泡沫のような夢を見る

泡沫のような夢を見る


……夢を見る。


アリウス派が他勢力との統一を拒否し、それを弾圧し追放したユスティナ聖徒会が名をシスターフッドと改め、政治の場から姿を消してからそう長くない時が経った頃、トリニティの預言者たる彼女は度々予知夢を見ている。


顔も名前も知らない子供たちが、まだ算数の基礎すら学んでいないだろう少女たちが、ペンやノートではなく銃を手に殺し合う地獄を。


大人に利用され、搾取され、中身のない虚栄と意味のない領土を奪い合いながら死者の数だけを膨らませている凄惨な光景を。


それはまるで暗い歴史に蓋をし、未来永劫暴かれることのないように揃って目を逸らしたことへの罰とでも言うかのように目に焼き付けられる。


多くの死が、痛みが、狂気が、恐怖が、蝕むように目に飛び込んでくる。


痛い、苦しい、辛い。だが彼女はこんな夢を見ていることを誰にも告げることなど出来なかった。既に行ってしまった自分たちの罪過を、止めることすらしなかった自分が今更どんな顔をして糾弾すればいいというのだ。


引きずり込まれる。未来という名の底なし沼へと。


見える。我等の罪の結末が。可能性の終着点が。


悪しき支配者の走狗となり、全てを滅ぼす死神が。


殺人の罪悪感に押し潰され、人知れず姿を消す巡礼者が。


死の神と相対し、互いに死ぬまで殺し合いを続ける孤独な戦士が。


全ての可能性を摘み取る、平和だけを望む管理者が────



「それ以上は見なくていい」



思考が、止まる。ふと、先程まで見えていた未来が何も見えなくなっていることに気付く。誰かが、自身の両目を手で覆っているような感触も。



「まだ定まっていないことだ。私が特異点である以上、可能性は分岐し、そのどれにもたどり着くことが出来る。今何をしようと、それは変わりない。これはお前が見た所で意味はない。だから、もういい」



その声の持ち主が誰なのかはわからない。だが曖昧ながら理解は出来た。彼女は此処にはいない存在だが、可能性故に何処にでも居られる存在だと。



「確定していない可能性上の存在に過ぎないが、この私にとって精神の世界における時間的な制約は大きな意味を為さない。過去改編は不可能だが、夢を介する形であれば意識程度ならば交差させられる。まあ、歴史や人の生死に干渉出来ない以上大した意味はないが」



声は出せられない。もとよりこれはただの予知夢。自分に出来るのはただ見ることと、"彼女"からの裁きを震えながら待つだけだ。


しかしそんな預言者の様子に苦笑したのか、困ったような声で"彼女"は優しく預言者の頭を撫でるだけだった。


「これは貴方の背負うべき罪ではない。未来への負債は、未来の子らが精算する。───間違いは誰にでもあるんだ。間違っていたことを認め、反省し、改善していけばそれで十分だ」



これは、許されるべき罪では、



「赦すよ。私は」



「だから罪に押し潰されて、凄惨な未来を直視しようなんて思わなくていい」



「貴方が一人の生徒として、充実した時間を生きてくれれば、私は満足だ」



「もう一度眠るといい。起きたら、予知で見た事も殆ど忘れるようにした。あんな光景、覚えていても損しかないからな。……明日からは友達と清く正しく楽しい青春を、だぞ」



ああ、


王よ、


アリウスの王よ、



どうか罪深き我らに裁きを与え給え。




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