海兵ルウタとREDの世界線との邂逅14

海兵ルウタとREDの世界線との邂逅14

Nera

人生は入り組んだ大河を航海している船と例えられる。

目の前にあるいくつもの分岐点を選択して二度と戻れない景色を堪能していく。

予期せぬアクシデントや病気といった悲劇すら人生を彩るイベントに過ぎない。

しかし、奇跡の積み重ねで同じ船同士が激突する時がある。



「あはははは…」



大切な幼馴染を救ったのは並行世界の自分だった。

12年間も孤独だった自分と違って充実した人生を送ってルフィと一緒に暮らす女。

あったかもしれない世界線の自分を見て世界一の歌姫は笑った。



「あはははは…」



ルフィの覇気を辿ってここまで辿り着いたウタ准将は笑った。

ずっと一緒に居ようと誓ったルフィが並行世界の自分に操られている。

それは想定していたが並行世界の自分がその世界線のルフィを殺そうとしていた。

想像だにしてなかった光景を見て笑うしかなかった。



「ねえウタ、愚行はやめなよ」



歌姫が立ち上がろうとしたのを見て手を放して距離を取った海兵ウタは告げる。

そうしなければ無意識に片手で持っていたカットラスで首を刎ねるところだった。

ウタワールドを2つ展開して疲弊しきっている海兵ウタに精神的な余裕なんてない。



「あんたは良いよね!!私と違ってみんなと一緒に居られたなんてさぁ!!」



思わず本音を出した歌姫は目の前の女海兵を睨んだ。



「……別にあんたなんてどうでもいいの。さっさと私のルフィを返して」

「返すと思うの!?」

「残念、返さないなら実力行使させてもらうけどいいよね?」



さしずめ最終通告と言ったところだろうか。

脅迫してきた海兵ウタに対して恐れなど無かった。

海兵が正義の味方である以上、手出しができないと歌姫は確信している。



「海兵のみんな!!悪い海兵が来たよ!!一緒にやっつけよう!!」



世界一の歌姫が大声で呼びかけると寝込んでいた海兵たちが立ち上がった。

操られているとはいえその体術や剣術、射撃能力は海兵ウタにも脅威であった。

されどウタからすればそんな奴らなど気にしてなかった。



「ルフィ!!操られる度に私を殴るのをやめなさい!!」



幼馴染が操られる度にいつも殴られるせいでウタは彼を真っ先に警戒した。

案の定、海軍本部大佐が立ち塞がったと思うと吹っ飛んでルフィが飛び入り参加!

