海兵ルウタとREDの世界線との邂逅13
Nera自分に助けを求める人たちを救うにはどうすればいいのか。
答えなど出るはずは無かった。
だが、最後の拠り所として救世主と讃えられた少女は退くことはできなかった。
「もうすぐ悪い人たちがいない“新時代”がやってくる」
ウタワールドはウタの思い通りにできる世界だ。
食べ物は無限に湧くし観客は疲れないし、なにより理不尽な暴力も無い。
観客たちはウタのライブに熱狂しており、自分たちの置かれた現状に気付けない。
救世主と崇められた少女は、大海賊時代の人柱となって現世から逃げる事を望んだ。
「だえ~」
内心を隠して世界一の歌姫として演じているウタに太った男がやってきた。
彼の後方に居る黒服とサングラスを身に着けた護衛たちは、世界政府の役人である。
「やべぇ!!」
慌てたのは海兵ルフィであり、覇王色の覇気で天竜人を無力化しようとした。
しかし、ウタからの視線で牽制されてしまい何もできなかった。
ファンに危害を加える事を許さないウタが彼の行動を阻止してしまった。
「おいウタ!そいつは天竜人だ!!早く膝を地面に付けろ!!」
「え?この人が天竜人?」
ウタに話しかけてきたのは天竜人のチャルロス聖だ。
だからこそ覇王色の覇気で体調を崩してもらうつもりだった。
それができない以上、海兵ルフィは穏便な対応を促したが彼女はどこ吹く風だ。
「気に入ったえ!わちしの元に来て子守唄を歌うだえ~!」
チャルロス聖もウタの配信ライブを見て心を奪われたファンだ。
無駄に行動力がある彼は聖地マリージョアからはるばるエレジアからやってきた。
実際にライブを聴いて見定めた彼は、休憩の隙を突いてわざわざ出迎えた。
「君も頭を下げて静かにしなさい」
「あっ……ウタ」
さきほどまでライブに熱中だった観客たちは頭を垂らして膝を付いた。
何が起こったか分からない少女ロミィも隣に居た観客に頭を下げさせられた。
あっという間にライブの空気が変わってしまった事にウタは困惑する。
「どうしたのみんな!?ねえルフィ!何が起こったの?」
「王様の王様が来てるんだよ!」
「王様の王様?偉いの?」
「そうだよ!!」
とりあえずルフィに聴くと分かりやすい返答をされた。
王様の王様、つまり一番偉いんだくらいにしかウタは思わなかった。
実際は世界政府の加盟国の王様を殺害しても罪に問われない存在と気付けなかった。
「チャルロス聖が貴様をご所望だ。感謝するがいい」
チャルロス聖の護衛たちが大金が入ったケースを見せながらウタに話しかける。
彼女はこれを見ても自分がどんな状況下にいるか分からない。
「10億でお前を買うえ~~!!」
「え?やだ」
「ふえ!?」
拒否されると思わなかったチャルロス聖は目を丸くした。
天竜人に意見した歌姫に観客たちは騒然となり、静観するしかない。
買収されそうになったウタはようやく目の前の存在がどういうのか気付いた。
「思い出した!天竜人って何でも奴隷にしたがる世界一の嫌われ者だよね!」
観客たちはウタの言葉が信じられないと言わんばかりに震えたり青ざめていく。
護衛は耳を疑い、観客として参加していた海兵たちが大慌てで飛び出してきた。
「いい加減にしろ。天竜人の怒りを買うぞ」
「大人しくしてくれ。ウタを傷付けたくないんだ」
海軍帽を被った私服の海兵たちがウタを取り囲む。
なんとかウタを説得して彼女を守ろうとしたのだ。
「あんたたち海兵だよね?わざわざ休みをとってライブに来てくれてありがとう!」
「それよりチャルロス聖のお言葉に従い聖地へと…」
「やだ」
チャルロス聖は自分の願いが断れるなど夢にも思っていなかった。
