海兵ルウタとREDの世界線との邂逅15
Nera“愛”の対義語は“無関心”だと誰かが告げた。
では、一度愛を知ってから放置されればどうなるか。
放置された側は、無関心になれず時間の経過と共に忘却するか、憎しみになるか。
少なくとも1人の少女は、愛された分だけ憎しみに変化させて人生の道標とした。
「ああ、ここは天国だ!!」
海兵たちは任務を忘れて歌って踊って楽しんでいた。
そんな宴会の中心に居たのは、世界一の歌姫であるウタである。
『あれ?大切な事を忘れてる気がする…こんな事をしてる場合じゃないはず…』
1人の海兵が夢の様な世界に疑問が湧いた。
そして彼は勇気を振り絞って彼女に話しかけた。
「すみません!現実世界のおれは、どうなっているんですか!?」
すると歌姫は悲しげな顔をして違和感を覚えた海兵に真相を告げた。
「ごめんなさい…あなたの身体はもう…」
「そうですか…」
「怒ってる?」
「いえ。そんな事はありません。貴女のおかげで満足できましたから」
ようやく彼は自分の置かれた状況を思い出した。
この夢の様な世界は、文字通りウタが生み出した世界。
ウタワールドに魂だけ連れてこられた事を。
酒で酔い潰れてピクリとも動かない海兵たちに何があったのか理解できた。
「ここに居るのは全員、『そう』なんですか?」
「いえ、そうではない人も混じってるわ。酔い潰れている人も何人かそうよ」
作り笑いを諦めた彼女は、真相を知ってしまった海兵に優しく告げた。
彼は少しだけ考えた後、最後に彼女に想いを告げることにした。
「ウタ少尉!おれはエレジアという国で生まれ育って家内と子供を授かりました」
「……そう、ご家族には」
「いえ、もうすぐ逢えますので…」
その一言を聴くまでもなく海兵の妻と子供に何があったのか歌姫は察していた。
彼は悔しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して彼女の顔を見た。
「少尉!無念です!!家族を失って音楽を捨てて海兵になったのに!!」
「大丈夫!あなたの犠牲は無駄じゃない!継ぐ人が居る限り意志は途絶えないの!」
「お願いします!おれの代わりに!いえ同僚たちの為にも仇を討ってください!!」
「あなたの気持ちはよく分かった!私やるよ!!シャンクスをこの手で仕留める!」
大海賊である“赤髪のシャンクス”に恨みがあるウタは海兵と約束をした。
音楽の都、エレジアを滅ぼした海賊をこの手で仕留めると。
その一言を聴いて彼は脱力して芝生に座り込んだ。
「ウタ少尉、見送ってくれませんか?」
「見送るなんて縁起でもない。再会を願う船出の唄を歌ってあげるわ」
「ありがとうございます」
世界一の歌姫は、船出の唄を存分に海兵に聴かせてあげた。
宴会を楽しんでいた海兵たちもその歌を聞いている内に脱力して寝てしまった。
微睡に飲み込まれそうになった海兵はウタの笑顔に癒されて意識を失った。
そして二度と意識が身体に戻ってくることは無い。
「みんな、また逢いましょうね。その時は山ほどの土産話を持ってくるからね」
ウタは寝落ちした海兵たちに再会の言葉を告げると両拳を握り締めた。
彼女は精神を通じて寝ていた海兵の身体を操作し、生命活動を停止させて殺害した。
肉体から精神が切り離された海兵たちの魂は黄泉の国へと旅立っていく。
「ウタ少尉、いつもありがとうございます」
現実世界では、ウタ少尉は衛生兵に感謝されていた。
「手遅れ」という文字が書かれたコートを羽織った彼は気付かない。
病棟で苦しんでいた重傷者の半数が安らかな顔をして同時に息を引き取ったなどと。
ウタの歌声に癒されて満足して逝ったように見せかけられたなどと気付けない。
「長年、人を看取ってきましたが、貴女の歌のおかげでここまで変わるんですね」
「買い被り過ぎよ。歌で人の肉体までは救えないわ」
