決意
Nanasiいたい。あつい。さむい。...いたい。
ききなれただれかのこえが、する...
今日もここで兄を待っていた。
俺ではまだ、兄の足を引っ張るだけだ。
だが、子供が1人ここでぼーっとしているのが何日か続いたせいで、人攫いに目を付けられてしまったらしい。
ずらりと俺の前に並ぶ男たちの異様な雰囲気に俺は後ずさった。
何せまだガキなもので。
「...男か。黒髪だがまァ...売れんだろ。」
「おいおい、こーんな痩せたガキ1匹じゃあ労働も出来ねぇぜ!!」
「好色なやつなら買うだろうよ!!見ろよこの顔、いっちょまえに生意気な目ェしてやがる。」
何が楽しいのか、下品な笑い声をあげる男たちが怖くて、俺は逃げようとした。が。
「おいおいぼくちゃん、どこにいくんだ、エェ??」
腹に衝撃、宙を舞う俺。
ガキは小さいから蹴りやすくて、軽いから吹っ飛ぶんだ。
一瞬空いて地面に叩きつけられた痛みと腹の痛みが俺を襲う。
いたい。
涙が出そうだった。
「俺たちの小遣いになってくれや。なぁ。」
まぁ、拒否権なんざてめぇにねぇが。
男の手が俺に伸ばされてきて、恐怖と痛みで目を瞑った。
そこからは酷かった。
死なない程度に蹴られ、殴られる。
大の大人がこんなガキに何してんだよ、と俺の中の冷静な部分が言う。全くだ。
頭を地面に擦り付けられる、痛い。
また腹を蹴られる、痛い。
今度は腕を踏まれる、痛い。
俺にも、兄みたいな強さがあれば...こんなヤツら、ぶち殺せるのに...!!
そう考えてたのが悪かったんだろうか。
「...あ?んだガキ。その目、気に入らねぇな。」
男の1人が俺の顔を見て不愉快だと言わんばかりの声を上げる。
「ふたつあるんだ、1個くらい無くしたって構わねぇだろうよ。」
地面に倒れた俺の体を跨ぐようにしてしゃがみ込んだ男は、小ぶりなナイフを俺の目に向ける。
怖い、怖い、嫌だ!!
近づくナイフが怖くて、必死に逃げようとした。
首を振ったのが悪かったんだろう。
横一文字に熱が走る。
顔を、切られた。
目の下、ちょうど頬の部分が鼻まで切れたみたいで痛い。
その抵抗も気に入らなかったんだろう、痛みで何を言ってるかまでは聞き取れなかったが、何かを喚きながら俺の顔に更にナイフを向ける。
顔半分にしか無かった熱が反対にも広がった。
ちょうど耳から耳にかけて顔を上下に分けるように切られたのだ。
男たちの笑い声が響く。
痛い、熱い、怖い。
「たすけて、あにき...」
俺の口をついて出たのは、兄に助けを求める言葉だったけれど、近くになんているはずのない兄にこんな小さな声じゃあ聞こえないだろう。
ついで左手に熱が走る。
たまらず叫び声を上げた。
見れば、俺の手首を磔にするように剣が突き立てられている。
ただでさえ顔という派手に流血する場所を大きく切られているのに、手首も切られては堪らない。
俺の周りの地面がどんどん赤くなっていく。
なんだか寒い気がしてきた。
こんなに顔と手は熱いのに。
「─────、─────!!」
いたい。あつい。さむい。...いたい。
ききなれただれかのこえが、する...
俺の意識は、そこで途絶えた。
…あかるい?
瞼越しに光を感じた気がして、ゆっくり目を開ける。
明るかった。
と、全身に痛みが走った。
思わず小さく呻いて、気付く。
ここはベッドの上だ、それもいつもの場所じゃない。
慌てて起き上がろうとしてついた左腕が凄まじい痛みに襲われる。
その痛みのせいで口から勝手に悲鳴が出た。
反射で腕を抱き込んで、目に付いたのは赤が滲んだ白。
手首から先のない左腕に巻かれた、包帯だった。
ああ、あの剣で俺の左手は切られちまったんだな、と少し泣きそうになった時、ドタガチャバタンと物音がする。
まずい、と思う暇もなく空いた扉の先にいたのは、あの時助けを呼んだ兄だった。
「っクロ、起きたのか、大丈夫かい!?痛いところはあるかい!?」
目を見開いた兄が俺に駆け寄ってくる。
その兄も包帯塗れで怪我をしているというのに、自分の怪我なぞ気にも止めず、俺の怪我の心配をしてくる。
だから素直に言ってしまった。
「...ぜんぶ、いたい。かおも、ても...はらも...」
言っていくうちに涙が出てきた。
止められなくて、そのまま俺はぼろぼろとみっともなく泣き出してしまった。
くそ、兄の前で。
その涙が顔の傷に沁みてもっと涙が出て止まらない。
ふと視界が暗くなる。
何かに包まれる感覚に、兄に抱きしめられているのだとわかった。
「ごめん、ごめんねクロ。間に合わなくて。兄ちゃんがもっと早く気付ければ、お前は顔に傷付けられることも、その手を失うこともなかったのに...!!」
なんだか肩が暖かい気がする。
…兄が、泣いていた。
親を殺した時でさえ泣かなかった兄が、傷付いた俺のことで泣いている。
俺は、兄の中でそんな大事な場所に置かれているんだ、という事実。
それもまた涙腺を刺激して、結局俺の腹が空腹を知らせるまで2人で抱き合って大泣きをした。
これは、俺が強くなろうと決心した日の話。