海で死んだ子供たちへ
※サンジの見た悪夢の話
※R-15程度(?)の流血表現、欠損表現注意
※性癖を詰め込んだらメンタルが弱いんだか強いんだかよく分からないサンジが出来た
※どうか口調など解釈違いがあっても許して……
見下ろした先にあった小さく綺麗な子供の手。それを認識した瞬間、サンジは今見ているのが夢であることをはっきりと理解した。顔を上げて辺りを見回せば、薄暗く冷たい石の壁に鉄格子。鉄格子のさらにその先には真っ暗闇が広がっている。視界が狭く頭が重たいことから自分には鉄仮面がつれられているのだろう。
夢の中でこのように過去そのままの光景を見ているのは、少し前に二度と会うこともないと思っていた家族との最悪の再会を果たしたからだろうか。夢を夢だと認識した上で見る夢を明晰夢、と呼ぶと誰かが教えてくれたのを思い出した。しかし、これを夢だと認識したところで鉄格子は勝手に壊れてはくれないし、都合のいい救いの手も現れてくれないようだ。
自分の夢であるならそのくらい自由にさせてくれたっていいじゃないか、とボヤきながらサンジは簡素なベッドに飛び込む。似たような夢は今までだってよく見たのだ。今回だってきっとこのまま大人しくしていれば自然と目が覚めるだろう。頭を覆う鉄仮面を邪魔に思いながら横になったその瞬間、サンジの鼻に嫌な臭いが届いた。間違うはずもない、嗅ぎなれてしまった血と硝煙の臭いだ。
(ッ!一体どこから…………)
慌てて身を起こしたサンジは鉄格子の向こう側を見て絶句する。先程まで真っ暗闇が広がっていたそこはすっかり戦場へと変わり果て、おびただしい数の人間が倒れているのが見えた。
そして、鉄格子にほど近い地面。サンジはそこに、元は鮮やかなピンクであったはずのレイドスーツを真っ赤に染めて倒れ伏す、見覚えのある姿を見つけてしまった。
「…………レイジュ?」
ベッドから飛び降り、姉に向かって駆け寄ったサンジは外界と牢屋を隔てる邪魔な棒を必死に揺すった。目測を見誤って鉄仮面と鉄格子が激しくぶつかり、があんと嫌な音を立てる。
「レイジュ!おい、なんでそんなことになってんだ!!」
頭の中を過ぎった、“ここが夢の中であるのだから必死になる必要などないだろう”という考えを振り払い、足を大きく振り上げた。何故か子供の体になっているとはいえ、技は体に染み付いている。ならば鉄格子を歪ませるくらいは出来るはず、と勢いよく足を振り抜いて────
「ぅあ゛っ!!」
小さな足は容易く鉄格子に跳ね返された。サンジ呻き声をあげて、逆にダメージを負ってしまった足を抱えて蹲る。
「もう一回……!!」
きっ、と前を睨みながら顔を上げたサンジだが、その顔はみるみる真っ青になっていく。先程はレイジュに気を取られて気づかなかった少し遠くの戦場の地面、そこに倒れる赤、青、緑。その全てが生命の色を地面にぶちまけ、ピクリとも動かないままだ。
「な、なんでお前らも……」
嫌な予感を抱えながら、視線をさらに遠くに向ければ金の髪を地面に広げて倒れる大きな姿。
「………………っ!」
そこでようやく合点がいった。これはあったかもしれない未来なのだ。彼らはビッグマムに嵌められ、自分はそれを助けることが出来ず、死んでいく血を分けた家族をただ見ているしかない。
なんて酷い悪夢なのだろう。自分だけが牢屋に入れられている夢ならいくらでも耐えられる。けれど、何も出来ないままこの惨状を見続けなくてはいけないというのはサンジにとって何よりも辛いことだった。
(役立たず)(出来損ない)(ジェルマの恥)(失敗作)(生まれなければ良かった) (何も出来ない)
「……違う、違う違うちがう!!」
唇を噛み締めてもう一度足を振り上げる。一度で壊れないなら何度だって蹴りつけてやればいい。おれはあの頃と違うんだ。ずっと大きくなったはずなんだ。そんな思いが込められた黒足が鉄格子をガンガンと鳴らす。
「レイジュ……!生きてるんだろ、なぁ、返事してくれよ……っ!」
必死の呼び掛けが届いたのか、ぴくりと動いた姉の手。サンジは鉄格子を蹴り飛ばすのを止め、少しても彼女に近づこうと地面に座った。
