海兵ルウタとREDの世界線との邂逅16
Nera何気ない発言でも当事者にとっては呪いになる事がある。
発言した本人は、そこまで気にしていないから余計に質が悪い。
その一言は、少女の信念や行動を縛る事になった。
「シャンクスに逢ったのか?」
異変を察したルフィに問われた歌姫は、彼と向き合った。
海賊王の処刑を再現した男の首には槍の穂先が付きつけられたままだ。
「もう1人の私に逢ったの!!私と違ってみんなに愛されて幸せそうな奴をね!!」
モンキー・D・ルフィ、遊んだり勝負していた少年は成長していた。
並行世界の自分ですら部下や仲間、幼馴染に囲まれて元気にやっている。
自分だけが停滞した世界に取り残されている感覚、嫉妬、孤独感などの負の感情。
その中でも一番大きいのは、怒りだ。
「ねえルフィ、裏切られるってこんなに辛いんだね!!分かる!?この気持ち!!」
「分からねぇよ。おれは、ウタとシャンクスの問題としか聴いてねェ…」
ルフィからすれば家族の問題としか聴かされておらず少年期で追及するのを止めた。
だが、シャンクスやベックマンの言葉を信じた結果がこの有様だった。
ウタの足元には、遥々やってきた彼女のファンが姿を変えられて海中に沈んでいた。
「海兵ルフィは言ったぞ。ウタは寂しがり屋だって…」
「へえ、何も知らない癖にそんな事を行ったんだ」
「ああ、あいつもおれも何があったのか分からねェ…だから知りたいんだ」
さきほどまで激高していたルフィは真剣な眼差しで大切な幼馴染を見つめていた。
それに感化されたのか。
悪い意味でシャンクスの前向きさを真似しているのに腹が立ったのか。
ウタは、エレジアで起こった事件をルフィに語り始めた。
「あれは12年間、最後にフーシャ村でルフィと別れた私は、このエレジアに来た」
このエレジア王国は、世界政府の加盟国にして“音楽の都”と称される場所だった。
ここでは世界中の音楽家、楽器や楽譜が集う2000年の歴史を誇る音楽の聖地だ。
実力主義ではあったが、世界政府の非加盟国民にも門戸が開かれていた。
「なあベック、ここは良い国だな。音楽を愛していれば海賊すら歓迎してくれる」
「お頭……お前!!」
「ああ、ウタと友達になってくれる子が居るといいのだが…」
12年前のウタは、シャンクスとベックマンの会話の内容の真意を理解できなかった。
当時の彼女は、歓迎してくれる民衆を見てはしゃいでいた無垢の少女だった。
「ねえシャンクス!!今度はどんな国なの!?」
「音楽の都、エレジアだ!ウタの歌声をみんなに聞いてもらおうとここに来たんだ」
“赤髪海賊団の音楽家”を自称していた少女は、良い国だなと思った。
普通なら海賊と知ったら恐れるし敵意を見せるはずだ。
ルフィですら最初に出会った時に警戒されたのだからそんな感情を抱かせた。
……こんな良い国だからこそシャンクスは利用しようとしたのだろう。
「お頭…歓迎されるだけじゃ羞恥心でむず痒いんだが……」
「ウタ、こっちも歌ってやろうじゃないか!!」
「うん!!」
歓迎に慣れないヤソップの一言でシャンクスはウタの歌声を聴かせる事にした。
ウタは歓迎をしてくれる民衆に感謝の気持ちを込めた歌声を届けた。
その歌声はエレジア国民を魅了し、すぐに国王の耳にも入った。
「君の歌声を聴かせてもらったが、実に素晴らしい!!」
エレジアの国王、ゴードンは感動して自ら指揮を執って赤髪海賊団を出迎えた。
自身も一流の音楽家であり耳が肥えているはずの国王は、ウタを褒めていた。