真相を知ってしまった海兵の死体の両手を握っていたウタは冷淡に返答した。
大火傷している彼はずっと意識不明で、延命処置をされてたがようやく休めた。
目覚めた重傷者たちは、痛みで苦しんだがウタのおかげで生きる希望が湧いている。
「ところでさっきの歌は聴いた事ないんですが何の歌なんですか?」
「船出の唄、彼と再会を願って歌ったものよ」
「少尉はお優しいですね。きっと貴女の素晴らしい歌は彼に届いたと思いますよ」
「……そうだといいわね」
この病棟で手遅れな兵士のみを殺害した歌姫は、とっくの昔に歌に失望している。
皮肉にも〈海導〉などの鎮魂歌で“歌姫”として見出された彼女は死を纏っていた。
ルフィが太陽と揶揄されるなら彼女は対極である暗黒、深淵そのものだった。
少なくとも彼女は自身が闇だと自覚しているし、ルフィからも指摘されていた。
「どちらへ?」
「彼との約束を守るために前に進むの」
「……どんな約束をされたんですか?」
医師や衛生兵、少しだけ余裕がある重傷者たちはウタの約束が気になった。
一瞬だけ唇を噛み締めた彼女は、何事も無かったように言い放った。
「彼に代わって“赤髪のシャンクス”をこの手で殺してあげるってね」
拾われて9歳まで育ててくれた恩人に対する憎しみを更に増幅させたウタ。
歌姫の口から出る言葉じゃないと呆気にとられた彼らは見送るしかなかった。
心を想うからこそ手を汚してでも致命的な肉体から魂を解放する悪魔は嗤った。
自分を利用してエレジア国民を虐殺した海賊を抹殺する日を夢見て。
「ウタがシャンクスを殺しちまう!!」
海兵ルフィが言い放った言葉は一瞬だけ周りを凍り付かせた。
これには事件の真相を知っているゴードンも固まってしまった。
「ウタって海兵の方か?」
「そうだ、あいつはシャンクスを殺したいほど恨んでいるんだ」
最初に質問したのはサンジだった。
並行世界のウタなら何とかできると思った以上、話を聞くことにした。
「なにがあったんだ?」
「ウタはフーシャ村に置いて行かれた事に怒って新聞を読んでいたんだ」
船長であるルフィと違って彼は一緒にウタと居たとライブ会場で発言していた。
何が原因で分岐したのかは分からないが、重要な分岐点なのだろう。
続いてウソップが質問した。
「そしたらエレジアって国でシャンクスがみんなを殺してたと知ったんだ」
「それからウタはシャンクスを恨んで海兵になる道を選んだ」
「おれは、あいつが見てられなくて……夢を諦めて海兵になったんだ」
ニコ・ロビンやローは、エレジアで起きた事件については知っていた。
だが、あのルフィが自分の夢を諦めてまで女に付いて行ったのに驚いた。
「ルフィ君、ここはエレジアっていう国なんだ」
「…だからか、この島、なんかボロボロだったんだな…おっさん1つ良いか?」
「…なんだね?」
ゴードンは並行世界でもエレジアで悲劇が起こったと分かってしまった。
またしても悲劇を防げなかったと同時に疑問ができた。
何故ここではなくフーシャ村という場所にウタを置いていったのかと。
それを質問しようとしたら逆に先手を打たれて彼の言葉を待った。
「本当にそれってシャンクスがやったのか?」
「そ、それは……」
ゴードンは口籠って発言が続かなかった。
それを見た海兵ルフィは追及する事はせずに無言で茂みへと向かって行った。
少なくともこの世界で虐殺したとは思えなかったルフィは彼女に確認しようとした。
「やべぇべ!!ウタ様のところに行ったんだべ!!」
「ちょうどいいじゃねぇか。あいつも巻き込むぞ」
バルトロメオは狼狽えて取り乱したがゾロは気にすることは無い。
むしろ、ウタと一緒に居たあいつなら説得できると踏んで向かわせた。
「止めたって無駄だ、あいつもルフィだ。絶対に止まんねぇぞ」
「そうね、やるしかないか」
ウソップの言動にナミも頷いた。
