海兵ルウタとREDの世界線との邂逅12
幼少期の約束を人はいくつ覚えているのだろうか。
ほとんどが大人になる段階で破るか忘れてしまうだろう。
しかし、大人になる前に精神の成長が止まってしまったら?
きっと人は、幼少期の約束に縋って生きていくだろう。
「おえー!気持ち悪いー!出してー!」
自分の意志で動けない海賊ルフィは吐きそうになっていた。
バリアボールで転がり続けて感覚が狂ってしまったからだ。
「すまねぇ…もう少し我慢してけろ」
バルトロメオも泣きながらバリアボールを転がしていた。
海兵ルフィが居なくなったせいでウタの情報はもう得られない。
ウタの弱点が掴めるまでは、彼は憧れの存在を自分のバリアで守るつもりだ。
「ん?」
「敵か!?」
目の前に空気で作られたドアが出現した。
瞬時に反応したローは刀を構えてバルトロメオも身構えた。
「ルフィさん!無事ですか!?」
「…無事じゃねぇ……ここから、出してぇー」
空気のドアから飛び出してきたのは、コビー大佐だった。
海兵と諜報機関が出てきてローは更に警戒を強めた。
「海兵とサイファーポールが仲良く手を組むとはな」
「こっちだって不本意だ。戦力不足で海賊なんぞと手を組むとはな」
同じ世界政府に所属する組織の関係をローは皮肉交じりで感想を告げた。
ブルーノも負けじと「お前ら以外の海賊と手を組んでいる」と煽った。
ローは自分が真っ先に戦力として呼ばれなかったのを知り、眉をひそめた。
「どうやってここが分かった?」
「ルフィさんの気配を辿って…もう1人はウタのせいで近づけませんでしたが」
「そうか、見聞色の覇気か」
コビーの返答で納得したローだが刃はまだ鞘に納めていない。
海兵なんぞ海賊が信用していい相手では無いのだ。
「みなさんが聴きたいのはウタの能力についてですね」
「ああ、ここがウタワールドで現実世界じゃないんだろう」
「話が早くて助かります。情報交換と行きませんか?」
「いいだろう」
コビーとローが言葉の応酬をやっていると感じたバルトロメオは無言になった。
気まずくてルフィを見ると脱力して疲労困憊になっている姿が見受けられた。
すぐさまバリアを解除して肉を食べさせたくなる感情を必死になって我慢した。
「……ウタが寝ない!?」
「ああ、おそらくウタはネズキノコを食べてしまっているだろう」
情報交換をした彼らは頷きながらウタについて語り合った。
能力が話題になった時、ブルーノは悪魔の実の能力には限界があると告げた。
ウタウタの能力は、能力を使うと眠くなるという弱点がある。
ならすぐに現実世界に帰れると考えた一同の希望を砕いた。
「待て、海兵ルフィが奪っていたキノコの事か!?」
「そうだ、あいつもまた誰かの指示で動いていたんだろう」
ローはキノコが入った籠を海兵ルフィが持っていたのに気付いていた。
その時は、飛び出そうとするベポを抑えるのに精一杯だったが、ここで合点が行く。
「つまり、海兵ルフィ先輩はウタ様の凶行を止めようとしていたべ?」
「ルフィさんの事だからそこまで考えていなかったかもしれません」
コビーも海兵ルフィについては知らない。
少なくとも海賊ルフィより少しだけ弱い覇気でそれ以外は変わっていない。
いくら新型パシフィスタといえども、あそこまで再現するには不可能に近い。
だから別世界から来た本物だと確信している。
「つまりネズキノコを吐き出せなければウタは眠らねぇのか」
「それだけじゃない。キノコの毒でウタは死ぬ」
なんとかして現実世界に情報を送ろうと画策するローにブルーノは事実を告げた。
このままウタを放置すれば、自分たちは永遠にウタワールドに閉じ込められると!
