海上のトーチカは少年の安息地たるや?4

海上のトーチカは少年の安息地たるや?4


(前)海上のトーチカは少年の安息地たるや?3 – Telegraph


人工芝が生い茂る甲板は、見事に装飾や仄かに照らす優しい灯りによって彩られていた。夜の海にしては気候も心地よく、木造の大きな机の上には取り分けることができるように大盛りの料理を乗せた大皿やボウルが並んでいる。その隣には赤、白問わずワインが並び、焼きたてのバケットがその隣にある。「音貝」からはジャズ音楽が流れ、金管楽器とドラムの音が宴の準備をする者達の気分を上げる。今夜の宴は一風変わった様式だ。海賊がよくするようなどんちゃん騒ぎを楽しむもの、というよりかは「西の海」や「北の海」でよく見られるホームパーティーに近い形となる。


そのままの服では綺麗なものも汚い、ということもあり何とかタンスの奥から掘り出してきた寝間着一式を無理矢理ながら着させられたカイドウも部屋の奥から出てきた。正直巨漢ばかりなため丁度良いサイズがないのでは?という懸念もあったが、一着のみ見つけることができたのだ。もこもこの寝間着が。所謂「着る毛布」というものらしい。


ドレーク「出てきたか。早速だが、テーブルセッティングもやってみてほしい」

子カイドウ「てーぶるせってぃんぐ」

ドレーク「食卓を豪華に飾る。これを机の方に持って行って、火を付けておいてくれ」


手渡された盆の上に並ぶ、色とりどりのキャンドル。チャッカマンもある。そろりそろりと丁寧に支えながら、ゆっくりと動く。その傍らでふと横を見る。つまみ食いをしようとしてチョップを食らう船長。勝手に酒蔵から色々と拝借する緑の男。2人を叱りつけるコック。細部の盛り付けにこだわる医者と、ドラゴン用のご飯をよそうドレーク。そのドラゴンと戯れているおかっぱ、食器を洗う鳥女。食事の準備だけでも凄く賑やかだ。

嗚呼、こんな世界もあったのか。この血と鉄しか知らない少年は心の中で揺れ動くものがあることを感じた。こんなにも人は笑顔に溢れていたのか。そこには口うるさい上官も、冷めた目で自分を見ていた親も、適わないのにしつこく襲ってくる敵もいない。

はっと思い出した。自分はこのキャンドルを運ばなければいけなかった。現を抜かしてはいけない。あくまで自分は指示に従う側なのだから。


零れないように、壊さないように長テーブルの上に運ぶ。続いて火を灯す作業だ。だが上手くつかない。いつもは支給されているマッチでさっと擦ればすぐに終わるのだが、それは何処かに落としたのか手持ちにはない。また、慣れないのか湿気ているのかチャッカマンはウンともスンとも反応しない。


キング「少し、横にずれてくれ」


彼が指を鳴らす。その人差し指には、赤い炎が。横一列に並んだキャンドルの上をなぞると、一斉に優しい光がキャンドルについた。


子カイドウ「・・・・・・!」

キング「これで良いな?」

子カイドウ「お前、火を使えるのか」

キング「・・・ほんの少しだけだ」

子カイドウ「凄いな!」


心を少し開いてくれた証左なのだろうか、憧れの眼差しを向けた彼からの一言にキングの心は打たれた。見た目平静のまま微笑んだ状態を何とかキープする。キッチンからの呼び声に応じてその場を立ち去るその後ろ姿を見つめ、カウンターの内側に入ったところで緊張がほぐれた。そのまま目元を手で押えため息を吐く。


キング「尊い・・・・・・」

ゾロ「いよいよ発言が不審者染みてきたなお前」


皆『かんぱ~~~い!!!』


さて、待ちに待った夕食の時間だ。机の上には見たことのない料理が一杯並んでいる。今回は船長直々の提案により、各々が作ったお気に入り料理をバイキング形式で味わうことができる形となった。朝、昼みたく隅っこで遠慮がちにさせないように、と右手にドレーク、左手にキングを配置されたカイドウは、その意図を知らず目を輝かせていた。ハッと気づき、気を取り直すが如く再び真顔になるも、うまく誤魔化せていない。目線が釘付けだ。


ルフィ「どうした?取ろうか?」

子カイドウ「・・・ハッ、じ、自分で取る!」

ルフィ「そっか」


慣れない手つきで取り箸を掴み、恐る恐る、崩さないように、壊さないように、と目の前の食べ物を取ってみる。何とか皿の上まで持って来れたことに心なしか安堵。しかし、これは何なのだろうか。米というのは分かるが・・・この上に乗っているものは何なのだろう?


