比べるまでもなく

比べるまでもなく


認めて欲しかった。

君も生きていていいんだって、幸せになってもいいんだって、誰かに認めて貰いたかった。

縋りたかった。

生きていていいと認めてくれる誰かに縋って、縋ってもいいんだって許されて、安心したかった。


ただ、それだけだったのに。それだけで良かったのに。どうして、どうして。


私は苦しんでいるんだろう。


着物を脱がせる、着物を脱がされる、逸物をしゃぶる、股を弄る、無作法を詰られる、頬を張られる、突き刺される、子種を貰う、捨てられる。


何度も繰り返した行為とその結末。それでも、己の尊厳を切り売りすることには未だに慣れない。慣れないが、慣れなくとも売らねば生きられない。生きられなければ、生きていていいのだと認めては貰えない。縋ることさえできない。だから、今日も私は生きる。旅を続ける。


私を認めてくれる唯一のヒトを探して。

私が縋れる唯一のヒトを探して。


旅を続ける。己を売る。旅を続ける。己を売る。旅を続けて──ようやく、見つけた。見つけたけれど。見つけなければよかったと、私は心底後悔した。


わかっていたことだったけれど。

わかっていたはずのことだけど。

あのヒトと私は、あまりにも違っていた。

そのヒトと私は近い存在であるはずなのに、この認識があのヒトにとって侮辱に思えるほどに、違っていた。


あのヒトが集める視線は、敬意と憧憬。

私が投げつけられるものは、侮蔑と嘲笑。


あのヒトは清廉で、清潔で。私はあまりにも下品で、穢れていた。ただそれだけのこと。それだけのことだけど。どうしようもなくそれが、私にとってつらかった。


飢えに苦しむことよりも。夜に怯えながら生きることよりも。病に苦しめられることよりも。己を切り売りすることよりも。悪戯に傷つけられることよりも。死ぬような目に合わせられることよりも──何よりも辛い。己の穢れを思い知らされることは、ひたすらにつらかった。それは、心がきりきりと音を立てて軋むような、踏みしめる大地がふっと無くなってしまったかのような心地。あれだけ焦がれた存在を目にして抱いたのは、そんな心地だった。



─────



橋の下。しとしと雨の降る昼下がり。

橋をつたった雨雫が川の水を打つのを眺めながら、くすねた包丁で喉を突く。


一度。二度。三度。何度喉を突いても死ねず。


水面に映る媚びるようにへらへらとだらしない顔は悲愴ながらもどこか緩んでいて。あのヒトと似ていたはずの顔の、凋落甚だしい様にまた心は軋む。だから──


軋む心を貫いて、貫いて、貫いて、貫いて、貫いて──


橋の下。雨あがりの朝。

あまりに無惨な肉がひとつ。

慰めるかの如く掛けられた羽織がひとつ。

欠けた刃の包丁が、朝露に濡れていた。


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