武装色の覇気で纏った双拳を雨で足を滑らせる動作をして彼女は回避した。



「生命帰還“紙絵武身”!!」



動きを見聞色で読まれる以上、回避を続行するのは不可能だった。

仕方なく交戦を選択したウタは自身の肉体の性質を変化させて回し蹴りをした。

あっさりとルフィに跳ばれて回避されたが想定内。



「あんたが義姉ちゃんに勝てると思っている訳!?舐められたもんね!!」



ウタを包囲していた海兵の集団をぶっ飛ばした海兵ルフィは幼馴染を付け狙う。

シロップ村などで催眠で操られるルフィと交戦して生き残ってきたウタ。

再び操られている彼を無力化させようと本気で倒す覚悟をした。



「紙絵“五線譜<ノーテンヘフトゥ>”!」



“JETバズーカ”の素振りだと見抜いたウタは体術で回避を試みた。

それを読んだ海兵ルフィは、回避した場所に向かって双拳を放つ。



「操られたあんたが!!私に!!」



すると両腕を変化させて高速で突っ込んできた腕をツタのように絡ませた。

ゴムの様に柔軟になって絡み付いた腕は二度とルフィを離さない。



「勝てるわけが!!」



そのままウタは背をしならせて踏ん張り力づくで幼馴染を持ち上げた。

理性があったら別の行動を取るかもしれないが経験の差がここに出た。



「ないでしょうが!!」



そのまま勢いよく後方にあった海にルフィを叩きつけた。

あっさりと沈んでいく海兵ルフィを唖然として見つめる歌姫。

正義の味方をやっている自分にしては極悪に見えた。



「…ふう、疲れた」

「ねええ!!“ルフィ”が沈んだんだけど!?」

「だから何よ。あんただってルフィを殺そうとしたじゃない」



世界一の歌姫は海賊ルフィを諦めて海兵ルフィを傍に置かせた。

それほど大切だったからこそ見捨てた女海兵に罵倒を繰り出した。

海兵ウタからすれば、支離滅裂な発言に困惑するしかない。

「そもそもルフィを殺そうとしたのはお前の方だ!」と言い返したかった。



「あんたは“ルフィ”が大事じゃないの!?」

「そっちこそ短剣で刺そうとしたじゃない!!」

「違う!!私はルフィを救ってやろうと思っただけ!!」

「あっそ!!並行世界の私がそんなに尻軽だとは思わなかった!」



操られている海兵は全て海兵ウタの方を向いていた。

まるで最後に残された生存者を囲んでいるゾンビのようだ。

それでも臆さない彼女は、わざわざ歌姫を煽る様に発言した。



「“ルフィ”の仇!!みんなやっちゃって!!」



見事に乗せられた歌姫は号令を出して一斉に海兵に襲撃させた。

しかし、それは女海兵の罠だった。




「撃て撃て!!」



男の号令と共に爆発音が連発した。

操られた海兵の一団に大きな網が次々と降り注いで拘束されうつ伏せに倒れ込んだ。



「何!?」



世界一の歌姫には2つの誤算があった。

まず1つは、海兵ルフィからウタの階級を聴いて居なかった事。

海兵だとは知っていたが若くして准将だとは思いもしなかった。



「正義の味方が!!市民に発砲していいの!?」

「今撃っているのは監獄弾、あんたみたいなヤンチャな能力者を捕らえる網よ」



海兵たちを盾にすれば“ウタ”は何もできないと世界一の歌姫は思っていた。

実際は、海兵ウタはルフィさえ無事なら他はどうでもいいくらいの感覚だ。



「ウタ准将!ルフィ大佐を救出しました!」



解説していた2人の前にルフィ大佐を抱えた魚人が海から飛び出してきた。

彼もまたウタの部下であり伏兵として予め海中に潜ませていた。

もう1つの誤算は、自主的に動ける部下が居たという点だ。



「ありがとう」



防音装置を身に着けている魚人海兵に准将はジェスチャーを送った。

上官の命令を理解した彼は、大佐を連れてあっさりと退き下がった。



「どう?私の自慢の部下たちは?」

「ず、ずるい!!ずるいいいい!!なんであんただけ!!」



監獄弾で次々に無力化されている海兵を見てウタは憤慨してステージの床を踏む。

駄々を捏ねる子供のように並行世界のウタを羨ましがった。

それを見た海兵ウタは少しだけ深呼吸すると歌姫に近づいた。



「私は!!その才能を妬ましい!!何で自力で世界一の歌姫になってんの!!」

「えっ?」

「被害者の精神を介して聴かせてもらったわよ!あんたのライブを!!」