ゾロ「・・・ツブ貝だな」


いきなり声をかけられたことに少し驚いたが、斜め前に座っていた緑の男の方を向く。景気良く、ぐいっと注いでいた一杯を飲み干し、その男は説明を続けた。


ゾロ「ツブ貝の寿司だ。食ってみろ」


食ってみろ、と言われるとつい体が反応してしまう。そのままひょいと口に入れる。咀嚼。コリコリとした独特な食感と共に、米の少し甘い味がマッチして口の中に広がる。やや酸味も感じる。


ゾロ「ウチの船には子供舌が2人いるからな、酢飯の酢は控えめにしといた」

子カイドウ「そうか」

ゾロ「どうだ」

子カイドウ「美味い」

ゾロ「そうか」


カイドウはふと考えた。確かに自分は酸味が苦手だ。しかし、そのことを誰にも話してはいない。ではどの2人が苦手なのだろうか。左斜め前でワインを開ける医者を見てみる。この男は違うな。医者なのだ、どうせ好き嫌いするなとか言ってるのだろう。軍医は皆そうぼやいていた。どちらかというと「物資はないんだから腐ってても食え」のニュアンスに近かったが。


さて、次に目についたのはパンである。何やら上に色々と乗っているが、これも「寿司」とやらなのだろうか。これまた慎重に更に運び、慣れない手つきでナイフとフォークを掴む。いくら気を許すことができたとしても立場上はこちらが下、無礼があってはならないと考えたのだ。こちらが缶詰の中身をスプーンだけでほじくっている傍らで、軍のボンボン共はこうやって食っていたことを思い出す。


サンジ「それは手でいって良いぜ」


お代わりの酒を持ってきていたコックがそう教えてくれた。正直使い方には慣れていないので助かった。安心してそのままひょいと口に入れる。最初に来たのは香ばしい風味。そして少し刺激的な味。下のパンから出るカリカリという食感が程良い。


サンジ「タプナードってもんだ。つまみだな。焼いたバケットの上にオリーブやニンニク、アンチョビとかを乗せる。他の料理が豪華だから、こういうのも良いだろ」

カイドウ「これが、パンか」

サンジ「初めて食ったのか」

カイドウ「俺達はこんなもん食えなかった」

サンジ「お前・・・一杯食うんだぞ・・・パンは美味いからな・・・食わない奴いるけど」


ずっと粥かジャガイモばっかりだからか、初めてのパンは本当に美味かった。しかし、これも食えない奴がいるという。気になってしまった。誰だろうか?目の前で早くも潰れている医者・・・いや、こいつではないな。軍医や上官はパンを食えたからだ。


モネ「これで良かったの?」

ドレーク「心配か?」

モネ「正直に言えばね。頂いた助言を疑うのは良くないけれど・・・」


宴も終わり、潰れた面々を運んだり食器を運んだりと後片付けの時間になった。モネは布巾でテーブルを拭きながら、ドレークに問いかけた。ドレークは優しげに返事する。


ドレーク「解決方法が「いつも通り」、というのは確かに腑には落ちないな。俺も最初はそうだった」

モネ「なら・・・」

ドレーク「ただ、彼も心を開いてくれたからな。今朝とは大違いだ」

ドレーク「俺も、彼と一緒だった。最初は恐怖すら感じていた」

モネ「何のこと?」

ドレーク「「一味」に入る頃の、だ」


あの雪国で出会ったまるで愚直な男。ルフィが「面白いから仲間になれ」なんて言われた時の彼の表情は動揺に満ちていた。そんな彼が、紆余曲折を経て、今同じ船の上にいる。


ドレーク「俺はその頃は二足のわらじを履いていたが、海賊としての日常という刺激によって変わった。でも、カイドウにその刺激は今まで一切なかった」

ドレーク「あいつは変わろうとしても無理だった。いつしか、変わることすらも忘れてしまった。停滞と鬱屈の先に、あの「四皇」が生まれた」

チャカ「確かに、どんなきっかけがどう作用するかは分からない。でも、少しでも何かを感じてくれたら。それが変わる第一歩になる。きっと、匿名希望殿もそう思っての助言だったのだろう」

モネ「そうね・・・・変わる、か」


その頃、サニー号の船頭で、ルフィはカイドウを膝の上に乗せながら、ドラゴンも共に2人と1匹で星夜を眺めていた。満天の幻想的世界が彼等を出迎えるように、きらきらと輝いている。