国王と謁見しホールで歌を披露したウタは緊張していたが褒められて嬉しかった。
「是非、このエレジアに留まって欲しい。国を挙げて歓迎する!!」
将来有望な少女に対して国王は、ここで学んでいくのを提案した。
原石を磨けば将来有望な歌姫になれると思って提案した事だった。
フランケンシュタインにそっくりな王の話を聞いてウタは良い人だと思った。
少なくとも褒められて悪い気がしなかったし、シャンクスも鼻が高いと笑った。
ただ、彼女はその提案を断ってシャンクスと一緒に居る道を選んだ。
「まあ、せっかく来た事だし、音楽院を周ってみようじゃないか!」
当時はシャンクスの発言に違和感があったが、今なら分かる。
彼は音楽を愛するエレジアを利用しようとしていたと。
そもそもあまりにも話が良すぎて事前に打ち合わせをしていたのかもしれない。
そうでなければ海賊団に貴重な資料室、音楽学校で学ぶ学生たちを見せないだろう。
ゴードンはそういう事をするが最初から歓迎モードの民衆は明らかに可笑しかった。
「ずいぶん楽しそうだったな」
「……うん」
その夜、ウタはテラスで涼しんでおり、手すりから身を乗り出していた。
珍しく波に揺れる船の上以外で彼らは夜景を見ていた。
音楽の都、エレジアは夜でも華やかしくカラフルな灯は、とっても美しかった。
「おれたちの前より大勢の人に聞いてもらう方が楽しかったりするか?」
不穏な空気を察して、切り出したのはシャンクスだった。
音楽院や音楽を楽しむ人に感化されたウタはここに残りたいと思った。
もちろん、シャンクスたちと旅をして道中で歌う夢は忘れていない。
「そんな事無いって……私はシャンクスといて幸せだよ」
無理してつま先で背伸びしている彼女は震えて答えた。
その様子を見た父親は、本人の意思を確認するように優しく語り掛けた。
「なあ、ウタ。この世には平和や平等なんて存在しない」
急に難しい事を言い出した父親に戸惑ってウタは顔を見上げた。
蝋燭の明かりで顔がはっきり見えなかったが真剣な表情だったのは覚えている。
「だけど、お前の歌声は世界中の人々を幸せにする事ができる」
「何を言ってるの?」
「いいんだぞ、この国に残っても」
9歳の少女は、父親から選択の決断を促されていると気付いた。
エレジアに残って音楽を勉強する代わりに赤髪海賊団と別れるルート。
赤髪海賊団に留まる代わりに歌は後世に残せず犯罪者と死ぬのが確定するルート。
しかし、彼女の答えは1つしかない。
「世界一の音楽家になったら迎えに来てやる」
この何気ないシャンクスの一言が彼女に呪いを残した。
彼と直接会話するのがこれで最後だったのもあるかもしれない。
「バカ!!歌や演奏の勉強でもシャンクスたちから離れるのは…」
赤髪海賊団の音楽家と自称している少女は、海賊としての道を選んだ。
薄紫色の瞳を涙で歪ませている娘を見たシャンクスは優しく抱きしめた。
「そうだよな、すまなかった。明日にはここを発とう」
これからエレジア城でウタはいろんな歌を歌う予定だ。
夜通し歌い続けるのはどうかと思うが、二度とここに来れないかもしれない。
これからもシャンクスの傍に居たいと思った少女は、少しの間だけ父に身を預けた。
みんなからちやほやされると分かっているからこそ、父に甘えていたかったのだ。
これが父親と仲間たちと別れると知らずに。
「……え?」
ウタは目覚めたら辺りが火の海に包まれていた。
市街地には劫火が広がっており死屍累々のエレジア国民を照らしていた。
立ち上がった少女は何が起こったか分からず呆然とその光景を見つめていた。
