毒牙にかかったあの日
唐突に始まって唐突に終わるホビローさんオモチャ化までの流れ。ローさん視点。
「破壊の申し子の様なお前から、得る物は何もない!! もう放っといてやれ!!! あいつは自由だ!!!」
その言葉を、おれは暗闇の中で聞いていた。
ドン!!
……悪夢の様だった。ドフラミンゴに向かって言い切ったコラさんが明確に撃たれた事が、おれの音が消えてるせいで鮮明に聞こえてしまって、泣きじゃくりながらガンガンと宝箱を叩く。それでも、宝箱の蓋は開かない。どうして、殺されないって言ったじゃねぇか、そう叫びたくても、コラさんの”術”で音を封じられたおれの声は出なかった。どうして、どうして……
「……チッ」
(……?)
ふと、銃声がしない事に気づく。1発でも撃った時点で、ドフラミンゴはコラさんを完全に切り捨てたのだと思っていた。おれをここへ入れた時点でコラさんの怪我はだいぶ酷かったけど、コラさんだって避けるはずだ、その上で確実に殺すなら、もっと銃弾が撃ち込まれていてもおかしくない筈……と思った直後、ガタン! と宝箱自体に衝撃が来ておれはひっくり返ってしまった。同時に聞こえたのは、コラさんのうめき声と、非難の声。
「っぐ!!」
「若!? どうして……!」
「……フッフッフ……! どうやらおれにも、弟に対する情はあったらしいな……」
「!?」
「シュガー! 来い!」
……なんだ? 慌てて起き上がって壁に耳を付ける。さっきの衝撃はコラさんが叩きつけられた音らしい、満身創痍のコラさんの呼吸が聞こえる。という事は、すぐそこにドフラミンゴも。
「若、呼んだ?」
「ああ……お前は居なかったから知らねぇだろう。こいつは最近入った新入りで……今のお前に制裁を与える者だ!」
「! こい……つが……?」
「あァ。こいつはシュガー、ホビホビの実の能力者……こいつが触れたやつは例外なくオモチャになる! あらゆる人間の記憶から存在を忘れられてな……!」
ぞ、と背筋が泡立った。それは、オモチャになったら最後、コラさんの事がおれの中からなくなってしまったら、……おれはどうなる?
「お前のやったことは本来なら俺が直々に手を下すべきことだ! だが今おれの下にはシュガーがいる……喜べロシナンテ、すべての罪をなかった事にしてやろうじゃねぇか。お前という存在をなかった事にすることで!」
「ぅ、ぐっ……! ど、フィ……!」
「――あぁ、だがオモチャ化した後はおれ達にも分からなくなるからな……シュガー、契約として『金輪際ドンキホーテ海賊団が関わる事柄に接触できないし伝えられない』ように命令しろ」
「オモチャ化したら分からなくなるのに、その命令でいいの?」
「フッフッフ……海兵とはいえ『コラソン』がおれ達に利益を出していたのは事実だ。この程度の餞別があったところで構わねぇだろう。なにせ今後、おれ達の事を誰にも伝えられなくなるんだからな……! お前たち……こんなおれを許してくれるか」
勿論、ともはや決定事項のように受け入れられるドフラミンゴの言葉に血の気が引く。殺されないならマシ、と一瞬でも思ったが、あらゆる人間からコラさんの事がなくなったら、確実にコラさんに救われているおれは、それより前の状態に戻っちまう……! 全てを壊したいと思っていた、ドフラミンゴに心酔していた頃に戻ってしまう。オペオペの実を誰が持ってきてくれたのかも忘れて、ドフラミンゴのために死ぬ事も当然だと受け入れてしまえる状態になってしまったら、そんなの。
(おれが受けた恩も忘れて! コラさんの熱意を、意思を、他ならぬおれが踏みにじっちまう……!!)
ぐ、とあらん限りの力で天井を押す。さっきまではビクともしなかった、恐らく重しが乗せられているその分厚い板を、力を使いきってもいいぐらいの勢いで押し上げ――予想に反して動いた天井にハッとする。さっきの衝撃、あれで重しがズレたのかもしれない。暗闇に差し込んだ光が、直射日光でもないのに目を焼く。おれの音はしない、だってコラさんに守られたままだから、だからこそ――意表を突ければ、近づくのだって。
そこからは一瞬だった。
ドフラミンゴの糸に絡めとられたコラさんに、見知らぬ女の子の手が近づく、状況的にアレがシュガー、まだ幹部は気づいていない、宝箱の蓋を跳ね上げると同時に飛び出す、そっちに視線が向いた瞬間にコラさんを押しのけた、シュガーを蹴飛ばそうとする、驚いたコラさんと目が合って、
「――っロ」
ボフン!!
……おれの体が、雪の中に落ちた。