水の如し

水の如し


アルコールが人間の本質を暴くと言うのは眉に唾をつけて聞くべき話だと思う。思うが、そう思ったところでこの状況はどうにもならない。


「雨竜のんどる?」

「飲んでるよ、君はもうやめた方がいいだろうけど」

「ふふ、そんなんいうてもベッドそこやもん」


ふにゃふにゃと笑いながらすり寄るように密着して、なんなら膝にまで乗ってこようとする様子はさながら人懐こい犬のようだ。

まぁ、犬ではないから問題なのだけれど。


成人した僕への祝いというか、僕の誕生日まで酒を飲まないと決めた撫子が飲むからなのか贈られた日本酒は確かに物が良いようで飲みやすかった。

そうは言っても僕はほとんど飲んではいない。少し目を離した隙にするすると飲んでしまったのは、ふわふわと見るからに酔った様子の撫子だ。


「抱っこしてくれんの?」

「……飲むのをやめたらね」

「ほんならこれでおしまいにする」


コトリとテーブルに置かれたコップは、二人で暮らすようになる時に買ったもので少し前から「これで飲むの!」と言っていたものだ。

一見なんの変哲もないガラスのコップに見えるけれど、二人で買った物だと思えばその気持ちもわかるとその時は思ったものだけど。


酒をなにかで割らないのなら僕が使っているのと同じグラスにするべきではなかったんじゃないかと今は思う。

僕には飲みやすいようにと色々手を尽くしてくれていたのに、どうして自分の分は気にしないのか。


「今度からは僕と同じようになにかで割ったり氷を入れたりしようか」

「でもあたしはおいしく飲めるよ?」

「うん……味の問題じゃなくて」


彼女の本来の年齢と種族を考えれば、これくらいの酒量はなんてことないのかもしれない。それでも酔って甘えられるのはとても困る。

明日になって忘れていればいいけれど、覚えていたなら彼女はきっと布団に籠城してしばらく出てこなくなるのが目に見えているからだ。


「抱っこだめなら撫でてくれる?」


アルコールに自制心を取り上げられた彼女はあとで後悔することを心配するレベルで甘えたになっている。

口調もどこか舌足らずで、実年齢を考えたら僕よりもずっと……それこそ比べるのがバカらしいほど歳上なのにまるで幼い子供みたいだ。


「……いいよ」


ふわふわとした金髪に指を通すと、熱に潤んだ瞳がとろりと細められる。

発熱とアルコールによる体温の上昇は違うとわかっているのに、小さい頃の病気がちだった彼女はこんな様子だったんだろうかと考えてしまう。


周りの大人たちは乞われるままにたっぷりと甘やかしたのだろう。それこそ膝にのせたり抱き上げたり頭を撫でたり、僕に今望んでいるようなことを全部。

それになにか思うこと自体が筋違いだとは思いつつも、やはりどうしようもない歳の差というものを考えてしまう。


産まれていなかったという明確な理由があるとわかっているのに、僕はどうして体が辛いのに耐えていた幼い時の彼女の側にいてやれなかったのだろうと思ってしまうことはあるのだ。


「撫子は温かいね」

「あたしぽかぽかやろ?おかんもそう言うもん」


ぴったりとくっついて僕に身を委ねている彼女からは、なにも酷いことはされないという全幅の信頼を感じる。

彼女の両親の過去の話を聞く限り、そう思ってもらえる程度に信頼されているというのは少し自惚れてもいいのかもしれない。


「君を甘やかすのは、これからは僕の役目だ」


撫子の大切な人達が尸魂界にいることも、そこが今人手不足になっていることも理解している。それでも現世に残ってくれと頼んだのは、僕の個人的な感情から来るワガママだ。

そして現世に残っている家族の所ではなく僕と一緒に暮らしてもらっているのも、きっとそれの延長線にある。


だからこそ、僕は彼女にここにいることを選んで良かったと思ってもらえるような男でなくてはならない。

そんなことを言うと「選んだのはアタシ!!」ときっと怒られてしまうけれど、心の中で思うくらいはいいだろう。


「ほら、とりあえず水を飲んで」

「雨竜ものんで?」

「飲むよ」


でもこんなに酔っぱらっていても僕の心配をするのだから、彼女から側にいたいと言ってくれた可能性も少しはあるんじゃないかと考えてしまう。

もしかしたら僕も、それなりに酔っぱらっているのかもしれない。それこそ、彼女の世界の全部よりも僕を選んでほしいと思う程度には。


飲んだ水の感覚で昨日も会いに行っていたじゃないかと思い出したので、本当に酔っていたのかもしれない。




翌朝の撫子は案の定しばらく言語化しづらい声を出しながら布団に籠城していたけれど、しばらくするとおずおずと僕の袖を引いた。

なにかと思えば上目遣いで「また撫でてくれる?」と聞いてきたので、少し嬉しくなって額に口付けたらまた布団に戻っていってしまった。


アルコールは本性を暴きまではしないものの我慢していた欲求を表には出すのかもしれないと思いながら、布団の上からなにか文句をいっているらしい彼女を撫でる。

きっと顔を出すのはもうすぐだ。

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