「まだ生きてるんだな!大丈夫だ、おれが今すぐ助ける、から」
レイジュはゆっくりとした動作で首をこちらに向ける。ぼんやりとした目がゆらゆらと揺れた後、ようやく焦点が合ってサンジを認識したようで小さく見開かれた。
強ばった頬を緩ませた彼女は、何かを伝えようとするかのように口を開く。しかし、肺を潰されているのか、その口からはヒューヒューとか細い息しか出てこなかった。
「何が、なにが言いたいんだ……?」
サンジは唇の動きを読み取ろうとさらに地面に顔を近づける。
ご め ん な さ い
「…………ぇ」
あ り が と う
どうして、という言葉が頭の中いっぱいに溢れる。ここが夢の中なのか現実なのかはサンジにとってはもうどうでもいい事だった。おれは家族を助けられなかった。それなのに何故姉はおれに感謝の言葉などを言うのだろうか。
彼女の血に濡れた手が最後の力を振り絞ってこちらに近づいてくる。咄嗟に鉄格子の間から手を出して握り返そうとしたサンジの耳にカラン、という金属音が届いた。不思議に思って下を見下ろせば、金の腕輪が2つ。見覚えのあるこれは確か。
思考を巡らせたサンジは、ハッと鉄格子の先に伸ばしたはずの自分の手に視線を向けた。
────無い。
「…………ぁ…………ぇ………………?」
ぞわりと体の奥から寒気を感じる。どっと嫌な汗が流れ出す。かたかたと震える全身が自分のものでは無いようだ。頭はぼんやりとして今見えているものが何なのか処理をしてくれない。耳鳴りがする。
(あの、金の腕輪は……爆弾で……)
(でもレイジュがすり替えて……)
(でもおれの手がいま……)
「ぁ…………ぁあ゛………!あ゛あ゛あ゛…………ッ!」
ぼたぼたと血を垂れ流し、爆弾で吹き飛んだからか傷口がぐちゃぐちゃになって近くの皮膚も焼けただれ、左右で少し長さの違う両腕を胸に抱え込み、叫ぶ。粉々になってしまいそうな精神をその場に繋ぎ止めたのは姉の小さな呻き声だった。
(…………レイジュ)
体の震えがピタリと止まる。そうだ、こんなことをしている場合では無い。一刻も早くレイジュのことを助けなくてはいけなかったのだ。
手が無くなると同時にいつの間にか大人に戻っていた体で改めて鉄格子を蹴り飛ばそうと立ち上がったサンジへ、しかしレイジュは穏やかな顔で笑いかけた。
手を取ってくれなかった事を全く気にしていないようなその顔に、思わず振り上げかけた足を下ろす。母の面影を残した優しい笑みを浮かべる彼女の青の瞳はだんだんと瞼に隠れていく。そのまま静かに息を引き取ったその口元には最期の笑みの残滓が残り、周りの光景とは不釣り合いなほど穏やかな死に顔だった。
(そん……な…………)
ガクッと足の力が抜けてその場にサンジは崩れ落ちる。せめて亡骸を抱きかかえようとしても自分に手は付いていなかったし、鉄格子は2人を隔てたままだ。呆然と大切な人の血で赤く染まった次面を眺めていたサンジは、今度は後ろから光が差し込んできたのに気がついて振り返った。
「…………………………!」
夢の中らしく唐突に先程までの戦場は綺麗さっぱり消え失せ、新たにその場に現れたのは懐かしい記憶の中のままの姿をしたバラティエだ。しかし、またしても生きて動いている人間はそこに1人たりとも居なかった。
白いコックコートを赤く鮮やかに染め、倒れる大切なクソ野郎ども。その中でも一際目立つ長いコック帽を被った男は力無く壁に寄りかかって死んでいた。
「ジジ……イ…………」
か細く呟きながら、床に座り込んでいたサンジは彼の傍に行くために立ち上がろうとしたところで、今度は自分の右足の膝から下が無くなっていることに気がついた。
「……………………」
────ああそうか。これはただの悪夢では無く、おれが感じている罪の意識が詰め込まれているのか、と納得する。それならば仕方がない。この夢をどうにかいい方向に持っていこうとするのを諦めてサンジは息を吐いた。手の無くなった腕で地面をゆっくりと這ってゼフのところに近づく。右足から流れ出す血が地面に赤い線を一本描いた。
たっぷりと時間をかけて、ようやく彼の義足に手が届く。この人の夢を失わせてしまったおれの罪の象徴。幼い自分の愚かさの証が目の前にあった。だからこそ、おれはオールブルーを見つけなくてはいけない。