海兵ウタも世界一の歌姫に嫉妬していた。

世界情勢を知り、自分の夢である「歌で世界を変える」のは不可能と悟った。

それどころか【世界一の歌姫】の称号は海軍の全面バックアップのおかげだった。



「あんたはいいよね!自分の歌で世界を救える歌姫になってさ!!」

「私なんか誰かを踏み台にして犠牲にさせて成り立ってんだよ!!」

「分かる!?ルフィの夢を諦めさせた絶望を!!非力な自分を!!」

「歌で夢を見せる歌姫がそれを信じてないなんて笑い話じゃない!!」



いつか大物の海賊になると確信したルフィを自分の為に諦めさせた後悔。

自力の才能や歌ではなく海軍のパワーでライバルを蹴散らした事実。

ただの小娘でしかない女に世界中が過大評価しているという絶望感。

そしてなにより、自分の歌を信じ切れてないという矛盾に苦しんできた。



「いいよね!!あんたのライブはさ!!ちっぽけな才能の私と違ってさ!!」



ウタワールドに魂を連行された観客の状況を知ろうと彼女はウタワールドを探った。

そしたら桁違いな才能の塊を示すライブを見てしまってプライドが粉砕された。

音楽の都で一流の音楽家に10年以上も英才教育されては差は出る。

ただその差が、海兵ウタの精神を崩壊させるには充分だった。



「うるさい!!恵まれたあんたが言うな!!私の12年間を返せ!!」

「うるさい!!あんたほどの才能があったら私はずっと悩まずに済んだんだ!!」



片や孤独で生き抜いた結果、創造力や才能が養われて世界一の歌姫になった。

片や孤独で生きていけず知識や戦闘経験を海軍で学んで世界一の歌姫になった。

自分の歌に自信を持ち世界中のファンの為に救世主になろうとした21歳の乙女。

海軍の威光を借りたせいで自信が持てないまま海軍の歌姫を演じている19歳の軍人。

対極に位置する彼女はお互いの環境と才能に嫉妬していた。



『准将!作戦が違うじゃないですか!!』

『何やってんですか!?早くしないと“ウタ”が死にますよ!?』



防音装置のせいでウタ同士の会話は海兵たちに聞こえない。

ただ、何か問題が発生しているのは、彼女たちが揉めている姿で分かる。

ウタグッズを身に着けたウタ准将の部下たちは内心で急かすしかなかった。

ライブ開始から5時間半、未だに小雨が降り注いでいる。



「まだか!?もう持たねぇぞ!!」

「情けないマリモだな!」

「図書館の事を言ってんだよ!グルマユ!!」



焦っていたのは麦わらの一味も同じだった。

ウタウタの実の能力を探ろうとして動く石像と交戦した。

嗤うサンジに反論したゾロは建物が持たないと懸念している。



「人の恐れ、人の迷い、トットムジカの名のもとに…怯え苦しめ…」



考古学者のニコ・ロビンは必死に天井の古代文字を解読していた。

心強い仲間たちが援護しているとはいえ時間がない。



「ラディカルビーム!!“大回転<ジャイアントスラローム>”!!」



麦わらの一味の中で最も派手な変態がやらかした。

動く石像をレーザービームで薙ぎ払った衝撃で地下室の壁を破壊した。

それが致命的だったのか、これを機に次々に壁が崩れ地下室が崩壊しつつある。



「おい!?ついにやりやがったな!なんでここまで暴れるんだ!?」

「スーパーすまねぇ!」



ウソップに怒鳴られてフランキーは申し訳なさそうに謝った。

重要な遺産を破壊する事に定評ある男は、ましてもやらかしてしまった。



「ロビン!解読は済んだ!?」

「一応やったけど…」

「なら良いの!!早く逃げるわよ!」



仮想空間でなかったら本気で激怒していたはずのロビンの顔色が悪い。

何か良くない事があると知ってもナミは彼女を信じて避難経路の確保に向かった。



『このままじゃ逃げられない!!』



ナミは書庫に入ってから鏡が置いてあるのが気になった。

鏡自体はどうでもいいが、その鏡に関する能力者が居たからこそ目を付けた。



「ブリュレ!!居るんでしょ!!」



ナミはブリュレが鏡に潜んでいると仮定し、一か八かの賭けに出て鏡に話しかけた。



「“鏡世界<ミロワールド>”に入れてよ!!……無視するんじゃないわよ!!」



絶対に彼女の性格上、そこに居ると確信しているナミは抗議した。



「私たちの情報がないと一生あんたたちは閉じ込められたままなの!」

「あんたが大事にしている家族にも一生逢えないのそれで良いの!?」