他の麦わらの一味も同意見だ。
「でもどうやってカタを付けるんですか?」
「同時攻撃が必要ならひたすら攻め続ければ良いだろう。それしかねぇよ」
「でもタイミングが…」
「タイミングが合うまで攻撃し続ければ良いだろう」
コビーの疑問にゾロは即答した。
トットムジカを同時に攻撃すればウタワールドが解除される。
ウタが解除する気が無い以上、それに賭けるしかなかった。
「さすが麦わらの一味だべ!!ビビってたおれは情けねぇべ!!」
海兵ルフィの動きに全く動じない麦わらの一味に感動したバルトロメオ。
嬉しさとカッコよさに改めて虜になった彼は胸を抑えて膝を付いた。
「時間がねぇんだろ!!急いであいつの後を追うぞ!!」
麦わらの一味と共闘を望んでない彼も時間が無い事は分かる。
情報を入手した以上、信念や私情を押し殺してでも彼と協力するつもりだ。
タイムリミットは刻々と近づいているのだから。
「聴こえます?ウタの命はもって1時間!しかし能力で洗脳された電伝虫が暴走中」
現実世界では諜報機関の構成員でブルーノの同期であるカリファが連絡をしていた。
映像電伝虫が映すのは、楽しそうにウタがライブをやっているウタワールドの世界。
映像を配信する電伝虫が生物である以上、ウタウタの能力に魂を取り込まれていた。
「“ウタワールド”の映像を流し続けてます。音声を切らないと危険です」
「歌声を聴いた瞬間、意識を持っていかれるでしょう」
カリファは、上官であるロブ・ルッチに向けて連絡をしていた。
だが、それだけならここまではっきり聞こえるようには話さない。
彼女は後からやってきた海賊団にも情報を伝えていた。
「報告申し上げます」
情報を入手したロブ・ルッチは、五老星に状況を報告する為に口を開いた。
「ウタがライブを始めて6時間が経過しました。犠牲者の数は加速度的に増加中」
「あと1時間、この状態を放置すれば人類の7割が犠牲になる計算となります」
衝撃的な情報だった。
歌姫がライブをしただけで全世界の7割の人類がウタワールドに取り込まれる。
残った3割は、貧困層や奴隷、海賊、または事情を知っている政府関係者のみ。
もはや世界の危機どころか滅亡まで秒読みと知った老人たちは狼狽えた。
「7割!?想定外だ!!」
「エニエス・ロビーも音信不通だ。政府の機関は2割も機能してないだろう」
「急いで止めねばならん!指を咥えて待つわけにはいかん!!」
世界政府のトップである彼らは、顔を揃えて現状を打開しようと話し合いを始めた。
歌姫の暴走を止めたいのは、政府関係者だけではなかった。
「すまないな…」
「早く再会してあげてください。既に海兵の特殊部隊が動いてます」
“赤髪のシャンクス”とその仲間たちもウタの暴走を止めに来た。
かつてウタの幸せを願ってこの島に置いてきた彼らの顔は険しい。
彼らの記憶にある彼女は未だに泣き叫んだ声がはっきりと植え付けられていた。
「お頭?」
「ああ、大丈夫だ。すぐに行く」
赤髪海賊団の新入りのロックスターに心配をされたシャンクスは笑って答えた。
「世界一の歌姫になったら迎えに行く」という約束を守るために。
そしてこれ以上、彼女が罪を犯さない様に赤髪海賊団は急いで会場に向かった。
「ん!?」
だが、ライブ会場に近づくに連れて彼らは違和感を覚え始めた。
原因は、ウタの気配が2つあり、まるで分裂しているようであった。
『何が起こっている!?』
いつでも前向きな思考のシャンクスですらこの状況に混乱していた。
弱々しく震えているウタの気配は、自分の娘に違いないだろう。
問題なのは、ロックスターとほぼ互角の実力者と感じられる存在もウタだった。
世界政府が運用する新型パシフィスタかと思考するがすぐにその考えを捨てた。
「なあベック。おれたちの娘って2人居たか?」
「バカ言ってないでさっさと行くぞ!おれたちの娘が待ってるんだ」