さすがに二度も拒否されれば愚能な彼でも拒絶されていると気付く。
「ウタワールドではみんな一緒!天竜人のおじさんも同じ仲間だよ!」
「下々民と同じ!?おじさん!?この女、死刑だえ!!」
24歳のチャルロス聖は馬鹿にされた事に気付いた。
怒りで本来の目的を忘れた彼は非情にもSPに殺害を命じた。
唖然とする海兵たちに代わって護衛たちが拳銃でウタに発砲する。
「だからこういうのは意味がないって」
ウタワールドの中ではウタは無敵だ。
全ての弾丸が音符によって防がれてしまい歌姫に傷1つ付けられない。
ファンの横暴に彼女は困ったように頬を掻きながら返答した。
「使えないカス共は要らないえ~」
護衛2人が女を射殺できないのに呆れたチャルロス聖は彼らに発砲した。
背後に鉛玉を撃ち込まれて倒れ込む彼らを見て血相を変えてウタは近づいた。
「なんてことをするの!?」
ウタは倒れ込んだ護衛2人に両手を当てて怪我を治していく。
ウタワールドにいる魂は、現実世界と同じように肉体を傷付けられる。
逆に言えば死ぬ事も可能であり、ここで死ねば魂はウタワールドから開放される。
もちろん黄泉の国行きであり、現実世界に残された肉体はそのまま死に絶える。
「大丈夫?今治しているからしっかりして!」
ウタの願いはファンと一緒に平和な世界で過ごす事。
自分の命を狙ってきた護衛すら彼女は助けようとする優しい子である。
しかし、チャルロス聖はそれを見て更に不機嫌となった。
「海兵ども!なにをしてるだえ!早くこの女を殺すだえ!!」
天竜人の命令を受けて私服の海兵たちはウタに銃口を向けた。
それを見た彼女は、その理不尽さにステージの床を力強く踏んで彼らを睨んだ。
「海兵って正義の味方じゃないの!?こんな横暴なんて許して良いの!?」
「天竜人は神に等しい存在だ…我々だってこんな事はごめんだ」
申し訳なさそうに海兵たちは激怒したウタに謝った。
彼らは長期休暇をウタのライブに費やすほど熱狂なファンである。
撃ち殺さないといけない理不尽さは彼らも同じだった。
「そっか!本当はこんな奴の命令なんて聞きたくないんだね!」
「大丈夫だよ!救世主の私がくだらない常識なんて覆してあげる!!」
ネズキノコの副作用でウタは正常な判断ができなかった。
天竜人をボコボコにすれば平和になれると本気で信じている。
「お前……まさか」
海兵ルフィは“ウタ”があのキノコを食べて狂っていると気付いたが遅すぎた。
復帰した護衛や海兵たちが引き金を引こうとすると五線譜に包まれて宙に舞った。
「あれ?」
ライブに夢中になっていたウタは、上空で拘束していた海賊が居ない事に気付く。
海賊がどこに行ったのか分からず視線を動かして探す彼女に銃弾が飛んできた。
『やっぱり痛みを与えないとダメか。しょうがないな!!』
チャルロス聖は自身が置かれた状況を理解できずに発砲している。
ウタは横暴な彼を荒治療で救ってあげることにした。
歌姫から飛び出した音符がチャルロス聖を殴打する。
「ふげっ!?」
天竜人の頭を覆う透明なケースを破壊された彼に音符の追撃が入る。
何度もビンタされるように音符に激突されて悲鳴を上げて転がり回った。
「こんなことをしてただでえででで!!」と助けも捨て台詞も吐けやしない。
「ほげえっ!?」
『f』のアルファベッド、『強く』を意味する通り、フォルテは彼に激突した。
哀れな犠牲者は上空に吹っ飛ばされた。
先に五線譜に拘束されていた護衛たちより上の位置で同じように捕獲された。
「ふぅ!これでよしと!!」
やりきったと感じたウタは、搔かないはずの汗を右手で拭いた。
横暴な天竜人を懲らしめた以上、ライブを再び続行できると思っている。
