毒牙にかかったあの日 2-1:ホビローを落としたルート

毒牙にかかったあの日 2-1:ホビローを落としたルート


コラさんが逃げる途中でホビローさんを落としたルート。

途中までは2-2と同じです。











どさ、と見た目に反して重そうな音が響いて、おれ――ドンキホーテ・ロシナンテは目を見開いた。目の前にはドフラミンゴがシュガーと言った女の子の前に落ちている、シュガーよりも一回り小さいぬいぐるみ然としたオモチャ。突然現れたそれにいったい、と思わず口にしかけて、あ? と記憶の中の言葉が引っ掛かる。


「あら?」

「あ? なんだこのオモチャ……」


気づけばドフラミンゴに縫い留められていたはずの体は不自然に1人分彼らから遠ざかっていて、しかしドフラミンゴ達もそれを気に留めていなかった。ドフラミンゴの手が雪の中のそのオモチャを掴み上げる。軽々掴み上げられたそれはじたばたと黒い模様が描かれた白い帽子が外れそうになるほど頭を振り体を振りその手に抵抗していて――いやまてオモチャが動いてる!?


思わずそのオモチャに視線が吸い寄せられる。それは人型ではあるが、どちらかというと見た目はユキヒョウの子供のように見えた。雪の中に落ちてしまえばすぐに埋もれてしまいそうなほど白いそれはユキヒョウらしく毛に覆われ柔らかそうに見えるが、ところどころ硬そうな地肌が見えていてどこか痛々しい。なんでオモチャが、と先ほども思った事が脳裏を過って、しかしふと下がった視界の中に今この場にいる者ではない小さな足跡を見つけて――背筋が強張る。


「状況から見りゃ、ロシナンテを庇いやがったのか」

(じたばた)

「――っ!」


動けたのはもはや反射だった。ドフラミンゴの拘束も意識もこちらに向いていないなら逃げなければ、と思った筈なのに、気づけば自身に"カーム"をかけて前に飛び出していた。取り落としかけていた銃を一発、威嚇射撃だったために音もなく腕を掠りかけた銃弾にギョッとこちらを見た――そういえばファミリーの前でナギナギの能力を使ったところを見せた事はなかった――ドフラミンゴの腕からその白いオモチャを掻っ攫って、視界を遮るように自身が着ていたコートを脱ぎつつ叩きつける。その横をすり抜けた。


「っロシィ!」

「コラソン!!」

「待て! 逃がすな!!」

(じたばた)

「(お願いだ暴れないでくれ! ――あドジった! 聞こえねぇんだった!!)」


後ろから銃弾が飛んでくるのを見ないままかいくぐり、後ろへ銃を撃ちながら走る、走る。とにかく距離を取る必要があった。銃弾を食らうならまだいい、問題はドフラミンゴの寄生糸に捕まる事だ。ドフラミンゴの視界を奪っている間に離れて、彼らが感知できる範囲から逃れる必要があった。幸いドフラミンゴに撃ち込まれた銃弾はギリギリどうにか致命傷を逃れている、痛いのは痛いが既にウェルゴにばれて嬲られた時から若干痛覚がトんでいるのだ、体の状態なんて気にしてられなかった。


走る、走る、走る。奪った直後は暴れていたものの、気づけばオモチャは手の中で大人しくなっている。むしろおれが支えずとも、服にしがみついて落ちないようにしているぐらいだ。それにやっぱり、と一瞬で走った思考が正しかったのだと証明されたような気がしてその背中を撫ぜる。オモチャのつぶらな瞳がこちらを向いた。


さっきドフラミンゴが口にしていた、シュガーの能力。触れた者をオモチャにする、オモチャにされた者は誰からも忘れられ、存在を抹消される。オモチャがあるという事は誰かがオモチャになったという事だ、……ドフラミンゴ達はこのオモチャに見覚えがなさそうだった、実際おれ自身、見覚えはない、当たり前だ。走りながら記憶を漁る。このオモチャがおれを庇っているなら、おれにも関わりがある人物の筈なのに、特段記憶におかしなところはない。そんなことはないはずなのに。


ドンキホーテ海賊団に潜入捜査中に、ドフラミンゴが特殊な実を探していてそれを探すように命じられたのもあって、別行動しつつ探している内にそのうちの1つのオペオペの実が海軍とバレルズ海賊団の間で取引される事を掴んだ。それを先に奪わなければと潜入して、手に入れた実を海軍に引き渡すために情報を海兵に渡そうとしたら、その相手がウェルゴで、ドフラミンゴにバレて……あの場面に繋がった、はず、だ。おかしなところはない筈なのに、オレを庇うほどの存在を忘れているはずから齟齬がある筈なのに、どこがおかしいのか分からない。おれは知っている筈なのに……!


