海兵ルウタとREDの世界線との邂逅9

海兵ルウタとREDの世界線との邂逅9


もし並行世界に来てしまって別人の自分の活躍を聴いたらどう思うだろうか。

少なくとも“海軍の歌姫”という異名をもつウタは羨ましいと思った。



『この世界の私は自力で頂点に立ったのね!!羨ましい!!』



【世界一の歌姫】と称された19歳の女は、21歳の自分に嫉妬した。

世界の頂点とは響きが良いが、実際は世界政府の思惑で作られたブームだった。

海軍に全面バックアップされて歌姫になった彼女は内心では悲観的だった。

だからこそ、新型映像電伝虫以外は自力で頂点に成り上がった“彼女”を尊敬した。



『そう…私の歌と違って、純粋に己の能力だけで人々を魅了させたの…ね』



とある海賊が「お前の歌声だけは世界中の全ての人を幸せにできる」と告げた。

しかし海軍のおかげでライバルを蹴散らしてしまった彼女は、二度とそう思わない。

ファンや民衆の平和や幸せを願って歌う歌姫が一番、それを否定していた。



「どうやらこの世界の私は、本気で平和や幸せを願って歌えているようね」

「だが、“彼女”はそれを悪用した」



余韻に浸りたい彼女を現実に戻すようにモモンガ中将が釘を刺した。

この世界のウタは、観客をウタワールドに閉じ込めるという計画を実行していた。

ウタウタの能力は、電伝虫をジャックしてライブ配信を通じて世界中の人々を誘う。

救世主として崇められた“ウタ”は、現実世界から民衆を解放しようとした。



「新時代を創る…それは、聞こえが良いが実際は集団自殺でしかない」

「ウタが眠れば、観客は元通り現実世界に戻って来るのよ」

「ライブを始めて2時間が経過したが、未だに観客が目覚める気配はないが?」



同じように救世主として讃えられたウタであったが見事に相反していた。

歌姫のウタは、自分の力で頂点に立ち現実世界から民衆を救おうと救世主になった。

海軍のウタは、海軍の力で頂点に立ち救世主を演じながら内心で自分を馬鹿にした。

だからこそウタ准将は、“彼女”の気持ちを否定できない上で腹が立っている。



『私が持ってない全てを捨てて、集団自殺するなんて信じられない!!』



音楽の都だったエレジアで国王の手で教育されて育った歌姫。

幼馴染の思い出以外は音楽に縋るしかなかった彼女は一流の歌手になった。

作詞、作曲、演奏、演出、唱法、音感、知識、仕草、あらゆる物を手に入れた。

海軍のウタも一流ではあるが、音楽関連に関しては“彼女”に全て劣っている。



「どうした?」

「逢って見たくなったの!この世界の“ウタ”に!」



ウタの顔を見たモモンガ中将は、絶対にこいつは“ウタ”に遭遇させてはならない。

経験とかそういうのではなく第六感、本能が危険だと知らせている。



「それはいいとして、まず軍艦の拘束を解いてくれないか?」

「海王類の精神体で作った五線譜だから私が寝ないと解除されないの」

「思ったんだが、ウタウタの能力って何なんだ!?」



モモンガ中将を筆頭にウタの能力は簡潔にしか伝えられていない。

歌声を聴くと意識がウタワールドに連れ去られる能力という情報しかない。

実際は、歌で五線譜を具現化させたり拘束してくるなど想定外過ぎた。



「ウタウタは歌で精神を作用させて魂を導く能力なの」

「精神?」

「精神は魂と肉体を繋ぐ紐みたいな物。それは死ぬまで肉体に結びついているの」



ウタは、ウタウタの能力について簡潔に説明した。

魂と肉体を結ぶ精神という紐を歌で揺さぶって強引に魂に干渉させる能力。

演劇などで熱中して周りが見えなくなる現象を更に悪化させた能力だと告げる。

催眠と言うよりは、精神を共鳴させて魂をウタワールドに誘うものだ。



「つまり、ウタワールドには魂だけの存在が居ると?」

「正確に言うと心を持った意識体、人魂っていうと分かりやすいかな」

「ウタワールドに囚われた民衆はどうなる?」

「少なくとも肉体が無事なら死ぬ事はないわ!」



ウタワールドは、ウタが創造した夢の世界。

そこでは、現実世界の情報を断片的に複製し忠実に再現した世界である。

ウタが望めば、お菓子やぬいぐるみを創造できて実際に味わう事ができる。

魂だけの存在が夢特有の超常現象を能力者と共に楽しめる場所とも言える。



