決別

決別



その日、世界の一部が変わった。




革命軍がマリージョアに攻め込んでから数時間後。

かつて彼らと”白ひげ”に保護された元海軍将校モンキー・D・ルフィとウタ2名は、兄貴分のサボと共に邪魔者を蹴散らしつつ進んでいた。


2か月前、連合を組んでいたドラゴンと白ひげの下に四皇”赤髪のシャンクス”が来訪。

すわ戦いか、と思われたが、彼らの目的はルフィ及びウタと会う事であった。

とはいえ革命軍及び白ひげ海賊団が協力関係を結んでいる中、更に四皇が接触するなど空前絶後の異常事態だ。

当然海軍・世界政府と共にマーキングを絶やさないことを求められた。穏健派とはいえ、万が一彼らが衝突するようなことがあっては民間人にも莫大な被害が及びうる。

残る2人の四皇”ビッグ・マム”と”百獣のカイドウ”も彼らとの接触を狙っているという情報も流れてくる今、その監視のために割かねばならない人員もある。


加えて世相も最悪だった。ある意味待ちわびた状況ではあったが。

ルフィ及びウタの処遇により世界政府を信用できなくなった市民が革命軍あるいは近隣の自警組織――――――当然彼らもルフィとウタに対する仕打ちに憤っている――――――に合流し世界各地で暴動が勃発。

海軍はそれらの鎮圧にも戦力の大半を回すこととなり……結果としてマリージョアの警備は過去類を見ないほどに手薄化。


ここが好機と見たドラゴンは革命軍の実働部隊を引き連れてマリージョアの襲撃を決行したのである。




「こりゃ……収容室か?」


「なんでマリージョアにこんな場所が……?」


そんな彼らは今、サボの手引きで地下のある一角を訪れていた。

”聖地”と呼ばれるマリージョアにはとても似合わない設備。

備え付けられた長い鉄格子が並び壁で仕切られた空間の中に備え付けられているのは最低限の寝床と便所……まさに監獄の収容室そのものだった。

疑問を発するルフィとウタにサボが返す。


「……奴隷を収容するための場所だ。それも美人とか希少な種族とかで、連中にとって価値のあるタイプの人種をな」


なるほど、言われてみればあの天竜人がわざわざ奴隷一人一人に独房一つあてがうというのが考えにくい事だ。いかに連中と言えど希少価値の高い奴隷を一緒くたにまとめて管理して台無しにするのは避けたいらしい。

よく見ると巨人族や人魚族専用と思しき設備と空間が備え付けられたものもある。

……そんな申し訳程度の人権意識なんかいっそ捨ててしまえと、ウタは心の中で吐き捨てた。


「私も、もし攫われていたらこんなところに入れられていたのかな」


「……ウタ、そんなこと言わねェでくれよ」


「あ、ごめんねルフィ。でもどうしても考えちゃうんだ。天竜人のお膝元にいるってだけで、あの日のことを」


ドレスローザでの一幕以来、ウタの精神も大分持ち直してきた――――――それこそルフィの隣で戦えるほどに――――――が、それでもルフィはあまり彼女に天竜人について考えて欲しくはなかった。

奴らの話をするたびにウタが苦しそうな表情をするし、そんな顔をして欲しくない。

そんなことを考えていた折、ある事に気づく。


「……でも、なんで中に誰もいねェんだ?」


「確かにそうだね、よく見たら鍵も開いてる。誰かが逃がしたのかな?」




「その通り」




誰にでもなく口にしたはずの問に答える者がいた。

思わず聞こえた方向に振り向く。


「私が解放して君たちに引き渡したのだ。今日革命軍が攻め入ってくることは知っていたからね」


整っているというわけではないが、凛とした顔つきの男が立っていた。

その姿を見てルフィとウタに緊張が走る。シャボンのマスクこそつけてないが、男が纏う特徴的な衣装は間違いなく……。


「お前……天竜人か!?」


「何をしに来たの!?」


「大丈夫だ、ルフィ、ウタ。この人は敵じゃない。いや、立場上は敵だけど……おれ達にここの情報を流してくれた内通者だ。お前たちをここに連れてきたのは、この人に会わせたかったからなんだ」