口から出まかせで発言した言葉でブリュレは喰らい付いた。



「ええ!?カタクリお兄ちゃんに一生逢えなくなるの!?」

「えー?あ!うんそうよ!!早く入れて!!」



ナミの言葉を受けてブリュレはミロワールドへの入り口を開いた。

すぐさま仲間を呼び寄せてナミは真っ先に鏡の中に避難した。

チョッパーを抱えたロビンが、サンジとゾロが喧嘩しながら入っていく。

喧嘩を止めるべきか迷うジンベエとそれを見て笑うブルックも入った。



「よしこれで全員だ!フランキー!」

「アウ!今行くぞ!!」



ウソップは見聞色の覇気を使って自分とフランキー以外脱出したと確認した。

しんがりのフランキーは、彼に続いて鏡の中に入り込むと同時に天井が崩壊した。



「くっ!お前らを助けたくなかったんだがな…」



ビッグマム海賊団に恥を掻かせた海賊を救った事に愚痴を溢すオーブン。

それを聴いてブリュレが申し訳なさそうに頭を下げたのを見て無難な発言をした。



「まあ、やっちまった事はしょうがねえ…だが本当に情報はあるんだよなァ?」



巨体から睨め付けるその姿は生半可な海賊が震えあがるほどである。

もっとも、もっとヤバい海賊や海兵とやり合った麦わらの一味には効果は無かった。



「安心しなさい。うちのロビンがしっかりと情報を入手したんだからね」

「ほう?大した自信だな?」

「だからベリーを支払いなさい!今なら10万ベリーにまけてあげるんだから!」

「「「何やってんだお前!?」」」



疑うオーブンを煽るように通貨を要求したナミに男衆からのツッコミが光る。

ウソップ、ゾロ、フランキーのツッコミは見事でオーブンすら唸らせるほどだった。



「ヨホホホ!ナミさんのパンツはいくらで見せてくれるのですか?」

「見せるかァ!!」



もしかしたらお金を払えばナミのパンツが見られると思ったブルックは玉砕した。

見事に彼女に蹴られた彼は鏡世界の障害物に頭から突き刺さって動けなくなった。

「何をしているんじゃ…」とツッコミを入れたくなったジンベエは何とか堪えた。

麦わらの一味に加入してからそう経っていない彼は空気に慣れようと心掛けている。



「ここから出れば海兵と逢えるよ」

「なるほどおれたちを海兵に突き出す気だな?」

「馬鹿言ってないでさっさと出ろクソ剣士!!」



親切に教えたのにゾロに馬鹿にされたブリュレをサンジが気を遣った。

女であれば誰とでも紳士になれる彼は、ゾロを睨んで先に進むように促す。

いまいち信用できないゾロは警戒している隙に仲間たちが出口に飛び込んだ。



「仕方ねぇなァ。今回は見逃してやるか」

「ふん、ウタワールドから出たら覚えておけ」



オーブンと軽口を叩いたゾロは出口に飛び込んだ。

そこには、廃墟でありかつての住居が風化して崩れかけていた。



「ゾロさん!ナミさん!ご無事でしたか!!」

「「コビー!!」」



ゾロとナミにとって顔馴染みであるコビーを見て少しだけ安心した。

敵同士とはいえ友好関係があるかないかは大違いだった。



「「あう!?」」



元気そうに駆け回っているチョッパーとサニーは頭から激突した。

タイミングが良いのか悪いのか二体同時に倒れ込んだ。



「こいつは?」

「サニー号みたいですね」

「どんな改造をしやがったんだ?」



ゾロの質問にコビーが答えて興味津々にフランキーはサニーを見た。

可愛らしいマスコットキャラに見えるがどんな改造をしたか気になったようだ。



「戻って来る事になるとは…」

「オーブンお兄ちゃん…勝手に判断してゴメンね」

「気にするな。的確な判断はおれでも難しいからな」



何度も頭を下げるブリュレを励ましたオーブン。

空気が悪くなったのを感じたコビーはニコ・ロビンに質問する事にした。



「ロビンさん、ウタワールドから脱出するヒントは掴めましたか?」

「昔の記録によるとウタワールドから自力で絶対に脱出できないと分かったわ」

「…そうなんですか」



もたらされた情報は絶望的だった。

ウタワールドに連れてこられた者は絶対に脱出できない。

現実世界に帰れる【精神】という紐をウタに支配されている以上、不可能だった。

落ち込むコビーを励ますようにロビンは話を続けていく。



「ただしウタウタの実の能力者がトットムジカを歌えばチャンスがあるの」

