海兵ルウタとREDの世界線との邂逅10

海兵ルウタとREDの世界線との邂逅10


自分を愛してくれた家族にいきなり捨てられるとどう思うのか。

見ず知らずの男に世話をされて外の世界を知らずに育てられた。

そして真相を知った時、彼女は世話をしてくれた男の意図が掴めなかった。



「ゲームはもう終わりだよ!大人しく観念して!」



観客と共に海賊を捕まえるゲームをやっていたウタは、ようやく海賊を見つけた。

今まで12年間も自分を育ててくれたゴードンさんに匿われているのを目撃した。

観客を扇動する為に一足先に来ていた歌姫は、ゴードンを冷たく睨んだ。



「ゴードンさん、なんで海賊と一緒に居るの?」



彼女の問いは、海賊を匿っているのに失望しただけでは無い。

海賊にエレジアを滅ぼされたと自分に告げたのに海賊と仲良くしている。

これでは、本当に海賊に国を滅ぼされたか疑わしくなるのではないか。

事実を告げずのらりくらりと逃げ回る国王に本音で暴露させるように促していた。



「ウタ、お前なんで赤髪海賊団の船を降りたんだ?」



代わりに返答してきたのは海賊のルフィだった。

それを問われたウタは、ネズキノコの影響で更に精神が歪み始めた。

彼女だって赤髪海賊団の船から降りたくはなかった。



「赤髪海賊団の音楽家って言ったんだからシャンクスの元に戻ればいいだろ」



シャンクスは自分を置いて行ったのに戻れるわけがない。

それでもウタは彼に逢いたくて最初で最後のライブを開催した。

そんな意図を知らない海賊ルフィに能天気で告げられてウタは激高した!



「うるさい!」



自分と違ってシャンクスに最後まで愛されたルフィとは考えが合わなかった。



「もうシャンクスの話はやめて!!」



ウタの怒りが衝撃となり、聖堂を響かせて彼女の目の前を蹂躙した。

衝撃波でベポやゴードンが吹っ飛ばされて麦わら帽子が持ち主から離れた。



「あっ!?帽子!?」

「ルフィ先輩の帽子!!」



ルフィの頭から離れた麦わら帽子をバルトロメオが優しく掴もうとする。

しかし、風がそれを阻止するように何度も宙に舞ってウタのところへと届ける。

ウタワールドの主人であるウタは、苦労する事も無く帽子を受け取って見せつけた。

シャンクスの麦わら帽子、それは彼女からすれば、唯一彼を認識できる物である。



「ねえルフィ!“ひとつなぎの大秘宝”とか“海賊王”とかシャンクスの帽子とか…」

「くだらない物は全部捨てて、私と一緒に楽しく生きようよ」



ルフィに夢を捨てて自分の為に生きてくれるなどとウタは思っていなかった。

一番ルフィの考えを知っているからこそ彼女は半ば諦めていた。



「おいふざけるな!帽子を返せ!!」



海賊ルフィの言葉はウタが思った通りだった。

結局、何も変わる事も交わる事もないのだとウタは思い知った。



「美味しい物食べて!チキンレースとか腕相撲とかして一緒に楽しく過ごそうよ?」

「いいから帽子を返せ!シャンクスの帽子!おれはそれに誓ったんだ!!」



もしかしたらルフィは自分を選んでくれてどうしようもない私を救ってくれる。

ルフィに助けを求めていたウタは、その願いを拒絶されたのを理解した。

なにより彼が自分よりシャンクスの方を優先したのに絶望するしかなかった。

そして二度と自分を選んでくれることは無い。



「おれは“海賊王”の夢も“夢の果て”を諦めてウタを選んだぞ」



思わずウタは「あんたは新時代に要らない」と発言しようとした時!