「うむ、私に敵対する意思はない。むしろ君たちが私を捕らえるつもりなら甘んじて受け入れよう」


サボの言葉に肯定の意を返し、あまつさえこちらの要求を呑むと言う男。

その言葉遣いと態度にルフィもウタも驚愕を隠せない。

天竜人というのは人を人とも思わない、神にも似た傲慢な連中。自分たちを今の状況に追い込んだあの男はその最たるものだった。……ついでになんかムカつく口調も。

だというのに目の前の彼は、今の数瞬のやり取りだけで人並み以上の良識があることを窺わせた。


「君たちの話は聞いている、モンキー・D・ルフィ元大佐とウタ元准将。2年前は私の同胞がとんだ無礼を働いた。ここに非礼を詫びよう。本当に申し訳ない」


「同胞……?あなたは一体……?」




「自己紹介が遅れたな。私はドンキホーテ・ミョスガルド。かつて人魚族の姫君に、人間にしてもらった男だ」




ドンキホーテ・ミョスガルド。

その名は海兵時代に聞いたことがある。天竜人の中でも奴隷を持たず、下々の民にも理解を示す数少ない良心。一方で同じ天竜人からは奇人扱いされ煙たがられているとか。

なるほどなと合点がいった。天竜人の横行に思うところのある彼ならば、その状況を打開しようとする可能性が高い。その結果革命軍を利用するというのも、そうする事の難易度は置いておいてありうる話だ。

現に彼は予め潜入させていた革命軍幹部ベロ・ベティを通じて、ドラゴンと接触したのだから。

しかしそれよりも。


「なァサボ。おれ達にこいつを会わせたいって言ったよな?どういうことだ?」


「私も気になるな。ミョスガルドさん、私たちに会うって、一体どういうこと?」


「合わせたい男がいる。君たちは会いたくもないだろうが……それでも会うべきだと思ったのだ。目を見ればわかる。今の君たちなら大丈夫だろうと」


「それって誰だ?」


「……君たちにも因縁のある人物だよ、ルフィ元大佐。彼はこの先にいる、ついて来てくれ」


「おれも付いていっていいか?ミョスガルド聖」


「もちろんだとも、サボ参謀総長」


案内され歩き続けること数刻、厳重に施錠された扉の前にやってきた。

ミョスガルドは慣れた手つきでカギを開くと3人を中へと誘う。


「入りたまえ」


そこにあったのはやはり独房だった

しかし先までのとは違いずいぶん豪華な内装だ。

明らかに質の違うベッドに机と椅子。壁に囲まれている一角は便所だろう。

独房であることを除けば普通に人並み以上の生活を送れそうな、場違いささえも感じる整った設備。

そしてその中に一人の男がいた。

近づくミョスガルドに気付いた男は檻の中から駆け寄るが、向かいの壁から足元に伸びる鎖がそれ以上の動きを阻む。


「……!!ミョスガルド聖!!今度は何しにきたえ!!いい加減にするえ!!はやくわちしをここから出すえ!!」


「!!こいつ……!!」


「……っ!!」


ルフィとウタの表情が一瞬で強張る。

忘れもしない。忘れるはずがない。

そこにいたのは、事故死したと報じられていた男。自分たちを今の状況に陥れた元凶。

天竜人が一人、チャルロス聖だった。


「……これは天竜人専用の独房か。庇い切れない不祥事を起こした奴を収容する場所があるとは聞いてたが、成程チャルロスがそうだと。ウタとルフィに手を上げたことがそうだと」


「うむ。チップを没収して下界に追放してもよいが、そうすれば世界中の人間から過激な報復を受けるだろう。それに……言っては何だが、またしても「前例」を作るのはまずい」


チャルロスの声を無視してサボはミョスガルドに問い、ミョスガルドもそれに答える。

ミョスガルドが思い出すのはかつて下界に降りた同じ一族の同胞、ホーミング聖。のちに聞いたところでは、彼は苛烈な報復の果てに実の息子の手で殺されたのだという。流石の五労星……もとい五老星も、それをもう一度許容できるほど冷血ではない。

加えて「ルフィとウタには手を出すな」という暗黙の了解があった以上、チャルロスの件は事実上天竜人側の明確な過失だ。曲がりなりにも自由意思で下ったため我関せずの態度を貫けたホーミング聖とは事情が異なる。

