比翼連理

比翼連理


「にいさま、おめでとー!! これ、わたしからのプレゼントだよ☆」

 

 よく晴れた昼下がりのある日、聖園家で開かれたお茶会でよく通る元気な声と共にミカがナギサとミハルのいる所へと突撃する。

 彼女の手には丁寧に包装された箱が握られており、それを自身の兄であるミハルへと向けられていた。

 

「ありがとう、ミカ。――ところで僕は一体何を祝われたのかな?」

 

 笑顔を浮かべて贈り物を差し出す妹にお礼を述べながらミハルがそう疑問を呈す。

 祝いの言葉と贈り物を贈るとなればすぐ思いつくのは誕生日ではあるが、少なくとも今日は自分の誕生日ではない事は確かである。最もどこか笑顔に隠れているが面白そうな表情をしているミカを見れば何を指しているのか予想はついたし、事実そう間をおかずに答え合わせはなされた。

 

「えー!? にいさま、ひっどーい。今日はにいさまとナギちゃんが婚約した運命の日なのに」

 

 信じられないものを聞いたかのようにミカが心外だと思いを表す。

 敬愛する兄と大切な幼馴染みの間の事を我が事のように喜び祝えるのは彼女の美点と言えるだろう。

 

「今日が何の日なのかはちゃんと覚えているから安心してほしい。ただ、いきなりお茶会に乱入してきたと思ったら、お祝いの言葉が来るのだから困惑もすると思うよ?」

 

 プンスカと音か聞こえてきそうな妹の態度に苦笑しながらもミハルが言葉を返す。

 元々、今日の茶会が聖園家と桐藤家、両家の親交の深さと婚約しているミハルとナギサ両人の仲が良好であること内外に示すことを目的にしているもので今日のような記念日にはもちろんのこと、機会があればそれなりに場を設けられていることであった。

 

 そのような場であるが遠慮しないというか、お構いなしにミカが乱入するのも今では恒例となっていた。

 ちなみに彼女からすれば二人の仲が良好なことなど当然の事で両人共に自身を律する事の出来る性格故に踏みとどまっているが何かしら切っ掛けがあればそれ以上の段階に軽くいきそうというのが認識である。

 態々こんな風に知らしめるような事は必要ないのでは? と疑問に思ったことがあるがそこは大人の事情というものがあるらしい、割と感情とノリで動くことも多い彼女としては「面倒だなー」というのが率直な感想である。

 

「むー、だってナギちゃんがいつまで経ってもモジモジするだけでプレゼント渡そうとしないんだもん。ここは流れを変えるためにも乱入するしかないよね☆」

「ミカさん!!?」

 

 兄妹のやり取りを微笑ましく見守っていたところに不意打ちを受け、ナギサが思わず声を上げる。

 

「ナギサちゃん?」

 

 慌てた様子のナギサに視線を向け呼びかける。

 とはいえ、そろそろ婚約関係が十年の大台に近づいてきている身としては彼女がいつもよりソワソワしているのは気づいてはいた。

 それでも彼女の意思を尊重してあえて触れずにいたのだが、その気遣いは妹によってあっさりご破算になったようだ。

 

「んん、その、ミハルさん。もし良ければこちら、受け取ってもらえますか?」

 

 その言葉と共にナギサが一冊の手帳をミハルへと差し出す。

 紺青色を基調としたシンプルなデザイン、飾り気はないがそれでもどこか気品を感じさせる雰囲気のそれはまさに彼女らしい選択といえる一品であった。

 

「ありがとう、ナギサちゃん。大切にする」

「はい、その手帳ですが私の日記帳と同じ所の品なのですが、ミレニアムが開発した新しいコーティング材が使われていて防弾性が付与されているそうです。気休めに過ぎないかもしれませんがミハルさんの守りの一助になればと」

 

 お礼の言葉を受けナギサが柔らかい笑みを浮かべる。

 正直なところ叶うものならば彼の向かう所に自分も共についていきたいというのが偽りのない彼女の本音だ。

 だが、自分の家族にそこはかとなく願ってみたが逆に釘をさされてしまった。

 ならせめて自身の思いを形にした何かを彼に贈りたいと考え、決行に至った次第である。

 

「にーさまー、ナギちゃんと二人だけの世界になっているのを見るのは楽しいけどー、わたしのプレゼントは見てくれないのー?」

「ふ、ふたりだけの世界になどなっておりません!」

「あはは、もちろんミカのも見させてもらうよ。意外と重さがあるみたいだけど……」

 