「目覚めたのかい?」
「ゴードン…さん?」
このエレジアの王様は、頭に包帯が包まれており表情は暗かった。
それを見てウタは真っ先にシャンクスたちの居場所を訊く事にした。
「ねえシャンクスを知らない!?私が…」
「全て奪われた……みんな、みんな殺された」
ところが膝を付いたゴードンは、自分の過ちを後悔するように吐き捨てた。
その表情は迫真過ぎて9歳の女の子にも事実だと分かってしまった。
「誰にやられたの!?シャンクスが居てこんな事になるなんて…」
「そのシャンクスがやったんだ」
「えっ…?」
「あいつらは君の歌声を利用してエレジアに近づいて財宝を奪う計画だったんだ」
「何を言ってるの…?」
さきほどまで国王だった男は、少女に残酷な話を告げる。
父親だと思ったシャンクスが自分を利用して財宝を奪う計画を実行されたと。
即座に否定しようとするが、自分がいたおかげで財宝や楽器の紹介をされていた。
嘘だと否定したかったが、この惨状にできるのはシャンクスたちしか居なかった。
「君は騙されていたんだ!シャンクスと赤髪海賊団に!!」
ゴードンの発言と共に砲撃の音を聞いたウタは走り出した。
必死に否定しようとシャンクスに逢って確認する為だ。
転んで膝を剥いてもなお、立ち上がって必死に素足で港に向かって走った。
「シャンクス!!置いて行かないで!!」
港に辿り着いたウタは、水平線に向かって行くレッド・フォース号の船尾が見えた。
騒動を聴き付けたのか海軍の軍艦が海賊船に向かって三列砲塔で砲撃していた。
置いて行かれるのを危惧したウタは、大声で叫びながら海に向かって飛び出した。
「危ない!!」
間一髪、着水前にゴードンに抱き締められて助かったウタは涙ぐんで船を見つめた。
そして見てしまった。
財宝や食料の山を船尾にありったけ載せて宴をしているシャンクスたちの後ろ姿を。
聴覚が異常に発達している彼女は、聴き慣れた笑い声を聞いてしまった。
誰1人、滅んだエレジアの港に振り向かずに彼らは、いつもの戦勝祝いをしていた。
「なんで…なんでだよおおおお!!!あああぁぁぁあああああ!!!」
愛していた父親と仲間である海賊たちに裏切られた少女の絶叫が大海原に反響した。
こうしてエレジアを滅ぼした赤髪海賊団は更なる悪評と畏怖を1つ加えた。
「これが12年前に起ったエレジアの悲劇だよ。これで満足した?」
「シャンクスがそんな事をするか!!お前だって知ってるだろう!!」
ウタから過去を聞かされたルフィは信じなかった。
良い面でのシャンクスしか知らない彼を見てウタの感情が高ぶった!
「じゃあ、私の12年間は何だ!?」
思わず怒鳴り返してシャンクスがルフィに帽子を託した理由に勘付いて睨んだ。
2人の誓いであり新時代の象徴である麦わら帽子を音符にして奪うように仕舞った。
「シャンクスは来る!!」
「あんたを助けに?」
「お前を助ける為だ!!娘がこんな事して黙っているわけねぇだろ!!」
シャンクスを嘲笑う幼馴染にルフィは必死に説得しようと試みていた。
自分では声が届かないと思った彼は、シャンクスの名を出して動揺させようとした。
あれだけ大好きだったシャンクスを本気で嫌っていると思っていなかったからだ。
「だからだよ!!」
「えっ…」
「あいつと逢う為にライブを開催したのに来なかった!!それが答えでしょ!!」
ウタからすれば鼻で笑う返答だった。
世界の歌姫になってもなお、シャンクスはライブ会場に来なかった。
既に自分を慕う観客を玩具やお菓子に変化させたウタは、歌姫ですらない。