「ウタが死ぬ!?」
ルフィの悲痛な嘆きに思わずバリアボールを解除したバルトロメオ。
さきほどまでノックアウトしていたルフィは、コビーを見た。
真剣な眼差しに応える様にコビーは頷いた。
「だが妙な点がある。海兵ルフィがやけに落ち着いていないか?」
「確かにウタ様が死ぬと分かっていなかった様子だべ」
更なる疑問が発生した。
海兵ルフィは、この世界のウタに何をしにきたのか。
ウタの計画を阻止する為にネズキノコを奪取した割には、後始末が雑過ぎた。
それどころか呑気にマイペースで過ごしている。
ローとバルトロメオも海兵ルフィの真意が思いつかなかった。
「お前たちの様子を見れば、海軍の新兵器ではなさそうだな?」
「だったらすぐに採用してやるさ」
「ウタの計画を阻止する割には海兵ルフィの行動力未満だな?」
「命令が無ければ、潜入捜査だけしかできんからな」
ローとブルーノはお互いを牽制し合って情報を出し渋っている。
喧嘩しそうな空気を感じたコビーは話の流れを変えた。
「麦わらの一味はウタの計画を阻止する為に別行動をとっています」
「そっか、あいつら無事なのか」
久しぶりに明るい話題を聴いてルフィは笑顔になった。
「あいつらはどこに居るんだ?」
「連中はエレジアの城に向かった」
「……ご丁寧にどうも」
「どういたしまして」
ブルーノとローの言葉の応酬はまだ続いている。
そんな事を気にしないルフィは、とりあえずやるべきことを決めた。
「ウタに逢いに行こうか!!」
「「「「ダメだ!!」」」」
ルフィの提案に4人が即座にダメ出しをして出鼻を挫かれたルフィ。
またバリアボールに閉じ込められると思って、少しだけ大人しくした。
「海兵ルフィがウタの傍に居る。少なくとも暴走する事はないだろう」
「何故そう思う?」
ローの問いにブルーノは少しだけ黙り込んで慎重に発言した。
「……あいつならウタを止められると思うからだ」
海賊ルフィと海兵ルフィの性格の差などブルーノには分からない。
1つ言える事は、ウタと一緒に居た期間が海兵ルフィの方が長いって事だ。
為す術がない現状では、現実的な彼でもそれに賭けるしかなかった。
「おいどこに行く!?」
「おれ1人で充分だ!!」
ルフィは4人の制止を振り切って走り出した。
ウタと逢いたいのもあったがなにより海兵ルフィと逢いたかった。
「やべぇ!ルフィ先輩がウタ様に逢いに行く気だ!」
「ルフィさん!止まってください!!」
バルトロメオとコビーはルフィに声をかけるが彼が止まる気配はない。
遅れて彼らも追いかけようとするが運悪く音符の戦士を発見した。
慌てて物陰に隠れてやり過ごす間、ルフィは彼らを引き離していった。
「チッ!余計な真似を…」
「ルフィさんはああなると止まりませんからね」
ルフィを見送る形となり憤慨するローと笑って送り出したコビー。
なんだかんでルフィならウタの計画を阻止できると2人は思っている。
「これからどうするだべ?」
「麦わらの一味と合流したらウタに逢いに行きましょう」
「結局、ウタとやり合う事には変わりはねぇしな」
音符の戦士の監視を障害物を使って乗り切っていく3人。
彼らが向かうのは障害物が多い民家の廃墟であった。
「みんな!!海賊は逃げきっちゃったみたい!」
「ごめんねみんな!!でもライブは終わらないから安心して!」
ウタはライブ会場に戻ってライブを続行した。
もうすぐファンのみんなが辛い現実から開放されるのだ。
「私たちは新時代の誕生を待とう!」
時折、休憩を入れながらウタは歌い続ける。
ようやく休憩したと思ったらお菓子や人形をばら撒いてはしゃいでいる。
「ウタ!」
「どうしたの?」
「いい加減出してくれ」
「反省してないからダメ」
海兵ルフィは相変わらず全身を縛られて五線譜に貼り付けにされていた。
何度も“ウタ”に頼み込んでもこの有様だ。
だが、彼もこれ以上捕まっているわけには行かなかった。
「どうせ“ウタ”に逢いたいんでしょ?」