「トットムジカ?何ですかそれ?兵器なんですか?」



海軍本部の中将クラスでないと知らされない秘匿された情報。

碌な物じゃないと悟ったコビーは恐る恐るロビンに質問した。



「太古から続く人の負の感情の集合体、“魔王”と呼ぶ時もある」

「なるほど、つまりやべぇ奴っていうのは確かみたいだべぇ」

「えぇ、触れてはいけない存在としか書かれていなかったわ」



バルトロメオの発言を肯定したロビンは石碑の解読結果を伝えた。



「そのトットムジカをウタが出したらどんなチャンスが起きるんだ?」



しかし諦めが悪いヘルメッポはその説明に納得できず更に質問した。



「記録によると出現した魔王はウタワールドだけじゃなく現実世界にも姿を現すの」

「その為、魔王を接点として現実世界とウタワールドが繋がるみたいね」

「その時に2つの世界から魔王を同時攻撃して倒すとウタワールドを消せるそうよ」



あくまで伝承、ロビンがもたらした情報が確かかどうかわからない。

それでも真っ先に声をあげたのは家族に逢いたいブリュレだった。



「本当かい?」

「記録に残したって事は成功したって捉えればいい。やってみる価値はある」



妹に呼応するようにオーブンは作戦の開始を促した。

要するにウタワールドに居る魂と、現実世界の肉体を結ぶ精神という紐。

それをトットムジカが代わりになってくれると思っただけだ。



「だけど!誰がウタ様を攻撃するんだべ!?」

「やるとしたら海軍だろうな」

「無理です。一般市民を人質にされている以上動けません」



次の疑問は誰が現実世界から攻撃してくれるかということだ。

バルトロメオとローは海軍に期待したがコビーが即答で否定した。



「1人居る」



聞き慣れない声がして一同は周囲を見渡した。

すると車椅子に乗っている男を白い子熊が引率しているのが見えた。

彼に見覚えがあるローは刃を鞘にしまう。



「キャプテーン!!」

「誰だこの子熊は?」

「ベポだ」



ヘルメッポがサングラスを外して甲高い声を出す子熊の正体を調べようとした。

あっさりローから正体を知らされてそれ以上の発言は慎んだ。



「あのおっさん、誰だ?」

「ウタ様の育ての親。ゴードンさんだべ」

「そうなのか!?」

「ウタちゃんの!?」



ウソップの素朴な疑問に答えたバルトロメオ。

その返答を聴いてサンジとウソップは彼をじっくりと見て優しい面影を感じ取る。



「1つ尋ねたい。現実世界で止めてくれるお方は誰…」

「シャンクスだ」



ジンベエの質問が終わる前にゴードンは即答した。

シャンクスと言えば世界に名が轟く大海賊の名前、誰もが息を飲んだ。



「シャンクス!?」



ただ一同が聞き慣れたようで全然違う男が声を挙げた。

暴走したウタによって飛ばされた海兵ルフィはここに落下していた。



「おっさん!!この島にシャンクスが来るのか!?」

「ああ…」



簀巻き状態の海兵ルフィの顔は焦っておりただごとじゃなかった。

一味の知っているルフィじゃないとはいえゾロは駆け寄って理由を訊いた。



「おい!なんでそんなに焦っているんだ?」

「シャンクスと海兵のウタを逢わせちゃいけねぇ!!だって…!!」



海兵ルフィから驚愕する一言が発せられた。

一方その頃、現実世界では操られた海兵がウタの部下によって鎮圧されていた。



「准将!!鎮圧が終わりました」



ウタ准将の部下は報告するが上官に伝わっているか疑問だった。

さっきから自分たちの話を聞かずに“ウタ”と会話をしている。

耳栓を取った瞬間、お陀仏になるせいで上官が現状に気付くのを願うしかない。



「もう1回言うわよ。ウタワールドはいつか覚める夢なの。民衆を解放しなさい」

「あんたに何が分かるって言うの!?私はみんなを救いたいだけ!!」



海兵として何とか穏便に済ませたいウタは必死に説得していた。

だが、そろそろ限度というものがある。



「早く私のルフィを返しなさい」

「あはははははは!やっぱりそれが本音じゃない!!」

「早く返せ!!孤高な天才のあんたと違って私にはルフィが必要なの!!」

「絶対返さない!!あんたに返すくらいなら死んだ方がマシよ!!」



現実逃避で海兵としての仮面が外れかけている女を嘲笑うしかできなかった。