「みんな!天竜人に怖がる必要は無いよ!!」
思ったより天竜人が弱くて拍子抜けした彼女はファンに呼び掛けた。
もう天竜人に怯える心配はないと。
だが、観客はさっきより怯えている感じがして原因を探るべく観客席を見渡した。
「ウタ!天竜人に手を出しちゃまずいよ!!」
「世界政府や海軍が黙ってないよ!!」
ここを現実世界だと思っている観客たちはウタに必死に呼びかけた。
こんな事をすれば、ウタは命を狙われるどころかこの場に居る全員が抹殺されると。
「大丈夫だって!」
ウタからすれば、ここはウタワールドだから世界政府も海軍も脅威じゃなかった。
しかし観客はここがウタワールドなんて気付いていないし、来たつもりはない。
「ゴメン、ウタ!僕そろそろウチに帰らなきゃ」
羊飼いの少年であるヨルエカがウタに頭を下げてボートに乗ろうとした。
それを見て戸惑ったのがウタである。
「ちょっと待ってよ!帰る必要があるの?」
「え?これから羊の面倒を見ないといけないんだ」
観客たちはウタのライブがいつか終わるものだと思っている。
彼らがライブに熱狂するのは退屈でつまらない世界があるからこそだ。
「なんで辛い生活に戻らないといけないわけ?」
「え?」
「それよりさ!上に捕まえていた海賊知らない?誰か教えてくれないかな?」
さきほどまで尊敬していた歌姫が化け物に見えた少年は怯えて黙り込んだ。
一方、ウタは捕まえていた海賊が居なくなって観客に居場所を訊いていた。
彼女は海賊を追いかけるのとライブに夢中で逃亡していたのに気付かなかった。
そう、ウタワールドは万能であるがウタ自身は万能では無かったのだ。
「“ウタ”!!」
「なによ!あんたも天竜人を守りたいの!?」
「お前、キノコ喰ったろ!?」
「だから何!?」
海兵ルフィが叫び出して仕方なくウタはその対応をした。
するとキノコを食べたのかと問われたのであっさりと彼女は白状した。
「え?キノコ?何の話?」
マイクが機能しているのが仇になった。
海兵ルフィとのやり取りが観客に聴こえてしまい彼らは戸惑ってしまった。
「生でキノコを食べて大丈夫なのはマッシュルームだけだ!!」
「へえー。そうなんだ。だから何?」
「キノコを生で食べると死んじまうんだぞ!!分かってんのか!?」
「いいじゃない。私が死んでも歌は響き続けるんだから」
未だにマイクを切り忘れているのに気付いていないウタは本性を現した。
“ウタ”の自殺を止めようと海兵ルフィは何とか拘束を解こうと試みる。
それが無駄であると咎めようとする歌姫に少年が近づいた。
「ウタ、毒キノコを食べたの?」
「え?そうだけど?」
恐る恐るヨルエカ少年は、素朴な疑問を歌姫にぶつけた。
そして毒キノコを食べたのが事実であると発覚した。
「「「「ええええーーーーーーーーーーっ!?」」」」
観客はその事実を知って驚愕して大声で叫んだ。
ある女は「ウタ、死んじゃダメェ!!」と悲鳴をあげた。
ある男は「医者!!早くしろ!!」と知り合いの医師に医療処置を促した。
全ては、世界一の歌姫であるウタを助ける為だった。
「大丈夫だよ!!もうすぐ“新時代”が来るんだよ!!」
「おい!!お前が死んだらウタワールドからみんなが出れなくなるぞ!!」
「だから何だって言うの!?現実世界なんて辛いだけじゃない!!」
他人事のように…実際他人である海兵ルフィに苦情を受けたと錯覚したウタ。
ムキになって本音をぶちまけるが、それは更に最悪の状態へと持っていく。
「ウタワールドって何だ?」
「え?ここって現実世界じゃないの?」
ルフィの言葉で、ここが現実世界じゃないと気付き始めた観客たち。
ウタからぬいぐるみを貰ったロミィは心配そうに歌姫を見つめた。