さて、実の家族、バラティエ、と来たら次に来るのは決まっているだろうとサンジはため息をつく。こんな時ばかり夢は思った通りの唐突な場面転換をして、今度は目の前に港とサニー号が現れる。
倒れて港の地面から動くことの出来ない俺が見えないかのように次々と仲間たちが船に乗り込んでいく。「出航だ!」といういつもの船長の号令で船は錨を上げ、帆を張って海へと進み出す。
キラキラと輝く水面に、雲ひとつない青い空。そこに向かって船長が勢いよく拳を突き上げる。神様に愛されているかのような、太陽のようなおれ達の船長。その後ろ姿を倒れたまま顔だけ上げて見送るおれは、眩しさに思わず目を背けた。けれど、その船長におれは、お前がいないと海賊王になれないと叫ばれてしまったのだ。
あぁ、いい加減にこの夢は覚めてくれないのだろうか。今日もおれはあいつらに美味い朝飯を作るために起きなくてはいけないから。こんなおれのことも欠けてはならない大切な仲間だと言ってくれる人たちがいてくれるから。サニー号の進む先にある太陽がどんどんと大きく眩しくなり、おれはギュッと目を瞑る。どうしてかやっと夢が覚めるのだと直感した。
ぱっ、と目を開ければそこは見慣れたサニー号の船室だった。先程までの悪夢のせいか、全身はじっとりと冷や汗に濡れていて酷い気分だ。
「あ〜……、クソ!最悪の目覚めだ……」
ぼそりと呟いたサンジは体を起こしてボンクから降り、時計を見る。時刻は午前4時。起きるには少しばかり早すぎる時間だ。いつもより少し豪華な朝食でも作ってやるか、とキッチンに向かう途中、甲板から微かな音色が聞こえてきた。
(ブルックも起きてんのか?)
キッチンに向かおうとしていた足を方向転換させ、甲板へと歩く。まだ夜明け前の星の輝く空の下、案の定船首付近にブルックが座り、バイオリンで曲を奏でていた。都合のいいことに、この海域はシャツ1枚で外に出ているものの寒く感じないほどの過ごしやすい気温だ。
「おや、サンジさん。今日は随分と早いお目覚めですね」
近寄るこちらに気がついて言葉をかけてきたブルックに手を挙げて応える。
「あぁ、うっかり早く目が覚めちまってな。二度寝するにも中途半端な時間だから起きてきたんだ」
そのままブルックの近くへと腰掛け、問いかける。
「さっき弾いてたの、何て曲なんだ?」
「以前立ち寄った島の方に教えて貰った曲なんですけどね、その方も曲名を知らないらしいんです。でも、その島に伝わる魂を鎮める歌だとかで」
綺麗な音色ですし、こうして眠れない夜によく弾いているんですよ、と続けるブルック。
「魂を鎮める、か……」
思い出されるのは母が歌っていた曲。静かなその声が心地よく、よく歌ってもらっている間に母に寄りかかって眠ってしまった覚えがある。
「なぁブルック、こんな歌って知らないか?」
────海に眠る者たちの、子守唄はSea Moon
「あぁ、北の海の子守唄でしょうか?私も聞いたことがありますから、ちょっと歌って頂けたらそれに合わせて弾けると思いますよ」
「いいのか?」
「ええ、もちろん!」
ならば、と歌い出したサンジの声に、途中からバイオリンが合わさり静かな夜の海に響く。聞いたのはずっと昔だというのにこうも自然に歌詞が出てくるというのも不思議なものだ。
暗い水面を眺めながら歌うサンジは“海で死んだ”子供に思いを馳せる。
────夢から醒めぬ子供たち
起こさぬように 起こさぬように
Sea Moon See You
歌い終わったと同時にちょうど夜が開け、東の空が黄金色に輝く。そのソラの輝きの中にサンジは、金色の髪をした女性と彼女に抱きつく4人の金髪の子供たちを幻視した気がした。
ヴィンスモーク・サンジは海で死んだ。おれは今日も海賊王になる男の船でコックとしての役割を果たす。
静かにバイオリンを置いたブルックに感謝の言葉を伝えれば、どういたしまして、と返ってきた。そろそろちょうどいい時間にもなってきた。今度こそキッチンに向かって朝飯を作るか、とサンジは大きく伸びをした。
さあ、いつも通りの一日が始まる。