同じルフィの声が自暴自棄となった歌姫の動きを止めた。

声がしたところを視線で追うと瓦礫のタワーの傍に海兵ルフィが居た。



「へぇーそうなんだ!“ウタ”と一緒に居られて幸せだったの?」

「ずっと一緒に居ておれは、お前には感謝している」

「それは、私じゃないよ。私はシャンクスに置いて行かれてずっと孤独だったんだ」

「おれの知っているウタもそうだぞ。フーシャ村に置いて行かれただけだ」



海兵ルフィの話を聴く度にウタは“ウタ”に嫉妬した。

お姉ちゃんムーブで可愛い弟を先導するように遊んでいたあの頃。

いつまでも続くと思っていた繋がりは呆気なく断たれた。

なのにそいつは、いつまでもルフィと一緒に居たというのだ。

嫉妬しないわけがない。



「“ウタ”はいいよね。私はルフィに選ばれなかったのに…」



海兵ルフィの正体に気付き始めていたウタは、自分を鼻で笑った。

何かが失敗して自分だけはエレジアに置いて行かれたと理解したからだ。

IFなどあり得ないが、もしかしたらフーシャ村に置いて行かれる可能性がある。

それは、歪んだ精神を更に暴走させる火種となった。



「じゃあ、あんたは私の考えに賛同してくれるよね?ウタと一緒に居るんでしょ?」

「おれは現実に帰って“ウタ”に逢いに行くんだ」

「なんで?私を選んでくれないの?どうして?」



もうすぐ海賊を捕らえる為に聖堂に観客たちが足を踏み入れて来る。

それまでの僅かな時間にウタは拒絶する理由を海兵ルフィに尋ねた。



「だっておれは、海兵のウタと一緒に新時代を創るからだ!!」



幼少期に抱いたウタの新時代は「自分の歌で世界を変える」というものだ。

本当にルフィが自分の為に夢を諦めてたと知って少しだけ失望した。

だが、すぐに並行世界への自分に対する感情で埋め尽くされた。



「“シャンブルズ”!!」



ウタが海兵ルフィに気を取られた隙にトラファルガー・ローが能力を発動させた。

外に居た大木と入れ替わる形で彼らは聖堂から脱出した。

聖堂内に踏み込んできた観客や音符の戦士も動きを止めてしまった。



「どこ行った!?」

「逃げたのか!?」

「海賊め!」



観客たちがざわついている中でウタは「いろんな能力があるんだ」と呟いた。

しかし、観客に暗い顔をするわけには行かない彼女は切り替えた。



「また逃げられちゃったね!もう一回、悪い海賊を追いかけよう!!」



ウタに扇動されて観客たちは我先にと散っていった。

悪い海賊をウタの前に引き摺り出そうとする彼らの士気は高かった。



「……なんで逃げなかったの?」

「だって、おれ海賊じゃねぇし」

「でも私からキノコを盗んだ泥棒じゃん」

「だからこうやって捕まってるんだ」



海兵ルフィだけはあえてローの能力から逃れてその場に残った。

ウタと一緒に過ごした経験からこの“ウタ”を孤独にするのは危険と判断した。

紐で簀巻きにした間抜けズラした海兵を見たウタは心なしか笑顔が戻った気がした。



「う、ウタ…」

「ねえゴードンさん、怒ってる?相談せずに勝手にライブを開催しちゃってさ」



壁に叩きつけられたゴードンは呻くようにウタに話しかけた。

それを見たウタはさすがに罪悪感が勝ったのか。

彼に寄り添うように近づいて優しく語り掛けた。



「ただのライブじゃ…ないんだろ?」

「知ってたんだ…じゃあ世界一の歌姫を後押ししてくれるよね」



みんなを幸せにする為にウタを世界一の歌姫に育てたのはゴードンだった。

だからこそ彼女は唯一傍に居てくれた彼に計画を肯定して欲しかった。



「私は……私は…」



しかし、ゴードンはウタの賛同も否定もせずに言葉を詰まらせた。



「そうやって逃げるんだ。気楽でいいよね」



ゴードンは事実を告げる時、必ず言葉を詰まらせる。

その癖を嫌でも知っているウタは彼を否定するしかなかった。

世界一の歌姫として教育してくれたのにその機会を一切与えなかった男。

詳細を知れば知るほど何を考えているのか不気味だった。



「私はお前がこんな事をして欲しくない!!」

「でも一番楽しくしているのも分かっている!!」

「まずルフィ君に気持ちを打ち明けるべきだ!!」



ゴードンは彼女を説得しようとすると五線譜に貼り付けられた。

それでも彼の視線は馬鹿な真似をする愛娘に向けるものであった。



「しばらくそこで頭を冷やしてね。ウタワールドだからトイレも安心だよ!