さすがに動揺している観客を無視できなくなったウタは口を開く。
「みんな!確かに私は毒キノコを食べたけどライブは続けるよ!!」
「お前、何言ってんだ…」
「うるさい!あんたは黙ってて!!治療に来たお医者さんも止まって!!」
「「「え?」」」
ネズキノコの副作用で精神が乱れた歌姫は癇癪を始めた。
気に食わないものに敵意を剥き出しにして自分の意見を押し通そうとする。
彼女は地団太を踏んでルフィや医者、医療従事者の動きを止めさせた。
「ここは現実世界じゃないけど…みんなが幸せになれる場所なんだよ!」
ウタは両手を叩いて淡い光の粒を放出する。
ライブ会場は一段と輝くが、ここが夢の世界というのを嫌でも認識させる。
光の粒は、料理や玩具、お菓子など子供が喜びそうな物をばら撒くが意味は無い。
「最高でしょ!!ここなら大海賊時代に怯える事が無い夢の世界!!」
「食べ物も楽しい事もいっぱいある!病気に苦しむことは無いんだよ!!」
ウタは自分を助けに求めて来たファンの為に救世主として演じて来た。
だが、大半の人がただのパフォーマンスとして認識していた。
エレジアに来れるほどの金銭と余裕がある観客は彼女の覚悟を本気にしてなかった。
あまりにも一方通行な意思疎通により、歌姫とファンのズレがここで明確になった。
「ああ、この世界に居る方がマシか」
「ウタと一緒に居られるならそれでいいかも」
ウタを救世主として崇めるファンの中で彼女の意見に賛同する者も多く居る。
だが、観客の大半はライブに参加して楽しんだ後、帰るつもりだった。
「だけど仕事あるし……それにウタは治療してもらった方がいいよ」
ヨルエカは羊飼いの仕事に誇りと充実感がある。
辛い事はたくさんあるが、だからこそウタのライブが楽しめると思っている。
「ウタ、私たちを騙して閉じ込めたの!?」
「ずっとは困ります!学校があるし、みんなが待ってるの!!」
観客の7割がウタワールドから出ようとウタに必死に懇願した。
辛い事がたくさんあるけど「現実世界に帰りたい」と…。
「待ってよみんな!自由になりたかったんじゃないの!?」
「病気やいじめや海賊から解放されたいっていうのは嘘なの!?」
「私は皆の為にここまで努力してきたんだよ!!」
ウタは一世一代のライブを開く為に今まで尽力してきた。
デザインや缶バッジ等のグッズの企画や製作、生産、配布まで考えた。
ファンが“新時代”を迎えられるように航路もしっかりと計算した。
なによりファンの為にやってたのにあっさりと否定されて戸惑った。
「帰りたいっつてんだろ!!」
ある男の放った冷たい一言でウタは凍り付いて動けなくなった。
『帰りたい』、それは彼女がずーっと12年間も考えてきた事だ。
それが無理だから自分の命を差し出してまでしてファンに尽くそうとした。
辛い過去より大切な現在、明るい未来をみんなに届けたかった。
『ハハハ…そうか、そうだよね。まだ足りないか』
口論を始めたファンの台詞がウタの心を傷付けていく。
みんなが幸せならこんな事などしないだろう。
キノコの毒で正気じゃなくなったウタはついに暴挙に出た。
「そっか!ごめん!分かったよ!もっと幸せがあればいいんだね!!」
ウタはみんなの道標となるかのように全身を光らせた。
すると次々に観客たちがお菓子や玩具、可愛い物に変貌していく。
チャルロス聖もアイスクリームに姿を変えられてライブ会場は水没した。
「チャルロス聖が!?」
無音でライブ中継を確認していた五老星はその現状を見て立ち上がった。
天竜人に手を出されても動けなかったがここまで来たらどうしようもない。
“天竜人”が関わっていても、例え5万の観客を死なせてでも!