「どうやったら観客をウタワールドから開放できるんだ!?」

「“ウタ”が眠れば解放される。だって、彼女が作った夢の世界なんだから」



ウタワールドはウタが創り出した夢の世界。

だからウタが眠れば解放される。

夢は必ず覚めて現実に戻る。

それはこの世の真理であり、夢であるウタワールドは必ず消滅する。



「本当か?」

「……“ウタ”が死なない限り」

「何故死ぬと解放されないんだ?」

「言ったでしょ。歌で精神を引っ張って魂をウタワールドに連れて来たって」

「ウタが死ぬとそれができないと言うのか!?」

「…死者がどうやって歌うの!?死んでしまったらそれっきりなのに」



海兵のウタも薄々気付いているが“ウタ”が死ねば永遠に観客の意識は戻ってこない。

アリアドネの糸である精神は肉体と繋がっているが、魂が戻るには“ウタ”が必要だ。

その“ウタ”が死ねば、ウタワールドに居る観客は、永遠にそこから脱出できない。

魂が現実世界に帰る為の手段を持つのは“ウタ”しかいないからだ。

迷宮から出る糸はあっても、迷宮の出口が開いて無ければ意味はない。



「並行世界の貴様が歌えば元に戻せないのか?」

「…無理ね。あくまで並行世界の私が作った夢、他人である以上干渉できない」



モモンガ中将から剣技を教わったウタは「貴様」呼ばわりされてムッと眉を顰めた。

本当に並行世界に来たんだな…と嫌でも実感する事となった。



「例えば、子供が本を隠したとする。並行世界のその子が場所を知ってると思う?」

「心当たりくらいはありそうだが?」

「並行世界の人が同じ性格だとは限らないの。海兵になった私みたいにね」



片や自力で民衆に評価されて世界一の歌姫になったウタ。

片や海軍の広告塔として世界一の歌姫にされたウタ。

同じ歌姫なのにこうも違う以上、別の個体と考えるしかないだろう。



「軍艦の拘束を解くためにひと眠りしてきます」

「最後に訊かせて欲しいんだが何故、現実世界で具現化できたんだ?」

「ウタワールドをもう1個作って、部下や海王類の精神体を現世に送り出したの」



ウタワールドは、現実世界に居る『心』を歌で連れてきて楽しむ為の世界。

では、ウタワールドで創造した存在を現世に具現化させるにはどうすればいいか。

答えは、連れて来た『心』をそれに変化させてもう1個のウタワールドに送り込む。



『相応のリスクがあるけどね…』



意識体は、ウタワールドの中でも寝る事は可能だ。

それはウタワールドは夢の世界でありつつ現実でもあるという曖昧な存在だからだ。

ウタワールドそのものは、現実世界の物理法則に倣う異質さのせいでもある。

そのバグを突いて、ウタは寝かせた『心』を歌でもう1つの世界に送り出した。



『複製とはいえ魂の形を弄る行為、そして私の負担。それは…リスクしかない』



『五線譜』にした魂を現世に送り出すと肉体に戻って元通りになってしまう。

だからウタワールドを1つ挟んで暗号として変換させて戻れなくするバグ技だった。

ここでポイントなのは、暗号にする前の魂はウタワールドに残っているという点だ。

あくまで魂を夢として複製した存在であり、意識はそれに宿るが本体ではない。



「……意味が分からん」

「つまり五線譜は、意識は同じだけど魂が違うウタワールドに居る人って事!」

「どういうことだ?」

「肉体は魂の入れ物だけど、異なった魂を受け入れる事は無いの!後は察して…」



肉体は魂の入れ物であるが、異形な魂を受け入れられる事はない。

故に魂と同等の存在だが、夢と現実が曖昧になった存在が具現化した。

具現化したのは、夢を通して意識がある人や魚であるが、本体ではない。

なのでいくら攻撃しようとも、存在が揺らぐことはあっても消える事は無い。

誰も肉体が傷ついて欲しくない故に生み出してしまったウタの狂気の産物だった。



「……これだけは言っておこう」

「はい、なんでしょうか?」

「同じ海軍であってもサカズキ元帥の指揮系統に存在しない海軍は、友軍ではない」

「……心得ておきます」



2個のウタワールドを展開しているウタ准将にモモンガ中将の言葉が圧し掛かった。

すなわち、この世界の海軍ではない以上、信用できないと言っているものだ。

彼から剣技を教わって素直に師匠として尊敬しているウタには辛い言葉である。

