泣かぬ蛍は金の髪

泣かぬ蛍は金の髪



 金の髪というのはそれだけで目立つらしい。ゆるくウェーブを描くくせ毛であるのも合わさって、高校に入学してからというもの生徒指導だのなんだので度々注意を受けることがある。

 それ自体は大変煩わしいとは思うものの、色の違う髪を注意される程度で済ませる世の中になっているんだなという妙な感慨もあった。


 アタシは最近までほとんど外に出る事はなかったけれど、それでも一緒に暮らす皆を見て外の様子を察することはできる。

 ひよ姉が嫌そうな顔で髪を染めていたのも、オカンの髪が一時黒かったのも。今はもう過ぎ去った過去だけれど、確かにあったことなのだ。


 あの頃のアタシは体調を崩している事が殆どだったけど、たまの体調がいい日に手遊びのように鬼道を教わっていた。体調がいいと言っても外を遊び歩ける程の体力もなかったし、それなりに楽しかった。

 今思えばあれもきっと霊圧を安定させるとか、なにか意味があったんだろう。それから少し時間はかかったけど色々動けるようになって、体を作るためにと白打も習うようになって今は随分と健康体だ。


 むしろ健康体を通り越して髪を無理やり染めようなんてするやつがいたら抵抗で相手の顎の一つくらい簡単に砕けてしまうほどだ。やらんけど。

 別にアタシはそこまで髪色に拘りがあるわけでもない。でもピンクとか緑色とかに染めたらそれこそ生徒指導室行きなので、現状は染める気がないと言ってもいいかもしれない。

 ただでさえふわふわくるくると量のある髪を暗い色に染めたら重たくて仕方ないというのと、なにより黒と茶色は染める話をするとなんとなく皆が複雑な顔をするので。アタシはそのどっちかがオカンを捨てた男の髪の色だと睨んでいる。


「何度も言ってますけど……アタシ、クォーターなんで……母からの遺伝なんです」


 いつも通りの言い訳で追究をやり過ごして、適当に話してその場を去った。なにとなにのクォーターかは言っていなければ嘘ではないし許して欲しい。アタシの中の虚の成分は四分の一もないとは思うけどそれはそれだ。

 授業態度だって良いし、成績だって良いんだからこれくらい多めに見てくれても良いだろう。スカートの丈はちょっと短いかもしれないけど、みんな短くしてるんだからおまけして欲しい。アタシは喧嘩だってしないイイコなんだから。


 そんなことを考えて歩いていたら、曲がり角で知った顔にぶつかりそうになった。前のような霊圧が感じられなくなったから、いると思わなくて少しだけ驚く。


「わ、石田や」

「平子さんか、こんな時間に珍しいな」


 アタシよりもだいぶ高い位置にある顔を見上げた。あのままぶつかっていたらきっと胸元に頭突きをかましていただろう。アタシは多分大丈夫だけど、その場合石田が無事ではすまない。


「部活……ではなさそうだ」

「茶道部は週一木曜日や、今日はセンセからの呼び出し」

「それこそ珍しい」

「それが珍しくもないんよ。ほら、この髪やから」


 ふわふわの髪の毛をすくい上げるように手で示すと、石田は納得したような納得のいかないような顔をした。案外表情が豊かだし器用なもんやなと変な感心をしてしまう。

 なんだかんだ正義感の強いタイプだからアタシが理不尽なことを言われたと思ったのかもしれない。まあ理不尽といえば理不尽だけど、これくらいなら別に気にするほどでもないのに。


「石田みたいに黒髪ストレートなら文句言われんのやろうけど」

「そもそも平子さんの髪は地毛じゃないか」

「それよなァ……染めたらあかん言うのに、茶色や黒に染めろっちゅうのもおかしな話や」


 それにそんなことをしてもアタシの髪は元が金髪なので、その内に九割カラメルの逆プリンになってしまう。はっきり言って意味はない。むしろそっちの方がガラが悪くなると思う。

 それに伸ばした髪全部染めるのはきっと大変なので、髪を染めるならそれなりに短くする必要があるだろう。それこそ本当に石田とおそろいくらいの長さにするとか。それだとオカンみたいでちょっとやだ。


「まァ染めたないわけやないけど、染めるなら髪切らんといけんし」

「どちらにしても勿体ないな、平子さんの髪は綺麗だから」

「…………え?」

「え?……いや、ほら、校則で禁止されているということは、金髪もパーマも世間一般的に華美だと捉えられているということだ。だから最初からなにもすることなく華やかな姿なのに、わざわざ地味に変えるというのも勿体ないなと思っただけで他意があるわけではない、全くもってない」

「え、ああ、ありがとう?」


 メガネにクイッと手をかけながら一気に話されるとなんだかアタシはなんにも悪くないのに言い負かされているような気がする。弁が立つというよりも勢いがすごい。

 その後も部活だかなんだかと言い訳なんだか説明なんだかわからないことを言い連ねながら石田はどこかに行ってしまった。いやどこかとか言ったけど向かった先は手芸部の部室だろうけど。


「……綺麗、かぁ」


 母親譲りとはよく言われるけど、綺麗とはあんまり言われたことがない。そりゃアタシの髪を褒めたら同時にオカンの髪を褒めることになって皆としては気不味いだろうなっていうのはわかるのでそれは気にしない。

 でも金の髪なんて滅多にいないから、綺麗に染めてると言われたことはあっても地毛だってわかってて綺麗なんて言われたのは初めてな気がする。そもそもこれを地毛だって信じてくれる人も、そう多いわけじゃない。


「染めるのも切るのも、ほんまに勿体なくなってしまうわ」


 きっと他意なんてないんだろうけど、言われた方は単純なことに嬉しくなってしまうのだ。なんとなく浮ついた気持ちになって指で遊んだ髪の毛は、やっぱり産まれた時から変わらない金の色をしていた。

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