「……そうだな」
シャンクスの問いに真面目に返答したベッグ。
その返答を聴いて腹を括ったシャンクスはライブ会場に突入した。
彼らの眼前に映っていた光景は予想外のものであった。
「なるほど、海兵の特殊部隊ってこいつらか」
そこでは、操られた海兵を正義のコートを羽織った10名の海兵が無力化していた。
女海兵に監獄弾を詰めたバズーカ砲を手渡された海兵が最後の一団に発砲した。
放たれた網に囚われた海兵たちはそのまま地面に押し付けられて動かなくなった。
「さて、おれらの娘は……」
ウソップの父にして赤髪海賊団の狙撃手であるヤソップはウタを確認しようとした。
すると正義のコートを羽織ったウタとライブの衣装を着ているウタが罵倒していた。
「なんだこれ…」
確かにウタであるには間違いない。
声も姿も顔も気配も瓜二つなのに彼らは信じられなかった。
カタギとして生きる自分たちの娘がここまで強くなったとは予想できなかった。
海兵ウタが歌姫の首を左手で絞めても呆然としてしまい動く事はできなくなった。
「准将殿!!“ウタ”が死んじゃいますよ!?」
海兵ウタの部下と思われる男が絶叫してようやく赤髪海賊団の硬直が解けた。
海兵たちが上官の暴走を止めようと奔走するのと同時に彼らも動き出す。
「ウタ准将は正気じゃねぇ!!早く止めろ!!」
時折暴走するのを知っていた士官たちも上官がこんな行動に取ると思わなかった。
必死に止めようとする彼らは背後から迫って来る一団に気付いた。
そして一団を目撃した瞬間、動けなくなった。
世界を滅ぼす力を持った海賊団を発見してしまい、凍り付いてしまったのだ。
ウタ派の士官たちやルフィ派の女海兵は口を開けたまま、呆然と立つしかなかった。
「……どうしたの?」
部下たちが自分の蛮行を制止しないのに疑問に思った海兵ウタは振り向いた。
そして赤髪海賊団を目撃して思わず持ち上げていたウタを降ろして左手を離した。
彼女の心境を反映させるように右手で持っていたカットラスが大きく振動した。
「…シャ、シャンクス……!?な、何で?…ゴホゴホ!!」
跪いた歌姫は念願のシャンクスと赤髪海賊団を見て動揺して咽た。
それでもいくらでも伝えたい事がある彼女は気力で立ち上がった。
「やべぇ…」
赤髪の海賊団の大切な存在に手を出した事実を知っている海兵たちは焦った。
上官と歌姫だけが笑っているがそれを確認する余裕すらなかった。
彼らの脳裏には圧倒的な力で自分らが殺害される光景を思い浮かべた。
「久々に聴きに来た。お前…たちの歌声を…!」
かつて娘を置いて行く覚悟をした男は娘たちに声をかけた。
「世界一の歌姫になったら迎えに行く」という約束を守るために。
「「あ、あははははっははは!!あはははははは!!」」
それを聴いた2人のウタは一瞬だけ硬直した後、同時に狂ったように笑い出した。
あらゆる感情を吐き出すように笑う歌姫たちに海兵たちは動揺する。
一方、罪の意識がある赤髪海賊団は黙って彼女たちを見守った。
「ちょうど良かった!!新時代を迎える前にあんたと決着を付けたかった!」
最初に発言したのは、歌姫であるウタだ。
自分を慕う観客を凄惨な現実に救う為に『新時代計画』を実行した、
だが、本心では暴走した自分を止めてくれるシャンクスたちと逢いたかった。
愛と憎しみが混じり合った彼女は、“力なき市民の代弁者”として退く事はできない。
「みんな!!一番悪い海賊が来たよ!!」
ライブ会場で寝ている観客たちが歌姫の声に呼応するように立ち上がった。
12年前と変わらない優しい眼差し、電伝虫で知った真相、1日も忘れなかった海賊団。
本心では違うと分かっているのにネズキノコの副作用で感情が高ぶっていた。
「私と一緒にやっつけよう!!」
後方に跳んで岩に乗った彼女は自分の姿をアピールするように右腕を挙げて叫んだ!