「世界政府や海軍が黙ってないぞ!!」

「良いの!私にはこれがあるから!!」



必死に止めようとするゴードンにウタは古びた楽譜を見せつけた。

するとさきほどと打って変わって彼は青ざめて動揺した。



「そ、それは“トットムジカの楽譜”!?」

「私、知ってたんだお城に隠してあるって事をね」

「それだけはダメだ!使ってはならない!!」



ウタの人生を狂わせた元凶、ゴードンの後悔しかない存在。

余白に骸骨のマークが施された“トットムジカの楽譜”はウタの手元にある。

それが何を意味をするのか。

2人とも嫌でも分かっていた。



「おーい!おれはいつまでこの格好で居ればいいんだ!?」

「あんたは罪人としてもう少し反省してなさい!」

「…はい」



空気を読まずに話しかけたルフィを黙らせたウタ。

そのおかげで少し落ち着いたのか余裕を浮かべた表情でゴードンを煽った。



「これを捨ててないって事は、“新時代”の理想があったのかしら?」

「ち、違うんだ!!話を聞いてくれ!!ウタああああああ!!」



既にゴードンに興味を失ったウタは、拘束したルフィを音符に乗せて飛び去った!

後方から嘆く彼の声は彼女に届くことは無かった。



「あちょー?」



小さくなったベポは、五線譜に拘束されたゴードンの前に現れた。

申し訳なさそうに何かを手伝おうとしている。



「き、君は?」



ゴードンは気にすることは無かったが大音量のせいでバレたと思ったベポ。

罪の償いに彼を助けようとしたのだ。



「なあ、ウタ?」

「なによ?」

「なんでそんなに悲しそうな顔をしているんだ?」

「だって、みんなから私を否定されたもん。悲しまないわけないでしょ」



海賊ルフィに自分を拒絶された時「新時代には要らない」と発言するところだった。

何故か精神がコントロールできなくなっていたが海兵ルフィのおかげで堪えられた。

そのせいなのか、ウタは本音を曝け出して自分の気持ちを伝えた。



「あんたは私を拒絶しないの?」

「なんで?ウタはウタだろう?おれがお前を嫌いになる理由ねぇよ」



その気になればウタは能力で海賊を一網打尽にする事もできた。

しかし、彼女はそれを望まなかった。

観客に海賊を追いかけるゲームをさせている建前はあったが、別の理由があった。

ゴードンには煽っていたが実際は、ウタは自分の暴走を止めてもらいたかった。



『こうやって“ウタ”は救われたのね……妬ましい!!』



海賊ルフィと比べれば、幼く感じるが自分好みに海兵ルフィは成長していた。

さぞかし並行世界の“ウタ”は、彼に心と体を慰めてもらっているだろう。

同衾して温もりと快楽を貪っている“ウタ”を想い浮かべて嫌悪感を抱いた。



『だから奪ってやる!!』



今まで孤独だった自分へのご褒美へとウタは“ウタ”からルフィを奪おうとする。

それは「現世から逃げたい」という感情に加えて「ルフィを奪いたい」…。

そういった感情が芽生えた瞬間だった。



「あいつら大丈夫かなー」



海兵ルフィは、早くウタに逢いたいのだが“ウタ”が放してくれなかった。

仕方が無いので彼女が満足して寝るまでは付き合う事にした。

本来なら出会うことは無い2人を乗せた音符はライブ会場に向かって行った。



「あの馬鹿!!勝手に残りやがって!!」

「どうするだべぇ!?ウタ様の能力の詳細が分から…」

「まずは、情報収集だ!!」



ウタの隙を突いたのは良いが、海兵ルフィを置いてきてしまった。

ウタの能力の詳細を知っているのが彼だけなのが厄介さに拍車をかけている。

またしてもトラファルガー・ローは、“麦わら屋”に振り回されていた。



「でも海兵のルフィ先輩がいないだべ…」

「ライブ会場には海軍や諜報機関の連中も居た…それに賭けるしかねぇ」



ベポの付き添いにライブ会場に寄った時に見た顔の海兵や諜報機関の男を目撃した。

海賊嫌いを宣言した歌姫のライブに参加する以上、人目をしっかり気にしていた。

そのおかげでバレずにライブに参加できていた。

まさか海賊の自分から政府の手先に交渉する羽目になるは思わなかった。



「おい出せー!!」

「麦わら帽子を奪還するのはもう少し後にしろ!麦わら屋!」