自暴自棄になった彼女は感情を抑えられずに更に暴言を吐こうとした。
「ううっ…」
「ウタ!?」
急にウタが両手を首に当ててもがき苦しみ出して音符の戦士たちが消滅した。
毒キノコと能力の使い過ぎでウタが死ぬと思ったルフィは血相を変えて飛び出した。
彼女に「来ないで!!」と睨まれてもなお、助けようと必死に走った。
「……きぇて…私に……」
歌姫のウタは、現実世界で並行世界のウタに喉を圧迫されて死にかけていた。
そんな中、赤髪海賊団が一堂に会して佇んでいる光景を見てパニックになっていた。
すぐに苦痛から解放されると薄紫の瞳から涙が頬を滴って水面と落ちて行く。
「シャンクスが来たんだな」
少しだけ落ち着いた幼馴染を見てシャンクスと再会したとルフィは確信した。
あらゆる感情のせめぎ合いで苦しむ乙女に青年は手を差し伸べる。
取り繕うとするウタは涙を拭って手を払い除けて後ろに跳んだ。
「ウタ!!まだお前の本心が訊けてねェ!!」
「本心?」
「ホントはこんな事を望んでなかったんだろ!?」
「もう遅いの…あと1日早く来てくれたら良かったのに…」
いつもなら本心を聴いてルフィが悪党をぶっ飛ばして解決してきたが今回は違った。
親子の関係だと追及しなかったせいで何が原因か分からず助けようがない。
藁に縋るように手を伸ばしてウタに触れようとした。
「おれは強くなったんだ!!」
「そっか、強くなったんだ」
「だから…!?」
「じゃあ、そいつもぶっ飛ばしてみなよ!」
どんな強敵でもぶっ飛ばしてきたルフィが足を止めて召喚された存在を見つめた。
そこに居たのは、正義のコートを羽織ってカットラスを構えたウタだった。
「強くなったんでしょ?私をぶっ飛ばせば良いじゃない!!」
「違う!!おれはそんな事をする為に強くなったんじゃない!!」
自分を複製するという事は、並行世界の自分に逢うまで考えもしなかった。
だが、ルフィを無力化して排除するには都合の良い存在だった。
自分の今の姿を想像できない彼女は、海兵ウタを創造してルフィにけしかけた。
「ウタ!!」
「あんたに話すことは無い!!消えて!!」
現世に居る海兵ウタの皮を被った音符の戦士は、ルフィに斬り掛かった。
決してウタを殴れない彼は、何の抵抗もせずにその刃を受け入れようとした。
「船長さんよぉ、いくら何でもそりゃあねェだろ。話すだけで伝わると思ったか?」
「ゾロ…」
女海兵が放たった斬撃は、ルフィを一番知っているゾロの三刀流で防がれた。
不甲斐ない船長に代わって彼は、「私情だけでは救えない」と暗に窘めた。
会話で夢中だったウタは、五線譜に拘束したはずの海賊によって包囲されていた。
「ウタさん、今回のライブは失敗しました。もう一度やり直しましょうよ」
海軍の代表者であるコビーは、必死にウタの暴走を抑えようとした。
海兵ルフィからアドバイスをもらった彼は、説得ではなく心を動かす事にした。
「あんたも海兵?天竜人はぶっ飛ばしてソフトクリームに変えて海底に沈めたよ」
「僕たちは、普通にライブをしていれば邪魔しませんでした」
「ふーん」
コビーの会話を聞いていて気まずいクラゲ海賊団とビッグマム海賊団は目を背けた。
ウタが普通のライブを開催していたら邪魔するのは、彼らだけしかいない。
サカズキ元帥の判断で海軍が動いたが、事件が起きなかったら引き返しただろう。
しかし、天竜人がいる時点でそんな未来などあり得ないとウタは知っている。
「“次”はないよ。最初で最後の私の晴れ舞台なんだからぁさああ!!」
ネズキノコの副作用で感情が高ぶっていたウタに会話での説得は不可能だった。