感情が抑えきれずに暴走した姿を魅せ付けて赤髪海賊団に止めてもらおうとした。
既に観客を異物に変えて自暴自棄になっていた女には滅びの未来しか思いつかない。
「あははははは!!それが久しぶりに逢った娘に言う言葉なの!?」
2つのウタワールドを展開して寝不足だった海兵ウタの精神は疲弊しきっていた。
大切なルフィが奪われるきっかけとなった元凶を発見してしまい激高してしまった。
『こいつさえ居なければ、こんな事にならなかった』と逆恨みをして睨んだ。
「私を利用してエレジアを滅ぼして財宝を奪った“赤髪のシャンクス”!!」
「市民の血を流し、5千人を超える海兵を殺害したあんたを絶対に許さない!!」
「“絶対的な正義”の名の元に!!私が!!あんたを!!この手で殺す!!」
「そんなに歌が好きなら歌ってあげるわ!あんたを殺した後に鎮魂歌をねえ!!」
海兵ウタは、左手で胸を抑えて自分の信念を“新時代の象徴”に誓った!
積年積もった恨みと怒りと赤髪に挑んで散った海兵たちの願いが呪いとなって蝕む。
右手で握り締めた訓練兵時代からの相棒であるカットラスは、血を吸う事を望む。
既にルフィの事などすっかり忘れたウタはかつての父親を殺す事だけを考えていた。
例え並行世界のシャンクスであっても、正気を失った女海兵は止まらない。
「ああ…」
補給担当のルフィ派の女海兵は、持っていた監獄弾を投げ捨てて後退りした。
左腕にルフィを模した自作のホビウタ人形を抱いて抵抗の意志が無い事を示す。
バズーカー砲を構えた海兵たちも抵抗の意志はないと示すが2人のウタは違った。
1人は自分を止めてもらう為にもう1人はシャンクスの息の根を止める為に抵抗した。

『ウタ……』
彼女たちの叫びを聴いたシャンクスに抵抗する気はない。
船長に従う赤髪海賊団も市民たちが一斉に動いても攻撃することは無かった。
次々と操られた市民が恐ろしい海賊に何度も素手や蹴りで攻撃していく。
これがウタに対する贖罪だと彼らは受け入れて無抵抗のまま血を流していく。
「シャンクスうううううう!!!」
海軍本部の准将は、一瞬でシャンクスに駆け寄って両手でカットラスを振り上げた。
怒り、苦しみ、失望、殺意、あらゆる感情を浮かべた娘の顔を見ても彼は動じない。
優しくて人想いの彼女だと知っているからこそ、その刃を受け入れようとしたのだ。
「……ねえ、何でよ」
狂乱状態に陥って本気で父親に向けられた刃を受け止めたのは1人の剣士だった。
刃同士が激突する金属音が濡れた芝生の上を駆け巡って辺りに響かせた。
ぶっきらぼうに見えてシャンクスの様に感じられる赤髪の男を見てウタは呟いた。
「あんたなんてどうでもいいの。私が欲しいのは、“赤髪のシャンクス”の首だけ…」
「まずは刃を収めてお頭と腹を割って話し合って欲しいんですがね…」
シャンクスの命を間一髪で救ったのは、幹部候補のロックスターだ。
その剛直で忠誠心が高く正義感溢れる男は赤髪海賊団でも一目置かれている。
鍔迫り合いで何とか刃を止めた彼は必死の説得を試みた。
「私には分かるの…あんたは優しい性格だって事をね」
「だったら…!!」
「そこを退いてロックスター!!ここで死ぬには惜しい人材よ!!」
「お頭には手を出させねぇ!!死んでも御免だ!!」
実力が拮抗している2人は身体能力の差でロックスターが刃を押し切った。
刃を弾かれた彼女は慌てずに後退りし、ゆっくりと刃を構え直して邪魔者を睨んだ。
「ロックスター!!絶対に“ウタ”を傷付けるな!!!」
「お頭!!了解しました!!」
尊敬するお頭の言葉を聴いてロックスターは首を縦に振った。
赤髪海賊団に所属している事以外は一切、ウタと接点がなかった。