バルトロメオが創り出した丸いバリアの中に海賊ルフィが閉じ込められていた。

このバリアは概念的な物で絶対に壊せないものである。

ここでは、勝手にウタと接触しようとする海賊ルフィを一時的に拘束する檻である。



「つまりウタ様の能力を世界政府は危険視していたって事だべ!?」

「元から急拡大していた歌姫だからな。目を付けられるのは時間の問題だって事だ」



ローとバルトロメオは、この世界が仮想世界だと分かっている。

そして現実世界では自分達が眠っているのを理解している。

しかし、それだけだった。



「それに海兵の麦わら屋を命令した奴が居るはずだ」

「つまりルフィ先輩を顎で使う偉そうな奴が居るってことだべか!?」



バルトロメオは偉大なるルフィ先輩を顎で使う海軍将校を思い浮かべた。

無駄に椅子に踏ん反り返って葉巻を吸っている大男のイメージだ。



「いいか、さっきの海兵の話を聞く限り並行世界の海兵のウタもこの島に来ている」

「「ええええっ!?」」

「馬鹿!声がでかい」



バルトロメオとルフィは衝撃を受けて大声を出してしまった。

ローに叱られて2人は両手で口を塞いだ。

上空には声が届かなかったようで音符の戦士の編隊が飛んでいった。



「…って事は」

「ああ、並行世界のウタならこのくだらねぇ世界から開放してくれるはずだ」



察しが良いバルトロメオに感謝したローは、分かりやすくルフィにそれを伝えた。

同じ能力は同時期に存在しないはずだが、並行世界の連中が居るなら話は別である。

自分たちにどうにもできないなら専門家に任せるつもりだった。



「だけどよ!なんでその“ウタ”が居なかったんだ」

「おれが知るか!だがあいつは逢いに行くと言った!それに賭けるしかねぇだろ!」

「世界一の歌姫に海兵のウタ様に逢えるなんて…もう死にそうだべ」



憧れのルフィ先輩とウタ様が二人同時に逢える機会。

それはバルトロメオにとって幸せな一時である。



「だからヒントを探す為に港に来たわけだが…」

「人どころか船一隻も無いべ…」

「なるほど、夢の世界。甘く見過ぎたって事か」



エレジアの港に辿り着いた3人は海兵ウタの手がかりを探しに来た。

しかし、ウタワールドという事でそのような証拠は見つからなかった。



「ない!!サウザンド・サニー号がねぇ!!!」

「ルフィ先輩の船が!?ど、どどどすればああああ!!」

「落ち着け!!ここはウタワールドだ!!現実世界の船などあるわけねぇ!!」



サウザンド・サニー号の姿が見当たらず動揺するルフィに感化されたバルトロメオ。

一緒になって大騒ぎをするのをもう一度、理由を述べてローが止めさせた。



「サニー…」

「ん?なんか言ったか?」



サニー号を探し回っていたルフィはトラ男の言葉を聞いて少しだけ落ち着いた。

そのせいなのか、彼は声を聴いた気がして彼らに尋ねた。



「いえ…」

「…待て!確かに何かが聴こえる」



即座にバルトロメオは否定したが、耳を澄ませたローはしっかりと声を聴いていた。

「サニー!サニー!」という動物の鳴き声のような音が断続的に聴こえている。

というか海から港に上がろうとする小さな影が見えた。



「サニー!!」



両手を広げて自分の存在をアピールする小さくて可愛い不思議な存在。

まるで“麦わらのルフィ”の船をマスコットキャラに擬人化したような顔をしていた。



「お、お前!サニー号か!!?」

「サニー!!」



一目見てサニー号だと気付いたルフィの言葉を小さなマスコットは肯定した。

「なんで擬人化してるだべ!?」とバルトロメオは頭を両手で抱えて叫んでいた。

さすがにローも船を生き物に変化させるとは思ってもいなかった。



「これもウタ様の能力だべか!?」

「ここが夢の世界ならそうなんだろう!だがあいつは…」



海兵ルフィは、ウタワールドには魂しか連れてこれないと言っていた。

しかし、擬似的な命を作り出すのは可能だとも言っている。

チキンレースで出て来た牛や音符の戦士がそれである。

ただ、それらはウタが生み出した夢なので生物では無かった。



『船に宿った魂を連れて来たとでも…?馬鹿らしい!!』