彼女が指を鳴らすと音符の戦士と海兵ウタが召喚されて武器を構えて円陣を組んだ。
ウタワールドでウタに対抗する為に結成された連合軍は応戦するしかなかった。
『『やりづれェ…』』
海兵ウタの剣技を受け続ける2人の剣士は、同時刻に同じ思考に陥った。
現実世界にいるロックスターは、実力が拮抗している海兵ウタに苦戦していた。
理由は、お頭に【“ウタ”を傷付けるな】と厳命されたからだ。
「お嬢、こんな事をしてる場合じゃないでしょうが!!」
「えぇ!!だから邪魔しないで!!」
海兵ウタと歌姫ウタは、とことん対極的な存在だった。
歌姫ウタは弱者の代表者として市民の肉体を操って怒りを赤髪海賊団にぶつけた。
海兵ウタは海軍の先鋒として自らの手でシャンクスだけを仕留めようとしている。
彼女を傷付けてはいけないのに打って出ないといけない理不尽さが彼を苦しめた。
『だが勝機はある!!』
幸いな事にロックスターに助け舟と呼べる存在が居た。
「ウタ准将!!まずは“ウタ”を止めるのが先決です!!」
「准将の力なら操られた市民を止められます!!」
「そんな事をしてもルフィ大佐は戻ってきませんよ!?」
海兵ウタの部下と思わしき士官たちが必死に上官に呼び掛けていた。
操られた市民に攻撃すれば2人のウタの逆鱗に触れる。
だからといって赤髪海賊団に喧嘩を売りに行くのも不可能。
よって海兵たちは、操られた市民を抑えながら上官を説得するしかなかった。
『この“ウタ”さえ説得できれば穏便に事件を解決できるかもしれねェ!!』
部下の話が本当であれば、彼女もウタウタの能力者に間違いない。
ロックスターは赤髪海賊団と彼女の関係性については理解しきれていない。
ただ、ちゃんと話し合えば戦闘を回避できると信じていた。
「あんたの歌さえあれば、この状況を解決できるはずだ」
「『世界一の歌姫になったら迎えに来る』と豪語した海賊に歌を聴かせると思う?」
ウタウタの能力で精神を通して観客たちが肉体を操られている。
肉体と魂を繋ぐ命綱を握られている以上、当の本人でないと解除はできない。
本来、悪魔の実は1つしか存在しないが、この場には同じ能力者が2人いる。
能力の練度にもよるが、妨害する事が可能なのは間違いないと彼は確信していた。
「こんな事をしてもお嬢が大切にしているルフィ君は戻ってこねぇ!!」
「だから何?」
「えっ…」
てっきり怒りで我を忘れていたと思っていたロックスターは戸惑った。
部下の制止する声もルフィがこのままでは死ぬのも海兵ウタには分かっていた。
分かっているうえでシャンクスを仕留めるのを優先していたのだ。
シャンクスへの恨みは、ルフィへの想いを凌駕していた。
「シャンクス!!お前さえ居なければ私は苦悩しなくて済んだんだよ!!」
「お頭が居なかったら今のあんたは居ないだろう!!」
「うるさい!!“鎌風<シシェルウィンド>”!!」
自分に失望すら居る海兵ウタは、ロックスターに図星を突かれて激怒した。
女海兵は、見つめるしかできないシャンクスに向かって旋風を繰り出した。
ウーツ鋼を切り裂く斬撃をロックスタが辛うじて弾き返して上空に受け流した。
会場の屋根である海王類の肋骨が切断され海へと落下して水飛沫を振り撒いた。
「くっ!!」
水飛沫に紛れて発砲音と共に防御不可能の弾丸が武装色の覇気を纏って飛んでいく。
ロックスターは銃弾に向かって『カチ割り剣』の鞘を投げつけてウタに斬り掛かる!
奇襲に失敗したウタは、あえて武装色の覇気を纏わずにマスケットで殴り掛かった!