ドン!!


「(っぐあ……ッ!)」

(ビクッと手の中で跳ねてオロオロとする)

「居たぞ! こっちだ!!」


思索に少しでも耽ったのが悪かったか、銃弾が肩をえぐった。ドジった……! オモチャを取り落としかけたのを慌てて掴み直し、視線を素早く後ろへ走らせる。足の速さはそこそこ速い方だと自負しているが、今いる森の中は木が枯れているのもあって視界が通りやすい。実際おれからもこちらを指さす敵の姿が見えて舌打ちした。海軍の船がある場所からここは遠い、合流するのに一番早い道は、




ガクッ




「(……あ)」


浮遊感、足元を見る、ある筈の地面がない、下は――崖!


「(おあぁぁぁぁああああ!!!)」


”カーム”をかけたままでよかった、という確実に今じゃない感想が脳裏を過った。なにせおれが出す音は須らく消えるので、本来なら崖を転がり落ちる轟音がしていた筈だ。追手が近づいていたとはいえそこそこの距離はあった、相手には音がないのも相まって唐突に視界から消えたように見えたはず――と思えたのは、受け身を取っていても既に受けたダメージで激痛が走るからだが崖下に留まっていると気づいた時だ。まずい、意識が飛んでいた。


「(い、ってぇ……! あ、あれ?)」


白い雪の中で目立つコートは脱ぎ捨てたため、雪が降る中の視認性は悪くなっているだろうが追われている中動けないのは拙い。体を起こそうとして走った痛みに呻いて、……ふと、抱えていた筈の重さが感じられない事に慌てて立ち上がった。あの白い小さな命が見当たらない。滑り落ちた時に落としたのか!? と周囲に視線を走らせるも、そもそも白いオモチャは雪の中で保護色になって見つけられない。自分が零した血の赤の方が目に付くぐらいだ。


(くそっどこに――)

「――おい、居たか!?」

「居ねぇ! どこに行きやがったコラソンのやつ!!」

(っ! まずい、隠れねぇと……でもあのオモチャは……!)


咄嗟に崖に張り付いて、自身の体を雪に埋もれさせた。ピンクのシャツは目立つ、既に体は温度を感じなくなって久しいが、それでも冷たさに痛みが増幅される。撃たれたところの止血もまだだった、だが見つかるわけにもいかない。凍えそうになりながらも耐え、動かないように努める。






……追っていた声が離れたのを確認して、ガバっと雪から飛び出た。オモチャを探そうとして、ズキリと走った足の痛みにつんのめる。見れば右足が凍傷になりかけていた、早くどこかで温めないと壊死しかねない、そもそも体自体もかなり冷えている、右足以外が凍傷になっていない方が奇跡レベルだ。脳裏にこの島の地図を思い浮かべて、身を隠せそうな場所がある事を思い出した――しかも、海軍の船が留まっている筈のところからも近い。


しかしこの雪の中あのオモチャを――オモチャにされただろう存在を置いてなど行けない。留まるのは危険だが探さなければ、と視線を巡らせて、ぐらりと揺れた視界にたたらを踏んだ。……血を流しすぎていた。ここに居たら、おれが死ぬ。くそ……! と頭を振ったところで、耳が誰かの話し声を捉える。その声はこちらに近づいていて――それが背中を押しているような気さえして、不甲斐なさに唇を噛んだ。


「(くそっ……くそ、くそぉ……絶対探しに戻ってくるからな……!)」


明確にドフラミンゴが探すのはおれの筈だ。父上の時と違っておれには情があったようだが、こうして逃げている以上次は本当に殺されてもおかしくない。だがおれが咄嗟に掴んだオモチャの方は正直おまけぐらいの認識になるだろう。あの場の全員、突然オモチャがその場に現れた程度の認識でしかなかったわけだし。つまり俺が逃げ切った後で見つけられれば両方とも逃げられる……!










後ろ髪をひかれる思いながら、おれはその場から背を向けたのだった。


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