それならば表向き事故死という事にして権能も剥奪しマリージョアに縛り付けた方がまだよい、というのが五老星の判断だ。


「んん?お前どこかで見たことがあるえ。そうそこの女だえ。どこだったえ?」


無視されたことに不服な態度を隠そうともしないチャルロスだったが、ふとサボ達の後ろにいたウタに目を付けた。

即座にルフィとサボが庇うようにウタの前に出る。その目でチャルロスを射抜きながら。

しかし目の前の男はそんな人をも刺し殺しそうな2人の眼光もまるで気に介さず再び口を開いた。


「……そうだ思い出したえ!!わちしの求婚を断った不届き者だえ!!そしてお前!!いつぞやのわちしを殴り飛ばした無礼者だえ!!一体何しにきたえ!?」


驚愕のち、その顔が不快感を露わにする。もともとの醜い顔が、更に醜悪に歪む。

どの口がそれを言うのか。ルフィもサボも侮蔑と嫌悪を隠さない。

この檻がなければ、即座に殴り飛ばしている所だ……以前よりも念入りに。


「……まあそこはこの際どうでもいいえ。お前達!!わちしの妻と奴隷になるえ!!それで手打ちにしてやるえ!!」


2年前と同じ言葉。違うのはルフィをも己がものにしようとしている事。

ずいぶんとまあ図太い精神性だと、一周回ってサボは感心の念を抱く。そもそもこの状況でこのような物言いが飛び出すあたり、自分の状況を理解していないのだろうか。

そんなことを思っている間にも、この男は「無視するな」「お父上様に言いつけてやる」などと喚いている、どうやらこちらの会話など聞く気もないらしい。


「……心配はいらない。もはや彼に天竜人としての権限は無きに等しい。口だけで言っても信用できない、安心できないだろうから、こうして君たちを連れてきたのだ」


そもそもここで今何が起こっているのかも彼は知らないのだという。

こんな所までわざわざ伝えに来るもの好きはいないか、あるいは討たれたかしたのだろう。


「……さあ、出るとしよう。ここにいる意味はない。君たちの本懐を果たさねば」


「ああ、そうだな……ルフィ?」


「……」


ミョスガルドとサボが促すが、ルフィは聞いていなかった。今のルフィは、ウタを見据えていた。

なぜなら彼女は。




「……ミョスガルドさん、サボ。悪いけど牢を開いてくれる?こいつと話がしたい」


自分自身の傷と向き合おうとしていたのだから。




「……大丈夫なのか?君は」


「大丈夫です。私がやる……ううん、私がやらなきゃダメなんです」


「……分かった」


ウタの頼みを承諾し、ミョスガルドは牢の戸を開く。そのままサボと目配せし、部屋の外へと出ていった。


「あ、おい待つえミョスガルド!!足の錠も外して行くえ!!中途半端な奴だえ……!!」


解放された牢を一瞥のち、ウタはルフィへと振り返る。

ルフィの目に映ったウタの目は決意に輝き、その様はとても気高く見えた。


「ルフィ、お願いがあるの。私が今からすることに手を出さないで。見守ってて」


「……分かった」


「ありがと。……フゥーーーーーー……」


大きく息を吐き、ウタは独房の中へと足を踏み入れ、チャルロスの眼前に立つ。

正直、今も少しだけ恐怖がある。望めるなら目にも入れたくないし、この場から立ち去りたい。

しかし、それ以上に覚悟を決めていた。過去はどうであれ、この男とはケリをつけなくてはならないのだ。

そんな彼女の姿を、ルフィは固唾を呑んで見守っている。


「……お久しぶりですねチャルロス聖。息災のようで何よりです」


披露したのは目上の者に対するオーソドックスな挨拶。そこには皮肉も込められているのだがチャルロスが気づく様子はない。


「お?確かにひさしぶりだえ小娘。ずいぶん殊勝な態度だえ、もしかしてわちしの言う事を聞く気になったのかえ?それはいい事だえ!!」


それでも目に見えて機嫌がよくなるチャルロス。

この男に愛想を振りまくウタの姿を、ルフィは心底悲しそうな目で見ていた。

そして「挨拶」もそこそこに、ウタは問いを投げかけた。かつて自らを堕とすきっかけとなったことに対する問いを。


「お尋ねしますがチャルロス聖。私があなたの妻とならねばならない理由は何ですか?」


「理由?むっふーん、そんなものないえ!!下々の者に生まれたからには、わちしたち神にその全てを奉げる必要があるえ!!それが義務というやつだえ!!」


図々しいと思うのはここに来て何度目だろうか。この男天竜人の中でも一際愚鈍で傲慢な質らしい。

たまらずルフィの額と拳に青筋が浮かぶ。今すぐにでもブチのめしてやりたいが、ウタが任せてほしいと言った手前、必死に嫌悪感を抑え込む。


「ではもう一つ。あなたの妻となった時、私にどのような益がございますか?」


「……お前はわちしの物になるのが不服なのかえ?いくら美人でも教育がなってないえ。分かったなら早くこの錠を外すえ。教育が必要だえ」


先までの上機嫌な様子はどこへやら、出会った時と同様に気分を損ねていくチャルロス。

ここまで不遜な態度が崩れないと一周回って尊敬の念が湧く。しかしそれも瞬時に怒りに塗りつぶされる。

そんなルフィとは対照的ににウタはいたって冷静だ。伏し目がちにチャルロスの話を聞いている。

それが逆に恐ろしい。


「なるほど、分かりました。そうすることが当然であると、そう仰るのですね。私にあなたの物となれと、そう仰るのですね」


冷静、というより無感情にしゃべりながらチャルロスの斜め前に立つウタ。

思わず身を乗り出しそうになるが、ルフィは気づいた。あの日から長らく燈って無かったウタの闘志の炎が、後ろ姿からでも分かるほど、彼女の中で燃え滾っている事に。


「そうだえ、だから――――――」




「死んでもお断りだよ、この白ブタ」




瞬間。


ボギィッッッ!!!!!