天賦の才と一流のエンターテイメントの女に嫉妬して頭が壊れそうな女海兵。

一触即発を通り越して彼女たちはお互いの地雷を踏みまくっていた。



「言わせておけば…!!」

「正義の味方の海兵さんが私に手を出せるの?」



未だに海兵は善良な市民に攻撃できない正義の味方と信じ切っている女

海兵は正義ではなく世界政府が正義だという価値観が植え付けられた女。

既にあらゆる面で限界を超えた海兵に向かって歌姫は煽った。



「市民のみん……なあがっ!?」



今度は善良な市民を海兵ウタの部下にけしかけようとした歌姫。

しかし、海兵ウタがそれを見逃さずに左手を喉に向かって伸ばして掴む。



「あああっ!?ああああ!?」



急に喉に手を出された歌姫は必死に抵抗するが職業軍人には勝てなかった。

喉ごと声帯を潰そうといわんばかりに締め付けられて仰ぎ声すら出せなくなった。



「ウタウタの能力って文字通り喉が大事なのよ。実感頂けたかしら?」



海兵ウタに首を絞めつけられた瞬間、操られた海兵の抵抗が止んだ。

准将の部下は内心で『やり過ぎではないか』と疑問を浮かべたが、准将を信じる。

きっと一時的な処置であり、すぐに世界一の歌姫を解放すると信じるしかなかった。

だが、その期待を彼女は裏切った!!



「私、思ったの。“痛み”が無いと人って成長できないってね」



そのまま顎を抑えるように掴まれた歌姫は、女准将に左手だけで持ち上げられた。

更に首が圧迫されて、あまりの苦しさに右手で海兵の左腕を掴むがビクともしない。

宙に浮いた両足をバタつかせるが喉の圧迫のせいですぐに動かせなくなった。


「准将殿!!“ウタ”が死んじゃいますよ!?」



さすがに部下たちも異常に気付いて駆け寄っていくが距離があり過ぎた。

10名の部下が上官の傍に付かず周囲を警戒していたのが仇となった形である。



「最近、思う事があるの。“痛み”が無いと人って成長できないってね」



世界一愛されていると言われても過言ではない歌姫の喉を掴むという愚行。

二度と唄を紡ぐ事もファンの耳と脳を満足させる事もできなくなる絶望。

同じ歌姫だからこそ、その重要性を理解しているウタ准将は優しく語り掛ける。



「だからあなたには“痛み”を味わってもらうの」



説得を拒否された以上、実力行使しかない。

ネズキノコのせいで眠れないなら腹を殴打して吐かせればいいし気絶させてもいい。

そんな思考に支配されたウタ准将は正気では無かった。



「苦しいでしょ?私はルフィから引き離されてもっと苦しいの」



意識が朦朧として力尽きそうな歌姫を見て恍惚し、笑みすら浮かべる女准将。

少しでも左手に力を込めれば彼女を容易く殺害する事も可能だった。



「……どうしたの?」



ここで海兵ウタが部下たちが駆け寄って来ない事に気付いた。

さすがにこんな行動を取れば阻止してくるのは分かっていた。

しかし、制止する声すらないとはどういう事なのか気になった。

何事かと背後を振り返った彼女は、衝撃的な光景を目にする。



「ああっ!!…ゴホゴホ!!!ゲホッ!!」



突然、首から左手を離されて解放された歌姫ウタは座り込んで咽た。

圧迫された部位を両手で優しく押さえつつ、新鮮な空気を思う存分に吸った。

ようやく圧迫から解放された彼女は何が起こったかと咽ながらゆっくりと見上げた。

薄紫色の瞳が揺らいだ。



「…シャ、シャンクス……!?な、何で?…ゴホゴホ!!」



そこには【四皇】でありウタの父親である“赤髪のシャンクス”が居る。

自分の初ライブを聴きに来たかの様に背後には赤髪海賊団の面々が勢揃いしていた。



「やべぇ…」



ウタグッズを身に着けた海兵たちは赤髪海賊団の面々を見て凍り付いた。

白ひげ海賊団と同じように大切な存在に危害を加えればどうなるか知っている。

ウタ派の士官たちやルフィ派の女海兵は口を開けたまま、呆然と立つしかなかった。

ただ1人、女准将だけがその存在を見て狂ったように口角を釣り上げている。



「久々に聴きに来た。お前…たちの歌声を…!」



降り注ぐ雨の中でびしょ濡れになった隻腕の赤髪の男がゆっくりと告げた。

かつて、「世界一の歌姫になったら迎えに来る」という約束を守る様に。

そろそろ小雨が晴れそうである。


海兵ルウタとREDの世界線との邂逅15に続く

Report Page