「分かってるなら出してくれよ」
「ダメ!あいつには罰が必要なの!」
「ウタをこれ以上放置するのはまずいんだ!」
海兵の“ウタ”に嫉妬しているウタは肉を召喚した。
「はいどうぞ」
「おっ!ありがとうな!」
「どういたしまして」
暴れようとする海兵ルフィにそれを差し出すと満足そうに肉に喰らい付いた。
「やっぱ、単純よね」と溢すがルフィは肉を齧るのに夢中で聴こえていない。
少しだけあくどいウタは現実世界から連れて来た海兵を別の島に幽閉した。
『さすがにライブの邪魔をされたくないもんね』
臭い物に蓋をするというが、彼女は海兵の存在を観客に隠蔽した。
もちろん、“新時代”が到来したら観客と合流させるつもりだ。
少しだけ頭を冷やして娯楽を満足させれば自分に賛同すると本気で信じていた。
「ここが書庫ね。どこにあるのかしら」
麦わらの一味は、ウタの能力のヒントを求めてエレジア城の地下にある書庫に来た。
故郷のオハラに匹敵する膨大な文献を保管しているのを見てロビンは声を漏らす。
これほどの規模であれば、ウタウタについて何か書かれている本があるだろう。
「だけどよ。なんか嫌な予感がするんだが…」
「ウソップに同感だ。なんか動く音がするぞ」
ウソップの直感はよく当たる。
ゾロですらそれを肯定するのだから何かが居るのは間違いない。
「正攻法で来なかったのがまずかったな」
麦わらの一味は古城の壁をぶち抜いて書庫に来た。
その衝撃で何かを目覚めさせたのだろう。
動く存在を目撃したサンジはタバコの火を靴で踏んで消した。
「嘘!?石像が動いてるの!?」
「ちょうどいい!!ここでストレス発散させてもらう!!」
書庫の番人であろう。
カラクリ仕掛けの石像が編成を組んで書庫に出現した。
三刀流を構えたゾロと脚から火を纏ったサンジが迎撃を開始した。
「ロビン!おれらが援護する!その隙に探してくれ!!」
次々と麦わらの一味は石像と交戦を開始した。
心配したのか動かなくなったロビンを勇気づける様にウソップは励ました。
そのウソップを見上げたロビンは、天井に何かが描かれているのを見つけた。
「待って!天井に何かあるの!!」
「えっ?ホントだ。天井に彫ってるのかコレ!?」
「明かりをつける事はできる?」
「任せておけ!“回転<ローリング>・火薬星”!!」
ロビンの質問にウソップは行動で答えた。
放たれた複数の弾が天井に命中して明かりを灯した。
そこにはフラスコ画があり古代文字が彫られていた。
「トットムジカ」という単語にウタウタの能力について書かれていた。
「うっ!?」
「この!!ロビンちゃんに手を出すんじゃねぇ!!」
密閉空間の書庫は麦わらの一味には不利であった。
少しでも暴れれば、エレジア城が崩壊してもおかしくはない。
取りこぼした石像がロビンを狙って攻撃を仕掛けた。
なんとかサンジのおかげで無傷で済んだが解読する暇がない。
「ロビン!!大丈夫!?」
「えぇ、なんとか」
「一旦、安全な場所に退くわよ。“蜃気楼<ミラージュテンポ>”!」
ナミは蜃気楼を発生させて自分とロビンの姿を隠した。
石像の番人に通用するか疑問だったが、どうやら効果があったらしい。
2人の姿を失ってジンベエに攻撃を仕掛けた石像は返り討ちに遭った。
「しかし妙じゃのう!音楽の島にある書庫の割りには物騒じゃ」
ジンベエは本気で殺しにかかって来る石像に疑問を感じた。
明らかに書庫を守るというより侵入者を抹殺させるのを優先していた。
これでは、書庫に眠る本を破壊してでも盗難を防ぐようであった。
「これもウタが造り上げた物じゃないのか?」
「ウタがそんな事をするわけねぇ!!」
「おれらをウタワールドに閉じ込めたのは事実だろうが」
「ウタは平和を願っているんだ!!訂正しろ!!」
「…分かったよ」
ひとまず1体の石像を片付けたゾロが意見を述べる。
すぐさまウソップのせいで発言を取り消す羽目になった。
