降り立った黒ひげはコビーをそっと下ろす。

「さて、コビー。長い間ご無沙汰だったろう」

「ぁ……」

大きな皮の厚い手が頬を撫でる。一年間自分一人で慰めて落ち着けていた熱が、それだけで思い出されてしまう。吐く息が、熱くなってしまう。今更抗う事なんて出来やしない、出来る訳が無いのだ。コビーはそのまま、黒ひげに、黒ひげ達に身を委ねた。


一年ぶりに体を重ねるからか、彼らの前戯はあの頃よりずっとずっと丁寧だった。それが逆に、じわじわと熱を高められて辛かったりもしたのだけれど。身体中至る所を触れられて、撫でられて、舐められて、擦られて。それだけで、コビーは何度も達した。作り替えられた身体は、一年間何もされていなくとも変わっていなかった。

前戯だけでも、コビーは既にドロドロだった。だが、一番欲しいものはまだ貰えていなかった。疼いて仕方ない腹の奥を突き破る様な、何度もそこを抉られて目の前がチカチカしてしまう様なそれが、コビーは欲しかった。黒ひげの巨大な陰茎が眼前に出されて、ぽっかりと穴を空けてしまったそこにずりずりと擦られて、ようやく欲しかったそれがやって来るのだと、思っていた。

「っ、ぁ、ああああ……ッ♡♡♡ ッ??♡♡」

けれど、今回は初めての感覚だった。突き破る様なそれとも、抉られる様なそれとも違う。今までで一番ゆっくりとした、大切なものを扱う様な、じわじわと熱が溜まっていく様な、そんな抱き方。そんな風にされるのは記憶する限り初めてで、コビーは混乱した。気持ちよく無い訳じゃない。むしろ、今までで一番気持ちよくて、何もかも、溶けて行ってしまいそうで、……こわい。コビーはぎゅう、と自分を抱いている男に抱き付く。黒ひげは、抱きついて来たコビーの頭をそっと撫でながら尋ねた。

「なァ、コビー? お前、本当にあそこに居るままで良いのか?」

「っ、ぁ……?♡」

「お前の命を何とも思わねェ奴が沢山いて、お前を単なる道具としか見てねェ奴も沢山いる。昔っからそうだったろ? おれらに攫われても無い癖に、どんどん傷は増えて行く様な前線に、有り得ねェくらい出されてよォ。お前はそれで良いのか?」

頭の中に入って来る黒ひげの声に思い出すのは、これまでの日々の事。黒ひげ拿捕の為の囮になれと言外に言われていた事、自分の命は問わないのだと知った時の事。それらを仕方ないと「諦めて」受け入れた事。

「お前の命を大事にしねェ、させてもくれねェ。そんな所に、お前は居る必要はあるのか? そんな所に帰る必要なんざ、どこにある?

なァ、コビー。ここにずっと居て良いんだぜ? ここにお前を傷付けるような奴ァもう居ねェんだからな」

「……ぁ……」

黒ひげの言葉から、嘘は聞こえない。海軍に居た頃、ずっと聞こえていた。黒ひげを拿捕する為の囮として何度も立った前線から帰って来た自分を歓迎する声の中にある落胆と侮蔑。そんなものを、目の前の人からは感じない。心の底からコビーが大事で、大切で、愛おしいのだと思っている。

「ど、して」

「あ?」

「なんで……そこ、まで……」

「そりゃァ、知らねェ内にお前に惚れてたからさ、コビー」

その言葉にも、嘘なんて無かった。海軍に居た頃ずっと聞こえていた嘘が、海賊である彼からは何も、きこえない。自分を道具としてしか見ていなかったあの人達と違って、この人は、自分を大事だと思ってくれている。どろどろに溶けた頭が、混乱する。諦めて心の底に押し込めていた感情が、顕になっていく。仕方ないなんて思えなかった、どうして道具だなんて思われているのか、毎日隣にいた死を恐れていた心が、顕になってしまう。コビーの瞳から、快楽からでは無い涙がぼろ、と落ちた。

「う……っ、うあ、ぁ、あ……」

わからない。わからない。目の前の人は海賊なのに、自分の事を大事だと、心の底から言ってくれている。海軍のひとたちは、そうじゃない人もいてくれたけれど、コビーがいつ死んだって構わないと心の底で思っていた。

自分の事を心の底から心配して、愛してくれている人が、目の前にいる。でも、海軍として、あのひとを捕まえる夢を、大将になる夢を、あきらめられない自分もいる。その気持ちも、黒ひげにはお見通しだったらしい。

「コビー、お前の気持ちがはっきりするまでここに居りゃァ良い。納得行くまで悩んで決めりゃ良い。その答えに文句なんておれらは言わねェからなァ」

黒ひげはそう言って、止まっていた動きを再開する。ずっとずっと心の底に押し込めていた、傷付いていた自分が慰められたのが、この人だなんて。海賊だなんて。

けれど、それを嬉しいと思うコビーが、確かに居た。



(黒ひげさんはワプワプで海軍内に来ました。ワプワプの範囲とかまだ分かんないけど……)


(この後海軍の方々が「英雄奪還するぞ」方面に行けば良いけど、「コビー大佐は裏切り者でした」みたいな扱いをして黒ひげ諸共沈めるなんて決定したらヘルメッポさんが闇落ちして黒ひげの船に乗って来たりしそう)


(散々悩んで、やっぱり自分は海軍に戻るって決めたコビーの前に落ちて来る「英雄コビー大佐は裏切り者だった」と書かれた新聞……)

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