「どんな犠牲を払おうともウタを抹殺せよ」と命じるしかなかった。
「パフォーマンスにして凝り過ぎじゃないか!?…うわ!?」
「どうしてこうなったの!?…きゃ!!」
ライブ配信を楽しんでいた観客も戸惑うしかない。
しかし、さきほどのやり取りで彼らも頭に思い浮かべた事がある。
『自分たちもウタワールドとやらに囚われているのではないか』と。
その勘は当たっており、配信を見ていた観客も時間差で肉体が変化した。
その連鎖は加速度的に増えており、時間と共に犠牲者が倍増していく。
「お前…何やってんだ!?」
「え?辛い世界で苦しんでいたファンを新しい自分に変えただけだよ」
「魂を弄れば元の肉体に戻れなくなるって知ってるよな!?」
「だって、帰る必要ないじゃん。」
海兵ルフィが“ウタ”を咎めたのは私情だけではなかった。
ウタワールドに居る魂を変化させると現実世界にある肉体に帰れなくなる。
それは海兵ウタが長年苦悩しており、ルフィに話していたからこそ知っていた。
「新しい自分になればきっとみんなが幸せになれると思ってやったの!」
「そんなわけねぇだろ!!みんなを元に戻してキノコを吐いてさっさと寝ろ!!」
「やっぱ、あんたとは相性が合わない。…あいつのせいか」
海兵ルフィに自身の行動を否定されても、そこまでウタに衝撃を与えなかった。
開き直っているのもあるが、そもそも“ウタ”のルフィなので気が合うことは無い。
心のどこかでそう思っているからこそ、彼女は批判を受けても取り乱さなかった。
「あとちょっとで海賊ルフィが来る!!お前ら2人で話し合えよ」
「あんたは?」
「え?おれはお邪魔虫だし、さっさとウタの元に帰りたいし…」
「じゃあ、お邪魔虫はどこかに飛ばして…あ、げ、る、よ!」
「ぎゃああああああああああああ!?」
大型の音符に乗せられた海兵ルフィはどこかへと飛んでいった。
その行き先はウタも知らないし、興味もない。
孤独になった彼女は足を伸ばして水面を歩いて何か楽しい事を探していた。
「ウタああああああああああああ!!」
海兵ルフィが飛び去って3分も掛からない内に海賊ルフィがやってきた。
2人が立っている水面の下にはライブ会場が観客と共に沈んでいた。
なにがあったのか事情を察したルフィは真剣な眼差しでウタを見た。
その男らしい目つきは海兵ルフィと違った感情を孤独な歌姫に抱かせた。
「何しに来たの?今さっき海兵ルフィをぶっ飛ばした所なんだけど…」
「まだ決着が着いてねぇ…!」
何かと思えば、さきほどやっていた海賊狩りのゲームの続きか。
もしかしたらチキンレースの事を示しているかもしれない。
『全く子供なんだから…』
振り返っていると9歳の時に彼に向かって話した言葉を思い出す。
やたらと好戦的な少年を宥めるように話した言葉、ちょうどいいではないか。
弟みたいな存在の相手をしてやろうとウタは煽るように発言した。
「出た!負け惜しみぃ!!」
しかし、煽りに乗らないどころか、ルフィは全く動揺しなかった。
「……昔みたいに喧嘩で勝負するしかないね」
逆に動揺を隠すようにウタは指を鳴らして大量の音符を召喚した。
音符は兵士となって武器を構えてルフィを強襲する。
音符の戦士たちを彼は次々に両拳で撃破していくが、それ以上に数が増えていく。
“ゴムゴムの銃乱打<ガトリング>”に切り替えて攻撃するがそれでも押される。
“ゴムゴムの嵐<ストーム>”で音符の戦士を全てぶっ飛ばしてもまだ押された。
「うおおおおおおおお!!」
ルフィはウタに接近して雄叫びをあげながら上空に向かって足を伸ばした。
それは彼女を踏み下ろして危害を加えると錯覚するほどの勢いである。
「当てる気が無いくせに」
ウタはルフィの行動を見抜いていた。
当初は“ゴムゴムの戦斧”をウタに繰り出そうとしたルフィだったが…できなかった。
自分にとって大事な存在を傷付けられず“ゴムゴムの火山”に変更した。
つまり踏み下ろすのではなく踏み上げただけで技を終わらせた。
「お前は間違っている…ぶはっ!?」
「それはルフィの方」
蒸気を噴き出して身体が熱くなったルフィを冷やすように噴水が発生した。
海水でびしょ濡れになった彼は思うように身体を動かせない。
「海兵ルフィは反抗しなかったのにあんたはまだやる気なの?」
ウタは思い出したように麦わら帽子を出現させてルフィに見せつけた。
大海賊時代の暗黒さを分かっているのに海賊をやり続ける理由が分からない。
だからシャンクスに託されたと言った帽子を見せて理由を訊く事にした。
「なんで海賊王になりたいの?」
「新時代を作るためだ」
その一言でウタの心は完全に壊れた。
『歌で世界を変えて新時代を作る』と考えていたウタの夢は挫折した。
それだけでも辛いのに…ルフィが暗黒の時代の象徴になろうとしている。
『ルフィが海賊王になるくらいならここで死別した方がマシよ!!』
ゴールド・ロジャーの例を見れば、海賊王は全世界から嫌われるだろう。
ここで阻止しなければルフィが世界から嫌われる海賊王になってしまう。
そう考えた彼女の動きは早かった。
「ルフィ!処刑で始まった大海賊時代をあんたの処刑をもって終わらせる!!」
召喚された2名の音符の戦士は動けないルフィの首に刃を押し当てた。
まるで海賊王ゴールド・ロジャーの処刑の再現である。
海水に濡れて動けないルフィは麦わら帽子を両手で掴むウタを見るしかできない。
「やめろ」
ウタはゆっくりと麦わら帽子を掴んだ両手を捻る。
大切なシャンクスの帽子が、2人にとって大切な宝物が割けていく。
「ウタアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ルフィは怒りで水面を叩いた!!