「ヨホホホ!これは面白そうな楽譜ですね!!」
「あんたも戦え!!」
「石像相手では骨が折れそうです。あっ私、骨が折れたらまずいですけど」
「いいから早く応戦して!!石像に押されているの!」
ブルックは能天気に楽譜を読みながらスカルジョークを飛ばしていた。
それを見たナミがツッコミを入れた。
一味が本気で暴れられないせいで石像の大群に押されていた。
「魂パラード・アイスバーン」
黄泉の国からの冷気でブルックは地面を凍らせた。
石像はそれを踏んで滑ってしまい前方に居た石像を巻き込んで転倒した。
「ヨホホホ!どうですか!」
「じゃあ新手5体お願いね!」
「えええええ!まだ出てくるんですか!?」
恰好良い所を見せてあわよくばナミのパンツを見せてもらう。
そのようなブルックの作戦は水の泡となった。
倒れ込んだ石像を踏みつけて新手の石像が次々と出現した。
「やっぱ、こいつら書庫を守る気がねぇな!」
「本を守らないなんて…おれ、よくわかんねえ!」
「オウ!!ロビンがウタの弱点を見つけるまで時間を稼ぐぞ!」
「ロビンには指一本触れさせねぇ!!」
フランキーとチョッパーも石像と交戦しているが多勢に無勢。
特にチョッパーは貴重な文献を破壊する石像に困惑していた。
それでも必死に彼らは石像の動きを妨害してロビンの援護をした。
仲間が必死に時間を稼いでいる間、ロビンは天井の古代文字の解読を急いだ。
「どうだった?私の曲は?」
「とっても良かったぞ。全部お前が考えたのか?」
「うん、私は世界一の歌姫として色々覚えたからね」
ウタは海兵ルフィに自分の歌の感想を聴いていた。
どうやら並行世界の“ウタ”より歌がうまいようで勝ち誇ってドヤァ顔をしていた。
「でもよ、なんか歌詞が重くないか?」
「歌って色々な想いを乗せてるからね」
「どれも聴いていて悲しくなるんだ」
「…それは」
海兵ルフィは10年間もウタの曲を聴いて来た。
その数100曲を超えており耳が肥えている。
そのせいか、ルフィは曲よりも歌詞に注目していた。
予想していなかった感想にウタは口籠った。
『並行世界の“ウタ”も中々やる…鈍感なルフィをここまで成長させるなんて』
初めてできた友達に思う存分、歌を聴かせてあげられる。
フーシャ村に居た時は意識していなかったが、エレジアで死ぬほど後悔した。
まだ聴かせたかった歌を二度と聴かせる機会がないと…。
『いいよね!!私と違ってルフィに支えられたウタは!!』
19歳にして准将という勝ち組人生を進んでいる並行世界の“ウタ”。
近くに自分を慕っている幼馴染がおり、民衆から愛されている。
それどころか、ルフィと一緒に冒険している。
ウタは話を訊けば訊くほど自分の12年間が空しくなってくる。
「どうした?」
「ねえルフィ?ウタワールドは好き?」
「ああ、大好きだぞ。いつも忙しいウタと2人っきりになれるからよ!」
「……そう、じゃあ、私のウタワールドも好きよね?」
幼少期のルフィは、ウタワールドをつまらない世界と表現した。
ウタは暴れ回るしか脳が無いルフィに呆れていたが憧れてもいた。
海兵ルフィの返答を聴いて自分の知っているルフィじゃないと実感する。
それでも味方が欲しいウタは、彼の同意を得ようと質問した。
「いや、おれは好きじゃねえ」
「なんで!?なんで!?私はこんなにみんなの想いに応えているのに!?」
みんなの為に尽くしたつもりのウタは海兵ルフィも満足できると思っていた。
ところが返って来たのは、否定の言葉。
ネズキノコで凶暴化しているウタは彼を睨めつけるように両肩を掴んだ。
海兵ルフィは少しだけ悩んだ後、ゆっくりと発言した。
「だってよ、ここはウタの望む現象しかおきねぇじゃん」
「どういう事?」
「だから答えが決まっている以上、いつまでも楽しめねぇよ」
「私と海兵ウタ!!どっちも同じじゃないの!!」
「違うぞ!!うぐっ!!」
休憩中でマイクの音声を切っているのが幸いした。