ましてやサカズキ大将の直属の部下であり正義を背負う自負しているなら尚更だ。



『ふふふ、師匠に海兵として否定されちゃった。でもしょうがない』



複数のウタワールドを展開させるせいでウタの負担は甚大だ。

そして自分が死ねば、具現化した存在が元に戻れないという重圧。

最後に彼女が海兵として築き上げてきた正義と実績の否定。

だが、彼女は怒るつもりはない。



『私のやった事はバグ技。いつか痛い目に遭うのは理解しているから』



物理判定はあるのに絶対に倒れる事が無い化け物。

ウタウタの能力で生み出した存在だが能力者が死ねば元には戻らない。

【自我を失えば永遠に目の前の生物を滅ぼす無敵の存在】となりえるリスク。

誰にも傷ついて欲しくない願いがその人物を破滅させるリスクを内包という矛盾。

ウタは自分を嘲笑いながら寝室に戻って瞼を閉じて夢の世界へと旅立った。



「…本当に寝たみたいだな」



宙に浮かんでいた軍艦三隻は、五線譜からゆっくりと開放されて海面に落下した。

大きな水飛沫で軍艦を大きく揺らがして海兵が転がり回るくらいしか影響はない。

あっさりと元通りになったせいで、さきほどまでの光景が夢のようだ。

少なくともモモンガ中将は、すぐに現実だと受け入れる事ができなかった。



「モモンガ中将!ライブ会場で展開する武装偵察班から連絡です!!」

「何事だ!?」

「観客の意識が戻らず!!至急、中将殿に現場に急行して欲しいと!」

「分かった、すぐに行く!」



“ウタ”の計画を断固として阻止しなければならない。

それは正義とか規律という問題ではない。

歌姫の行動を阻止しなければ何千万人が犠牲になると判明した。

「ウタウタの能力は電伝虫の念波に乗る」という事実は彼らを震え上がらせた。



「何としても“ウタ”を生け捕りにするのだ!殺害は厳禁とする!!」

「「「「ハッ!!」」」」



急いで軍艦に戻るモモンガ中将率いる武装偵察班を見送った海兵たち。

嵐の様に現れて去っていく姿を見送るか、寝ている海兵を眺めるしかできなかった。



「どうする?」

「どうするって?ウタ准将が目覚めるまで待機だろ」



ウタ准将が就寝したせいで指揮系統のトップは、ルフィ大佐に委譲される。

しかし、彼がこの場に居ない以上、その次に指揮が移行された。

サカズキ大将から派遣されたお目付け役の大尉は、待機命令を下した。



「何故ですか?」

「俺たちは存在しない部隊だぞ?行った所で同士討ちなんて御免だ」



ウタ准将は、極力海兵を傷付けるのを避けた。

並行世界とはいえ友軍と殺し合いたくないのは、部下も同じだった。

今回は、マリン・コードが記入された証明書のおかげで何とか交戦は避けられた。

それでも一度、拘束しなければ説得できなかったせいで大尉は待機命令を下した。



「並行世界のウタを見たかったな……」

「馬鹿野郎!!浮気する気か!?ウタ准将だけ見れば良いんだ!!」

「ルフィ大佐なら世界転覆計画を阻止できると思うが…」

「むしろ、もうウタワールドに取り込まれたじゃないのか」



臨戦状態になった海兵たちは状況を確認し合った。

先に島に潜入しているルフィ大佐がウタワールドに囚われた可能性が高い。

その事実は、将兵たちに衝撃を与えると同時に准将が壊れそうで恐怖を感じた。

もし彼女はそれを知ったら並行世界の“ウタ”を殺害しないかと…。



「大丈夫だ!“クロコダイル”や“金獅子”をぶっ飛ばしたルフィ大佐を信じよう!」

「ああ、そうだ!大佐が負けるわけがねぇ!!」



ウタ派の将兵たちを励ますようにルフィ派の兵士が盛り上げていく。

彼らも内心では不用意に“ウタ”に近づいていると確信しながらも目を背けた。

純粋過ぎる彼は、きっと本物と勘違いして歌を聴いたという無駄な説得力があった。



「だからよ!ウタが満足して寝ればウタワールドが解除されるんだ!!」



部下の心配した通りにウタワールドに居るルフィ大佐。

ウタの能力を分析しようとするローに「ここは現実世界ではない」と告げた。



「…なるほど、演出が派手だったのも合点がいった!」

「だろう!満足してライブが終わったら寝るって!」



トラファルガー・ローは再びルフィに巻き込まれたと知って溜息を吐いた。

実際は違うが、いつも騒動の渦中にこいつがいるせいで押し付けた形である。