「お前!!あんなに赤髪海賊団が好きだったじゃねえか!!」
「なんで、なんで海賊嫌いになったんだよ!!」
シャンクスとウタの問題と思って今までルフィは無視してきた。
だが、ウタが死ぬと知った瞬間、助ける為にここに来て理由を尋ねた。
「……シャンクスのせいだよ」
ウタは感情が爆発しそうだったが何とか耐え抜いた。
さきほどの海兵ルフィで感情を爆発させていたのもあったかもしれない。
「ねえ、なんで今頃私の過去を聴きに来たの?」
「お前が苦しんでいるからだ。だからー」
「もう遅いよ……あと1日早く来てくれたら…私はー」
動き出そうとした海賊ルフィに再び海水を浴びさせて無力化させた。
動きが鈍った情けない海賊王になる男を見て彼女は肩を竦めながら話した。
「私は……もう戻れない」
現実世界のウタは、口を開いて寝ているルフィの髪を整えていた。
幼馴染はしっかりと心も体も成長しているようで立派な男になっていた。
彼の頼もしい胸部に麦わら帽子を置いて辺りを見渡した。
「そうだよ。私は逃げたいだけの卑怯者なんだ」
そこには操られた海兵ルフィ以外は立っている者は居ない。
他は肉体の負荷がかからないように横に寝かせている。
人質として観客を操ったウタは自分が正義じゃないと分かっている。
でもやるしかなかった。
「シャンクス……やっぱり来なかったね。まあいいけど」
楽しかった思い出は麦わら帽子に詰まっている。
新型の電伝虫を拾うまで彼女は、それだけを希望として生きていた。
だが、もうじき死ぬ彼女にそれは必要ない。
「せめてルフィだけでも解放させてあげないと…ね」
辛い時代の中で少女が一生懸命考えた結果、夢の世界に行く事にした。
同じ境遇で苦しんでいる人を救う為に彼女は救世主となった。
ただルフィは夢の世界には興味は無いし、さっさと解放されたいだろう。
『私を心配してくれてありがとう』
ウタは短剣を両手で握り締めて振り上げた。
涙は雨によって流されて座り込んだ彼女の全身を濡らしていく。
ライブ開始から5時間、少女は人生で最初で最後の殺人を試みた。
「ルフィ…バイバイ」
腹を括ったウタは刃をルフィの胸に目掛けて振り下ろす。
だが、その刃先は胸部どころか麦わら帽子に刺さらない。
パシっという音と共に何者かに手を掴まれて阻止されたからだ。
『誰!?』
またしても海軍が邪魔しに来たのか。
海軍が海賊を庇ったという異常事態を疑問に思わないウタは顔を上げる。
自分の行動を阻止した存在を見て瞳が揺らいだ。
「何をしているの?」
確かに海兵が海賊を守るために振り下ろされた拳を掴んでいる。
紅白の髪型で背中に『正義』と書かれた真っ白なコートを羽織った女将校。
ウタ准将はルフィを殺そうとした“ウタ”を殺意剥き出しで睨めつけながら質問した。
海兵ルウタとREDの世界線との邂逅14に続く