『見抜かれた!!』
小競り合いで傷付ける気が無いと分かったウタはそれを逆手に取った。
刃がマスケットに滑り彼女の左手を傷付けようとするのをロックスターは止めた。
その隙を見逃さずに右手で握り締めたカットラスの柄底で彼の脇腹を殴打した。
そのまま銃を回して武装硬化が間に合わず痛みで呻く剣士に銃口を向けた。
「ねえロックスター、海賊辞めなよ。あんたみたいな男じゃ私は止められないよ」
「うぐっ…ようやく会話する気になったんですかね…」
「…私はね。死んでいった海兵たちに約束したの。私がシャンクスを仕留めるって」
「それはお嬢の真意に基づいて約束されたものに見えねぇが…」
銃口を突き付けられたロックスターは、海兵ウタに迷いがある様に見えた。
シャンクスを狙うなら操られた市民ごと攻撃する事も可能のはずだ。
現に操られた観客にシャンクスを含めて赤髪海賊団は無抵抗で殴打されていた。
むしろ、この乱戦で観客が巻き込まれないのは、冷酷になりきれていない証拠だ。
「さっきからお嬢は、罪やら仇やら言っててあんたの本心が言えてねぇ」
「うるさい!!貴様にシャンクスの何が分かる!!生命帰還“紙絵武身”!!」
贖罪をするかのように無抵抗な赤髪海賊団に海兵ウタは困惑していた。
故に1人だけ歯向かって来るロックスターに感情をぶつけてしまった。
ルフィすら見捨ててシャンクスを狙うべきか彼女でも疑問が生じていた。
しかし遺志と期待を背負って前に進む彼女は今更引き返す事などできない。
「私は海賊嫌いのウタ!!次世代に平和を届ける為にこの手を血で汚す女よ!!」
「それは誰も望んじゃいねぇ!!」
「託された遺志と期待が私の心臓だ!!邪魔をするなら排除するまで!!」
海賊によって犠牲になった市民や海兵たちの囁きが今のウタの原動力だ。
自分では、この時代に暮らす人々を全て救いきれないと理解している。
ならば、次世代にはこんな想いをさせないと、彼女は開き直った。
全てを偽り過ぎて自分すら偽った歌姫の正体は、亡者の声で動く人形だった。
いつもならルフィのおかげで抑えられた負の感情が彼女を霊鬼のように動かす。
「あれがウタ准将!?あんな顔なんて初めて見た…」
「えっ…ええ!?」
ウタ派の士官たちは、変わり果てた上官の姿を見て困惑の声を漏らした。
選抜した部下…一緒に居たルフィすら見せなかった感情を顔に出していた。
怒り、失望、苦しみ、ありとあらゆる負の感情が混ざった声はシャンクスにも届く。
「ウタ、俺を殺して気が済むなら喜んで命を捧げる」
「お頭!?」
操られた観客たちに殴打されて出血しているシャンクスはウタに想いを告げた。
それを聴いてどうするのかは、海兵ウタに任された。
「あんたの首を持って大海賊時代を終わらせる曲を奏でる!!さっさと死ね!!」
ルフィよりもシャンクスを討ち取るのを優先した海兵ウタには迷いが無かった。
左手に握り締めたマスケットを投げ捨てて殺意を持って女海兵は動き出した。
「退けェ!!」
「させねェ!!」
剣技でカットラスの刃を払い除けたロックスターは空いた右手を突き出す。
ゴムの様に伸びたウタの左腕の動きを見てタイミング良く左手首を掴んだ。
だが、激高して暴走している彼女の攻撃がこれで終わるわけなかった。
「指銃“息根止突<フィーネ>”!!!」
「うおっ!?」
左手の人差し指が伸びてロックスタの左頬を掠めつつ高速で突き抜けていった。
もちろん、狙うのはロックスターではなくシャックスの首だった。
「くっ!!」