 ミカに茶々を入れられて現実に戻る二人、少し誤魔化すようにして彼女からの贈り物に目を向ける。

 包装を解いて出てきたのは銀系色の十数センチ程度の箱形の容器。

 蓋を開けてみると中にはギヴォトスでは特段珍しくもない品々が綺麗に並べられていた。

 

「えっと、バレルとグリップカバーにマガジン? 銃の部品だね」

「あら? よく見たらこの箱、積層型のケースですわね。下の方には銃の整備用品でしょうか。ミカさんにしては随分と武骨といいますか、意外ですね」

 

 ミカらしからぬ品々を見てミハルとナギサがそれぞれ感想を口にする。

 

「えへへ~、ズィルバータッセだっけ? にいさまの二丁目の銃、にいさまの射撃って特殊でしょ? 調整はしているのだろうけど元がゲヘナ製だしまだ完全にものになっていないのじゃないかなーって思って」

 

 二人の反応を見て笑顔を浮かべたミカがミハルの腰についているホルスターに視線を向ける。

 そこにはミハルの愛銃でありナギサのロイヤルブレンドと夫婦銃でもあるシルバーポット、それとは別にもう一丁の銃があった。

 ――ズィルバータッセ、ミハルがゲヘナでの活動を始めて少しした頃に持ち始めた二丁目の銃である。

 なんでもゲヘナで活動するとトリニティ生であることを隠している有無関わらず襲われるのが常で頭を悩ませていたところ、ゲヘナの知人に「キキキ、貴様のような軟弱そうな見た目をしているやつがそんな上品な銃を持っていれば、獲物にされるのも道理だろう? 意外と抜けているのだな貴様も」と言われたのが切っ掛けで持ち始めたらしい。

 ちなみに銃を手に入れた場所はその知人に勧められた所で購入したとのこと。

 なお、この話を聞いたミカは数日ほど不機嫌になった。

 

「どれも特注品っぽいけど、揃えるの大変だったんじゃないかな?」

「ふっふーん、大切なにいさまの為だもん。下手な物は用意できないよ」

 

 ミハルの質問に自信満々に答えるミカ、ちなみに贈り物とした部品の選定理由は下手に外見に影響を与えてしまう物にしてしまうと本末転倒な事になってしまうので自重した形である。

 

「あぁ、ここ三ヶ月ほどミカさんのアクセサリー集めに付き合わされていないと思っていましたが、もしかしてこれのためでしたでしょうか?」

「わぁーー!! ナギちゃん、それ言っちゃだめぇー!」

 

 なにか合点がいったように手を“ぽんっ”と叩いたナギサに対して慌てて制止をかけるミカ、実際の所彼女の小遣い三ヶ月分より少し足が出たがその分質には相当こだわった一品であった。

 バレルは緻密なライフリング且つ摩耗しにくい素材で安定性と耐久性を実現しており、マガジンは軽量化で取り回しと携行数増大を図られている。

 グリップカバーに関しては兄であるミハルの手に合うよう細かく形状が整えられたものとなっていた。

 なお、贈り物の一つにグリップカバーを選んだ理由は少しばかり私情も含まれている。

 ミハルの愛銃であるシルバーポットは幼馴染みのナギサのロイヤルブレンドとの夫婦銃であることは先の通り、そしてその相方となるズィルバータッセはゲヘナ製の銃――。

 

 ――ゲヘナ製である。

 

 ミカ自身、ゲヘナに対する心情はそりこそ合わないが大人やいずれお会いすることになるだろうトリニティの先輩方ほど憎悪に近い何かは持ち合わせていない。

 それはそれとして愛する兄が命を預けるものが妹である自身を差し置いてゲヘナの銃というのは不満である。というかズルいではないか。

 そういうこともあり兄の一番触れる近くのものぐらい自分の繋がりのあるものにするぐらいはちょっとしたかわいい我が儘として許されても良いはずであるというのが彼女の内に秘めた持論であった。

 

「それで~、にいさま。かわいい妹と愛しい愛しい婚約者様にお祝いしてもらったわけだけど~、にいさまはナギちゃんには何かないの~?」

「ミ、ミカさん」

「あはは、――えっと……」

 

 そんな心情はさておきこの妹、兄と幼馴染みを茶化すのに全力である。

 楽しげに二人を見ているミカとそんな彼女を窘めながらもどこか期待と不安に揺れる瞳を向けるナギサに見られミハルが頬をかく。

 ほんの刹那の逡巡の後、何か覚悟を決めたミハルが席を立ち、ナギサの前に来て静かに膝をつく。

 

「本当はもう少し場を整えてから渡そうと思っていたのだけれど――ナギサ、受け取ってくれるかな?」

 