ルフィ「あ、あの星。あれも星座の一部だってよ」

子カイドウ「そうなのか」

ルフィ「えーっと、何て星座だったかな・・・ドレークに教えて貰ったんだけどなぁ忘れちまったや」

子カイドウ「・・・・変な気分だ」

ルフィ「え、酔ったのか?!」

ドラゴン「?!」

子カイドウ「違ぇよ。こんなことしてて良いのかってんだ」

子カイドウ「俺はあくまで軍の兵士だ。お前等とは違うんだぞ」


そう言って上を向く。目が合ったのは、きょとんとした表情。まるで「何言ってんだお前」と言いたげである。目は口ほどに何とやら。


ルフィ「お前はおれの仲間だ!だから大丈夫だ!」

子カイドウ「なかま・・・なかまって何だ」

ルフィ「一緒にいて楽しい奴!一緒ににメシ食って、掃除して、風呂も入って、遊んで、そんなことができる奴だな。顔が良いと尚良い!」

子カイドウ「適当だな」

ルフィ「だからお前も仲間だ!一緒にいて楽しかっただろ?」

子カイドウ「まぁそれは・・・そうだが」


いつの間にかつい楽しくなっていた自分に、やっと気づいた。顔が熱い。


ルフィ「今は違うかもしれねぇけど、おれはお前を仲間だと思ってる。それに、お前も必ず仲間を見つけることができる。大きな船に乗って、広い世界を仲間と一緒に旅するんだ。楽しいぞ!」

子カイドウ「旅・・・」

ルフィ「お前はまた降りるかもしれないけどよ、また会おうな、絶対に。そして、その時は一緒に冒険、しよう!」


そう言ってのけた船長の顔は、星空よりも綺麗に見えた。


翌日、渦中の青年は見事に巨漢に戻っていた。

全員でたまには、と各々のハンモックを吊って外で寝ていたので翌朝には何人かその巨体によってハンモック諸共潰され掛けていたがコラテラルダメージということにしておいた。皆少しだけ残念そうな顔をしていたが、元に戻ったことは一様に喜んだ。ちなみに昨晩着用していたもこもこのパジャマはあられもない形状になってしまい膝掛けに転用されることが決まった。

カイドウは普段朝っぱらから飲んでいるか二度寝か素振りかのいずれかばかりだが、その日は何処からか裁縫道具箱を持ちだして何やらちまちまと作業している。あの大きな手で針に糸を通す、縫い付けるなどの小さな作業ができるものだ、とローは感心していた。


ロー「器用だな。何してる?」

カイドウ「ふんどし縫ってんだよ」

ロー「・・・・この前、次の停泊地で買うと決まっただろう。わざわざそんな丁寧にしなくとも、」

カイドウ「物は大切にしろって言ってたじゃねぇか」

ロー「確かに昨日お前にそう言ったがな、そのふんどしはもう・・・・オイ待て」

カイドウ「あん?」

ロー「お前、今、何て」

カイドウ「・・・気を遣わせて悪かったがな、昨日のことはよく覚えてるぞ」


つまり、蝶よ花よと可愛がってしまったことも本人は忘れていないわけで。新聞を読む手を、食器を洗う手を、刀を手入れする手を皆止めてしまい、ただこちらを呆然と見ていた。皆気を遣ったのもあるが、正直小さくなった記憶が残ったままとは思わなかったのである。天使が通ったのかそれとも凪いだのか一瞬静けさが生まれた。途端、全員が闘気を向けてくる。若干顔が紅い。


カイドウ「おい待て、今縫ってんだから・・・」

皆『覚悟ーーーーーッ!』

ルフィ「どうしたんだ、賑やかだなぁ」

ドラゴン「?」


電伝虫越しに、久しぶりの会話をする。


カイドウ「迷惑を掛けたな。あの後、ウチの部下・・・まぁ元部下になるが、そいつらが薬を持ってきてくれてな。もう大丈夫だ」


カイドウ「しかし、どうして匿名希望と?」


カイドウ「イメージ悪化か・・・もう手遅れだろ」


カイドウ「しかし、「何もなかった」、か。一理ある考察だ。己では気づかん」


カイドウ「まぁお前の場合は「何もかもありすぎた」と言った方が近いとは思うが・・・それでも未来ってのは来るもんだな。捨てたモンじゃない」


カイドウ「ま、互いに精々元気でいようぜ。そっちはどうだ」


カイドウ「それなり、か。また開催するなら呼んでくれ。身内も楽しみにしてる」


カイドウ「そんぐらいだな。頑張れよ」


カイドウ「・・・・切れたか。ったく、余計な気を利かせやがって・・・・随分とやり手になったもんだな」


(完)


後書きとか

・前回はキングの分。今回はカイドウ。他メンバーも随時やる予定。尚スレの進行を妨害してしまっている模様。次は誰がいいですかね?

・「何かあった過去」・・・というか「何もなかった過去」によって、こじれてしまったカイドウさん。恐らく「一味」入りした後も色々と考えさせられることもあったのでしょう。最年長というのもあって自らアピールすることも少ないだろうし。今回はそんな心を少しでも解放してくれたらと思い。

・カイドウさんご本人としては久しぶりにエンジョイできたので羞恥心はない。

・匿名希望さんについてはできるだけ正体がわからない様にはしたけど・・・・多分分かる気がする。すぐに出演が決まった人。草陰でエースが見守ってくれてるよきっと。

・チャ母様・・・・書きたかったが・・・・入れる箇所が見つからぬ・・・ポロッ







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