ウタは怒髪天を衝くと言わんばかりの怒りと共に足を振り抜き。

チャルロスの両腿を蹴り砕いた。


「……!!?!?!?ッギャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!?!!!?!?」


突如両足を襲った灼熱と、次いで訪れる凄絶な痛み。

たまらず絶叫し転がり呻くチャルロスを、ウタは憤怒の形相で睨みつける。

もう我慢ならない。どこまで人を侮辱すれば気が済むのか。寧ろ人を人と思ってないが故の言動か。

これほど怒りの感情が沸き上がってくるのはドレスローザ以来だろうか。それともシャンクスに置いていかれた時以来だろうか。

――――――否。これほどの怒りは。生きてきた中で初めてだ。


「ふざけるな……ふざけるな……!!この期に及んで「理由も益もない」だと!?「なにをしても許される」だと!?虚仮にするのもいい加減にしろ……!!」


バキンッ!!と、今度はチャルロスの腕から嫌な音が二度続けて響き渡る。

激昂したウタが、今度は両の二の腕を踏み折ったのだ。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?」


最早声にならない叫びをあげるチャルロスを見下ろし、ウタは愛しい人への愛を叫ぶ。一途で、苛烈な愛を。


「私の全てはルフィの物だ!!この身も心も、全部ルフィの為にあるんだ!!お前みたいな腐った竜の供物としてなんか、髪の毛一本も、爪の一欠片も捧げてやるもんか!!」


「はっ……はひっ……!!な、なに、をす……ブゴォ!!」


抗議の声を上げようとしたチャルロスの口元目掛け回し蹴りを見舞う。

下顎が砕かれ、頬肉の欠片とともに何本かの歯がチャルロスの口から零れ出た。もしかしたら舌の一部も千切れ飛んだかもしれない。


「喋らないでくれるかな?死にかけの竜の金切声なんて耳障りなだけなの」


最早ウタはこの男のことなど恐れていなかった。

ルフィに追い縋っていただけの彼女はどこにもいない。

かつてドレスローザでルフィのことを一度「忘れた」経験が呼び水となり、そして今ここで湧き上がる激情が、ウタにかつて以上の強さを手にさせていた。


「ようやく決心がついたよ。もう私は恐れない。お前が私にした事になんて、もう縛られない」


脳裏によぎる攫われそうになる記憶。だがもうそれはウタを拘束しない。

前に進む為に、「そんなもの」に囚われている暇はない。

芋虫のように蠢くチャルロスの髪をつかみ目の前まで持ち上げ、吠える。


「これは決別だ!!弱かった私との、お前に囚われた過去との決別だ!!お前たちをブっ飛ばして、私はルフィと一緒に”新時代”へ進む!!だからチャルロス――――――」


血と涙と鼻水でまみれたチャルロスの眼前に、覚悟を決めた修羅が立つ。

拳を固く握りしめ武装色を纏い。


「消えろ――――――消え失せろ――――――!!私の前から!!私の心から!!!!!」


ドッッ―――――――――――――


「ヴォゲァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


万感の思いを込め、チャルロスの頭部目掛けて振り抜く。

足元の鎖がちぎれ回転しながら勢いよく吹き飛んだチャルロスは壁に頭からめり込み、そのまま動かなくなった。



――――――



「……もういいのか、ウタ?」


「うん、スッキリしたよ。よく考えたら、あんな奴相手するだけ体力と時間の無駄だしね。それでも、やるならとことんやらなきゃダメって思ったんだ。だから、アイツに構うのはこれでおしまい」


