海賊とステーキ

 海賊とステーキ


「レッドラインの大砂海を船で渡航する密輸ルートの開拓に成功した祝いだ! これで大儲けもできるだろうし俺の賞金も上がる! 宴だぁ!」

 グランドライン前半の、レッドラインにほど近いとある島。そこでウオウオの実モデルドスガレオスの能力者“痺れヒレ”のガレー率いる砂海海賊団は酒場で祝杯を挙げていた。

 無論海賊の一団が店を占拠するのだから店の主としては生きた心地がしない。しかも賞金1億ベリーを越える規模と強さなので機嫌を損ねれば血祭は免れない。

 荒くれ共と店員たちの空気は大きな温度差を生み、なおかつ交わることは無い。

 その空気をかき混ぜるかのように、一人の女が酒場のドアを乱暴に開いた。

 左右で黒と白に分かれた髪色、左の白い側には紫色のメッシュが入っている。

 額で短く切りそろえられた髪の下の顔は退屈そうな仏頂面が張り付けてあるが中々に上玉と評価できる――未だに赤みが抜けないいくつもの生傷を化粧にしていなければの話だが。

 服装にはあまり頓着してないのか男物のスーツをだらしなく胸元をはだけさせて身に着けていて、取ってつけたようなネクタイが肌の中に吸い込まれていて扇情的な空気をそこだけ纏わせている。

 酒場の空気が一律に凍った。

「お頭……何でこんなところに……」

 出っ歯のいかにも小物顔の海賊が震えながら絞り出した疑問に答える者は誰ひとりとていない。

「や、野郎ども……今日はもうお開きにしちまおう。ここに居たら命がいくつあっても足りねェ」

 ガレー船長は空気を荒らげないよう慎重に札束が詰まった袋を机の上に置いて立ち上がった。

 それだけの理由が彼女にはある。

 懸賞金5億9600万ベリー。堅気、海賊、海軍、賞金稼ぎ、果ては天竜人。気に入らないヤツは老若男女貴賤を問わず容赦なく殺し潰す史上最凶の女囚。

 “狂鳥”のルー・ガルー。

 彼女は酒場の凍った空気を気にせずカウンターにドカっと座る。 それだけで店員も海賊も皮膚に寒気が走るのを感じ、熱くもないのに汗がどんどん湧いて出てきた。

「なー。店主さんよォ」

「お客様、ご注文を、どうぞ」

「そこにいる海賊が『これで俺ももっと賞金が上がってハクが付く』って言ってたじゃんかぁ」

「そう……ですねぇ」

「つーことはさぁ、今ここでアイツぶっ殺して首持って来たらここで腹いっぱい飯食わせてくれるってコトだよなぁ」

 さっきまで宴を上げていた海賊の5倍近く凶悪な女の質問に、店主は顎から脂を垂らしながら頷くのみ。首を振る方向を間違えたら死ぬ。

「お頭逃げてぇ!」

 出っ歯の裏返った叫びと共に慌てた足音や酒瓶の割れる音がしているが彼女は気にしない。

「ちょっくら行ってくるからよぉ、その間に血がしたたるほどレアに焼いたステーキ、たっぷり作ってくれよ。オレ腹減ってんだ」

 目の前の巨額賞金首の口が三日月に裂けて、眠たそうな目が全開になった。彼女の食した悪魔の実が与えた本性が露わにされる。

 女の細腕は紫の鱗に覆われ、背を向けた服を突き破って三叉槍にも似た形の尻尾が伸びてくる。

「あはァー」

 逆関節の蹴爪が酒場の床を蹴って、ルー・ガルーは酒場のドアを破壊して町へと繰り出した。

 トリトリの実モデルイャンガルルガ。その人獣形態を十全に活かした狩りはステーキが焼き上がる直前に収穫をもたらした。

「店主さーん、お金もってきたよー」

 先ほどの店に戻ってきた狂鳥はカウンターの上に血の滴るガレーの生首を無造作に置き、イスからぶら下げた両足と尻尾を揺らし始める。

「あ……お……お客様……」

「何ぃ?」

  店主は汗を拭いて、切り分けた赤い断面から血が流れるステーキを史上最凶の女囚に提供した。

「しっ、白ご飯はいかがです……か?」

 緊張のあまり自分でもなぜか別のメニューを進めるという意味不明なことをしてしまい失神しそうになる。

 そんなことは露知らず凶悪海賊ルー・ガルーは眠たげな顔を明るくさせた。

「いいねぇ。やっぱ肉には白ご飯だよなぁー」

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