豹変したウタがルフィの首を絞める行為を悟られなかった。
すぐに彼女は解放したが自分でも感情が可笑しくなっているのに気付いた。
だが、海兵ウタのせいと思い込んで原因を詮索する事はしなかった。
「……なんであいつのウタワールドは好きなの?」
「ゴホゴホ…だっで、2人で会話できるのそこしかないんだ」
「ふーん」
「大佐になってさ、ウタといつも通りに一緒に居られなくなったんだ」
「だから?」
「あそこは避難所だ。おれはあそこしかウタの温もりを味わえねぇんだ」
海兵ルフィの言葉を聴いて“ウタ”も苦労しているのが分かってしまった。
それほど彼の表情は悲しそうで切ない感じがしていた。
「よし決めた!」
「おっ!解放してくれるのか!?」
「あんたを“新時代”に連れて行く。二度と離さない」
「えええーー!!そりゃあねぇだろう!?」
“ウタ”の相談に乗ったから解放されると思ったルフィは大声で抗議した。
いつまで経っても寝る気配がない彼女に違和感があったが、あえて指摘しなかった。
それでも我慢の限界だった。
「そろそろ寝た方が良いぞ!おれの子守唄を歌って聞かせるからさ!」
「もう寝ないよ。私は二度と寝ないよ」
「……お、お前!?」
ここで“ウタ”が死ぬ気だと気付いた。
海兵ルフィがウタに手を出そうとしたが抵抗は諦めた。
「どうしたの?」
「もうすぐ海賊のおれがここに来る」
「そっか、ライブを邪魔しに…」
「いや、お前と話をしに来たと思うぞ」
見聞色の覇気でライブ会場に向かって来る海賊ルフィを感知した。
それをウタに告げると諦めたように彼女は両手を広げて歩いて行った。
対話を諦めた彼女に海兵ルフィは後押しをした。
「…なんで私に気に掛けるの?」
「悲しそうな感じがしたから」
「私の何が分かるって言うの!?」
「分かんねぇよ……おれはエスパーじゃないだからさ」
ウタは幾度となく弱点を突いてくる海兵ルフィが苦手だった。
それでも彼と話したくなるのは、海賊ルフィに気持ちを知られるのが怖かった。
並行世界の存在だからこそこうやって会話をする事ができた。
「ほら、観客が待ってるぞ」
「言われなくても行くよ!!」
海兵ルフィに見せないように腕で涙を拭った歌姫はステージに向かって歩き出す。
ここはウタワールド、少しの間だけ自分の夢が叶う世界。
これからは、みんなの夢を叶える事ができる世界になるはずだった。
『“新時代”…こんなはずじゃなかったんだけどね』
快晴の青空の下、姿を見せれば観客が大騒ぎして自分を待っていた。
そこはウタワールドだけであって現実世界は違う。
現実世界のライブ会場は観客の全員が寝ており雨が降っている。
「もうすぐ悪い人が居ない“新時代”がやってくる」
静まったライブ会場で寂しくウタはネズキノコを齧っていた。
彼女の双瞼から垂れる涙は雨と混じり合い地面に垂れた。
「それまで私を守ってね…」
ウタの呟きに寝ながら棒立ちしている海兵ルフィは反応する事は無かった。
精神を通して操っているに過ぎない肉人形。
だが、彼女はファンではない赤の他人だからこそ彼を傍に居させた。
「もう一度、しっかりと話せると良いな」
ウタは海賊ルフィとその仲間たちは操らなかった。
自由を愛する彼にそんな事をすれば、会話ができないと思ったからだ。
袂を断ったとはいえ彼女は海賊ルフィに助けを求めていた。
それを彼女が見せないせいで永遠に伝わる事がないと気付けない。
「私はウタ、みんなの為に“新時代”を作るの」
「あはははっはは!!早く来ないかな!!“新時代”!!」
「ごほっ!?ああ遂に来るよ!!みんなで逝けば怖くない新時代!!もうじき来るの!!」
再びネズキノコの毒で感覚が狂って感情がコントロールできなくなっていく。
ついに吐血した彼女は唇を手で拭って笑いながら自分の破滅を待っている。
雨に打たれている彼女の独りよがりの呟きに反応する者は誰も居なかった。
海兵ルウタとREDの世界線との邂逅13に続く