 そう言って差し出したのは小さな小箱であった。

 蓋を開けると中には一つの指輪――否、綺麗に合わさるように並んだ二つの指輪があった。

 ホワイトゴールドで形作られた指輪には宝石こそつけられていないが代わりに植物と鳥を模したレリーフが指輪二つ分の腕の幅を使って緻密にかつ美しく彫られていた。

 

「ミハルさん、これ……」

「前に一緒に見学に行った所で作ってもらった。婚約指輪としては今さらではあるのだけどね」

 

 驚きを隠せないナギサに対してミハルが答える。

 少し前、社会見学の一環として懇意にしている装飾品店の伝手で製造店に見学に行った時、指輪のデザインをしてみる機会があった。

 指輪に掘られたレリーフはその際にナギサが主体となってミハルと共にデザインしたものであった(なお、この時凝りすぎて指輪一つ分の腕の幅に入りきらなくなったため、ナギサ自身はお蔵入りになったと思っていた)。

 

「ありがとう、ナギサちゃん。僕の婚約者でいてくれて、僕の夢を認めてくれて」

 

 ミハルが言葉を続ける。紡がれたのは彼女への感謝の言葉。

 前代未聞な夢に対して懐疑的な者、馬鹿にする者も多い。時にはその矛先がナギサに向かうこともあった。

 それでも彼女は強かに、そして揺らぐことなくミハルの味方でいてくれた。

 

「未だ道半ばで障害も多い夢だけれど、それでも少しずつでも進めていけたのはナギサちゃんが一緒にいてくれていたから」

 

 前例などなく、何もかも手探りの中でそれを追い求めた理由を見失わずにいれたのはひとえに彼女の支えがあったからこそ。

 

「それでありながらナギサちゃんに心配や不安を与えちゃっているのは不甲斐ないけれど……、だからこそ約束する」

 

 進み続けられたからこそ、志を共にする仲間を得ることが出来た。反面、敵の立ち位置に定められ襲撃や謀略を受けたことも一度や二度ではない。

 その事を知った彼女の不安に押しつぶされそうな表情は今でも忘れられない。

 

「たとえ何があっても、どこにいっても必ずナギサちゃんのもとにかえってくるよ。僕のかえる場所で、居場所であるナギサちゃんの傍に」

「ミハルさん、私もたとえ誰もが否定したとしても、あなたを、あなたの夢を、私は助け、支えていきたい――いえ、助け支えていきます。だから、私を離さないでくださいね」

 

 誓い新たに思いを今一度通わせる二人、この二人を割くことなど出来やしないと思わせるほどの強い思いで繋がっているのだと傍目からでも感じ取れる光景であった。

 

(ナギちゃんの所に帰るのは当たり前だけどー、ちゃんと家族の所にも帰ってきてよねー。にいさま)

 

 笑いあう二人を見ながらミカがそっと心の中で言葉を投げる。

 この言葉を送るのはもう少し後にして、今は大好きで大切な二人の様子を楽しむことにしたのであった。

 

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――

 

「ゆめ、ですか……」

 

 カーテンの隙間から入る朝日に眩しそう目を細めたナギサが小さく声を漏らしベッドから上半身を起こす。

 懐かしい夢であった、それと同時にとてつもない喪失感に胸を押しつけられる。

 今日はエデン条約締結に向けた事前協議の第一回目の日、そんな日に見たこの夢には何か意味があるのだろうか、もしくは唯々ミカと喧嘩別れしてしまった事による傷心が見せた淡い現実逃避か、今の彼女には判断がつかない。

 

 静かに自室の机の上に視線を向ける。

 そこには愛用の日記帳と愛銃に寄り添うようにおかれた彼の銃の片割れ、そして夢で見たあの日に彼から贈られた指輪がおかれていた。

 それらと対となる存在は冷たくなって戻ってきた彼の傍にはなかった。聖園家からゲヘナに問い合わせても「そんなものはなかった」と一辺倒だったらしい。見つかるのはもう絶望的であろうと聖園夫人から伝えられたのはいつだったか。

 

「…………」

 

 痛いほどの静寂が部屋に満ちる。陽の光が入っているのに心なしか寒さを感じる。

 無意識のうちにナギサは己を抱きしめるように腕を組み、身を縮めていた。その身体はほんの僅かだが震えていた。

 

「帰ってくるって、そばに居るって約束してくれたじゃないですか――――ばか」

 

 震える身体を抱きしめてくれる者も、小さくこぼれた嘆きを受け取ってくれる人も、静かに頬をつたう雫を拭ってくれただろう誰かも、今の彼女にはいない。

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