泣きたいほど悔しかったなら

泣きたいほど悔しかったなら


雨の降るアルバーナで、ウタは途方に暮れていた。

ビビは国民に挨拶に行ってしまった。大切な仲間たちはその背中を見送った後、疲労からか倒れてしまっていた。

周辺に人はおらず、もちろんウタには全員を王宮まで運ぶ力はない。一番小柄なチョッパーですら、やっと引きずっていけるかどうかだろう。

 

(すごい傷……)

改めて、仲間たちの傷を見る。ルフィ、ゾロ、サンジはともかくとして、ウソップやチョッパー、ナミがここまでの傷をつけているところを、ウタは見たことがなかった。

特に、同性のナミが負っている傷は、ウタにとってより心に響くものがあった。自分が順当に成長していれば、歳は近いはず。そんな女の子が、命を懸けて仲間のために戦った。

気が付けば、また自己嫌悪に陥っていた。ルフィや仲間たちにこんなことを言っても、どう言われるかなんて想像がつく。みんなはきっと、私のことを否定しない。でも、私が私を許せない。

 

「曹長!麦わらの一味です!!」

 

声にハッと体を向けると、海兵の大群がこちらに向かってきていた。ウタは慌てて全員を見渡すが、誰一人目を開ける様子はない。こういうときに起き上がってくれそうなゾロもサンジも、狸寝入りをしているわけではなさそうだ。

今ここで、一味を守ることが出来るのはウタだけである。その状況に、ウタは狼狽えた。

 

(私がいても、どうにもならない……)

 

「大人しく寝ていてくれよ……いてっ!」

「ギィ!!!!」

海兵の一人がルフィに手を伸ばしたとき、ウタは反射的にその腕に飛びついた。オルゴールがぶつかったのか、痛がって手を離す海兵。その目の前に、ウタは立ちふさがった。

 

(迷っている場合じゃない!私がみんなを守らなきゃ!!)

 

ウソップのカバンから散らばったウソップハンマーの予備。サンジの吸殻。仲間に近づく海兵にその場にあったものを投げつけながら、ウタは海兵たちを睨みつけた。

 

「なんだ!?動く人形!?」

「こいつ、抵抗を!」

「能力者かもしれない、気をつけろ!」

 

警戒しつつじりじりと迫ってくる海兵が、怖くないかと言えば嘘になる。だがこれは、ウタだけの戦いだった。勝ち目のない戦いを乗り越えてきた仲間たちの前で、弱音を吐いて逃げることを、ウタ自身が許さなかった。

(今度は私がみんなを守る……!)

しばらくの睨み合いの末、しびれを切らした海兵が刀を振りかぶろうとする。ウタはハンマーを持ち上げて防ごうとするが、水を吸って重くなった綿の腕では間に合いそうにない。

このままでは斬られる——

 

「待ちなさい!」

 

声は、海兵たちの後ろから聞こえてきた。ふり返った海兵の隙間から、顔が見えた。幾度か見かけたことのある女海兵だ。

 

「これは……命令です……!!!」

近くの海兵がまくし立てている間、女海兵はウタのことをじっと見つめていた。ウタには女海兵の姿と自分の姿が、一瞬重なって見えた。

(この人も、もしかして)

自己嫌悪、諦観、あるいは非力ゆえの悔しさ。そういった感情が見える女海兵の表情。ウタはこの海兵が自分と似たような苦悩を抱えていることを直感した。自分の意志に対して、実力が伴わないための苦悩。

「今……あの一味に手を出すことは、私が許しません!!!!」

そう宣言し、女海兵は周りの海兵を引き連れて去っていった。ウタはその背中が雨粒の向こうに消えるまで、両手を広げて仲間をかばった体制のままでいた。

(私もみんなを守れたのかな?)

自己嫌悪が癒えるほどのものではなかったが、ウタの心には、確実に光が差し込んでいた。

(もし次に、こんなことがあっても守れるように)

それは、決意の光。濡れたおもちゃの体を駆け巡る、心からの衝動。

(もっと強くなってみせる……!!!)

仲間の顔、幼馴染の顔。そして、父の顔を思い浮かべて、ウタは曇天に誓いを立てた。雨は止むことなく、ボタンの瞳を濡らし続けていた。

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