チャルロスを吹き飛ばし静寂が訪れた数瞬後、ルフィが口を開いた。それに対しウタはどこか晴れやかな声色で応える。

確かに四肢に顎、それと最後の一発で恐らく頭蓋も砕いたのだ。報復としては十二分、治療が間に合っても五体満足で過ごせることはないだろう。

そうでなくても今日マリージョアは墜ちるのだ。この男もまた、真に唯の人間となる。

……そもそも放っておいても死にはしないと確信できるのは、天竜人が無駄にタフであることを知っているからだが。


「流石にこんな様の奴を痛めつけるのはちょっと気が引けたんだけどね……我慢できなかった」


「いいよ。やってよかったんだ、ウタ。あんな目に合わされたんだから」


えへへ、と少し照れ臭そうに弁明するウタに、今した事は正しいとルフィは返す。

なにより、そうする事でウタに強さが完全に戻った。それはルフィにとっても喜ばしい事だった。

今目の前に立つ彼女は海兵だった頃、共に隣で戦っていた歌姫そのものだった。


「さ、行こルフィ!!サボとミョスガルドさんを待たせちゃってる」


「……ああ」


晴れ晴れとした様子のウタの後にルフィも続こうとする。

だがふと立ち止まったかと思うと振り返り、チャルロスを一瞥した。


「……チャルロス。ホントはおれもブン殴ってやりたかったけど、ウタがもういいって言ってんだ。だからこれで勘弁してやる」


気絶しているチャルロスにルフィの言葉が届いているわけがない。それでも、言わずにはいられなかった。


「二度とおれ達の前に現れるな。もしまた出てきてみろ、そん時は今度こそおれが死ぬまでブっ飛ばしてやる。お前の顔はもう二度と見たくねェ。……ウタは、おれのものだ」


そう吐き捨てて、半壊した独房を後にする。

残されたのは手足があらぬ方向にねじ曲がり下半身から茶色い液体を垂れ流す、哀れな”元”天竜人だけだった。



――――――



「終わったか?」


「うん。ごめんねサボ、ミョスガルドさん、待たせちゃって」


「では先を急ぐとしよう。君たちの目的はまだ果たされていない」


外で待っていたサボとミョスガルドとのやり取りもそこそこに、ウタは出向こうとする。

この後ミョスガルドは革命軍の手引きでマリージョアを脱出する手筈らしい。一介の天竜人にそこまでするのも、ひとえに彼の助力と人柄あっての物だろう。


「……」


「ルフィ?どうしたの?」


しかしルフィは尚も立ち止まっていた。彼らしからぬ様に思わずウタも立ち止まる。


「いや……なんつうか、遠いとこまで来ちまったなァって思ってよ」


感慨深げにルフィは口にする。

その言葉を表すかのように、ルフィの目は突き抜けるように広がる空の果てを見据えていた。

サボとミョスガルドも黙りこくる中、やがてぽつぽつと胸の内をあける。


「ウタと一緒に海軍に入って、じいちゃんにしごかれて、色んな奴と戦って」


「懐かしいね……ガープさんのことは今でもちょっと恨んでるけど」


「そしたらお前がチャルロスに連れていかれそうになったからブン殴って……色んな奴らから狙われて、でも色んな奴らが助けてくれて」


「うん。エースも、サボも、ドラゴンさんも、白ひげも……シャンクスも」


「それで今、おれ達は天竜人をブっ飛ばそうとしている。すげェよな、海兵だった頃は考えられねェことしてんだ」


「……ホントだよね。世界がこれほど動くなんて思いもしなかったし、その中心に私たちがいるなんて今でも全然実感がないよ」


禍福は糾える縄の如し。

かつて満ち足りた日々の中にいた2人は、一度地獄の底へと叩きつけられた。

しかし彼らの意思が、巡り巡る偶然が、彼らの輩が、世界を巻き込んで動き続ける運命が、再び2人を幸福へと押し上げようとしている。

空を見ていたルフィは目線をウタに向け。