船乗りには船を大切にすると『クラバウ・ターマン』が宿るという伝説がある。

実際に麦わらの一味は、それと遭遇しているが常識的なローはすぐに否定した。

その理論だと魂を宿った物などこの世にいくらでもある事になってしまうからだ。

医師でもある彼は、卑屈になるほど現実的で夢をそこまで見るつもりはない。



「サニー号!!…小さくなったな」

「サニー!!」



ライオンのタテガミを模した可愛いらしいサニー号。

ルフィの特等席でもあった船首がマスコットになってしまい衝撃を受けるルフィ。

「特等席じゃねぇ」とすぐに元に戻す事を決めた。



「さて、手がかりは無くなった」

「ライブ会場に戻るべか?」



ローとしては、リスクがある手を取りたくなかったが背に腹は代えられない。

捕まるリスクを許容して情報を入手する事を選択した。

彼には、パンクハザード、ドレスローザといい良く拘束された経験がある。

それが1回増えるくらいなら誤差に過ぎない。



「一旦ライブ会場に戻るぞ。もちろん見つからない様に行く」

「よーし!ようやく麦わら帽子を取り返すんだな!」

「バルトロメオ!そいつをバリアの中に閉じ込めておけ」

「了解だべ!」



ライブ会場に帰ると聞いたルフィは両腕を回して準備運動をしていた。

その隙にバルトロメオは再び丸いバリアの中にルフィ先輩を閉じ込めた。



「なんでだよ!?」



ルフィは抗議するが2人に意見が聞き入れられることは無かった。

さきほどと同じ様にローが警戒しながら進んでバルトロメオがバリアボールを押す。

暴走しがちな猛獣を完全に無力化した彼らはゆっくりと歩いていく。


「うえっ…気持ち悪ぅ!!」


ボールの回転で気分が悪くなって静まったルフィを乗せて何もない港を後にした。

しかし、現実世界では海軍の軍艦が島に接岸して海兵が島に上陸していた。



《こちら武装偵察第12班!北岸の上陸に成功しました!》

《武装偵察第13班!観客が乗って来た漁船や客船を発見!》

《武装偵察第2班、敵対勢力!及びそれに準じる不審者を発見できず!》



海軍本部の特殊部隊である武装偵察班がエレジアに強襲上陸をした。

“偉大なる航路”で名が轟く海賊であっても、彼らと交戦を避けるほどの精鋭。

誰かを助ける為ではなく誰かを殺す為の精鋭は目標であるウタの捜索をしていた。



《こちら武装偵察第8班、ライブにしてはやけに静かです》

《武装偵察第7班は、第4班と合流してライブ会場に進攻せよ》

《こちら武装偵察第7班、了解!第4班と合流する》



電伝虫で情報をやりとりをしていた武装偵察第4班と7班がライブ会場前に来ていた。

映像電伝虫越しでは、華やかで天井の照明が眩しいほどだったのにやけに暗かった。

不気味な感じがしながらも彼らはライブ会場に足を踏み入れた。



「こ、これは…」



先鋒の突撃兵が目にしたもの。

それは、ライブ会場の観客席である芝生に横たわる大勢の観客たち。

さきほどまでライブをやっているとは信じられないほど静かな空間だった。

雨が降り注いで少し肌寒い気温がその不気味さに拍車がかかっている。



「な、なんだ!?ライブ配信では、こんなんじゃなかったぞ!?」



彼らも現場を把握する為に無音であったがライブ配信を見ていた。

ライブでは空が晴れており、派手な演出と照明が会場を包んでいた。

観客たちもウタの歌に夢中で熱風吹き荒れる空間だったはずだ。

死地を何度も超えて来た精鋭ですらこの光景を見て呆然とするしかなかった。



「やはりウタワールドに連れて行かれていたか…」



武装偵察第7班を指揮しているモモンガ中将は、無残な光景を見て溜息を吐いた。

あの“ウタ”の話が正しければ、観客たちは死んでおらず生還する可能性が高い。

問題なのは、観客の魂をウタワールドに閉じ込められているという点だ。



『ウタ准将を待った方が良かったか……?』



モモンガ中将は、能力で魂を奪われている以上、手の打ちようがなかった。

同じ能力者である“ウタ”をここに連れてこなかったのを後悔しているほどだ。



「モモンガ中将!観客は無事なのですか!?」

「ウタの能力に意識だけ持っていかれているだけだ。死んではいない」