しかし、観客が立ち塞がったせいで海兵ウタは指を元に戻す。
歌姫があからさまに妨害したと感じつつ、ロックスターを排除しようと試みた。
「お嬢!!まずは…」
「生命帰還“紅白髪縛り”」
海兵ウタは、紅白のお下げを使って説得を試みるロックスターを拘束した。
髪の毛は同じ寸法の銅線と同等の強度であるので頑固な拘束具として離さない。
ついでに左手を細めて拘束から抜け出し両手の拳を合わせて彼の胸部に当てた。
「話を…」
「あんたに話すことは無い!!“六王銃”!!」
六式奥義の六王銃は、衝撃貝<インパクトダイヤル>の数倍の衝撃波を放つ技だ。
CP9のロブ・ルッチからラーニングしたウタはロックスターの内臓に打撃を与えた。
生暖かい吐血で顔を濡らしても眉1つ動かさずにシャンクスを見る。
「シャンクス!!死者の無念を!!エレジアの国民の怨念を受け取れえええ!!」
自分の歌を利用してエレジアから財宝を略奪した海賊に刃を振り下ろそうとした。
シャンクスはその刃を受け入れるかのように笑って彼女と向き合う。
だが、飛び掛かった彼女は姿勢を崩してカットラスの刃を的外れな所に払った。
「カン」という金属音が鳴り響き市民の背中に命中するはずだった弾丸が落下した。
「撃て!!」
弾丸を放ったのは、ウタ准将の指揮下に居た士官たちではない。
サカズキ元帥によって世界の歌姫を抹殺する様に命じられた海兵たちが発砲した。
海兵ウタは、シャンクスを殴打する観客に銃弾が命中すると予測し刃で弾いたのだ。
「これ以上の犠牲は出せん!!観客が巻き込まれても構わん!!」
「世界を守るためにウタを抹殺せよ!!」
葉巻を握り潰したサカズキ元帥は、海軍本部から電伝虫を通して海兵に檄を飛ばす。
例え操られている観客に同僚が紛れていても引き金を引く海兵たちに迷いはない。
弱者を先導して救世主として導いていた歌姫は、目の前の光景が信じられなかった。
「な、なんで……海軍が…市民を…ファンを攻撃するの」
「あーあ、時間切れね。全く私は何をやっているんだか…」
海軍はいつだって弱き者の味方と信じている歌姫ウタは動揺していた。
一方、世界政府の暗部に触れている海兵ウタは冷めた様に吐き捨てた。
サカズキ大将の直属の部下である女海兵は、この銃撃戦を理解できた。
「仕方ないか…」
考古学者の島を焼き払った事すら賛同しているタカ派の彼女はこれを容認した。
そして今から自分が何をするべきかも理解して歌姫と向き合った。
「ねえ“ウタ”!!市民が死ぬ前に能力を解きなよ!!」
「なんで!?なんで海兵が何の罪もない市民を攻撃するの!?」
「それは、弱者である市民の命より世界政府の命令が大事だからよ」
「そんな事って……」
「5万の観客を殺してでも…海軍はあんたを殺す事を決意した!!それだけよ!!」
「あああああああああ!!?」
取り乱して敵である海兵ウタに尋ねた歌姫ウタは、残酷な返答に絶望した。
彼女は現実を受け入れられずに髪を搔きむしって放心状態で動けなくなった。
その心理に応じるように人質である市民たちは動かなくなった。
動かぬ獲物などただの的と言わんばかりに鉛玉の雨が元凶の歌姫に飛んでくる。
「鉄塊“硬直する角笛<シュタイフ・ホルン>”!!」
海兵ウタは、的となった歌姫ウタを抱きしめる様に拘束して硬直した。
2人のウタに向かって飛んでくる弾丸を六式の体技の1つ“鉄塊”で弾き返していく。
「ガンガン」と弾丸が跳弾する音を聞きながら抱かれた歌姫はひたすら泣いた。
海兵ルウタとREDの世界線との邂逅17に続く