「だが気になる点がある!エンドレス・ライブという事だ」

「すげぇよな!歌い続けるって!おれも三曲歌ったら飽きるのに」

「そういう事じゃねぇ!!」

「今からでも遅くねぇ!みんなで“ウタ”に頭を下げよう!きっと許し…」

「おれの聴きたい事だけを話すだけでいい!!無駄話はするな!!」



話を脱線させる能天気な海兵ルフィを何としても阻止しているロー。

海賊ルフィをバリアボールで閉じ込めるバルトロメオには素直に感謝するしかない。



「出せぇ!!なんで閉じ込めるんだ!」

「ルフィ先輩、ウタ様がおかしいだべぇ!原因が分かるまで待ってて欲しいべ!」



必死にバリアボールから出ようとするルフィを泣く泣くバルトロメオは阻止した。

ウタの大ファンである彼は、暴走した彼女を心酔するほどの馬鹿ではなかった。

むしろ、尊敬しているからこそ道を外した彼女の真意を知るまで私情を堪えた。



「何かウタの弱点は無いのか?」

「ウタは寂しがり屋だからな!白旗あげて必死に頭を下げれば許すと思うぞ」

「クソ!!結局ウタが寝るまで待つしかないのか!」


海兵ルフィは、とにかくウタと再会して必死に謝るのを提案した。

彼としても彼女の異常さを感じ取っているが、逃げるのは悪影響だと理解している。

10年間ウタと寄り添った彼だからこそ、恥を捨ててまで彼女に許しを請うつもりだ。

もちろん、トラファルガー・ローはその選択肢を選ぶことはできない。



「とにかく逃げるぞ」

「でもよ!このままじゃ囲まれるぞ」



エレジアの街並みを見下ろせる場所に来た一行。

かつては音楽の都と栄えていた廃墟の空には音符の戦士の編成が飛んでいる。

組織として動かれている以上、見つかるのは時間の問題だった。



「君達!」



彼らの窮地を救ったのは1人の老齢な大男だった。

頭頂は剥げておりツギハギの縫い跡が目立つサングラスを付けた不審者。

どう見てもカタギには見えないが救い船といわんばかりに彼らは彼に付いて行った。



「ふぅー何とか一息つけそうだべ!」

「助かった。礼を言う」



廃墟となった聖堂で匿われたバルトロメオは大先輩を拘束せずに済んで喜んだ。

ローも成り行きではあるが、彼を信頼できる人物だと理解して礼を告げる。

一方、暇になったルフィたちは廃墟にある瓦礫を使ってタワーを作り出した。



「ルフィ君と言ったね?」

「「おう、どうしたおっさん!!」」

「…なんで2人居るんだ」



エレジアの国王であったゴードンはルフィが2人居るのに困惑した。

「ルフィ」という名は、ウタから聴いた事がある名であったのでピンと来た。

ところが、そのそっくりの人物が2人居るとは想像すらできなかった。



「海兵の格好をしたルフィは並行世界から来たそうだ」

「並行世界?」

「なんでもウタと一緒に海兵をやっているそうだ」

「……そうか」



並行世界のルフィ君がウタと仲良く海兵をやっているとローは説明する。

常人だったら耳を疑う情報もあっさりとゴードンは受け入れる事ができた。



「海兵のルフィ君!」

「おっさん、どうしたんだ?」

「ウタは元気にしているかい?」

「ああ、部下と一緒にライブをやったり、おれと勝負をしてるぞ」

「そうか、彼女が幸せそうで良かった」



ウタの計画を止められなかったゴードンは悲観的になっていた。

そのせいで並行世界のウタが元気と聞いて安堵すると同時に落ち込んだ。

もし、自分に覚悟があったら彼女が道を外すのを防げたという事実。

それは、老齢な彼を唸らせて苦しませる事となった。



「あんたは、ウタに詳しいようだな。話を聞かせてもらっていいか?」

「先に自己紹介させてくれ。私は、かつてこの国を治めていたゴードンという者だ」



ローの質問に答えるようにゴードンは自己紹介を始めた。

それは質問に答えるというより自分の行いを懺悔するようであった。



「国?それにしては一人っ子いねぇべさ!立派な建物はあるのに不思議だべぇ」



バルトロメオの発言を聴いてゴードンは唇を噛んで過去を思い出していた。

それを見たローは、彼があの事件の生き残りであると見抜いた。



「かつてエレジアは、音楽の都と栄えていた。一晩で国が滅びるまではな」

「一晩で国が消える!?建物は大分無事そうなのにどういうことだべ!?」