部下からの問いかけに自分自身に言い聞かせるようにモモンガは返答した。

観客の数は5万人、これほどの人数を動員できるのはさすがというべきか。



『なるほど五老星が恐れるのも分かる気がする』



いや、だからこそ世界政府は能力関係なしにウタを恐れたのだろう。

彼らを惹き付けたのは、ウタウタの能力ではなくウタの実力なのだから。

少なくとも明確な証拠を目にしてもモモンガはウタを殺す覚悟ができなかった。

その気の迷いを作らせるのが【世界で最も愛されている】ウタの魅力であった。



「へぇ~モヒカンさん!私の能力を知っているみたいね」



若い女の声が聴こえて武装偵察班とモモンガは武器を構えた。

ステージの裏から出てきたのは紅白髪のミニスカワンピースを履いた女。

このライブを開いた世界一の歌姫、ウタが姿を現した。



「ああ、よく知っている。特にさっき“ウタ”に逢ってきたばかりだからな」

「……そう、海兵の“ウタ”ってどんな感じだった?」



世界一の歌姫であるウタも並行世界の“ウタ”について気になっていた。

モヒカン頭の将校が何か知っていると思って聞いてみたらビンゴだった。

数少ない余生を楽しく過ごす為にも余興として出来心に訊いたに過ぎない。



「お前と違って正義感溢れる優しい女で部下もたくさん居たぞ」

「たしかに私は独りぼっちだよ…でも私は、使命感溢れる救世主なんだよ!」



海兵ルフィの話でウタは、海兵ウタについて大体知っている。

問題なのは、第三者から客観的な視点でどう見えるか知りたかっただけだ。



「だからさ。帰ってくれない?これからファンと一緒に“新時代”を作るんだから!」

「それに…私が死んだら観客たちの心は二度と戻ってこないけど…それでいいの?」



モモンガが合図を出そうと見越したウタは先手を打った。

ところが彼はそれに怯むことは無かった。



「確かに我々じゃこれはお手上げだ。ウタウタの能力が解除されない限りな」

「そうでしょ!だから帰ってよ!」

「並行世界の“ウタ”がここに来れば全てが解決するのだが?」

「あっそ」



ウタウタの能力で眠らされた観客はどうすればいいか。

同じくウタウタの能力者に解除させればいい。

しかし、同じ能力をもつはずのウタ准将はそれが不可能だと語った。

赤の他人が作ったウタワールドは、彼女ですら介入不可と断言していた。



『危うい賭けだ…どう出る?』



それにも拘わらずモモンガが歌姫を煽ったのは、動揺させて隙を見せるのを待っていた。

ウタ准将曰く、ウタワールドに意識が残ったまま能力者が死ぬと永遠に帰ってこない。

逆に言えば、能力者を死なせなければ必ず観客の心が肉体に戻って来るという事だ。



「そう、あんたたち海兵は、私を嫌っているのね」



少しでもウタが隙を見せた瞬間、彼らはウタを取り押さえる。

ゆっくりとモモンガ中将と武装偵察班は襲撃する準備をした。



「でも…もういいの」



見聞色の覇気で確認すれば一般人より少し身体能力がある程度の歌姫。

海軍本部中将と特殊部隊には勝てるわけがなかった。



「私は救世主、みんなの声を応える為に生まれた存在だから悲しくはない」



ウタが不気味な笑みを見せた瞬間、ライブ会場の天井から何かが降って来た。

それは、ウタと海軍の部隊を遮るようにライブのステージに直撃した。



「それに私には“ルフィ”と観客たちが居るから」



精神を通じて肉体を操作されている海兵ルフィが武装偵察班の前に出現した。

彼もまたウタワールドの住人になっているが観客と違う点があった。



「“麦わらのルフィ”!?なんで海兵の格好を!?」

「…なんだ知らなかったの?海兵である私の大事な人だそうよ」

「まさか……!!」

「“ウタ”を怒らせないように頑張って対処してね」



並行世界の人物であり状況を打開する鍵を握る“ウタ”の大切な人である。

それを傷付ければ【海軍】と【並行世界の海軍】が敵対する事になるだろう。

ウタはそう思って海兵ルフィを自分に銃口を向ける海兵達にけしかけた。



海兵ルウタとREDの世界線との邂逅11に続く


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