「そんで、おれの隣にはいつもウタがいた」


普段の彼からは考えられない程、穏やかに笑って見せた。

いつもと違う幼馴染に、思わず心臓が小さく跳ねる。


「おれさ。多分一人だったら何もできなかった。色んな奴がおれを助けてくれたけど、でも一番おれのことを助けてくれたのは、お前なんだ、ウタ」


「お前がいてくれたから、おれは頑張れた。お前がいたから、辛い目にあってもあきらめずにいられたんだ。ありがとう、ウタ」


「おれ、ウタが一緒にいてくれて良かったって思ってる。それに一緒にいて欲しいって思ってる。だからさ……これからもおれと一緒にいてくれよ」


「……っ」


紡がれるのは深い深い感謝と愛情の言葉。

たまらず目尻に溜まる涙を拭い、ウタもまた笑う。


「……ずるいなあ、ルフィは」


ああ、この幼馴染はいつもそうだ。

海軍にいた頃も、世界から逃げていた頃も、打ちのめされていた時も、何より今も。

いつだって自分が一番欲しい言葉を、愛情を与えてくれる。それはなんと嬉しく、そして心地いい降伏だろうか。

ならば自分も、同じくらいの幸せを分けてあげなくちゃ。

この大好きな人が愛してくれるなら、私も同じくらい愛してあげなくちゃ。

「大丈夫。私はいつだってルフィと一緒にいるよ。ルフィがいてくれたおかげで、私も頑張れたんだから。だから、私はルフィとなら……」


「ああ、おれもウタとなら……」


お互いを慈しむ様に見つめ合う。

そうだ。

きみとなら。

眠れなくても。自由でも不自由でも。たとえ辿り着くのがどれほど奇想天外な終点であっても。

きみといっしょならそれでいい。

ウタと一緒に。

ルフィと一緒に。

時にのたうち回りながら。時に抱きしめ合いながら。

世界の果てまでさえも行ってしまおう。

この愛しい人と共に――――――


「あールフィ、ウタ……イチャつかれるのはいいんだけどよ……」


「そろそろ戻って来てはくれないか?まだするべきことは残っている。なによりその……我々が居た堪れない」


そんな2人だけの世界に入ってくるものがいた。サボとミョスガルドである。

我に返って2人に目を向ければ、揃って苦笑いを浮かべていた。


「はっ!?ご、ごめんなさい!!サボ、ミョスガルドさん!!」


「えェー?別におれは気にしねェぞ?」


たまらず顔を赤くするウタとは対照的にマイペースなルフィ。

そんなルフィとウタを見て、サボは微笑む。

そうだ。この弟と妹はこうしているのが何よりも似合っている。願わくばこれからも、ずっとこうしていて欲しいのだ。

きっとエースとシャンクスも、同じ気持ちだろう。


「もうっルフィ!!とにかく切り替えていくよ!!ミョスガルドさんの言う通り、まだやることは残ってるんだから!!」


「それもそうだな!!サボ、案内してくれよ!!」


「おう!!行くぞ!!」


「私も同行しよう。迎えが来るにはまだ時間がかかりそうだからな」


適度に気を張り直し、4人は駆ける。

自分たちが目指すものを手にするために。

そのためにはまず世界政府を潰す。世界を牛耳る天翔ける竜を、空から引きずり下ろす。


そしてそれが出来るだけの力もある。

今のルフィとウタが抱える、あの時にはなかった力。

覚醒したゴムゴムの実と、完全に制した魔王の楽譜。海軍の元を去ってから新たに手にした力。

この力を以てウタと共に戦う。ルフィの背中を支える。

2人一緒に望んだ”新時代”を掴み取るのだ。



それは世界の中心での一幕。

世界政府が白き太陽神と黒き魔王の手で崩壊、後に「竜倒荼毘」と呼ばれる落日の日の出来事である。


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