水の妖精の決意
無敵ロイヤルキャンディ私、青木れいかは禁忌を犯しました。少なくない数の女性を惚れさせて肉体関係を結んでしまうような人の道に反する彼を、好きになってしまったのです。
その恋情を抑えようと揮毫を繰り返しましたが雑念は晴れる所か増え続け、いつしか自らの生活を脅かすまでに至りました。このままではいけないと考えていた時、『自分が青木れいかではなくなってしまえばいいのではないか』という悪魔の囁きにも似た考えが頭の中に浮かんでしまったのです。
そこからの行動は自分でも信じられないくらい早かったです。ポップに頼んで妖精に変えてもらい、おいしーなタウンにふしぎ図書館で移動。そして拓海さんと接触を試みようとしました。しかし、ここでアクシデントに見舞われてしまいます。野良猫かおいしーなタウンの地域猫かは分かりませんが、とにかく猫に見つかってしまったのです。
今の私の体躯はキャンディのそれよりかはやや大きいものの、出くわしてしまった猫よりかはやや小さめ。そしてこの街には何度も足を運んでいるとはいえ、相手はこの街の住民で地の利もない私は逃げ続けましたが遂には林の中で追い詰められてしまったのです。……その時でした。
「おい、あまりいじめてやるなよ。しっしっ」
猫は『まるで誰かが引き合わせた』かのように現れた彼に追い払われ、退散しました。
「お前、大丈夫だったか?」
「は、はい、です……」
助けてくれた礼を述べ、メルヘンランドから来た妖精のレインと自分を偽った時に罪悪感を覚えましたが彼はそうか、とだけ答えて笑った後私を洗う為に自身の家へと案内してくれたのでした。
「今ホットミルク作ってくるからちょっと待ってろよ」
身体を丁寧に洗われた後、彼の部屋に放置された私は一人で待つ事になりました。彼の趣味であるベースやサッカーボール……そして幼き日の幼馴染とのツーショット写真を眺めながら私は思うのです。何故、初めて来た彼の部屋でこんなにも安心しきっているのでしょうか?そう考えたらなんだか眠気が……
「待たせたな、熱かったら言ってくれよ」
「ありがとうございます、です」
眠けに負けそうになった所で戻ってきた彼から幼児向けのマグカップ……恐らくエルちゃんがかつて使っていたものを受け取り、ちびちびとミルクを頂きました。ハチミツを入れてくれたのか甘くて飲みやすいですね。こんな気配りをしてくれるなんて、本当に罪な人です。
「拓海は、なんでレインに優しくしてくれるんですか?まだ知り合ったばかりなのに不思議な人です」
「……お節介ってのは、伝染るんだよ。でもそれは悪い事だとは俺は思わない。それが巡り巡って自分に辿り着く事もあるしな」
─── 情けは人の為ならず、という事でしょうか?……いやそれよりもっと単純かつ明快な、『あいつならこうする』といったものでしょう。そう考えると、彼女の事を羨ましく思い胸が痛みます。
胸が苦しくて、その痛さを繕う為に彼を抱き締めます。精神が肉体に引っ張られているのでしょうか?普段ならこんな事出来ないのに自然と身体が彼を求めていました。するとその瞬間、突然妖精から元の姿に戻ってしまい彼を押し倒す体勢に入ってしまった私。思わず叫びそうになりましたが彼に余計な迷惑を掛けたくないと咄嗟に自分で口を抑えました。
その後私は、何故こんな事をしたのかと彼に全てを打ち明けましたが、彼は私に苦い顔をしながらもこちらを責めず黙って話を聞いてくれました。
「事情は大体分かった。……でもあまり無茶はしないでくれよ」
「それは私に対してですか?それとも『レイン』に対してですか?」
「両方だ。苦しんでる時は、愚痴でも苦情でも吐き出してくれよ。相談もいつだって乗る。でないと、お前の友人も心配するだろうからさ」
「……本当に、いけずな人です」
〜◇〜
「夜分に失礼します……『レイン』です」
「ああ、レインか。今日も来るのか? 」
「はい、『拓海』に会いたくて待ち遠しかったです」
「そうか分かった。気をつけてくるんだぞ」
「ありがとうございます、です」
ふしぎ図書館を通して彼の部屋に直接お邪魔出来るのは彼の幼馴染には出来ない私の強みです。ですが今は、姿は変えずとも『レイン』という仮面を被らなければ彼に甘える事が出来ません。でもいつかは自然に彼と接する事が出来るように、少しずつ慣らしていこうかと思います。
通話を切った私は自分でも分かるくらいに口角を上げながら自室の本棚を操作して、今日もまたふしぎ図書館へと向かうのでした。