辛い過去を思い出している彼の代わりにローはこの国について説明した。

それを聴いたバルトロメオは衝撃を受けた。

一晩で国が滅びる例はあるが、それなら相応の爪痕が残ると思ったからだ。

ローは、生き残りであるゴードンという男に気遣って言葉を濁した。



「エレジア!?この国、エレジアって言うのか!?」



代わりに反応したのは海兵ルフィだった。

思ってもいない人物が反応したのを見て海賊ルフィも驚いた。



「エレジア?なんだそれ?」

「エレジアはシャンクスが滅ぼした国なんだ…」



海賊ルフィの質問に対して悲しそうな顔をして海兵ルフィは告げた。

それを聴いて海賊ルフィは頭を下げて黙り込んでゴードンは一瞬だけ目を背けた。



「……この世界のウタの話をさせてもらってもいいか?」

「頼む」

「国民が全滅したエレジアでウタは私1人で育てた」

「「おっさんが?」」



2人のルフィは目を丸くしてゴードンを見た。

彼の淡々とした言葉とは裏腹に嘘はついていないようである。



「だが、2人っきりの生活のせいだろうか。彼女は寂しかったのだろう」

「私の前では気丈に振舞っていたが、1人になると思い出に縋る様に歌っていた」

「…そんな彼女を世界一の歌姫にする為に私は一心不乱に育てて来た」

「音楽の才能を伸ばす為に楽譜の書き方を教えて、苦手の料理も克服して彼女の…」



過去話をしているゴードンを尻目にルフィたちは再び瓦礫のタワーを作り出した。

海賊ルフィは、ゴードンが信頼できる人物だと知ってこれ以上の話は聴かなかった。

ウタとシャンクスに何かあったのは知っているし、自分から詮索しない。

7歳の時にシャンクスに告げた約束のせいで、ウタの問題に介入する気はなかった。



「…って聴いているのかね!?」



必死にウタの計画をルフィ君に止めてもらおうとするゴードン。

その本人が話を聞いていないと分かって憤慨した。

必死に彼に縋りついたのに手を跳ね除けられたように感じている。



「いいから話を進めてくれ」



ルフィに振り回されるのに慣れているローは話の続きを促した。

その矢先、白熊のミンク族であるベポがコスチュームの音楽を鳴らした。

呆れる一同であるが、なんとか気を取り戻したゴードンは話を続ける。



「あの子の歌は、言葉にできないほど素晴らしいものだった」

「人々を幸せにして世界を平和で包み込めるほどだと思う」

「……問題なのは、どうやってその歌を人々に届けるのかだった」



ゴードンに育てられたウタは、外の世界を一切知らなかった。

赤髪海賊団の音楽家として9歳まで育った少女時代の方が知識があったくらいだ。

それほどまでして世界情勢を知らなかったのは、エレジアが滅びただけではない。

意図的にゴードンは、彼女に海外へと目を向けないように情報を統制していた。



「ところが、意外なタイミングでその機会が訪れた」

「2年ほど前にウタが海岸に流れ着いた新種の映像電伝虫を拾ったんだ」

「その電伝虫は不特定多数に映像と音声を流せる力を持っていた」



笑みが消えて目から光を失っていたウタは歌声を電伝虫に聴かせた。

もしかしたら誰かに自分の存在を知ってもらいたかったのかもしれない。

その願いが叶ったのか音声を聴いた人が情報を拡散していった。

次回の配信ではファンの声がウタに伝わって彼女は笑みを取り戻した。



「ウタは解き放たれたように自分の歌を配信していった」

「まるで歌が共鳴していくように瞬く間にファンを魅了して世界に広まっていた」



ウタがライブ配信しているを知ったゴードンは、それを止める事はできなかった。

今まで彼女の素晴らしい歌を他者に向けて歌わせなかった罪悪感があった。

なにより笑顔を取り戻した彼女を見て「明るくなってよかった」と父親面していた。

それが間違いだとゴードンが気付くのに時間が掛ってしまった。



「ところが彼女は、歌うだけではなくある感情が芽生え始めた」

「映像電伝虫からは、ファンの言葉だけではなく辛い世界情勢も知らしめた」

「大海賊時代に必死に生きるファンは、ウタを救世主として崇め始めた」

「当初は歌を聴いてもらうつもりだったのにウタはファンの声を聞き入れ始めた」



映像電伝虫がウタに見せたのは、ファンの顔や声だけではなかった。

海賊に街を焼かれる映像、歌を聴いて辛い現実を必死に生きようとする民衆。