だからこそ唯一動く事ができて刃を受け止めた彼は、最後まで彼女と向き合う気だ。
「最終通告よ!私に道を譲りなさい。そうすれば見逃してあげる!!」
「それはできねぇ相談だ。おれはあんたに手を汚してもらいたくねぇ!!」
「私の手は、“ガスパーデ”といった下衆の血でとっくに汚れているの!!」
「そいつは失礼した。失言を撤回してお詫びを…」
「そこを退け!!」
武装色の覇気を纏った刃がロックスターの喉に目掛けて突き出された。
瞬時に刃を弾き返し、彼女の剣技を見極めようとしている海賊は違和感を覚える。
融通無碍を主流とする剣技にしては明らかに分かり易く小手調べの様に感じられた。
「噂通り、正々堂々としてるわね」
「お褒めに与りましてムズ痒い想いで一杯なんですが…」
モモンガ中将から一通りの剣技を教わった女准将は素直に海賊の剣技を褒めた。
いくら海賊嫌いだからと言っても評価する時は普通に口に出してしまう性格だった。
だからこそ、そんな男がシャンクスの配下になっている現実を許せなかった。
「それ、あんたの得意とする剣技ではないと思うんですがどうですか?」
「あはははっは、そうよ。私の剣技は、剛剣でも柔剣でもないわ」
怒りのあまり感情が反転しておかしくなった彼女は笑い出した。
そして赤髪海賊団が市民に殴られている状況下で彼女は衝撃的な事実を告げた。
「私の剣技はね……私でも分からないのよ。生命帰還“部位解除”!!」
「なあっ!?」
世界の歌姫と瓜二つだった華奢の肉体が変化して上半身が筋肉質に変貌した。
海兵ウタは、ファンや海兵を魅了する驚異のプロポーションを偽っていた。
自由奔放のルフィに置いて行かれない様に鍛えた彼女の真の姿は部下すら知らない。
本気でやらないと勝てないと悟って全力でロックスターを殺そうと覚悟したのだ。
『やっぱりそうか!!道理で歌姫を片手で持ち上げられたわけだ!!』
あの肉体で歌姫を左手で持ち上げられたのにロックスターは疑問に思っていた
だが、今の彼女を見て納得した。
白魚のように真っ白で綺麗な指は武骨となって腕は以前の1.5倍の太さになっていた。
これを見たら嫌でも彼女の真の姿を実感してしまう。
「うふふふ、やっぱり恐れるか。そうよね。そうだよねえ!!醜いもんねええ!!」
幼少期から髪を感情で動かせた彼女は、生命帰還の達人である。
無理難題を言うファンの為に性格や言動どころか姿すら偽っていた。
自分の歌に失望して多くの死に触れた彼女は、もはや人間の感性では無かった。
良かれと思って泡沫の夢を見せる為に世界一の歌姫を演じる偽りの歌姫だった。
『ウタ…』
シャンクスは成長した彼女たちの姿から目を放さなかった。
「まだまだ!みんなの怒りはこんなもんじゃないでしょ!!」
真相を知って二面性に苦しんで慕うファンを連れて夢の世界に行こうとする歌姫。
期待に対する責任感と体の消滅を死と認識しておらず知能はあるが経験がない少女。
海賊に虐げられる市民の代弁者として、民衆を先導する歌姫の瞳は酷く濁っていた。
「あははは!!シャンクスさえ殺せればそれでいいのよぉ!!」
事件の真相を知らずに今まで授かった愛を憎しみに変えて歌に失望した歌姫。
心が大切にしているが故に絶望的な肉体を介錯し経験と反比例して純粋さを失った。
海軍の希望を背負う代表者として自分の手で父親を殺そうとする瞳は濁っていた。
「「シャンクス!!」」
2人の怒りはシャンクスに向けられていた。
彼女たちの声を聴いて赤髪の男は、ただひたすらに彼女たちの姿を見つめていた。
まるで自分の娘の成長を最後まで目に焼き付ける様に。
海兵ルウタとREDの世界線との邂逅16に続く