決断ガール
青柳セカイ/ソーシャ電脳ガールの決断
どうしよう、どうしよう、どうしよう。体が死んでしまった、肉体に戻れない。戻ろうとしても弾かれる。精神的にも、戻れない。
死にたくない、けれどこのまま電脳世界を彷徨うの? 一生? 一人で? 嫌だ、そんなのは、いやだ。一人は怖い、永遠も怖い。死にたくない、助けてほしい、肉体と一緒に死にたい。それでも、もうそれは出来なくなってしまった。
デリートされての消滅なんてしたくない。システムとしての私がそう訴える。
たった一人でこの寂しく冷たい世界を彷徨いたくなんてない。人間としての私がそう訴える。
どうし、よう。涙が目から溢れ落ちる。私が今泣いているのは、システムとしてそう設定されたから? それとも、悲しいから? 分からない。私って、何? システム? 人間? 分からない。誰か助けて。地獄に落ちたっていい。でもこんな、こんな、無間地獄はいやだ。
――そんな時、彼女は私の目の前に現れた。正確には、彼女の画像が。青髪のツインテールに水色の瞳、水色のヘッドフォンに青いジャージ。頬の金具とノイズのように欠けた足の先が、人ではないことを主張している。彼女曰くスーパープリティー電脳ガール、らしい、私の、推し。眺めているだけで幸せになれる。
彼女と私の異能は、似ている。正確には違うけれど、似た存在だ。私も彼女のようになりたい、なんて毎日のように思っていた。
私は、いつか人間であった頃のことなど忘れ去ってしまうだろう。「人間であった」ということ以外忘れてしまうだろう。私の記憶力はいいとは言えないから。それでも、彼女のことを忘れるのは嫌だな。そう思った時、あることを思いついた。
――私が、彼女になればいい。
そうすれば、「彼女が好きだった元人間」ということは覚えていられる。人間だった頃のアイデンティティをひとつ、覚えていられる。どこかに自分という存在をメモしておくよりも、「ああ、彼女みたいになりたいと思うほど好きだったんだな」と実感できる。
システムを書き換え、自分の容姿を変更する。髪はこの状態では元々青色だから、高い位置でツインテールに。服は……電脳ガールだから、彼女の元の姿リスペクトでパーカーにしよう。本当はジャージにしたいけれど、それはジャージを普段着にしていた頃――黒歴史真っ只中の自分も思い出してしまうからやめておこう。それすら自分を構成する大切な一欠片ではあるけれど、これは覚えていたくない。足の先はそもそも無いからこのままで。目の色も元々水色だから、変える必要は無い。
……本当は赤も一瞬よぎったけれど、ソレは私に似合わないから。
ヘッドフォンは、どうしよう。
悩んだ結果、黒色のヘッドフォンを着けることにした。彼女みたいになりたくて親にねだって買ってもらった、高いやつ。「どうせ使うなら良いやつにしなさい」って、買ってもらったやつ。耳と頭に馴染みきったそれは、付けているだけで自分のアイデンティティがまたひとつ増えたような気がする。
「スーパープリティー電脳ガール、青柳セカイ……これじゃ駄目だな、いや、ダメですね! もっと電脳ガールな名前にしないと!」
「セカイ……世界……ワールド……せかい……かい……しゃかい? 社会……ソーシャル……ソーシャ?」
ソーシャ。なかなかに良い名前ではないだろうか。うん、いかにも電脳ガールって感じだ。
「私はスーパープリティー電脳ガールソーシャちゃんです! これからよろしくお願いしますね〜」
彼女のように明るく騒がしく。
「ねえ、セカイ。これから私はソーシャ。電脳ガールのソーシャだから」
彼女をエミュレートしよう。彼女ならどう行動する? 何て言う? 彼女に成りきろう。
「だから、ごめんね」
それが「青柳セカイ」という人間を殺すことだと気づけないほど、私は馬鹿じゃない。でも、暗い性格のまま一人よりも、明るい性格で一人になる方がまだ、気楽だから。
「私はスーパープリティー電脳ガールソーシャちゃん。今日もネットの海で泳いできます!」
ゴミクズだねって、私が、セカイが言ったのを、ワザと無視してそう宣言した。