そして自分を『救世主』として崇めるファンの意見をウタは肯定していく。

世界から自分が必要とされていると思い込んで、彼女は救世主になる事を決意した。



『この時点で、近隣の国々を見せて周ればよかったかもしれない』



今思い出してもゴードンは後悔している。

9歳から精神が成長しなかったウタは、断片的な情報に洗脳されていく事になった。

彼は、呑気に「ウタが元気なった」と思っている過去の自分を殴りたかった。

国王のツテで呼んでいる物資補給船の船員と会話させるだけでも違ったはずだ。



「辛い現実を知るうちにウタは、救世主になるのを覚悟してしまった」



世界中のファンから届くメッセージやプレゼントは孤独だったウタを癒した。

自分を見つけてくれたファンの為に次第にウタの思考は歪んで行った。

半ば脅迫染みた救世主コールに答えようとするウタに更なる事件が起こった。

きっかけは、大海賊である“白ひげ”の死である。



『白ひげ死んだ影響で、海賊が活発になり世界情勢が無茶苦茶になってしまった』



仁義を失った海賊界は、カタギに手を出すのに躊躇わなくなった。

そして最悪のタイミングで、ウタの人生を狂わせる事件が起こってしまった。



『ウタがライブ配信している時に目の前でファンが海賊に殺害される事件が起きた』



死にかけたファンは泣きながらウタの映った映像に縋りついて力尽きた。

ファンの為に歌っていたウタにとってこの悲劇は致命的となった。

後日にライブ配信した彼女は、海賊を嫌いと断言した。

更に人気となっていくが、彼女はファンの為に退くに退けなくなってしまった。



「私はウタ!海賊時代からみんなを救う救世主となるの!!」

「「「「UTA!UTA!UTA!UTA!」」」」



「ウタの歌をずっと聞いてられる世界がないのか」という少女の言葉が焼き付いた。

そしてウタは歌を聴いてくれるファンの為に腹を括った。



「みんなの想いは…よーく分かった!みんなが望むなら作るよ!“新時代”を!!」



ウタの歌を聴いていたファンは彼女の歌を糧にして生きようとしていた。

ところが、ウタは皆を現実から救おうとウタワールドに招待するのに決めた。

争いが無く平和な世界を望みウタの歌声をいつまでも聴かせられるように。

ファンからすれば比喩だったのに本気でウタは現世からファンを救おうとしていた。



「頼む!ウタの計画を止めてくれ!!友人であるルフィ君ならできるはずだ!!」



ゴードンがウタの計画に気付いた時には手遅れだった。

彼女に魅了されたパトロンを味方にファンの為にライブをする事となった。

既に着々と会場は作られており、三千人のボランティアがエレジアに訪れていた。

ゴードンは自分では彼女が止められないと悟って、縋る様にルフィにお願いをした。



「あいつ、どうしたんだろうなー」

「お前の問題じゃないのか?」

「シャンクスとウタの問題だからな!おれは関わらないって決めた」

「そっか、じゃあしょうがないな」



聖堂に響き渡るゴードンの願いは、ルフィたちには届かなかった。

一応、海兵ルフィが海賊ルフィに確認したが、話を聴いて勝手に納得した。

この世界のシャンクスとウタの問題なら首を突っ込まないと海兵ルフィは決めた。

海賊ルフィに至っては、フーシャ村に居たシャンクスと約束したくらいだ。



「おい待て!計画というのはこのライブの事か!?」



ウタの計画を知らないトラファルガー・ローはゴードンに尋ねた。

すると空気をぶち壊すようにベポのコスチュームが大きなアホらしい音を鳴らした。

さすがに何度もされると気が散るローは彼に注意しようとした。



「ベポおおおおおおお!?」

「クマあああああああ!?」



ローが振り向くと手のひらサイズのマスコットキャラになったベポが居た。

何が起こったか分からない2人は絶叫するしかなかった。



「ゴードン…なんで海賊と一緒に居るの?」



ベポをマスコットキャラにした元凶であるウタはゴードンに冷たく言い放った。

それは、今まで世話になった父親に失望するような問いかけだった。



海兵ルウタとREDの世界線との邂逅10に続く

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